102:剣王編⑰
勢いで頑張ったけど、現実はそんなに甘くない。
きつい。まじきつい。
ヒュドラの首をすでに何度も切り落としているが、そのたびに再生されている。
気づけばブレスを放つようにもなった。
今の所一本ずつしかブレスは放ってこないし、首が膨れ上がる予備動作があるからなんとかなっているが、それでもきつい。
ブレスは躱してなお不可避の熱波が襲って来る。皮膚がただれて火傷を負う。
俺の自己治癒も無限じゃない。ヒュドラの再生が切れる前に俺の自己治癒の上限に達してしまう。
さらに定期的にヘイムの代償術による苦痛が襲ってくる。モネが即座に解呪するが、体の硬直による挙動の遅れは避けられない。
切り落としたヒュドラの首を眷属化しようとも考えたが、その余裕はなかった。
ハクモの眷属はかなり消耗した。
白角鹿はすでに討滅されている。押しつぶされ、ブレスによって消滅した。
白蛇は未だ戦っているが、ヒュドラに胴体に噛みつかれ、重傷を負っている。ヒュドラの首一本に絡みついて抑え込んでくれているが、いつ滅んでもおかしくない。
少女剣士は俺たちの作ったヒュドラの隙を見逃さず、的確に首を切り落としてくれているが、未だに白夜光が放てるようにはなっていない。
「おい!白夜光はまだか?後どのくらいかかる!?」
「まだ無理!あともう少し!」
俺も純神体を維持し続ける限界が近い。
奥の奥の手として譲渡の恩寵を用いて、俺の神聖な力を少女剣士に譲渡することで場の打開を図ることもあり得る。
しかし、それは本当に限界が差し迫らない限り行うことはない。
他人の犠牲ならいくらでも払うが、俺が損をするのは許せない。
何より確実性がない。
俺の弱体化という代償を払い、他人を強化する。代償術にも似た忌むべき力、譲渡の恩寵。そんな力を確実性もないのにやすやすと行使するものか。
あともう一手、なにか時間を稼ぐ手段はないかとヒュドラを殴りつけながら視線を巡らせる。すると遠方から集団が走り寄ってくるのが見えた。
「おい!あいつらはなんだ!?」
モネに問う。モネは恩寵や神聖術の力でもってこの世で最も目のいい人間の一人だ。
「作務衣を着ていますから剣士ですね。黒剣を帯びている様子はありませんからヴァジュラマ教徒に組みしているわけではないと思います。ですが、断言はできません。知る顔もありません。」
「十分だ」
そうこうしているうちに剣士とも傭兵ともわからぬ者達が集まってくる。
知る顔もなく、敵味方がわからない。そして今味方でも裏切らぬとも限らない。
それでも状況を好転させるには協力してもらわなければならない。
他者を自分の都合のいいように動かすにはどうするか。
神より賜りし言葉を弄する。
神は他者を都合よく操るために言葉を人に与え給うたに違いない。
「幸運なる諸君!勇敢なる諸君!今君たちは歴史に名を刻む権利を手に入れた!」
俺は奴らを仲間に引き入れるため、一時ヒュドラから視線を外し、演説をぶった。剣士達の視線が集まるのを感じる。
「眼前にいるのは神話の怪物!荒ぶる蛇の化け物ヒュドラだ!」
少しでも味方を増やし、裏切るものを減らすため、俺は声を張る。少し唐突だがやむをえない。
「神に誓おう!討ち果たした者にはアスワン教から報酬がのぞみのまま与えられると!」
剣士達は立ち止まり、俺に視線を向けている。強い欲望と熱意が視線から感じ取れる。
「さあかかれ!早い者勝ちだ!後世に語り継がれる英雄となろう!」
「「「おーーーーーーー!!!」
驚くほど簡単に剣士共は扇動され、ヒュドラに剣を掲げて突進する。あるいは俺の演説とは関係なく、もとからヒュドラと戦うためにここに来たのかもしれない。
いずれにしても俺にとって都合のいい展開だ。
「ヒュドラを倒すのはこの俺!師範代のドグマだ!てめえらは足手まといにならねえように下がってろ!」
「そうはいかねえ!俺の名はキッソス!師範代エルメスの一番弟子!我が剣さばき、とくと見よ!」
「我が名は師範代ナルキス!閃光のナルキスとは俺のこと!」
手柄の主張のために剣士共が次々と名乗りを上げながら斬りかかっていく。師範代も数名含まれ、期待ができる。
モネはヘイムの代償術への対処で手一杯。俺は純神体の維持で余力がない。そのため、ハクモが剣士共に必要な加護を与えている。
「くっ!横槍が入りましたか。面倒な!」
ヘイムがヒュドラに集る剣士共に顔をしかめる。
剣士共の参入で多少余裕のできた俺はモネに問う。
「おい!アイギスはどうした!?あいつの恩寵があれば大分余裕ができる。なぜまだ来ない!?」
アイギスは聖女モネの護衛だ。聖盾と呼ばれる光の盾を展開する恩寵を授かり、アスワン教徒で最も硬い守りの能力を有している。アイギスの聖盾ならヒュドラのブレスを防ぐことが可能になり、戦闘が安定する。
アイギスは職務としてだけでなく私的にもモネに心酔している。こんな騒ぎが起きればすぐにでも飛んでくるはずなのだ。
「わかりません。」
アイギスの主たるモネが応える。
「彼女の身になにかあったのかもしれません」
モネの表情が曇る。
そんな時、ハクモの連絡用の眷属がハクモの元で信号を発した。その信号内容はハクモにしかわからない。どうやら遠方の状況の報告を受けたようだ。
「アイギスは倒れてる。もう戦えない。」
ハクモは深刻な表情で口にした。
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