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29:生贄の祭壇


 ハン族との婚姻政策は始まったばかり。


 仲睦まじい部下とハン族の男女を多く見かけるようになったが、結婚の話は未だ聞かない。


 メルガとうまく話せないとほざいていた高齢童貞のあいつも本人ののろけ話によるとうまくいっているそうだ。


 経過はいいから結果をくれ。結果、すなわち結婚だ。


 恋愛なんてものは冷静になってしまったらおしまいだ。


 気持ちが高ぶっているうちにゴールインすることを願っている。





 俺が婚姻政策に取り組んでいる間に歪の森に異変が生じていた。


 汚染されていた地域からあの禍々しい雰囲気、呪詛が急激に薄れているのだ。


 強大な闇の眷属であるヒュドラを倒した影響だと思っていた。


 しかし、戦士の調査の結果少し違うことが判明した。


 ヒュドラに生贄を捧げる祭壇に呪詛と思われる何やら邪なものが集まっている。歪の森の呪詛が生贄の祭壇に集約していると推測される。


 神聖術の使えない戦士は俺達神官と比べて、呪詛に対する感覚が鈍い。にもかかわらず、戦士がそれを感知できた。それだけ生贄の祭壇に集約されている呪詛が強いということだ。


 報告を受け、危機感を抱いた俺達はすぐに現地へと向かった。




 ハクモと戦士の先導で俺達は生贄の祭壇にたどり着いた。


 同行者は俺、ハクモ、少女剣士、部下の半数、メルギドそして戦士数名だ。


 山の斜面に石造の階段と祭壇がある。階段を構成する石には薄っすらと模様が描かれていた。苔むしており歴史を感じさせる。


 階段の最上部に山の斜面を背にして祭壇があり、その奥に大きな洞穴が口を開けている。のぞき込むも、最奥までとても見渡せない。アリの巣のように枝分かれしながら奥へ奥へと広がっている。


 ハクモの話では以前は洞穴などなかったという。


 数日で出来たにしては大きすぎる。


 これは迷宮化といわれる現象だろう。


 闇の眷属の召喚に付随して放たれる呪詛の濃度が一定を超えると周辺を造り変え、一種の異界を作り出す。それが迷宮。


 呪詛による汚染の最終形態だ。


 迷宮のなかで人が死ねばそれはヴァジュラマへと捧げられ、新たな上位の闇の眷属を産み出す。


 本来ヴァジュラマ教徒が儀式と共に命を差し出して初めてなされることだ。


 迷宮はヴァジュラマ教徒の儀式抜きで上位の闇の眷属を産み出す自動生贄召喚儀式装置ともいえる。


 迷宮内で生まれた闇の眷属は迷宮内から出ることはない。しかし、例外がある。


 迷宮は迷宮内で人間や動物が死ぬことで力を蓄え、成長する。構造がより複雑になり、強力な闇の眷属も産まれる。


 そして迷宮が一定以上の力を蓄えると自壊するのだが、その時に内部に蓄えていた闇の眷属をすべて外に放出する。闇の眷属による地上への侵略行為とアスワン教では認識している。


 余談だが、本土のヴァジュラマ教徒は死期を悟るとわざわざ迷宮へと赴きその糧となって迷宮の自壊を積極的に引き起こそうとする。実に迷惑だ。


 ゆえにアスワン教は迷宮を危険視しているし、俺達は急いで、確認にきたわけだ。




 周囲を一通り確認し、いよいよ探索を開始する。光源などないため暗視の神聖術を全員にかけた。


 白蛇を先行させ、そのうえでハクモの感覚拡張で異常がないか確認しながら先へと進む。


 ハクモはいつも通り表情に乏しいが、どこか高揚している印象を受ける。


 以前今後の展望を聞いたら『ヴァジュラマ教徒をこの世から駆逐したい』みたいなことを言っていたからな。


 その時は本気か、強がってかっこつけちゃってるだけか判別がつかなかった。しかしハクモの今の様子からするとどうやら本気だったようだ。


 こいつの過去を考えるとそうおかしなことではない。


 復讐という奴だ。ハクモの復讐はハハ族を滅ぼすだけでは足りなかったのだ。


 アスワン教の信奉する神は愛と平和の創造神。間違っても復讐の神じゃない。


 復讐に囚われるというのはアスワン教の教義的にあまり褒められたものではない。


 しかし、ハクモの復讐の根幹は母を殺されたからである。愛ゆえに…、というやつだ。


 愛が復讐の根幹にあるならば、愛と平和の創造神は御目こぼしくださるのでは?


 しかも復讐相手はヴァジュラマ教徒。異教徒だ。


 異教徒を目の敵にするのはアスワン教徒の嗜み。


 こいつに限っては、復讐は信仰心の賜物ということでいいのでは?


