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37:聖女モネとの会話 契約終了のお知らせ

 新たな任務の詳細を確認して会議を終えた。


「フランシスコ司教。お世話になりました。私はこれで前の教会に戻るから。ヴィクトリアとハクモちゃんによろしく言っておいて。」


「ああ。」


 レミスはそういうとさっさと聖堂を出て行った。


「綺麗な人ですね。レミスさんは。私というものが居ながら別の女に目移りですか?」


 背後から声をかけられた。


 声をかけてきたのは光と水の聖女、モネ・ルノアールだ。透き通る金糸の長髪と碧眼。すらっと伸びた手足、ふくよかな胸。背中からは白銀の翼が覗いている。楚々とした見た目と普段の聖女としてのおしとやかな態度に反して、今はどこかやんちゃ坊主のような雰囲気と態度だ。


 会議では一言も発していなかったが、元来彼女はおしゃべりな性悪女だ。ニヤニヤしながらあえて誤解を生む言い回しで俺をからかってくる。


 聖女モネの背後には聖騎士が付き従っている。聖女専属の女騎士だ。なぜか俺を睨みつけてくる。


「これはこれは聖女様。お久しぶりでございます。」


「連れないじゃないですかフランシスコ。久しぶりの再会ですよ。抱き着いてこいとは言いませんが、優しい言葉の一つや二つかけてくれてもいいじゃないですか。」


「聖女様相手に滅相もない。」


「よそよそしいですね。」


「いえ、そんなことは。」


 モネは俺の返答のあと、神妙な面持ちになり、そしてぽつりと口にした。


「やはり、怒っていますか。」


 俺の想定していた通り、俺の左遷の原因は目の前にいる聖女モネ・ルノワールにあるようだった。それが俺にバレていると察してこんなことを言うのだろう。


 まあ、実際怒っているし、理由もそのとおりなのだが。


「はて、なんのことでしょう。」


 認めるのもしゃくなのでとりあえず惚ける。


「やっぱり怒ってる!目付きが怖いです!」


「それは元からだ!ぶっ殺すぞ!」


「ふふふ。」


「ちっ」


 俺が思わずキレると何がおかしいのか笑い出すモネ。俺は思わず顔をしかめる。


「やはりフランシスコです。無礼極まりないところが本物です。」


「……、どうして裏切った。俺はお前の目的に適った行動をしていたはずだ。」


「予知夢の恩寵です。あなたを左遷した方がいい結果になると知りました。」


「なら、何故事前に俺に説明しない。」


「予知夢の恩寵は私の意思で発動できるものではないとあなたも知っているはずです。私が予知夢を見てから行動を起こすまで時間がなかったのです。」


「その話が正しい保証は?」


「ないですね。強いて言えば今までの私とあなたの関係でしょうか。私の言葉では信用足りえませんか?」


「足りないな。お前は嘘はつかないが肝心なことも言わない。」


「嘘つき。」


「はぁ?」


 モネの言葉に俺は反射的に声を荒げた。


「フランシスコは私を信用してくれています。なぜならあなたは初めに左遷に抵抗したものの、私が介入してからはそれが嘘のように従順になり、準備を始めました。あなたが本気で抵抗していたら、もっと大きな被害が出ていたはずです。あなたが準備を整えて出航したことがあなたが私を信用している証拠です。あの時は言葉すらなかったのに、私に従ってくれたんです。私の言葉をあなたは疑いません。」


「……」


 真剣にこっ恥ずかしいことを言うモネに返す言葉を失っていると、何を勘違いしたのか、モネは表情を一転させてからかってきた。


「フランシスコっ!フランシスコっ!どうしたんですかぁ?顔が真っ赤ですよ!照れてるんですかぁ?かわいいとこありますね!痛い痛い痛い!頭をぐりぐりしないで!」


 モネに物理的制裁を加えていると、護衛の聖騎士が血相変えて割り込んできた。


「貴様!無礼が過ぎるぞ!今すぐその手を放せ!」


「うるせえ!どう考えてもこのクソアマが悪いだろ!裏切った上に開き直りやがって!」


「裏切りじゃありませんー。より良い未来のための苦渋の選択ですぅ。」


「苦渋の思いをしたのは俺なんだよ。だいたい未だに謝罪の一つもないってのはどういうことだ!」


「謝罪?私が?なぜです?」


「モネ様…、さすがにそれは。」


「悪魔かな?」


「聖なる翼をもつ私が悪魔に見えるのなら、あなたも立派な異教徒ですねフランシスコ!」


「悪魔は天使の皮を被って人を唆すんだよ!」


「あら。やはりあなたにも私は天使に見えているのですね。」


「っ……。」


 ああいえばこういう。


 再度言葉に詰まる俺に、モネは勝ち誇った顔をする。


 俺はどうにもこいつに弱い。


 俺が言葉に窮したままモネを睨んでいると、モネは苦笑し、そして言った。


「すみません。苦労を掛けましたねフランシスコ。ありがとうございます。」


「ああ。」


 モネの言う通り、左遷を受け入れたのは俺の意思だった。別にモネから何かを直接頼まれたわけではない。にもかかわらずそのことでいつまでもへそを曲げているのは、大人げないというものだろう。というか、逆切れ・八つ当たりと言われても仕方ない。


 別に恨んでいたわけではない。理由を聞いて、軽い謝罪が得られればそれでよかったのだ。


 謝罪を受け入れた俺にモネは満面の笑みで言った。


「ふふふ。相変わらずちょろいですねフランシスコ!でもそういうところも好きですよ。」


 ……、このクソアマ。




 モネとの会話を終え、部下共や少女剣士、ハクモと合流した。


「任務達成の報酬をもらってきた。後で分配する。新大陸については口外するな。かん口令が布かれた。それと、新しい仕事を受けてきた。ヴァジュラマ教徒の活発化・迷宮出現増加の理由を解明することだ。ヴァジュラマ教徒を捕獲し、尋問を行うのが手っ取り早い。奴らは豊穣祭で何かしでかす可能性がある。ひとまず、豊穣祭でヴァジュラマ教徒を捕らえることが俺たちの短期的な行動目標になる。以上だ。」


