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39:聖務執行官見習い

 場所はロマリア郊外。周囲には建物一つない平地、聖務執行官見習いの職位を得るための試験会場だ。


 受験生として集ったのはたったの2名。


 そのうち一名はハクモだ。


 ハクモは既にフランシスコの養子となっており、神官見習いの職位も得ている。


 フランシスコやヴィクトリアは同席していない。関係者以外立ち入り禁止だ。


 聖務執行官見習いという職位は将来的に聖務執行官になるだけの能力があると認められた神官見習いに与えられるものだ。現職の聖務執行官の指揮命令下にある場合のみ、暴力行為禁止の免責等聖務執行官と同等の権限を得る。


 才能を認められた原石達だ。


 さもエリート集団のようだが、実態は少し違う。


 聖務執行官は教会組織の中で最も過酷な任務を負う者達だ。命の危険もある。もちろん尊敬はされるがそれ以上に怖がられ、遠巻きにされる。基本的に好き好んで就きたい職務ではない。


 そもそも聖務執行官見習いにならずとも、普通は聖務執行官の指揮命令下にあり、任務の範疇ならば暴力行為を働いたとしても罰せられることはない。アスワン教会は上下関係には厳しいが、規則には緩いところがある。


 にも拘わらず、聖務執行官見習いの職位が必要ということはそれなりの理由があるのだ。


 能力はあるが生まれが卑しい、ひどく貧乏である、性格に著しく難があるそして元異教徒や元犯罪者。そういった者達が聖務執行官見習いになるのだ。


 従って、自制の効かない者もいる。


「あ?なんでここにこんなガキがいる。迷子かぁ?」


 身体が大きく強面な少年はハクモに対して尋ねた。


 ハクモを心配しているわけではなく、ハクモの存在を不愉快に感じている様子だ。


「こんなガキでも聖務執行官見習いになれんのか?聞いてた話と違ぇなあ。難関だと聞いてたんだが。おいガキ冷やかしなら帰んな。」


 少年とはいえ、身体の大きな男である。上から見下ろされ、子供どころか大人でさえその迫力に肝を冷やすだろう。しかし、ハクモはただ一瞥しただけで何の反応も示さなかった。


「おい何とか言えよ。変な肌と髪しやがって。おい言葉通じてんのか。」


「はあ。こんな礼儀知らずでも聖務執行官になれるのか?聞いてた話と違う。最低限の常識は求められるはず。」


 突っかかってくる少年ではなく試験官を務める聖務執行官にハクモは問う。


 ハクモの言語習得はかなり進んでおり、問題なく会話できる域に達している。しかし、周囲の人間がフランシスコ、ヴィクトリア、部下共だ。言葉遣いが少々荒くなってしまっている。


「おいおいおい。ずいぶんなもの言いじゃねえか。人を無視しておいて常識がなんだって?」


「馬鹿と話すのは時間の無駄だと教わっている。話しかけないでほしい。」


「おい。さっきからなんだ?喧嘩売ってんのか?ガキだからって何でも許されると思うなよ。」


「喧嘩を売ってきたのはそっちの方。記憶力がないのか?」


「殺すっ!」


 顔を真っ赤にして殴り掛かろうとした少年を試験官が止めた。


「そこまでです。神官見習いの暴力行為は原則禁止です。次勝手な行動をすれば試験失格のうえ、神官見習いの職位もはく奪します。」


「ちっ。」


「……。」


 ハクモは眼前の少年が、ハクモを殴り、聖務執行官見習いどころか神官見習いの職位すらはく奪されることを望んでいた。少年の言動はハクモにとって非常に不愉快だったし、自身の手を汚さずに敵となり得る者を排除できる。さすがにそこまで愚かな人間は存在しないとあまり期待していなかったが、想像以上に馬鹿だった。世の中とは広いものだ。残念ながら試験官に止められてしまったが…。