 なんせハクモの復讐心は俺にとって都合がいい。


 ハクモに視線を向ければ真剣な表情で周囲の感知を行っている。張り切っている。


 仕事にやる気があるのはいいことだ。上司である俺の仕事が楽になる。




 進行途中下級な闇の眷属が複数出現したが接敵前に白蛇が処理した。


 下級な闇の眷属はヴァジュラマ教徒が命を代償とせずに召喚できる闇の眷属だ。また、こいつらは呪詛の強い場所だと儀式によらず自然発生することもある。迷宮内ではそれが顕著だ。


「お頭ぁ。飽きたぁ。」


 少女剣士がぶー垂れてくる。


「危険がないのは素晴らしいことだ。文句言うな。ぶっ殺すぞ。」


「お頭、気が短すぎるよ。」


「神官の言葉とは思えないっすね。」


 やべえ。口が過ぎたな。少しピリピリしていた。


 迷宮突入前はどんな上位の闇の眷属が出没するのかと俺達は戦々恐々としていた。しかし、少女剣士だけは上位の闇の眷属と戦う機会があるかもしれないと心躍らせていたのだ。


 だが、いざ探索してみれば下級の闇の眷属しか出てこないうえ、すべて白蛇が処理してしまっている。


 さらにハクモは索敵に集中していて相手をしてくれない。現状が面白くないのはわかる。


 しかし、危険がないのはいいことだ。贅沢を言わないでほしい。


 俺の乱暴な言葉にもめげず、ぶー垂れ続ける少女剣士。その愚痴に付き合いつつ慎重に迷宮を進んだ。




 一時間もかからず広間に出た。行き止まり。最奥のようだ。迷宮にしては短い。


 最奥には闇の眷属とやけに綺麗な人型の石像が台座の上に意味深に鎮座している。石像のさらに上部には赤い球体が浮かんでいる。


 呪詛の中心はあの石像だ。


 闇の眷属は三ツ首のキマイラが二体のみ。こちらを睨み据えながら石像を守るように哨戒している。こちらの様子を伺っているようで低いうなり声をあげながらも襲い掛かってはこない。


 キマイラは上位の闇の眷属に分類される。すでにこの迷宮内で死んだ人間がいるのか。動物の可能性もある。人間よりは数が必要だが、動物も供物にはなる。


「わきゃーっ!キマイラだ!我が剣の錆にしてくれる!」


「おいっ!待てっ!」


 考察している隙に少女剣士がとびだしていった。


 少女剣士は以前にもキマイラとの戦闘経験がある。その時は少女剣士が勝利したものの戦いは互角だった。


 少女剣士には『破魔付与』と『暗視』の加護を付与しているのみ。


 現在、キマイラは二体いる。以前の経験を踏まえるに、一人では危ない。


 そう思っていた。


 しかし、少女剣士は同時に襲ってくる二体のキマイラを体をひねることで紙一重で躱し、そのまま二体の首を一太刀で落として見せた。


「ん?あれ?終わり?」


 目を見開く少女剣士。拍子抜けだと言わんばかりだ。


 なんか以前も同じことを言っていたな。しかし、前回キマイラはそのセリフの直後に復活していたが今回復活する様子はない。


 闇の眷属はすべて個体ごとに強さにばらつきがあるが、今回のキマイラが前回に比べて弱かったかというとそんなことはない。しかも二体同時に相手取ったことを考えると、これまでの経験で少女剣士も成長しているということだろう。


