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103:剣王編⑱

 アイギスは浅い息で地に伏していた。血と土に塗れながらも立ち上がる事ができない。


「まだ息があるのか…。呆れるほどしぶとい」


 赤い光沢のある文様が施された黒い装束に身を包んだ長身の男がアイギスを見下ろす。


 多くのヴァジュラマ教徒の部下を連れていたが、その者たちは皆倒れ伏している。


 倒れ伏した者にはアイギスが打倒した者もいれば、男が代償術の生贄として捧げた者もいる。


「まさか、ここまで時間がかかるとは…。聖女の守護騎士は伊達ではないようだ」


「貴様は何者だ」


 倒れ伏したまま、顔だけなんとか持ち上げ、アイギスは言葉を絞り出す。


 アイギスの四肢は潰れ、一面血の海だ。治癒の神聖術でなんとか出血は止めたが、動く状態にはない。痛みに意識が飛びそうだが、強靭な精神力でどうにか意識を保っている。


「死にゆく者に答える意味があるかね」


 黒装束の男はそう言うと手をアイギスに向けてかざした。


『黒花』


 その詠唱とともに手のひらより漆黒の力の塊が現れ、アイギスに向けて放たれた。


『聖盾』


 アイギスは倒れ伏したまま恩寵の力で光の盾を展開した。


 黒花はアイギスの聖盾に防がれ霧散し、アイギスを傷つけることはできない。


「殺してみろ。体が動かずとも貴様の攻撃すべて、防いでみせよう」


「その状態で盾を展開し、防ぎきるか…。」


 男は驚き目を見開く。


「では、これならどうか」


『黒望楼』


 黒装束の男は両手を天に掲げた。


 黒き力が収束し、巨大な漆黒の塊が5つ現れた。塊は見ようによっては桜の花弁を思わせる。先程の黒花とは比べ物にならない大技だ。


 男は腕を振り下ろし、黒き力の奔流がアイギスに迫る。


『天蓋』


 アイギスは自身を中心に球体型の聖盾を幾重にも展開する。


 黒き力と光の盾がぶつかった。力の衝突により視界が強烈に明滅する。


 力の衝突はしばらく続いたが、やがて止んだ。


 アイギスの天蓋は力の衝突の後も健在であり、アイギスは消耗した様子はあるものの、黒望楼による傷を負ってはいなかった。


「驚いた。実に見事だ。悪あがきとわかっていても、嗚呼、これは賞賛に値する。君の奮闘に免じて私の名を教えよう。私は預言者ヨハネ。神の御言葉を聞く者だ。だが、こういったほうがわかりやすいかな?ヴァジュラマ教徒の指導者だ」


 アイギスは男の名乗りに驚くよりも納得していた。


 ヴァジュラマ教徒の頂点にいるだけの力があった。


「本来ならトドメをささずにこの場を去るのは愚かな選択だろう。しかしそれ以上にここで足止めを食らう方が不都合が大きい。君のせいで少し作戦に遅れがでている。力の浪費をするわけにもいかない。」


