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35:宣教師、左遷先から舞い戻る


 出航数日後。


「馬鹿か!何、教会の旗掲げてんだ!」


 俺はレミスを怒鳴りつけていた。


「教会の旗じゃないと海賊に襲われるでしょ!」


 ビクつくこともなく、平然と言い返してくるレミス。だが、お前は何もわかってねえ!


「それでいいんだよ!」


「え?」


 レミスはこの数か月で敬語を放棄し、平気でため口を使うようになってしまった。最初の頃はビクついて可愛いものだったが、俺の周囲には舐めた口を利く奴らが多すぎる。部下共とか少女剣士とか…。結果気づけばレミスはその環境に順応し、俺に対して物怖じしなくなってしまった。


 俺も慣れたもので今更腹も立たない。指示にさえ従ってくれれば問題はない。


 さて、レミスの文句を聞きながら帆を教会の旗から商人のそれに張り替える。


 そして数時間後。


「よっしゃ海賊来た!」


「何がよっしゃよ!私の恩寵で逃げるわよ。」


「馬鹿!やめろ!誰かあのアホを止めろ!」


「誰がアホよ!」


 俺は、レミスが文句を言いつつも俺達に任せる姿勢を見せたため、レミスを無視し部下共に声をかけた。


「逸るなよ。奴らが手を出すのを待つんだ。」


「奴ら矢を射ってきました!」


「よし!手前ら!略奪だ!違う!間違えた!正当防衛だ。神は言った。罪には罰を、と!」


「わきゃーー!久々の戦場だぁー!我が剣は血を求めている!」


『海賊は異教徒?』


「違うが、背信者だ。殺れ。」


『わかった。』


「ひゃっほぉーう。飯が豪華になるぜ!奴らの船で火を起こそうぜ。自分たちの船じゃ危なくて火なんて使えねえからな。」


「海賊相手なら何をしたって正当防衛だぜ!フォーーォ!滾ってきたぁー!」


「フランシスコ司教がお頭って呼ばれる理由がよくわかったわ。」


 そんな感じで大過なく旅程は過ぎて言った。





 すったもんだあったがようやく本土に到着した。


 ふと、強さこそパワーだったあの蛮族共と未開の地が脳裏を過る。しかし微塵も名残惜しくない。


 大きく深呼吸をする。潮風が鼻孔をくすぐり肺を満たす。


「ふう。文明の香りがする。」


 俺に相応しい知的で開明的な香りだ。


「何言ってんすかお頭。潮の香しかしないですよ。」


「お頭大丈夫。我にはわかるよ。風が…、泣いている。みたいなことが言いたかったんだよね。」


「馬鹿言ってないで積み荷下ろすの手伝いなさいよ!」


 俺は遂にロマノス大陸に帰ってきた!


 そう喜んだのもつかの間。船の積み荷を降ろす作業に従事していると遠方から集団が走ってきた。神官と剣士か?


 不穏な雰囲気を感じ取り、俺はハクモを船に戻すよう部下に指示する。ハクモはまだ教会に正式に信者として登録されていない。言葉は船旅で大分上達したが未だにたどたどしい。見た目も白髪褐色の肌と目立つ。


 神官にいちゃもんをつけられれば異端の嫌疑は免れない。しばらくは人目につかないようにしておくのが無難だ。


 集団の責任者らしき壮年の神官は邂逅一番告げた。


「フランシスコ・ピサロはいるか!」


「私がフランシスコです。何の御用で?」


 こいつも敬語が使えないタイプの神官かと内心いら立つも、努めて穏当に言葉を返す。


「拘束し教会本部まで連行せよと教皇猊下より命を受けている。大人しく従え。」


 豚教皇の嫌がらせだ。あいつは俺を嫌っている。能力はカスだが、権威と金があるからそこそこ人を動かすことが出来るのが質が悪い。


「それは穏やかではないですね。教皇猊下からの勅令状はありますか。」


「必要ない。確かに猊下の命だ。」


「勅令状がなければ従えませんね。猊下の命令であることが確認できない。それより、猊下の命令を騙る行為は極刑ですよ。」


 教皇の命令を勅令といい、その勅令が記された書状を勅令状という。教会組織に勅令を下す際、いちいち教皇が出向いて命令するわけにはいかない。ゆえに、勅令状を教皇の勅令の証拠として扱う。他者が教皇の勅令を口にする際は本来勅令状もセットのはずなのだ。というか教皇本人の言葉であっても、勅令状がなければ正式な勅令として扱われない。


