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130:ハクモとヴィクトリアの散歩 前編

 ロマリアの街をハクモとヴィクトリアが立ち並ぶ商店を横目に歩いていた。


「うぇへへ。ハクモ〜」


「なに?」


「疲れてない?我が抱っこしてあげようか?」


「いい。いらない」


「そう言わないでさ〜」


 どうにかスキンシップをはかろうと息を荒らげ、両手をわきわきするヴィクトリアとそれを警戒するハクモ。以前のハクモは無抵抗だったが、最近は今回のように拒否することも多くなってきた。だがそれが却ってヴィクトリアの庇護欲を刺激していた。


 つまりいつもの二人だ。


 そんな平和な一時を打ち破る無粋な野太い声が前方より発せられた。


「お前!あの時の!」


 その声は大きくよく響いた。何事かと道行く人々も足を止めて視線を向ける。


 声の主は強面で筋骨隆々。身体が大きいが、少年の面影が残る青年だ。


 その男は意外なことにハクモを指さしていた。


「誰?」


 ハクモは記憶を遡るが、気色ばんだ様子で声をかけられるような覚えがなかった。


「この俺を忘れたか!?聖務執行官見習い試験の時の対戦相手だ!!」


「ハクモの知り合い?」


「ああ…、白蛇に為す術なく潰された奴…」


「んだと!てめえ!クソが!」


 ハクモがロマリア大陸に渡り、間もない頃に教会での立場を固めるために政務執行官見習いの試験を受けていた。試験内容は戦闘力を示すというものでその対戦相手が眼前の男だった。当時から態度が悪く、初対面時にも因縁をつけられていたことをハクモは今、思い出した。


「てめえに負けてから俺は地獄の修練に励んだ!数多の功績を積み、今や正式な聖務執行官だ!あの時のようにはいかねえ!」


 男は目をかっ開き、ハクモをギラついた目で睨む。


「俺と戦え!ガキなんざに負けた屈辱を今ここで晴らす!」


 そう言いながら男は大股でハクモに接近する。強面の男が幼女に接近する絵面に監修から悲鳴のような声が漏れる。


「我の目の黒いうちはハクモに指一本触れさせないよ」


 ヴィクトリアがハクモの前に躍り出て、二人の間を遮った。


「邪魔すんな。てめえに用はねえ!引っ込んでろ!」


 ヴィクトリアの静止を振り切り、男はハクモに手を伸ばした。だが、その手がハクモに届くことはなかった。


「は?」


 男は気づいたときにはひっくり返り、地面に叩きつけられていた。男は目で追うことこそ出来なかったが、自らを地面に叩きつけたのはヴィクトリアの仕業であることだけは理解できた。


 自身を見下ろすヴィクトリアとハクモの表情には蔑みの色が滲んでいる。


 野次馬の声も耳につく。内容は聞き取れないがクスクスと嘲笑われている気がする。


 プライドが刺激され、男は激高した。赤い燐光が男の体から炎のように立ち昇る。


 「神よ!我に力を与え給え!身体能力強化!」


 男は「肉体増強」と呼ばれる恩寵を授かっている。その恩寵は神聖術による身体能力と重複して力を発揮し、普通の聖務執行官や聖騎士を超えた膂力が宿る。


 身体を振るい飛び起きる。ヴィクトリア目掛け拳を振るう。男の踏み込みに地面は耐えきれずに割れ、石が四散する。通常の人間ならば一撃で致命傷となる殺傷力を秘めた一撃。込められた威力と同じだけ速度も乗る。不可視にして必中の一撃のはずだった。しかし、ヴィクトリアは余裕の表情でひらりと躱す。


「聖務執行官がむやみに暴力を振るっていいの?」


「俺の敵が神の敵だ。」


 男はヴィクトリアが自分と匹敵する、あるいは自身すら超える敵であると認識して冷や汗を流す。しかし、男のプライドを振り絞り、そんな素振りは見せずに返事を返す。


「傲慢だね。まあ、いいけど。ところで言ってることはお頭と変わらないのに説得力がないね。」


 ヴィクトリアはそう言うと剣を構えた。


「まっ、後進育成も剣聖の務めだよね。」


「は?剣聖だと?何言って…」


「剣気・纏」


「この我が新人の聖務執行官君に手ほどきしてあげようって言ってるんだよ。ああ、安心して。手加減してあげるから」


「ぶっ殺す!」


 激高した男は既にハクモのことを忘れている。眼前の敵であるヴィクトリアに照準を定め、拳を握り、殴りかかった。


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