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1話 女

2019年 11月22日 金曜日 午後16時頃


「HRはこれで終了だ。くれぐれも数学の課題を忘れないように、じゃあまた月曜日な」

 

 先生の挨拶でHRが終了し、放課後を迎えた。フハハハハハハハハハハ、ヒャッホーイ!!! 課題なんて知らないねぇぇぇぇぇぇ、俺は今からサバイバーに就任すんだよ、サバイバーに。 


 俺こと石動 翔は本日配信開始のスマホアプリ〝ACGサバイバル〟をいち早くプレイするため、帰りのHRが終了して直ぐに教室を飛び出した。勿論ゲームに必要なダウンロードは既に済ませている。授業中にこっそりとなあ。部活動なんてごめんだね、何たって俺はオタクだからな。自由な時間は、TVアニメ、ゲーム、その他諸々のサブカルチャーに費やすと決めているのだ。俺の道を阻む者は、先生だろうが友達だろうが部活動だろうがゴリラだろうが絶対に許さん。俺の前に立ちはだかるなら薙ぎ払うまでだ。ウホッウホウッホ。やべぇ俺がゴリラになっちまった。危うく俺自身に薙ぎ払われるところだったぜ……。


 俺はそんな事を考えながら家に向かって、オタクダッシュを決めていた。だが、オタクという生物は我慢が効かないものである。ついに高まる期待が沸点に達して、通りかかった公園のベンチに腰を落とした。


「さて……やるか」


 既に我慢の限界である。俺はスマホのホームに表示されている〝ACGサバイバル〟を起動した。なぜ俺がこんなにわくわくしているのか、その理由を説明しよう。このアプリは業界初のサブカルチャーの垣根を超えた、全く新しい作品だからである。プレイヤーはサバイバーとなり、人工島コングランスを舞台に各世界から召喚されたメッセンジャーと呼ばれる存在を束ねて戦いを繰り広げる。


 このメッセンジャーこそ俺を含めた皆が、注目している理由だ。コラボ作品は基本的に版権が同じ会社で製作される。利益のためや大人の事情など様々だが、話には影響がないため割愛させてもらう。まあこれぐらいの知識は真のオタクならば知っていて当然の内容だしな……。さてさて話を戻しますよと、まあつまり、諸々の事情でコラボが実現していなっかった人気アニメやゲーム、漫画のキャラ達が総出で登場するってことだ。メッセンジャーとしてな。参戦タイトルの例を挙げるならば、抜刀剣舞八重桜、神狩、血染めの龍と秘められし竜爪といったところか……。


 幼児向けアニメなども名を連ねていた気がするが、あいにく俺は大きなお友達のお仲間ではない。ゲーセンのアーケード台で目にするアイカ〇おじさんとかプリ〇ュアおじさんとかは白い目で見てしまう。人の趣味をどうこう言うのは失礼とは分かってはいるが――後ろから覗く幼い女の子の驚愕の表情を目の当たりにし、決して人の趣味に口をださないと自負する俺も気が付いた時には、一歩後ろに引いていた。こいつらとは相容れない絶対に、と。勿論、例に出した作品以外にも多彩な作品が参戦している。安心してくれ。


 そんな事を考えていると、ついにアプリのサービスが開始された。黄緑色のロゴで画面にACGサバイバルと表示される。俺は高まる興奮を前にゴリラのような鼻息を立てながら、画面を注視する。ゲームを始めるボタンが表示され、迷わずにそれをタッチした。


 さあ冒険の始まりだ。


「え、いきなりガチャ!?」


 俺は思わず、声を上げてしまった。この手のゲームは、最初にプレイヤーネームの入力や性別を登録するのが基本だ。まさかいきなりガチャから引けるとは……。運営側がついにリセマラ勢の圧に押し負けて公認化したってことか? まあ星5キャラを引いて始めたい俺にとっては好都合だが……。リセマラ――アプリを始める際に、レアリティが高いキャラが当たるまでアンインストールを繰り返すことだ。汚い手段に見えるが、レアキャラとお金が物を言うソシャゲ界隈で最初に引ける無料ガチャは、非常に重要だ。それ故に俺もこの手段に手を染めようとしていた。俺はみんなの手本となれるような良い子ではないのだ……。

使える物は全て用いる。それが姑息でも卑怯であってもだ。


 さて、ガチャを引きますか。性能はリリース開始直後ということもあって、まだ攻略サイトには上がっていない。まあ星5であればある程度の強さは保証されているし、狙いのキャラが排出されたら始めるつもりだ。そのキャラとは抜刀剣舞の主人公、紅月 桜だ。凛々しく、時には可愛さを見せてくれる彼女は、俺の最初のパートナーにピッタリである。正直、星5ということで、引き当てるまでにかなりの苦戦を強いられそうだが俺は逃げない。俺は何度も繰り返す。かの有名な暁身 ほみかちゃんのように。そして必ず見つけてみせる。シュ〇インズ・〇ートを。


 かっとビン〇だぜぇぇぇぇぇぇ俺ぇぇぇぇぇぇ! ドロォォォォォォォ!!! 頭の中でカードゲームアニメの名セリフを叫びながら、〝ガチャを引く〟のボタンに手を触れた。その瞬間だった。意識が遠のく感覚に襲われた。その日はそれ以降の記憶がない。


