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101:剣王編⑯ヒュドラ

 ヘイムの言葉とともにヒュドラが暴れ始めた。


 巨大な体躯は身じろぎ一つで大地を震わせ、木々を押しつぶす。


 気づけばヘイムはヒュドラの頭部の一つの上に移動していた。手にした黒剣がヘイムに超常の膂力を与えている。


「おい!もう一度白夜光は打てないのか!?」


 暴れるヒュドラから距離を取り、少女剣士に問いかける。


 神話に語られる死者の王リッチーすらも討滅した技だ。ヒュドラにも有効なはず。


「無理!」


 端的で無慈悲な返答が少女剣士から返ってくる。


「お前リッチーとの戦いの時は二回白夜光うってたじゃねーか!」


「お嬢様の加護はお頭の加護と微妙に違うんだよ!威力は高いけど数打てない!もう少し待ってくれればまた使えるかも」


 少女剣士の言葉に落胆する。だが、そういうことなら仕方ない。


 より大きな力はより大きな消耗を強いる。もしかしたら慣れによって消耗を抑える事ができるようになるかもしれない。だが、現状は無理だ。


 少女剣士は白夜光が打てないだけで超神体は維持できている。いまだ大きな戦力だ。


 ならばと今度はモネに問いかける。


「モネ!お前の力でどうにかならないか!?」


「残念ながら無理ですね」


 数多の恩寵を持つ聖女モネならば少女剣士に再度白夜光を使わせることやこの場を打開する力があるかと期待したがどうやらないらしい。


 頭を切り替えて指示を出す。


「ハクモ!」


「わかってる。白蛇、ソードマン、白角鹿!」


 ハクモの調伏した眷属達が巨大化し、ヒュドラに攻撃を仕掛ける


 白蛇はハクモの眷属の中で最大の体躯をもつが、ヒュドラの首一本と比較しても一回り小さい。


 ソードマンはヒュドラには明らかに叶わないため、ハクモの護衛につく。


 白角鹿は里付近の迷宮で調伏した大きな角を備えた牡鹿の眷属だ。体も普通の鹿の倍以上の大きさだ。白蛇とともに一つの首に焦点を定めて襲いかかる。


『浄化』


 そして更にハクモはアスワン教徒の中でも指折りの強力な浄化能力を持っている。浄化をヒュドラに向けて行使する。


 ヒュドラは苦しげに蠢き、動きがわずかに鈍くなった。しかし滅するには程遠い。


「私も…」


「させません。」『苦しめ』


「ぐっ」『解呪」


 モネがハクモ以上に強力な浄化の神聖術をかけようとしたところ、ヘイムによって阻まれる。


 モネが痛みを感じて苦悶の声を漏らすが、それはモネだけではない。


 俺も少女剣士もハクモも部下共も、ヘイムの代償術の範囲内のものは須らく強烈な痛みに一瞬体を硬直させた。


 すぐにモネの解呪により痛みは取り除かれたが、強化されたヘイムの代償術は一時的とはいえモネの解呪を突破して痛みを与えてくるようだった。


 ヘイムの力は一瞬、だが確実にこちらの動きを阻害してくる。ヒュドラとの戦いにおいては致命的だ。


『浄化』


「すみません。解呪にも意識を割きながらとなると威力が落ちます。」


 モネは何度も放たれるヘイムの代償術を解呪しながらも浄化を同時に使用する有能さをみせた。だが、さすがに威力の低下は免れない。


「聖女の名を冠するだけのことはありますね。ですが、邪魔ができれば十分!ヒュドラ!押しつぶせ!」


 ヘイムが叫び、ヒュドラがより激しくその暴威を振るう。


 モネの浄化によりヒュドラは更に動きを鈍らせている。だが神話の化け物の威容は健在だ。大きな驚異であることに変わりはない。


「白夜光が使えるようになるまで時間を稼ぐぞ!」


「うん!」


 俺はひとまずの方針を叫ぶ。