 しかし、現在の腐敗王ことマクスウェル1世はその至尊の座を手にするために勅令状の管理を二人の枢機卿に明け渡した。結果教皇本人に正式な勅令を下す権能がなくなってしまった。


 このことは教会内部では公然の秘密となっている。


 ゆえに勅令状がないということが逆に教皇本人の勅令である信憑性を高めているという皮肉なことになっている。


 仮に教皇本人の指示だとしても勅令状がない限り従う理由はない。もし相手が実力行使に出るのなら、こちらも当然反撃する。


 面倒なので念のため勅令を騙ることは極刑だと警告してみたが、わかってやっているはずだ。効果は期待できない。何かあっても教皇が助けてくれると高をくくっているのだろう。


「大人しく従わないのなら、強引な手段も猊下から許可されている。」


 壮年の神官がそういうと、どこか野卑た印象のある男達が進み出た。おそらく剣士だ。教会は内部の抗争では大抵剣士を雇う。あまり質が良いようには見えないが。


「どうやら我の出番のようだね。」


 少女剣士が瞳を欄欄と輝かせて剣に手をやり進み出た。


「神官の中に剣士が一人。しかも小娘か。こいつぁ楽な仕事になりそうだなぁ」


「っ……!」


 野卑た剣士たちがげらげらと笑い声をあげ、俺達を煽り立てる。


 そして見事にそれに乗せられる少女剣士。顔を真っ赤にして、顎に梅干しを作っている。声も出ないほどに悔しがっている。


「ちょ、ちょっと何してるの!どうなってるの!」


 一触即発の空気にレミスが割り込んできた。


 奴には俺を教会本部まで連れていく任務がある。任務に支障が出るのではないかと危惧しているのだろう。


「教皇猊下の勅令にフランシスコ・ピサロ氏が従わないのだ。」


「勅令状もないのに勅令を騙るもので。」


「私はフランシスコ・ピサロを教会本部まで連れていく任務を受けています。これが勅令状です。あなたに勅令状がない限り私の任務が優先されます。違いますか。」


 そう言いレミスは懐から勅令状をとり出す。


「私は拘束した状態で教会本部に連れていくよう要請されている。私が仕事を完遂すればあなたの仕事も自然と果たされる。それにその勅令状を見る限り、時系列的にはこちらの方が新しい。私の仕事を優先します。」


「なるほど。私の任務には影響しませんね。」


 壮年の神官はレミスの勅令状を意にも解さなかった。別にレミスの勅令状に反するわけじゃないからな。俺を拘束することは。


 レミスはどちらに転ぼうと自身の任務に支障がないことを知り、傍観することにしたようだ。使えない。


 普通に考えたら勅令状なしにこんなに強気に出るのはおかしいんだが、それを可能にするほどの金銭を教皇は用意できる。奴は失敗しても金は払う。ゆえに相手はどんなに分が悪くともとりあえず命令を実行したいんだろう。金のために。


