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33:猿でもできる。簡単な疑念の逸らし方

「い、異端者だ!」


 俺はその言葉を聞くやいなや、反射的にその女の顎を殴りつけていた。


 顎の衝撃は脳に来る。脳を揺らされた神官服の女はそのまま崩れ落ちた。


 意識を失った彼女を見て、俺は一息ついた。


 メイス『戒め』を携帯していなくてよかった。反射的な行動だったからもしかしたらメイスで脳天カチ割っていたかもしれない。


 さて、これからどうしよう。


 この女神官はおそらく本土から来たのだろう。


 神聖美幼女が本土から船が来ているとは言っていた。しかし、まさかこんなに早いとは。


 そしてこんな夜中に一人で探索になど出るわけがない。すぐにその同行者が現れるだろう。


 本土から来た事情を知らない神官に俺の今の恰好を見られるわけにはいかない。この神官女の口走った「異端者」とは教えに反する者達の総称だ。背信者や異教徒を包括する大分類を指す。要は異常者と同じ意味だ。


 この格好では無理もないが、本当に失礼だな。腹立たしい。


 ハン族との友好のため、良かれと思ってメルギド、長老、少女剣士の勧めに応じたがやはり断るべきだった。自身の意思に反することを行い、結果が思い通りにいかないと、つい責任を他人に求めてしまう。具体的にはメルギドと長老と少女剣士をぶん殴ってやりたくなってしまう。


 今後は自身の意思に反することは断固としてノーを突き付けてやらなければならない。


 現実逃避気味に思考が逸れたが、要はこれからすぐにこの女神官の同行者が現れるだろうからそいつらの意識を奪わなければならないってことだ。


 逃げる時間はないし、そこら中、異常者(ハン族)だらけだ。奴らと諍いを起こされると俺の努力が無に帰す。


 幸い今は夜だし、獣の頭蓋骨を被っている。俺の顔をはっきり見ることはできないだろう。再度顔を合わせても気づかれないはずだ。同行者の意識を奪ったあとゆっくり着替えればいい。


 この猟奇的で狂気に満ちた格好を神官がしているとバレるわけにはいかないのだ。


 案の上、後ろからぞろぞろと神官が現れた。問答無用で殴り倒そうとしたが寸でのところで手を止めた。女神官の同行者は全員本土へ帰した俺の部下共だったからだ。


 ならば話は早い。


「俺だ。今起きたことを黙っているか、記憶を失うまで俺に殴られ続けるか好きな方を選べ。」


「やべえ。異端者かと思ったらお頭だった。」


「異端者の方がまだマシだったよ。」


 俺は眼前の部下共を脅し…じゃない、話し合いでこの格好のことや神官女を殴って気絶させたことを黙っているよう神に誓わせた。部下共は素直に頷いてくれた。


「それにしてもどうすんすか、お頭。レミスさん殴っちゃって。」


「神官が神官殴ったらだめでしょ。暴力禁止では?」


 この神官女はレミスというらしい。


「聖務執行官を異端扱いしたんだ。正当防衛だし、何なら聖務執行妨害だ。正義は俺にあるし、神は俺の味方だ。」


「また屁理屈を…。」


「でもお頭この後どうすんすか。」


 レミスが目を覚ました後のことだろう。きっと異端者のことを気にするはずだ。なんせ殴られ気絶させられたんだから。


「大丈夫だ。俺に考えがある。」





 その後レミスを臨時教会へと運び、寝かせた。長旅で疲れていたのだろう。翌朝まですやすやと眠っていた。


 船旅をしてきた部下共にも休息を与えた。


 そして他の部下共と俺とで、交替でレミスを一晩中監視した。夜中起き出して妙な行動をされたら困るからだ。


 そしてようやく目を覚ましたレミス。


「ここは?」


「起きましたか。」


 覚醒しきっていないレミスに、俺は神官らしい言葉遣いで声をかける。


 暗闇で頭蓋骨を被っていたから俺だとはわからないはずだ。当然今は神官服を着用している。どこからどう見ても普通の神官だ。法衣にちょっと俺の血のシミがついていて、穴の補修跡だらけだけど。


 とにかくレミスに気づいた様子はない。


「あれ?私、確か、凶悪な異端者に襲われて…。」


「……。」


 甚だ不本意な形容詞がついているな。


 レミスからしたらいきなり襲われたと思うのかもしれないが、異端者呼ばわりされたら、普通、常識的に考えて殴るだろう。


 異端者扱いされるということはそれほどの重みがある。時代が時代なら磔にされて火にあぶられているかもしれないし、現代でも死刑の可能性がある。軽はずみに言っていいことではないのだ。


