27:婚活パーティー
「童貞共喜べ!婚活パーティーをやるぞ!」
「どどど童貞じゃねえし!」
「はあ!?ヤりまくりだし!」
「それとも俺達が童貞だって証拠でもあんのかよ!」
過敏に反応しているのが童貞だ。反応していない奴らは良く訓練された童貞だ。
いや既婚者も多いから一概にそうとは言えないか。
奨励されてはいないが、娼館で娼婦を買う神官も珍しくない。にも拘わらず、独身者のほとんどが童貞かのような反応をするとは、部下共はなかなかに清廉で敬虔な信徒のようだ。
ただの臆病者の可能性も否めないが。
しかし想定していた反応と違う。
こいつらの反応はどういうことだろうか。思い人でもいて純潔を守りたいのか、ただ尊大な自尊心が見栄を張ってしまっているだけなのか。
確認する必要がある。
「なんだ。お前ら婚活パーティー嫌なの?」
メルギドから俺自身に結婚の話を振られて、俺は反省した。
本人の意思を無視して結婚を強要する。そんなことは許されない。非人道的なことだ。
だが、ハン族の女衆と部下共の結婚が布教に有用であることも事実だ。
ゆえに、強制するのではなく推奨するのだ。結婚を。
婚活パーティーという舞台装置を利用して。
異文化交流という奴だ。なかなか開明的ではないだろうか。
だが、部下共が嫌がるのであれば考え直さなければならない。
なに、大丈夫。こいつらのことは良く分かっている。
蛮族と結婚したいと思わせる方法の一つや二つすぐに考え付く。
しかし、俺の心配は杞憂だったようだ。
「お頭がどうしてもというなら参加してもいいですけど!?」
「べべべ別に必死じゃねえし!?」
チラチラとこちらに視線をやりながら煮え切らないことを言っているがその真意は明白だ。
「いやどうしてもというわけじゃないんだ。お前らが乗り気じゃないなら……。」
「待ってぇえ!乗り気だから!超乗り気ですから!」
「ああああ!女の子と仲良くなりたいよう。」
「変な意地張ってすみませんでした。何卒よろしくお願いします。」
子孫を残すことなど叶いそうになかったこいつらにその機会を与える。
産めよ増やせよとは神の言葉。
婚活パーティーは神の御意思といっていい。
「わかった。楽しみにしておけ。」
「ところで雰囲気でなんとなくわかりますけど婚活パーティーって具体的にどんなんすか。」
部下が聞いてきた。無理もない。婚活パーティなんてものは本土にもなかった。俺の造語だ。
「お見合いを大人数で同時に行う。時間を区切って総当たりだ。一人一人と話す時間は減るが、会う人数が増える。つまり選択肢が増える。短時間で希望条件を満たした人物と巡り合う可能性が高い。まあ、貴族共の社交界と変わらんが、目的が結婚のみに集約されている。具体的な違いは社交界で幅を利かせる欲塗れの肥え太ったおっさんがいない」
「素晴らしいっ!」
「たくさんの女の子の中から俺好みの子を選べるってわけですね!」
「俺、お頭についてきてよかったっす。」
そうだろう。そうだろう。
期待に胸を膨らませる童貞共。
ほくそ笑む俺。
かくして婚活パーティが開催されることとなった。
『結納の品はどういったものを?』
『えっ!?結納!?』
婚活パーティー当日。ハン族の女が部下に対して質問をする。
えらい直接的で情緒もへったくれもない質問だが、大事なことだ。
こいつらにとって結婚とは夢と希望の詰まった理想ではなく、地に足ついた現実だ。
結婚を永久就職と揶揄することがあるように、こいつらにとっては一生の仕事先を決めるような心構えなのだろう。
予想だにしない質問に部下が固まっている。部下共もハン族の言葉に慣れ会話は可能となっているが、今回は純粋に返答しあぐねている。
手助けしてやろう。責任者として同席しているメルギドに尋ねる。
「何が相場だ?」
『猪やオオトカゲが好まれるな。家族を飢えさせないことが良き夫の条件だ。』
メルギドにハン族の常識を確認し、うろたえている部下共の代わりに応える。
「大丈夫。こいつらの代わりに俺が猪やオオトカゲを狩ってきますよ。」
『階級は?』
『えっと…。』
またもうろたえる部下。無理もない。こいつらの階級など俺もわからない。
「こいつらの階級ってなにになるんだ。」
階級は大戦士や戦士見習い、職人などがある。
『ふむ。特に決めていないな。強いて言えば渡来人か。』
「すまない。まだこいつら立場が不安定でな。」
『どれほどの強さでいらっしゃいますか。』
「こいつら教義で暴力が禁じられているんだ。」
「ちょっとお頭邪魔しないでくださいよ。」
心外だ。
自分たちがうまく話せないのを俺のせいにすんな。
だが、まあいい。そう言うならもう手は出さない。後で泣いて縋ってきても知らんからな!