 あれから何時間が経過したか分からない。目を覚ますとそこは木々が生い茂る森中だった。俺の服装は学生服のままだ。季節は冬だというのに、この場所は学ランを脱ぎ捨て、Yシャツになりたいほどに気温が高く感じる。俺はとりあえず、辺りを見回した。どうやらご近所ではないようだ。こんな場所に見覚えはない。次に自分の頬をつねった。夢である可能性とここが黄泉の国かの確認だ。結果は普通に痛かった。つまり、俺は死んでいない、これは夢の世界でもない、と。俺は拉致され、閉じ込められているよりはましか……と一瞬安堵したが、直ぐに意識を戻し、ポケットを確認した。中には奇跡的にスマホが入っており、藁にも縋る思いで電源を入れた。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺はスマホが圏外になっていないのを確認し、その場でガッツポーズをした。この手の遭難は、その場所が圏外であることはアニメの世界ではお約束ともいっていい。故に藁にも縋る思いだった。この時点である可能性はなくなった。オタク達が俗に言う、異世界転生or召喚だ。異世界と言う通り、世界が違うのだから電波が繋がる訳がない。つまり、ここは地球だ。ちなみに本日の日付は23日、時間は10時30分。勤労感謝の日だが、俺は勤労感謝できそうもない。


俺は何故こんな真面目な考察を立てている……俺らしくもない、まあ事態が事態だ。普段

と違った言動になるのも仕方ないだろう。とりあえず110番だな。


「この番号にお繋げすることはできません」


「は?」


 俺は軽く焦りつつも、今度はおふくろに電話をかけてみた。やはりといったところか……受話器から聞こえてくるのは、同一のアナウンスだった。それから知り合いにも手当たり次第に電話をかけてみたが、繋がらない。SNSやネットの掲示板も試そうとしたが、文字化けがひどい上にメッセージを何度送信してもエラーが発生した。もう手詰まりだ。


 終わった……という思いと共に、俺は地面に膝をついた。その時だった。木陰から前島 翠が姿を現したのは――。


 「あのぉー? ここはどこでしょうか? 私急いでみんなの所に戻らないといけないのです」


 彼女は少しおどおどしながら、俺に話しかけてきた。翠色の髪にナチュラル前下がりのショートボブだ。わかりやすく言えばおかっぱ頭だろうか。服装は翠色のワンピースで白いラインが入っている。胸元には翠色のリボンをしていて、右手には9の形をしたステッキを持っている。彼女の姿はまるで魔法少女が物語からそのまま飛び出してきたような格好である。実に再現度が高いコスプレと見受けられる。作品詳しく知らんけど。


「いやこっちが聞きたいくらいだよ、あとそのコスプレすごいですね」


「コスプレ? これはてぃんくる9の衣装ですよ! コスプレの意味は分からないですけど、何か馬鹿にされた気がします!」


 断じて馬鹿にした訳ではない。むしろコスプレを褒めてやったじゃないか、なんて生意気な奴だ。そして、その私コスプレって言葉知りませんアピールやめろ。妙なところでキャラに成りきるな。最初こそおどおどしていたが、やはり中身は三次元クオリティ、期待した俺が馬鹿だったわ。



「何で無視するんですか、文句があるなら声に出していったらどうですか?」


 呆れて女への返答を忘れていた。できるだけ関わりたくはないが仕方ない。女も人間には変わりない。ここを脱出するまでの間、協力を申し出よう。


「おいそこの女」


 女は辺りをきょろきょろと見回した。私は女ではないとでもいうのだろうか、実に腹立たしい。女が嫌ならメスと呼んでやってもいいんだぞコラ。


「女って言うのはお前だよ、お前」


「え、わたしですか?」


「お前以外に誰がいるんだよ」


「女の子に対してその言いよう、私には前島 翠という名前があるんです。そして私は世界を陰で守る魔法少女てぃんくる9の一人、木の精霊の力を司る魔法少女なのです。分かったら翠ちゃんとでも呼んでください」


 女はエッヘンと腰に両手を当てながら自己紹介をしてきた。だがそんな情報を聞かされたところで、俺の中の女の地位は翠にも翠ちゃんにも格上げされない。お前は俺の人生の中で萬年、女だ。それ以上でもそれ以下でもない。喜べ女、俺の女になれたぞ。


「女、自己紹介遅れたな、俺は石動 翔だ。よろしく」


 女は俺が女と未だ言い続けていることに不満の顔をみせながらも、諦めがついたのか、「よろしく」と返してきた。俺は女にここで目覚めるまでの事を詳細に伝えた。女は俺の話が終わると、自分の事を語りだした。今にでも思う、聞かなければよかったと。そこから飛び出したのはひどく、現実味がなく、頭お花畑ですかこの野郎と言いたくなるような発言の連続だった。


 まず、私は魔法少女で、悪人やら魔物やらと戦っている。その最中に別の世界に飛ばされたと言った。それを裏付けるのが、元いた世界との魔力周波数の違いだとか。聞くだけで益々、呆れてしまう。こいつはまあ、どっかで頭をぶつけたのだろう。そもそもここはどこでしょうか? と聞いてきた癖に分かっているじゃねぇか。やっぱり頭お花畑だわ、この女。


 まあ嘆いてもしょうがない。俺はとりあえず、ここを脱出するまでは協力しようと提案した。女も事態を重く見ているようだ。馬鹿にした俺の提案にも関わらず、あっさり承諾した。


 俺たちはとりあえず森を出て周りが見渡せる場所に移動しようと意見を纏めて、広い野原に出た。それから2分後だった。地面が揺れた思うと、周りを見回す俺たちの背中の方向から突進し、砂煙を立てながら現れたのは――そうミノタウロスである。

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