 返事を返したのは少女剣士だけだったが、モネもハクモも部下共も頷いた。


『純神体』


 俺の加護の力が大幅に増幅し身を包む。


 燃費の良い力じゃないが、これ以外の方法で眼前の化け物に対抗できるとは思えない。


 数多の棘を持つメイス「正義」と「道徳」に力を込める。


 この武器はどちらかと言うと対人用だ。正義と道徳を気にするのなんて人間だけだし、この銘も人を傷つけるための言い訳だ。


 だが、打撃武器であるメイスの重量と硬度は他の武器に比べて大きな化け物に対して相性がいい。


 俺は覚悟を決めて叫びながらヒュドラに殴りかかる。


「解放骨折パァアアアーーーーーンチ!」


 メイスによる殴打は厳密にはパンチではないかもしれないがそんなことはどうでもいい。


 メイスがヒュドラの頭蓋に衝突すると同時に衝撃が拳から腕へと伝う。筋繊維が断裂し、骨が砕ける。骨は皮膚を突き破り、血管は破裂し血しぶきが舞う。


 ヘイムの代償術と同等かそれ以上の痛みが俺を襲う。


「いでえええええええ!」


 痛みに叫びながら、もう一方の腕を振り下ろす。


 このメイスは以前使っていた戒めと違い、腕に鎖でくくりつけられているため拳が砕け、手からこぼれ落ちようと遠くへ飛んでいくことはない。


 狂おしい痛みに苛まれながら腕を振るいメイスを引き寄せ、自己治癒で治った手でメイスを再度握る。


 そして振り下ろす。


 俺が殴っているヒュドラの首にはハクモの眷属や少女剣士も同時に襲いかかっている。


 俺が殴り、白蛇と白角鹿が突進し、動きを止めたヒュドラの首を少女剣士が斬り落とした。


「一本目!」


 少女剣士が声を上げる。


 ヒュドラ攻略のセオリーは集中攻撃によって首を一つずつ減らしていくことだ。


「残り七本…ん?」


 切り落とした首の断面が蠢いた。そして肉の触手が伸び、気づけば頭部が再生していた。


 再生するのは闇の眷属にデフォルトで備わっている能力だが、破魔の属性が付与された一撃を喰らえば再生されないのが普通だ。ましてや浄化をかけられながら再生というのは完全に予想外である。


 俺たちは皆愕然とした。


 思わずつぶやく。


「これ、殺せなくね?」


 誰もが深刻な顔をする中、少女剣士だけが気楽な声で言った


「死なないんじゃ仕方ないよお頭。ここは基本に立ち返ろう」


 その言いざまから解決策でもあるのかと全員から期待の目を向けられる少女剣士。俺も思わず期待する。しかしそれをまるで意に介さず少女剣士は獰猛に目をギラつかせながら続けた。


「再生するなら、死ぬまで殺そう!」


 一瞬バカかと言いそうになったが、落ち着いて考えれば他に方法がないのも事実。


 ヒュドラは接近している今だから戦えているわけで、距離を取ろうとすると一方的に攻撃されるし、逃げ切れるとも思えない。ヘイムも邪魔してくるだろうし、不利になるだけだ。


「確かに、お前の言う通りだ」


 メイスを握り直し、ヒュドラに向かって走り出しながら言う。


 結局、攻撃こそ最大の防御なのだ。


「それにまだ白夜光がある」


「あ、そういえばそうだった」


 俺の言葉に少女剣士が「あっ」と虚をつかれたような声をもらした。


 ヒュドラ再生のショックで俺もさっきまで失念していたし、他の奴らもそうだろうから少女剣士を責められない。まだ可能性はあるのだ。


 俺は、口角を上げ、目を見開きながら言った。


「お前ら!行くぞ!作戦は死ぬまで殺して時間を稼げだ!」


「そしてトドメは我のものだ!」


 俺の言葉に呼応して少女剣士は剣を振りかざし、ヒュドラに斬りかかりながら叫んだ。


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