 まあ、それでもあの時の俺の恰好は異端者以外のなにものでもないのだが…。


 あまりにも不本意で、つい黙り込んでしまったが、レミスが不審がる。早く答えてやろう。


「異教徒に襲われていたので救出させていただきました。」


 獣頭蓋骨の異端者野郎は俺達が討伐したことにする。そして、そいつらにさらわれようとしていたところを俺達が救出した。


 そういう筋書きだ。


 恩を売れて、かつ、俺が異端の恰好をしていたこともごまかせる。一石二鳥の素晴らしい作戦だ。


 マッチポンプともいう。


 さあ感謝しろ。


「じゃあ、異教徒はもう?」


「ええ。安心してください。奴らは根絶やしにしました。」


 安心させるよう微笑みかける。


「そ、そう。よかった。助かったわ。ありがとう。私はレミス。あなたは?」


 根絶やしの部分で頬を引きつらせていたが、レミスは感謝の言葉を口にした。


 初対面の命の恩人に対してため口かよ。という気持ちをぐっと抑え込み俺は名を名乗った。


「はい。私はフランシスコと申します。」


「あなたが生ける(リビングデッド)…。」


 ぶっ殺すぞ。




 さて、レミスから教会の命令を聞いた。


 レミスは新大陸発見の真偽を確認し、それが真実だった場合、俺を呼び戻すよう命令されているとのこと。


 やっと帰れる。ありがとう。


 レミスが海岸に置いてきた他の神官や船員たちの下には部下をやり無事を知らせている。


 この娘はなかなか無茶をしたようだ。


「教会があるのでしょう?見てみたいわ。査察も任務のうちよ。」


 情報を聞き出す中で、こいつの役職が俺より下だと判明したんだが、なんでため口なの?役職を知る前なら百歩譲ってしゃーないが、今は駄目じゃない?


 教会は上下関係にうるさい組織なのだ。


 というか文明人の端くれなら初対面は敬語使えよ。殺すぞ。


 という内心を隠して、文明人たる俺は紳士に対応した。


「上司には敬語を使え。殺すぞ。」


「ひぇっ……。」


 あっ、やべっ。


 でもまあいっか。特段おかしなことは言っていない。普通普通。


「返事は?」


「はっ、はぃっ。」


 必要以上にビビらせてしまったようだが、まあいい。


 俺は大人だから許してやるよ。敬語も使い続けてやるから安心したまえ。なんせ大人だからね。


 さて教会見学に行こうか。


 教会への道中でハン族と行き会った。適当に挨拶して別れたのだが、レミスは不思議そうにしている。


「どうして蛮族共を粛正しないの…ですか。異教徒なのでしょう…です。」


「教化の最中です。争わずに共存できるのであれば、これほど素晴らしいこともないでしょう。」


 争えば人数の差でむしろこちらが粛正される恐れがある。レミスに余計なことをするなよと暗に釘を刺す。


「え?あの蛮族、獣の頭蓋骨つけてる。まるで昨日の異端者のような……。」


「あれは異端者討伐の戦利品ですね。かっこいいとのことなのであげました。所詮は蛮族、彼らの感性は理解できません。ですが大丈夫。彼らは良い蛮族です。刺激しなければ襲ってはきませんよ」


 まるで獣に対する注意事項みたいになってしまったが、あながち間違ってはいないだろう。


 このように道行く先で適当に質問に答えながら、教会へ向けて足を進めた。




「こ、この骨の山は何……ですか?」


「あなたを襲った異教徒共の慣れの果てです。」


「何故天辺に十字架が刺さっているの……、ですか」


「神に信仰を示すためですね。」


 そういえばうちの教会ヤバイってことに今気づいた。だがすでに教会に到着してしまっている。己のうかつさを呪うしかない。


「この骨は?」


「闇の眷属の骨格標本ですね。」


「このはく製は?」


「ハン族からの寄贈品です。」


気のせいか、レミスの口調から敬語が抜け落ちてきている。俺に対する疑念が芽生え始めているのだろう。


だが、大丈夫。平常心だ。当然のような顔をしておけば怪しまれることはないはずだ。


「素敵な女神画ね。」


少女剣士面の女神画を見て、ふとレミスがつぶやく。本当に感心しているようだ。


気をそらせたと思い、少し安堵する。


「あ、お頭おはよ~。我の訓練つきあって!」


「え?女神様?」


「え?」


大丈夫。まだ大丈夫……、なはずだ。


「背信…してませんよね?」


「してねえよ。馬鹿か!殺すぞ!」


「ひゃいっ」


結局、レミスに芽生えた疑念を力業で胡麻化すことになってしまった。無念だ。


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