36:懺悔室・本部へ報告
人でにぎわう港町の教会。
人が行きかう場所には富が集まる。自然、寄付も集まりやすく教会は大きく立派になる。本部ほどではないがフランシスコ達が降り立った港町の教会も実に立派なものだった。
フランシスコを先頭にぞろぞろと教会内に足を踏み入れる。
教会内は広く開放的だ。壁一面真っ白に塗り固められていて、天井はガラスで覆われている。太陽光が神聖な教会に差し込み、照らしている。中心には白い女神像が安置されている。
端に視線をやると、扉が複数並んでいるのがわかる。
ほとんどの教会に設置されているそれは、懺悔室だ。
俗世での罪を告白し、シスターがそれを聞き届ける。
そして咎人と共に神に赦しを乞うのだ。
秘密は決して外には漏らさない。
教会の重要な役割の一つだ。
「お前らついてくんなよ。」
そんな教会の懺悔室に、罪悪感とは無縁の男、フランシスコが入室していった。
レミスと少女剣士は自身の目を疑った。
「まさかお頭にも罪の意識なんてものがあったなんて。でも果たして懺悔程度で赦されるような業なのか…。ああっ!でも赦されないとわかっていても赦しを請わずにはいられないということかも。我ちょっとお頭が可愛そうになってきた。」
「そうね。一見神をも恐れないような振る舞いをしているけれど、本当は信心深かったのかもしれないわ。聖務執行官の責務が彼を血も涙もない冷血漢に変えてしまったのかも。そう思うとあの荒んだ目付きにも憐憫を感じるわね。」
二人が好き勝手言っているうちに、フランシスコは用事を済ませ、懺悔室から出てきた。心なしか、どこか深刻そうな表情をしている。
「お頭!辛かったんだね!気づかなかったよ!無慈悲な冷血漢だと思っていたよ!戦いの中でしか生を実感できない類の人間だと…、痛い痛いっ!蹴らないで!我心配してあげてるのに!」
「心配?新手の嫌味じゃなくてか?」
「ヴィクトリアちゃん、心配してたのよ。フランシスコ司教が懺悔室なんて入るから、実は思い悩んでいるんじゃないかって。そうじゃなければその荒んだ目付きに説明がつかないって!」
「ほう?」
「レミスちゃん!?違う!我じゃない。荒んだ目付きどうこうは我じゃない!」
ヴィクトリアは必死に弁明し、何とか話を逸らす。
「もう、いいから!懺悔室で何を懺悔してたの!」
ヴィクトリアが問いただす。
「懺悔なんてしてないが?」
フランシスコは怪訝な表情で答えた。
「「……、え?」」
懺悔室。そこで働くシスターは懺悔の内容を外には絶対に漏らさない。
そう「教会」の外には絶対に漏らさないのだ。
逆に教会関係者に対しては金さえ払えば口は非常に軽い。
懺悔などと言うと仰々しいが、大半はほとんどが愚痴だ。対して面白くもない。ずっと聞いていれば精神もささくれ立つ。
「いっそ、大犯罪者が来てくれないかな」というのはこの港町のシスターの弁。確かに平凡な愚痴より聞きごたえがありそうだ。懺悔室の実態などこんなものである。
そのうえ、人とは禁止されるとその禁を犯したくなる生物だ。シスターも人間。秘密を話したくて話したくてしかたがない。
この教会のシスターも金を渡したら、喜び勇んで話してくれた。壮年の神官から金をぶんどっておいてよかった。
俺の目的は懺悔などではなく、情報集だった。
懺悔室は情報を集め、分析し、利用するために設置された教会の諜報機関だ。人の弱みと共に多くの情報が集約する。
他地域とも情報のやり取りをしており、把握している情報は幅広い。
ここのシスターはおしゃべりだったため無駄な情報も多かったが、ここ最近の情勢は理路整然とわかりやすく説明してくれた。
「―――というわけだ。俺達は今の世情に疎いからな。必要なことだった。ついでに教皇の嫌がりそうなことも聞いてみたんだが、空振りだった。」
壮年の神官が襲い掛かってきた件について報復したかったんだが、あの豚教皇は余計なことをしないように枢機卿が大体の欲望を満たしてやっている。報復しようと思うとなかなか難しい。
「そうだよね。お頭に罪の意識なんてあるわけないよね。そんなことより報復だよね。我なんだか安心したよ。」
「本来なら今の発言をこそ心配しないといけないと思うのだけど。確かに私もなんだかほっとしたわ。」
釈然としないが、今は無視だ。
「俺達が到着したことを本部に先に連絡するよう依頼しておいた。だが、どうもヴァジュラマ教徒共の事件が増えてきているらしい。詳しい事情を知りたい。急いで本部へ向かうぞ。」
「ああ、それで少し深刻そうな表情をしていたのね。紛らわしい。」
目に見えてここ数か月、ヴァジュラマ教徒関連の事件が増えている。
だがそれ以上に脅威なのが迷宮発見数の増加だ。
全てを発見できるわけではない。発見されているのは出現している迷宮のごく一部であると考えるべきだ。
時期的に俺が生贄の祭壇の迷宮でヴァジュラマ像を破壊してしまったことに端を発している雰囲気がある。今まで半信半疑だったが、ヴァジュラマの力が解放されたというのは事実の可能性が高まってきた。
神聖美幼女からの使命もある。
可能な限り解決したい。
それも迅速に。
最近恩寵のバリエーションが増えていると聞く。「原因究明の恩寵」等が存在していてもおかしくない。