 そう言うとヨハネは体を翻し、その場から歩きさる。


「ぐっ、待て!」


 ヨハネに自由に行動させてはならない。アスワン教の聖騎士として、聖女の守護騎士として使命にも似た強い衝動が湧き上がるがどうすることもできない。


「待て!」


 アイギスの静止の声も虚しく、ヨハネはその場を立ち去った。


 ヨハネが立ち去ったことで緊張の糸が切れたのか、もしくは単純に限界が来ただけなのか、アイギスは意識を失った。


 そしてそれからしばらくしてハクモの白き眷属が意識を失って倒れるアイギスを発見した。





 蟻が餌に群がるより無秩序に剣士共がヒュドラに群がっていた。


 剣気と加護によって増幅された力でヒュドラの鱗を斬りつけ、その攻撃を避ける。


 無秩序でありながら不思議な連携が剣士にはあり、十全に味方戦力として機能していた。


 実のところ懸念していた。


 集まった剣士がヒュドラと敵対するまでは良かったが、足手まといになるのではないかと。


 バカで愚鈍な凡人ほど人を増やせば問題が解決すると考えがちだが、必ずしもそうとは限らない。


 連携には一定の訓練が必要だ。人数が増えれば増えるほどその難易度は増す。


 複数人が集まって一つの目的を遂行する時、役割分担が明確でなければ、互いが互いを邪魔して一人前の働きすらできないこともある。


 だがそれは俺の杞憂だったようだ。剣士共は集団運用に慣れているからか、そのような愚を犯すことなく、ヒュドラにダメージを与えてくれた。


 ヒュドラには首が複数あるため、対象を分散出来、俺たちアスワン組と衝突しなかったのも大きな要因だろう。


 アイギスの敗北の報告は気がかりだが、それに頭を悩ませている余裕はない。


 剣士共がまだ元気な今が最もヒュドラに対して有利な瞬間だろうからだ。


 少女剣士の白夜光を使わずに済むならそれが一番だ。アイギスを倒したやつがいることを考えると力を温存するに越したことはない。


 俺もまた剣士共と同時に剣士共とは別のヒュドラの首に殴りかかる。一気呵成に攻め込む。


 純神体が維持できるのもあと僅か。残りカスを今ここで消費しよう。


「何だあいつやべえ。本当に神官か」


「噂の生ける屍じゃないか?うわっ、殴った腕から血が吹き出てるぞ!」


「修羅のごとき様相、あれぞ真の武士もののふよ。我らも負けてはおれんぞ!」


 純神体は剣気と加護を帯びた師範代の奥義をも上回る。


 剣士共の賞賛の声が俺の耳にも届くがあまり嬉しくない。


 無駄口きいてないで手を動かせよ。


 そう思いながら、歯を食いしばり、開放骨折パンチを連打する。


 剣士共のおかげで他のヒュドラの首が邪魔してこない。その分、攻撃に集中できる。


「首を落としたぞ!」


「我も!」


「こっちも落としたぞ!」


 俺も少女剣士も剣士登場前よりスムーズに首を落とすことができた。喜ばしいことに師範代の一人も首を落とすことに成功したようだ。俺は次の首に移ろうとした。


 だが、ついに剣士の一人がヒュドラのブレスを避け損なった。ヘイムの苦痛の代償術によって生まれた隙が原因だ。ブレスの熱量で一瞬で蒸発し、骨一つ残らない。


「えっ、あっ」


 それに動揺した別の剣士はヒュドラの体躯が直撃し、そして押しつぶされた。


「ちっ、てめえらぁ!距離を取れ!」


 師範代が指示を飛ばす。仲間の死は動揺をもたらし、伝染する。距離を取り、落ち着かせる時間が必要だ。とはいえ距離をとってもブレスは届くし、ヒュドラの首が届く範囲からは抜け出せない。攻撃を避けるのは容易になったが、攻撃ができない。


 すぐにまた接近し、刃の届く範囲に接近しなければならない。


「お前ら切り替えろ!じゃなきゃ死ぬぞ!」


 師範代の激励とともに再度斬りかかる。


 その後なんとか立て直し健闘するも、剣士の死者が後を絶たない。剣士の数は半数を割った。


「ぐあっ!クソが!」


「師範代!」


 そしてついに大きな戦力である師範代の一人までもが脱落した。


 さらに悪いことに俺の純神体が維持限界を迎えた。ヒュドラの首も再生し始めている。


 万事休すかと思った時、少女剣士の声が響いた。


「お頭おまたせ!白夜光撃てるよ!」


 後のことなど考えている場合ではない。


「やれ!」


「うん!」


 少女剣士の白亜の剣に白き力が収束し、眩く輝く。


「させません!『苦しめ!』」


「こちらこそさせません『解呪」」


 少女剣士を狙ったヘイムの代償術をモネが解呪した。少女剣士は一瞬とはいえ苦痛を感じたはずだが、そんな様子はおくびにも出さず剣を振るった。


『白夜光』


 頼むこれで殺してくれ。俺の切実な思いを勝手に乗せた少女剣士の剣閃が神話の怪物ヒュドラを襲う。


「仕方ありません。『力の根源たるヴァジュラマよ……』」


 白夜光の輝きで視界が奪われる中、ヘイムの声が聞こえた気がした。


 そしてつんざく光がヒュドラを貫いた。


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