 こうした拝金主義者の神官も増えてきた。神官の腐敗、ここに極まれりといった感じだ。


 相手が引くことはないだろう。あとは俺が相手の言うことに従うかどうかだ。


「申し訳ありませんがお引き取り願いたい。今ならまだ見逃してあげます。これ以上続けるならば勅令を騙った嫌疑でこちらがあなた方を拘束します。」


 奴らが攻撃してきた時、反撃するための建前を宣言する。


 教義の違反者を罰するのが聖務執行官だ。その権限の一つに拘束がある。当然そのための暴力行使は認められている。


「教皇猊下の勅令に逆らうと?」


「勅令状のない勅令など存在しません。」


 俺達はどちらからともなく唱えた。


『神よ、彼の者に力を与え給え。』


 神は言った。『暴力を振るってはならない。なぜなら言葉があるのだから』と。


 暴力を戒めた神の力で、俺達はこれから争うのだ。




 神聖術というのは何度重ねてかけても、同じ性質の能力強化は重複しない。それは同一宗教の術であっても異教の術であって変わらない真実だ。


 例えばハン族の祖霊術が身体能力を2倍に高めるとして、アスワン教徒の神聖術が3倍身体能力を高めるとする。その術を同一対象に同時にかけた場合、直感的には6倍の力を発揮するように思われる。しかしそうはならない。


 より強化率の高いほうのみが効果を発揮する。今回の場合、神聖術による3倍身体能力が効果を発揮することとなる。


 だが剣士だけは例外だ。剣士の剣気は神聖術、もしくは他の異教の術と重複して力を発揮する。


 剣士が剣気を身に纏うと身体能力が2倍強化されるとして、神聖術が身体能力を3倍強化するとする。同一対象に術を行使した場合、本来は3倍にしかならないところが6倍の効果が発揮される。


 剣士が教会に重宝される理由である。


 ちなみに剣気と神聖術二つを使用できる個人は存在しない。


 たった一人、古の伝説に存在するだけだ。


 話が逸れた。


 まあ、何が言いたいかというと、劣勢だということだ。


 うちの少女剣士は剣に剣気を纏うことはできても、まだ、剣気を身体に纏うことが出来ない。そして相手の剣士は身体に剣気を纏っているということ。


 そして相手は10人以上の剣士が居てこちらには一人だ。


 剣士の数が戦力の強さ。常識で考えればこちらが絶望的に不利だ。舐められもする。


「お頭。あいつら我が剣気を纏えないのを見て笑ってるよ。むかつく。」


「早く纏えるようになってくれ。俺も参戦してフォローしてやる。やるぞ。」


「出来ることが多いからって強いわけじゃないってことをいい年こいた中年に我が教えてやる。」


「フランシスコ・ピサロ。あなたの活躍は耳にしているが、さすがに剣気を纏えない剣士、それも少女一人しかいないのでは勝てるものも勝てない。数の差もある。降伏するのが賢い選択だ。」


