100:剣王編⑮
ヴァジュラマ像が破壊されたことで開放された力が四方に分散し飛んでいく。ヘイムにも力が入り込み強化された。
不意に力の一つがモネ目掛けて突進していく。
「え?」
「モネ!」
俺は嫌な予感に突き動かされ、モネに飛びつき、ヴァジュラマの力を躱した。
すると力は一瞬その場で漂ったものの、そのままあらぬ方へと飛び去っていった。
「何、今の」
少女剣士がモネに向かっていった力に驚く。それに応える間もなくヘイムが両腕を広げ叫ぶ。
「さあ!我らが神が権現します!」
俺たちの様子には目もくれず、ヘイムは天を仰ぎ見る。
俺たちはヘイムの様子からヴァジュラマの顕現を予期した。そして何が起きてもいいように身構えた。
「…」
しかし何も起こらない。
「さあ!我らが神が権限します!」
両手を天上に掲げもう一度ヘイムは叫ぶ。そこには懇願するような響きがあった。
「…」
しかしやはり何も起こらなかった。
「やれやれ神は気まぐれなようだ」
「いやいやいやいや」
誤魔化そうとするヘイムとそれを許さない部下共。
神聖美幼女もヴァジュラマ像をすべて破壊するとヴァジュラマが顕現するといっていた。
やはりあの自称神の使徒の言うことは信用ならない。あるいは最後の像ではなかったのか。
だが考える暇もなく、すぐにヘイムは気を持ち直したようだった。
「予想外はありましたが、像の破壊で私の力は強まりました。」
先程の軽い雰囲気がガラリと真剣なものへと変わる。
「そして幸い、代償の蔵にはまだ力が残っています」
筐体を両手でつかみ天へとかざす。
『力の根源たるヴァジュラマよ!非業の死を遂げた魂を代償に!八ツ首八ツ尾の大蛇を顕現させたまえ!』
万里轟く地響きと、万物侵す呪詛とともにそれは顕現した。
蠢く八つの頭と八つの尻尾。そしてそれを束ねる図太い胴体。八本首のヒュドラ。
おぞましき神話の怪物だ。
思い起こされるのは新大陸でハクモとともに討滅した六本首のヒュドラだ。
しかし目の前にいるこのヒュドラはそれより首が多い。そして当時俺は六本首ですら苦戦した。今は成長した少女剣士と聖女が共にいるが、相手には苦痛のヘイムがヒュドラとともにいる。
優勢だった状況は一転して劣勢と言える。
無意識に眉根にシワが寄、口が乾く。
どう対処するか俺が考えている間にも、ヒュドラを起点に凄まじい速度で呪詛が津波のように広がっていく。
汚染された周囲の草木が闇の眷属と化し蠢き始める。
歪の森と同じ状況だ。
普通は木々が呪詛によって闇の眷属と化すには長い時間を要する。
それだけヒュドラ召喚がもたらした呪詛が濃く強いということ。
自らに加護をかけなければ呪詛に汚染され体に悪影響を及ぼす。瞬時に加護をかけ身を護る。
横目で少女剣士を確認する。少女剣士にはモネが即座に加護をかけていて無事だ。
「ウワバミ様!?」
ハクモが轟音と呪詛に反応して宿から姿をあらわした。
因縁のある怪物を目にしてかなり取り乱している。瞳孔が開き、白く長い髪は空中に広がりヒュドラを彷彿とさせる蠢き方をしている。
「おや?彼女は…」
ヘイムがハクモを見て怪訝な表情を浮かべた。
「同類の匂いがしますね」
「私はヴァジュラマから帰依した」
ハクモがヘイムの問に答えた。
ハクモは受け答えができる程度の平常心は残しているようだった。しかし、同時にこの緊急時に受け答えをしていることが彼女の動揺を表している。
「なるほど。私と同じです」
ヘイムが感情の見えない表情で言う。
「私は元アスワン教徒です。」
「…っ!」
ハクモが目を見開く。体勢が前のめりになる。ヘイムの言葉に強く興味を示している。
「あれは雪の降る、寒く冷たい冬のことでした…」
ヘイムが思わず聞き入る声音で、気を引く表情で話す。
俺はそれに興味を引かれ、そして……殴りかかった。
「っ!なにするんですか!非常識な!人が話している最中ですよ!」
「うるせえ!戦いの最中だ!隙を見せる方が悪い!」
ヘイムの言葉に罵声を返す。心なしかハクモも少女剣士も部下共も批難の目を俺に向けてきている気がする。表情が明るいのはモネだけだ。…この状況でそれもどうかと思うが。
これはあれだ。敵にも事情があったんだね、となって、勝っても負けても後味悪くなるやつだ。
俺もこの仕事をして長い。様々な事情のあるやつを処してきた。そんな俺の経験が告げている。
こう言う話を聞くと部下の動きが悪くなるし、禍根を残す場合もある。
成長したとはいえ、まだまだ青臭い少女剣士や何よりハクモにどういう影響があるかわからない。
情報を引き出せる可能性もあるが、そんな曖昧な利益より目の前の不利益だ。
話を聞くならヘイムとこのヒュドラを倒してからでも遅くない。
「話がしたけりゃ俺たちに拘束されてからだ!死ね!」
俺はまたもメイスで殴りかかる。
「相変わらず無茶苦茶な!ヴァジュラマ教徒の模範のようなお人ですね!」
「やめろ!名誉毀損だ!」
「褒めているのですが」
俺のメイスによる攻撃はことごとく躱され、距離を取られた。周囲の奴らに声をかける。
「おい!ぼーっつとしてんな!殺るぞ!」
「うん。ごめん」
「うきゃー殺るぞ!」
「回復なら任せてください」
俺の号令にハクモ、少女剣士、モネの順で答えた。ハクモは白蛇をはじめとした白き眷属を呼び出し、少女剣士は白亜の剣を構える。
「まったく戦意旺盛で嫌になります。神話に伝わる眷属の力に対抗できますか」
ヘイムは争いを好むヴァジュラマ教徒にあるまじきことをいいながらも、黒剣と杖を掲げて好戦的に笑った。そして最後の四大魔の威容を持って命じた。
「八又のヒュドラよ。蹂躙せよ!」
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