21:決着
メルギドとハバキリの戦いは今なお熾烈を極めていた。
共に笑みを顔に張り付けているが、明らかに疲弊してきている。
体温は上昇し、汗が水蒸気となって体から立ち昇っている。
しかし、疲弊と反比例して体の動きはどんどん速く研ぎ澄まされていく。
二人は共に長いこと対等な強者と殺し合う機会がなかった。
死の淵にあって、戦いに生きる者としての喜びを感じていた。
そんな時だった。唐突に地揺れが起きた。
今までも何度か小さな地揺れはあったが今のは一際大きかった。
ヒュドラの討滅によるものだが、戦場にて殺し合いの最中にある者達には知る由もない。
刹那メルギドは周囲に視線をやり状況を確認する。大戦士になってから常に全体に気を配ってきた。それが裏目に出た。
一方、すでにほとんどの部下を自ら手にかけているハバキリはメルギドとの戦いにのみ集中していた。ハバキリでなければ隙にすらならない一瞬だが、それが明暗を分けた。
ハバキリのこん棒が致命の威力をもってメルギドに迫る。
すでに回避は間に合わず、防御も叶わない。メルギドは死を覚悟した。
そして鮮血が飛沫を上げて宙を舞った。
ハバキリの血だ。
ハバキリの首は半ば以上が切断され、首は皮と筋肉だけでつながっている。致命傷だ。
そしてやがて体は揺らぎ倒れた。完全に絶命している。
ハバキリを倒したのはメルギドではない。もはや意識の外にあった。ヴィクトリアの一閃だった。
ハバキリの皮膚は代償術の影響で硬質化していたが、ヴィクトリアは『剣気纏』にて皮膚を切り裂いた。相変わらず未熟で、首を両断するまで纏を維持することはできなかった。しかし首の中ほどまで維持できれば人の命を絶つのに支障はない。
ハバキリが勝利を確信した一瞬の隙をヴィクトリアは正確に捉えたのだ。
ヴィクトリア自身、ハバキリを倒した事実に驚いていた。ハバキリがメルギドをこん棒で打突する瞬間に勝機を見出し、気づけば体が動いていた。
勝利の実感はない。
しかし、何かをつかんだ気がする。
ハバキリの血を刀身から振り払い、その剣を天に掲げ宣言した。
『ハバキリ!我が手で打ち取ったり!』
ヴィクトリアの宣言に周囲は沸いた。いるのはハン族の戦士とフランシスコの部下のみ。
ハバキリの部下はハバキリの手によってほとんどが死に、残りは戦士やフランシスコの部下たちが殺している。
皆、メルギドとハバキリの戦いを力量の差から加勢できずにただ見守ることしか出来なかった。
ヴィクトリアはその勝負に横槍を入れる形になったものの、その横槍がなければメルギドの身が危なかったのは明らかだ。
皆ヴィクトリアを称えた。
胸を張るヴィクトリアに、助けられた形のメルギドは苦笑するしかなかった。
ヒュドラを倒したその足でハクモと共にハハ族の集落まで来ていた。
距離はあったが、ハクモの使役する2匹の白蛇に乗ってきたためすぐに到着した。
この白蛇はサイズの変更が可能なようで、普段は小さくして持ち運ぶ予定とのことだ。
さて巨大な白い蛇に乗ってきた俺達に気づいたハハ族の者達は何を思ったか近づいてきた。
俺は周囲の警戒をしながらも、黙って様子を見ていた。すると代表者らしき老人が前に進み出て口を開いた。
『そこにいるのはハクモか。話がしたい。』
ハクモはその言葉に頬を引きつらせ、応答した。
『話すことなどない。お前達の崇めていたウワバミ様は私たちの手によってハン族の一人も殺せずに討滅された。この白蛇はそのウワバミ様の残骸だ。私はお前達を滅ぼしに来た。母の仇だ。苦しみながら死ね。』
老人の背後には集落の者達が大勢いる。そのハハ族の者達がハクモの言葉に息をのむ。悲鳴のような声を上げている者もいた。
しかし、老人は落ち着いていた。
『お前の言うこともわかるがお前はまだ幼い。事の善悪やものの道理を理解していない。お前とお前の母は規則を破った。そのことに罰が与えられるのは当然じゃないか。』
老人は横にいる俺を無視して徹頭徹尾ハクモに対して語りかけている。白蛇がハクモの支配下にあることを理解している。ハクモがハハ族に寝返れば、形勢は逆転すると考えているのだろう。幼いゆえに与しやすいというのもあるだろう。