 壮年の神官が勝ち誇っているが、馬鹿なのか。思わず口調が荒くなる。


「お前の神聖術とそいつらの剣気が合わさっても、俺の神聖術の方が強い!」


「我の技術もね!」


 最初に動き出したのは少女剣士。


 神聖術による強化で、一歩で敵を剣の間合いに捕らえた。


 その思い切りの良さに相手の剣士は目を見張る。しかし、質は悪そうでも場馴れはしているようで、少女剣士の薙ぎ払いを的確に防御した、かに思われた。


「剣気、纏」


「はぁ?」


 少女剣士は剣気を纏った剣で敵の剣を両断し、相手の利き腕を切り落とした。


「があああ!腕が俺の腕が!ウガぁらべっ」


 宙を舞う腕を気にも留めず、片腕をなくし、バランスを崩した剣士を別の剣士目掛けて蹴り飛ばす。


「ちっ、クソが足をやられた。気をつけろ」


「調子に乗るなよクソアマが!」


 作り出した混乱に乗じてもう一人の足に大きな切り傷をつけることに成功するが、さすがに敵の反撃を受けて一度引かざるを得なくなった。


「うーん。さすがに瞬殺は出来なかったよ。でも身体能力に差はなさそうだね。むしろこっちが上かな。」



 少女剣士は上機嫌に言う。


「所詮は木っ端神官と凡剣士だ。神の恩寵あらたかな俺の神聖術にはかなわん。」


「木っ端っ……。」


 俺の言葉に壮年神官は絶句し、やがて表情を憤怒に歪ませた。


 単純な話だ。神聖術による効果は個人によって違う。剣士の剣気と壮年の神官の神聖術を合わせた強化率を俺一人の神聖術の強化率が上回っていただけのこと。


 所詮教皇が動かせる程度の人材。


 本当に優秀な奴らはあの二人の枢機卿が抑えている。あいつらは金がうなるほどあるし、それ以外でも報酬として用意出来るものが教皇よりも断然多い。残った出涸らしの人材を教皇が金と権威で動かしているだけだ。


「何をしている!早くフランシスコを取り押さえろ。どれだけ人数差があると思っている!」


「舐められたもんだ。おらぁ敵は小娘とひょろい神官一人だ!ちゃっちゃと終わらせるぞ!」


 壮年の神官の言葉で敵は落ち着きを取り戻し、襲い掛かってきた。


 俺も少女剣士も武器を手に取り迎え撃つ。


「ぐあっ」


「なんだこの神官!?強ぇぞ!」


「よっしゃわき腹に刺してやったぜ!げボラぁっ!」


「クソが!痛えな!誰がひょろいだ!貧弱剣士共が!下手に出てやりゃ良い気になりやがって!」


「ひぇっ!なんで腹刺されて動けるんだ!」


「これが神の奇跡だ!」


 メイス『戒め』をぶん回して、敵剣士共を薙ぎ払っていると少女剣士が苦言を呈してきた。


「ちょっとお頭!我の分まで取らないでよ!」


 少女剣士は俺に視線を向けながら、敵の攻撃を避けるという離れ業を行使していた。


 成長を喜ぶべきか、舐めプすんなと叱るべきか。悩むところだ。


「クソっ!この小娘ちょこまかと!攻撃があたらねえ。」


 そしてあっさりと決着がついた。


「馬鹿なっ。この人数をたった二人で。」


 後ずさりながらわめく壮年の神官。


 うめきながら地を這う敵剣士共を尻目に、壮年の神官に俺は笑顔で告げた。


「お前の負けだ。勅令を騙った嫌疑で拘束してもいいが。おれは鬼じゃない。」


 一拍の間をおいて、俺は要求する。


「見逃して欲しければ金をだせ。」


「お頭…。」


 少女剣士があきれた視線を向けてくる。


 うるせえ。本土に戻ったばかりで金の持ち合わせがないんだよ!




「フランシスコ司教…。それ、大丈夫なの?」


 壮年の神官を脅して懐を温めていると遠巻きにしていた奴らが近寄ってきた。その筆頭であるレミスが俺に声をかけてきた。


 レミスは俺の腹部を染める血を見て引いていた。こいつが俺の戦闘を見るのは初めてだったな。


 さすがに剣士相手に無傷では勝てない。


「大丈夫なわけないだろ。クソ痛かった。普通なら死んでる。」


「その割にぴんぴんしてるけど。えっと…、今は?」


「大丈夫に決まってんだろ。俺がこの程度でくたばるか!」


「レミスさん。お頭にとってはいつものことなんで。」


「そう。聖務執行官て過酷なのね。」


 そりゃ、聖務執行官は教会の暗部だ。綺麗な名前で包んでいるが、仕事内容は神職に相応しくないものばかりだ。過酷にもなる。


「なにはともあれ一件落着ね。さっそく教会本部を目指しましょう。」


「すまんが、その前に寄りたいところがある。」


 俺の言葉にレミスは嫌そうな顔をした。早く仕事を終わらせたいんだろう。気持ちはよくわかるが斟酌してやる筋合いはない。


「最寄りの教会に立ち寄る。」


 俺は神官として至極当然のことを告げた。


 だが、なぜかレミスも少女剣士も部下共も怪訝な表情をした。


「何企んでるんですか。」


「企んでない。」


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