「「「うぃーっす。」」」


 部下共に現状と今後の方針を伝えた。


 次に少女剣士だ。


「お前との契約はひとまずこれで終了だ。これが報酬になる。お前の功績は大きい。だから報酬には色を付けておいた。」


 俺は報酬の入った袋を少女剣士に渡す。


「…、うん。確かに。」


「なんだ?何が不満だ。」


 少女剣士は通常よりも多い報酬を受け取ったにも関わらず、どこか浮かない表情をしている。結構な金額なんだが。


「いや、うーん。不満というか、その……。」


「なんだ。はっきり言え。」


 口をもにょもにょさせながら言い淀む少女剣士を急かす。


「その、我まだ雇われててあげてもいいよ!」


「ん?」


「お頭のところにいれば、争いが絶えないし、おいしい思いも出来るし、金払いもいい!お頭も我を雇っていて損はないよ。将来の剣王をこの値段で雇えるなんて破格だよ!」


 争いが絶えないとは嬉しくない評価だが、否定はできない。


 しかし、どうやら俺は少女剣士から雇い主としてそれなりに評価されているようだ。


「ひとまずって言っただろ。前回の契約は左遷先から帰ってきて本部に報告するまでを契約期間に定めていた。ゆえにひとまず契約終了だ。しかし俺もお前との雇用契約は継続したいと思っている。だからほらっ、新しい契約書だ。」


 俺は事前に作っておいた契約書を少女剣士に渡す。


「契約期間を1年とし、片一方もしくは両者から解除の申し入れがない限り自動更新するものとする。これでいいか。」


「うん!」


 少女剣士は契約書に目を通し、そして嬉しそうにうなずいた。


「それにしてもそっかそっかー。なんだかんだでお頭は我のこと評価してたんだね。うんうん。これからも我が助けてあげるから安心するがいい!」


 調子に乗んなと言いたいとこだが、実際頼りにしているのは事実だ。やる気に水を差す必要もあるまい。


「ああ。頼んだぞ。」


「うん!」






 そしてハクモだ。


「ハクモ。お前には俺の養子になってもらう。」


「え?お頭何言ってんの?ロリコンなの?」


 少女剣士がハクモを俺から隠すようにして背にかばう。


 こいつまだ俺にロリコン疑惑を抱いているのか。


 大体、養子縁組をすることがなぜロリコンにつながるのか……。


 確かに、腐敗神官の中には養子として囲い込んで性的虐待をかます背信者が存在するのは事実だ。しかしそれと同類と思われるのは心外だし、俺に対してクソ失礼だ。


「お頭痛い痛い!我の頭部を握りつぶそうとしないで!」


「ちっ!もう馬鹿なこと言うなよ。それで、ハクモが俺の養子になる件についてだが、ハクモを信徒として登録し、かつ神官、聖務執行官の見習いにするためにマカロフ枢機卿から出された条件がハクモを俺の養子にするということだった。いわゆる後見人だ。」


 俺もマカロフに「お前がパパになるんだよ」という趣旨のことを言われたときは驚いた。ふざけているのかといぶかしんだが、理由を聞けば仕方ないことだったし、想定してしかるべきことだった。


 俺はハクモを聖務執行官にし、仕事を手伝わせるつもりだ。


 ハクモの恩寵は便利で優秀。俺の仕事を楽にしてくれるだろう。


 ゆえに現在ハクモに手伝ってもらう仕事もその関係になる。しかし聖務執行官の仕事は基本的にすべて荒事。アスワンの教義的にかなりグレーゾーンにある行為だし、場合によっては聖務執行官しか許されない行為も含まれる。


 普通なら神官、もしくは神官見習いでさえあれば、聖務執行官の指揮命令のもとでなら多くの聖務執行官の権能を代理執行することが黙認される。だからこそ俺の部下共は聖務執行官でもないのに俺の仕事を手伝うことが出来ている。


 しかし、ハクモはそういうわけにもいかない。目立つ外見と異教徒だった過去により、常に疑惑の目を向けられる。


 そして俺には政敵が数多くいる。


 俺の足をひっぱるために攻撃しやすいハクモに難癖吹っ掛けて失脚させようとする輩は必ずいる。豚教皇なんかがその筆頭だ。


 要はハクモに仕事を手伝わせたいと思ったら、敵のいちゃもんを防ぐため、それにふさわしい職位が必要になるのだ。


 職位を受ける人間にはそれなりの信用が必要だ。しかし元ヴァジュラマ教徒のハクモに信用などない。元異教徒であるということは世間体的には元犯罪者や精神異常者と同じだ。


 そんな人物に教会の職位をつけようとしたら生半可なことじゃできない。


 だからマカロフは俺の養子にすることを条件にしたのだ。俺は教会ではまあまあ偉い司教という地位にある。そんな俺の養子にすることでハクモに社会的信用を付与しろということだった。そうでもしないと職位は与えられないということだった。


「すでに、信徒としての登録は済んだ。後は今後、俺達の仕事を手伝ってもらうために職位が必要になる。本来、その辺は曖昧で適当なんだがハクモの場合は異教徒、しかもヴァジュラマ教徒から帰依している。周囲からの雑音が想定される。潔癖すぎるくらいに規則は守っていた方がいい。いいな。」


俺がハクモに確認をとると、ハクモは素直に頷き言った。


「パパ。」


「それはやめろ。」

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