「おいガキ。命拾いしたな。」


「子供相手にムキになって恥ずかしくないのか?」


「ああ?調子に乗ってんじゃね――」


「試験官。戦闘能力の試験の相手はこいつでお願いします。」


 ハクモは荒ぶる少年を無視して試験官に提案した。


 試験内容は公表されている。そしてハクモはフランシスコから試験内容を教えられていた。


 聖務執行官見習いの試験で見られるのは戦闘能力だ。戦闘能力を測るなら対人戦闘が手っ取り早い。


 暴力禁止の教義に反するように思われるが、そこはご都合主義のアスワン教。あくまで試験だから暴力じゃない。だから問題ないのだ。


 本来、戦闘能力計測の相手は試験官だ。


 しかし聖務執行官見習いの試験を受ける者の多くは短気で喧嘩っ早い。いざこざが起きることは少なくない。


 神官の見習いともあろう者が私怨による争いなど言語道断。暴力は厳禁だ。だがそれでも喧嘩は発生してしまう。


 能力は優秀であるからこそこの試験を受けている。その人格はともかく能力は惜しい。


 下手に遺恨を残されても困るし目の届かないところで喧嘩されるよりは、目につく範囲内で争ってもらったほうがいい。


 どうせ喧嘩するなら試験のルールの中で争ってもらう。そうすれば試験ということで教義に反しないし、気の荒い受験者の気も収まる…はずだ。


 というわけで、戦闘試験の相手を同じ受験者にすることも可能なのだ。


「構いませんが、よろしいのですか。」


「大丈夫です。」


 試験官は幼い見た目のハクモを心配する。当然だろう。片や体の大きなこわもての少年。片や幼い少女だ。戦ったら凄惨なことになりそうだ。


 ハクモはフランシスコから、喧嘩を売られたらきっちり買って、上下関係をはっきりさせておけと指導されている。仮に相手の方が強かった場合でも、舐めたら痛い目を見ることを教えてやらなければならない。そうしなければいつまでも絡まれ続け、やがて実害を被ることになる。


 初対面で舐めた態度をとる馬鹿に言葉は無意味。話せばわかるなど幻想だ。力でわからせるしかないのが世の現実である。


「上等だぁクソガキ。その威勢だけは買ってやるぜ。」


「そのビッグマウスに能力が追い付いていることを願う。」


「元気がいいのは結構ですが、神官の品位を貶めるような言動は慎んでください。それでは試験を開始します。準備はいいですね。」


 受験者二人はそろって首肯した。


「ルールはほとんどないです。敷地内から出たら失格。後は相手を殺すのも駄目ですね。以上。開始!」


『神よ。我に力を――――』


「行け。白蛇」


 試験官の試験開始の合図とともに少年は祈りを捧げようとした。


 しかし、それよりも早く、ハクモの白蛇の一体が巨大化し少年に巻き付き締めあげた。


「なっ!クソ!なんだこれは!」


 少年は驚くべきことに、白蛇の強靭に巻き付かれているにも関わらず、もがいていた。本来なら身動き一つできない。


 目を凝らすと少年の体からは赤い燐光が発せられているのがわかる。状況から考えて、おそらく身体能力強化系の恩寵だろう。


『神よ。我に力を与えたまえ。』


 そして少年はどうにか祈りを捧げることに成功し、身体能力強化の神聖術を行使した。


 少年は少しづつ、巻き付いた白蛇の身体を押し返していった。


 滂沱の汗を流し、顔を真っ赤にしている。力を振り絞っているのがありありとわかる。そしてその頑張りが実り、白蛇の体を押し返すことに成功した。


 しかし、そこまでだった。


 腕をいっぱいに広げ、締めつけてくる白蛇の体に抵抗しているだけだ。抜け出すことが出来ない。


「降参するか?」


 ハクモは問う。


「馬鹿かよ。今そっちに行くから待ってろ。」


 強がってみたが、少年は既に限界だった。


「それは怖い。」


 ハクモはそう言うともう一体の白蛇を巨大化させた。


「は?」


「降参するなら早くしてほしい。まだ未熟なんだ。殺してしまう。」


 少年は結局降参しなかった。


 頑固に、白蛇から抜け出そうとあがいたが、やがて力尽き、白蛇によって全身の骨を砕かれた。


「急に力尽きたので、潰してしまいました。多分全身の骨が折れてます。治療をお願いします。」


 ハクモは少年が死に、試験失格になりはしないかと冷や汗を流した。しかし試験官は例年治癒の神聖術に長じた聖務執行官が選ばれる。問題なく、治癒された。


「素晴らしい能力です。あなたを聖務執行官見習いとして認めましょう。おめでとうございます。」


 ハクモは試験官から合格の知らせを聞き、上機嫌で帰路に就いた。


 そして気を失った少年の顔面にはハクモの手によって「負け犬」と大きく落書きがされていた。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 順調にお頭による教育が進んでますねえ! 不憫なような、いいぞもっとやれ、なような!
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