俺のありがたみを思い知れ。
そう思い、それからは我関せずを貫いた。
だが、どうやら俺が邪魔だったのは本当のようで、それからは和やかに時に笑いながら話を進めている様子だった。
ちくしょう。
「お頭お頭!自分で部下の結婚の場を設けたのに、なんでいざ結婚の機会が出来ると潰そうとするの?」
少女剣士は物珍しさにハクモを連れて遊びに来ている。
「潰そうとしてない。手伝っていたんだ。」
「あれで?」
邪気のない表情で首をかしげている少女剣士。
うるせえな。人には得手不得手がある。どうやら俺に仲人は務まらないようだ。
「何してる?」
ハクモが俺の袖を引き、問うてくる。
ハクモは可能な限り、俺達の言語を使うよう指導している。まだ学習時間が少ないため難しいが、一度習った言葉は使おうとする姿勢がみられる。
ハクモの視線の先では部下共とハン族の女共が談笑している。少女剣士はハクモに何の説明もせずにつれてきたようだ。
「結婚相手を探しているんだ。」
「け、結婚…。」
俺が端的に説明するとなぜかハクモは戦慄の表情を浮かべた。
『フランシスコは言っていた。結婚は禄でもないと。なのになぜ彼らは結婚をしようとする。』
ハクモは早口でまくし立ててきた。少しでも長い文章になると母国語になる。
「ん?お前あの話聞いていたのか。」
『き、聞こえた。』
なぜかばつの悪そうな表情をしている。
俺が少女剣士相手に結婚の禄でもなさを語ったあの件を聞いていたのだろう。こいつには感覚拡張の恩寵がある。姿が見えなくてもうかつなことは話せないと反省する。
別にこいつに結婚してもらう必要はないから今回はいいが、次回からは気を付けよう。
婚活パーティ中に結婚について悪し様に言うのははばかられるので小声で返答する。
「結婚は現実にはろくでもないが、素晴らしいものだという風潮がある。結婚さえすれば誰もが幸せになれると思い込むように噂が流布されている。地域によっては結婚しなければ一人前とみなされないところもある。なぜだかわかるか。」
『……、繁栄のため?』
「そうだ。国力も教会の力も人の数によって決まる。結婚なんかしなくても子は産まれるが、家庭のために父親が稼がなければ母子は困窮し、生活が不安定になる。女の給料は男に比べて少ない場合が多いし、出産直後の母体は健康とは程遠いからな。仕事などできんし、家事すら難しい。夫の支えがなければ子どころかその母親すら死ぬ可能性が高くなる。結婚は男を女と子に縛り付けるための制度だ。そうすれば経済状況は安定し、子が成人する可能性が高くなる。だが、同時に女を男に経済的に隷属させてしまう制度でもある。もちろん、家庭円満に過ごせる者もいるだろうが、そうでない者もまた多い。」
ハクモは黙って真剣に聞いているが、共にいる少女剣士は何やら嫌そうな顔をしている。一体何が不満なのか。
「だが、そんなことは結婚してみなければわからないことだ。結婚したがる奴は皆自分なら結婚しても幸せになれる。うまくやっていけると思っているんだ。」
『わかった。』
どうやらハクモは納得したようだ。
「我も結婚にはあまりいい印象ないけど……。お頭、そんなこと考えているのによくこんな婚活パーティーなんて開催できたね。」
良心が痛まないのかと、少女剣士の表情が語っている。
「これはあくまで俺の考えだ。他人に強要する気はない。結婚したい奴はすればいい。」
布教には有効だしな。
俺は談笑する部下共に視線をやる。
表情はだらしなく緩み鼻の下は伸びている。
上司として主催者として、一組でも多くのカップルが産まれることを祈る。
俺は彼らの行く末に幸多からんことを願った。
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