「終わりだ。」


「えー弱すぎ!つまんない!」


「以前は接戦だった。成長したってことだろ。喜べ。」


「え?我強くなったってこと?確かに!言われてみれば!」


 成長を実感するのはうれしいらしく、不満げだった表情を一変させてはしゃいでいる。実に単純だ。


 しかし、ハクモの言葉が水を差した。


『ヴィクトリア、私も殺りたかった。独り占めはよくない。』


 ハクモの白髪がうごめき、髪の間から白蛇が顔をのぞかせている。ハクモの手はヴィクトリアの裾を掴み、不満を表すためか少し引っ張っている。


『しかも人の獲物をとっておいてつまんないって。』


「え?いや、ハクモ、あのね。」


 ハクモにジト目で睨まれて少女剣士はしどろもどろになる。言い訳を並べてみたり、話をそらしてみたりしたがハクモには通じず結局謝罪した。


「これに懲りたら勝手な行動は慎めよ。」


「……うん。」




 かくして最奥を守るキマイラは討滅された。


 後は迷宮核を破壊すれば迷宮は崩壊する。闇の眷属が他にいたとしても外には出てこない。


 さて問題はこの人型の石像。迷宮の核に当たる部分ではない。迷宮の核は人型の石像の上に浮かぶ赤い球体だ。にも関わらずこの石像、明らかに核よりも強い呪詛を纏っている。


 この人型の石像は一体何なのか。他の迷宮にはないものだ。


 嫌な予感がする。


 というか正直推測はできる。誰も口にはしないがどこかで思っている。


 これ、ヴァジュラマ像じゃね?と。


「おい。これ壊すべきか?放っておくべきか?」


 核のみを壊して生き埋めにするか、石像も壊しまうべきか。


 部下共に聞く。意見させてそれに従おう。失敗した時に責任を分散できる。


 実際の全責任は上司である俺にあるが、心情的な問題だ。共に過ちを犯す心理的共犯者が欲しい。


 さあ部下共。忌憚ない意見をくれたまえ。


「さあ?」


「どうっすかね?」


「お頭の判断でよいのでは?」


「俺らお頭信じてるんで。」


 ところが求める返事はなかった。


 さすが長年連れ添った俺の部下共、思考が同じだ。


 ここで何か言って、それを俺が採用して失敗したら、なんか自分にも責任があるような感じになる。それを部下共はわかっている。


 初見での判断は大抵の場合、運で決まる。偶に洞察力によって難を逃れることが出来るものもあるがそんなのは本当に稀だ。


 はあ。仕方ない。俺が判断するよ。


「浄化をかけて破壊する。」


「「「ういーっす。」」」


 浄化の神聖術が使える部下共に指示を出し、全員でヴァジュラマ像に浄化をかけた。


 するとヴァジュラマ像に亀裂が走り、やがて上下に別れてあっけなく崩れた。


 ヴァジュラマ像からは黒い瘴気があふれ出てそして、どこかへ消えた。


「……。」


 なんか思ってたのと違う。大地が揺れ始めたり、最上級の闇の眷属が出現したり、そういうことを想定していた。


「なんともないっすね。」


「浄化成功じゃないっすか?」


 浄化成功か。そんな気がする。とんだ肩透かしだった。よかったよかった。


 そう思っていたら唐突に目の前が真っ白になった。


『やってくれたな。』


 現れたのは神聖美幼女。響くのは清涼な美声。


 だが、何やら剣呑だ。


 いままでこいつが現れるのは睡眠中、夢の中だけだったが、今回はイレギュラーだ。


 神聖美幼女の現れるタイミングといい、こいつの不穏な発言といい、とても怖い。


『貴様がヴァジュラマ像を壊したせいでヴァジュラマの力が世に放たれた。』


 クソが。


 迷宮の核だけ壊して像は放置すればよかったのか!


『いや?放置したところで遠からず力は放たれていた。お前達が浄化をかけた分、今の方が弱体化はしている。』


 何だよ。じゃあ最善手じゃん。非難されるいわれないだろ。むしろ称賛を受けてもいい。


『最善手はヴァジュラマ像を壊さず、女神像を持ち込み迷宮を聖域化することだった。さすればヴァジュラマの力の解放はありえなかった。』


 知らねえよそんな手法!


 アスワン教の中枢でもそんな迷宮の無力化方法は把握していないはずだ。


 大体そんな方法があるならヴァジュラマ像を浄化する前に教えろよ!寝てなくても現れることができるならさあ。


 神聖美幼女の怠慢じゃないの?


『我は使命を与える存在だ。貴様らの未熟を支援するために存在するのではない。』


 神の使徒ってただの伝令係かよ。伝書バトかよ。


『貴様に新たな使命を与える。ハン族とかいう異教徒共の教化は後回しだ。ヴァジュラマの力が解放されたことでヴァジュラマ教徒の力が増強される。それは我らにとって都合が悪い。一人でも多く殺せ!そして奴らの企てを阻止しろ!』


 こいつ毎回殺人教唆してくるなあ。


 そして企てとは?


 大体この地にまだヴァジュラマ教徒いるの?


『もはやこの地にはいない。本土へ戻れ。幸い本土からこの地に向けて船が出ている。』


 マジか。やっとこの未開の地からおさらばか。


 初めてこの神聖美幼女の言葉で前向きになった。


『神聖なる力には義務が生じる。使命を果たせ。神の僕よ。』


 そして神聖美幼女の姿は薄れていき、気づけば意識は現実に戻ってきていた。


 俺は未だ迷宮の中。ヴァジュラマ像を破壊した直後だ。時間は全く経っていない。


 俺達はそのまま迷宮核を破壊し、迷宮から脱出した。


 あっけないもんだ。


 しかし、ヴァジュラマの力の解放か。


 脳裏を過るのは本土にいるあいつの言葉。


「近い将来ヴァジュラマが復活する。」


 あいつの予知夢が現実味を帯びてきた。


 しかしまさかそのきっかけを俺が作ることになるとはね……。





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