それにこの老人の言うことは正しい。社会には社会ごとにルールがあり、それを破れば罰がある。そうでなければ秩序を維持することなどできない。罰の程度も社会によって違い、正解などない。
今回の場合、社会の秩序を乱しているのはハクモとその母親だ。
今までその社会秩序の恩恵を受けて育ってきたハクモの母親は罰を受けてしかるべきだろう。社会秩序維持のための犠牲を強いられていたハクモにまでその倫理・論理が及ぶのかまでは知らないが。
『ここにはお前よりも幼い子たちがたくさんいる。何の罪も犯していないのに親やその命まで奪うのか。』
論理を説き、最後には情に訴えかける。
一族の命がかかっている。出来る限りの説得をするのは当然だし、主張にも一理ある。
しかし、こうも醜悪に感じるのはなぜだろう。
『それはあまりにもひどいじゃないか。』
自殺志願者か?当人は真剣なようだが、もはや煽っているようにしか聞こえない。
俺も人の心を理解できるとは到底言えない人間だが、この老人の言葉がハクモの心を逆なでしていることだけはわかる。
『戻ってこいハクモ。今ならまだ間に合う。』
だが老人もハハ族の者達も俺とは考えが違うようだった。
黙りこんでいるハクモを見て、希望を見出したようだ。老人の後ろにいた他のハハ族の者達も声を上げ始めた。
『戻ってこいハクモ。また仲良くしよう。』
『ウワバミ様を従えるなんてすごいぞハクモ!さすが族長の娘だ。』
『お前が戻ってくれば一族も安泰だ。ハン族への復讐も叶う。』
『フランシスコ。こいつら何言ってるの?』
怒りの滲む声音でハクモはハハ族に視線を向けたまま尋ねてきた。
「命乞いだろ。殺さないでくれ、寝返ってくれ、俺達に都合よく利用されてくれってことだ。」
『わかった。』
俺の声はハハ族には聞こえていないのだろう。ハクモの言葉にハハ族は喜色を浮かべた。しかし……。
『お前達の話を聞いた私が馬鹿だった。』
静まり返り、恐怖に顔を引きつらせているハハ族を指差しハクモは白蛇に命じた。
『蹂躙せよ。』
ハクモの号令により、その日ハハ族は滅びた。
ハハ族の集落から戦場へと戻るとすでに争いは味方の勝利で、数人の部下と戦士が死体から戦利品はぎ取っているところだった。残酷に思えるが必要なことだ。
部下はもとより、戦士達も俺の血と土で汚れ、ボロボロになった装備を見ても何の反応も示さない。以前は明らかに動揺した様子が見られて面白かったのだが、慣れてしまったようだ。
ハクモは部下をつけて先に教会へと帰した。白蛇の使役はやはりそれなりに消耗するようだった。
俺は状況確認のために残った。
戦場は死屍累々の山。多くの死体が転がっている。
そして俺は信じられないものを視界に捉えた。
それに駆け寄り、抱え起こす。ぐったりといしていて動かない。
「おい!目を開けろよ!」
横たわるそいつは反応を示さない。信じられない理解が及ばない。
「嘘だろ!なんでだよ!」
目を開けてくれ。立ち上がって元気な姿を見せてくれ!
俺達は戦争をしていた。人が死ぬ。当たり前だ。しかしいざ現実に起こってしまうと平静ではいられない。
俺は慟哭した。
「どうして死んだ!ネクロマンサー!」
「そいつ異教徒ですが。」
「ネクロマンサー以上に死への冒涜では?」
尊い労働力が逝ってしまった。俺の手駒になるはずだったのに。
俺にとっての理想の部下、消耗しない労働力は失われた。
「どうしてアスワン教には死霊術がないんだ!」
「不謹慎ですよ。邪魔するなら帰ってくださいよ。」
戦士や部下の表情には疲弊が見えるが、明るくもある。悲壮感がない。
幸運なことに味方に死者がでなかったからだ。
俺達の治癒の神聖術が力を発揮したというのもあるが、大男がその部下を殺しまくったというのが大きいようだ。
俺は部下の正論に黙ってうなずきを返し、帰路に就いた。
これにて異教徒殲滅完了だ。
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