ヴァジュラマ教徒共の活発化と俺の行動が紐づけられないとも限らないのだ。そうなれば嫌疑の目が俺に向かい、教皇は大喜びで俺を糾弾するだろう。
万が一に備えて、ヴァジュラマの力の解放が本意ではなかったと証明するだけの行動はしておきたい。
俺達は急ぎ教会本部へと向かった。
俺は今、豪奢なアスワン大聖堂の会議室にいる。
参加者はマカロフ・ベルナルディ枢機卿、ユヴァル・ノア枢機卿、聖女、俺、レミスだ。本来なら護衛の者が周囲を固めていてしかるべきなんだが、聖女の護衛の聖騎士ただ一人がいるだけだ。
レミスは教会の最高権力者共に囲まれて顔色が悪い。緊張でがちがちだ。
マカロフ・ベルナルディが口火を切った。
「フランシスコ、レミス。任務達成ご苦労様。いやぁ、まさか生きて帰るとは思わなかったよ。」
はははと陽気に笑うマカロフ。無神経な物言いに腹が立つが、そういえばこいつはそういう奴だった。不謹慎な物言いで相手を煽るのが大好きなクソヤローだった。
マカロフは聖務執行官を統括する立場にある。つまり、俺の直属の上司であり、俺の左遷命令を下した張本人でもある。
こいつは非常に困難で過酷な命令を愉快そうに俺に下してくる。ゆえに以前から嫌いだったが、今は虫唾が走る。
黙って睨みつけ不快の意を伝えてみても、どこ吹く風だ。
「教皇様は出席したくないとダダをこねられてね。どうもフランシスコ、君を褒めたくないようだ。いても邪魔なだけだし、許可しておいたよ。君もその方がいいだろ?」
「帰還早々に教皇様の手勢に襲われたので苦言を呈したかったのですが。」
「はははは。それはやめておいた方がいい。教皇様が癇癪を起して収拾がつかなくなるからね。君の苦言はいつも皮肉が利きすぎる。」
「旧交を温めているところ申し訳ないが、本題に入らせてもらってもいいだろうか。少し仕事が立て込んでいてね。」
ユヴァル・ノア枢機卿が口をはさんだ。マカロフとの会話はいら立つだけなので、話を打ち切ってもらえて助かった。
「そうですね。申し訳ない。それではフランシスコ並びにレミス。任務結果を報告しなさい。」
そして俺とレミスは順番に任務の経過と結果を伝えた。もちろん俺に都合の悪い所は省いてだ。
「報告には聞いていたけど、いやあ、信じがたいね。言葉通じぬ蛮族、都合よく授かる恩寵。ヴァジュラマ教徒と闇の眷属に魔人。それに帰依した魔人の少女ね。」
「それにしても言葉を解する恩寵とは…。ずいぶん罰当たりな恩寵だ。」
言語は神が人に与えた奇跡とされている。
俺の持つ翻訳の恩寵は言葉を解さぬ者がいることを前提にしている。神の奇跡を否定すると考えられてもおかしくない。
あまりいい話の流れではない。背中を冷や汗が流れる。
「まあ、大した問題じゃないが、あまり外で吹聴しないように。」
あっさりとしたマカロフの物言いに肩の力が抜ける。
「帰依した魔人の少女はどうするつもりだい。」
「まずは信徒としての登録を。可能なら神官見習いにしたいと考えています。ゆくゆくは聖務執行官にするつもりです。」
「まあ、妥当かな。いくつか条件はあるけど、それは後で話し合おう。」
「ありがとうございます。」
「ああ、それとね。新大陸の発見は重要機密とする。当面の間、かん口令を敷く。機密を漏らすことのないように。すこし前までは大々的に発表する予定だったんだけどね。ヴァジュラマ教徒の件もあるし、不確定要素は減らしたい。」
新大陸発見は教会内で秘匿されることになったらしい。どう扱うか検討しているようだ。
教義にこのロマノス大陸以外の大陸など出てこない。他の大陸が無いなどとも書かれていないので、教義に矛盾が産まれることはないが、大勢の信徒にどのような影響が出るかわからない。ヴァジュラマ教徒の活動が活発化したことで情勢は不安定だ。ゆえに不確定要素は減らしたいということなのだろう。
「はい。これが任務達成の報酬だ。口止め料も含まれているよ。」
左遷とはいえ任務。しかも新大陸発見と敵対的な現地の異教徒を根絶やしにし、さらに魔人を帰依させたという功績がある。功績に見合った莫大な報酬が用意されており、フランシスコはそれを受け取った。
黙り込んで空気になっているレミスの分の報酬も当然、別に用意されている。
「いずれにせよ君が戻ってきてくれてうれしいよ。」
とても良い笑顔だった。
嫌な予感がする。
「帰還早々にすまないが君に任せたい仕事があるんだ。」
案の上、仕事の話だ。
「活発化するヴァジュラマ教徒の暴走と迷宮発生の増加。その原因を突き止めてほしい。それと、もうすぐ豊穣祭が行われる。年に一度のアスワン教の祭典だ。ヴァジュラマ教徒が妙なちょっかいをかけてこないとも限らない。」
「警備の要請ですか。」
「いや、違う。それは聖騎士の仕事だ。これはチャンスだよ。手段は問わない。ヴァジュラマ教徒を捕らえて、情報を吐かせてほしい。実のところ困っていてね、何故急に彼らが活発に行動を始めるようになったのか。迷宮の出現の増加と関わりがあるのか。何もわかっていないんだ。報酬は弾むよ。期待している。」
そう言うマカロフは実に愉快そうだった。
ブックマークもしくは評価を頂けると励みになります。




