城の主
「おかしいなあ~」
確かこの辺りに置いたと思ったのに・・・。
昨日、男達に追われる前に休憩を取った辺りをくまなく探しているが、お目当ての鞄は一向に見つからない。
「茶色の鞄でこれくらい大きくて、匂いは・・・多分臭いと思う」
何故か一緒に着いてきてくれたシロに、身振り手振りで伝える。
「ワン!」
多分シロは散歩と勘違いしているようだったが、ダリアはめげずに付近を中腰で探す。
1人と1匹は昼過ぎまで黙々と探したが、結局鞄は見付からなかった。
「お腹すいた・・・お昼にする?」
「ワン!」
ダリアは森の少し開けた所に、良い感じの切り株を見付けて腰を掛ける。
それから出掛ける際に老紳士から手渡された鞄を開き、1人と1匹のご飯を取り出した。
「良い天気だね~」
見上げた空は雲ひとつ無く、柔らかい温かな風が辺りの緑をさわさわと揺らしている。
木々の隙間から微かに見える湖面は、日の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「春だよね・・・」
鳥のさえずりを聞きながら、余りののどかさにピクニックに来ているような錯覚に陥った。
「食べ終わったらもう少し探そうね」
当初の目的を忘れてはいけない。
サンドイッチを咥えながらシロを見ると、既に食べ終えて草の上に背中を擦り付けて遊んでいた。
ダリアはサンドイッチを口に放り込み、急いで食べ終えようとするが、
「あ・・・美味しい・・・」
口の中に広がる独特の香草の香りと軟らかい白身魚。
この組み合わせのサンドイッチは彼女の大好物であった。
ダリアは何となく気になって別の包みを開けてみた。
そこにはデザートの黒ベリータルトが入っている。
これも彼女の大好物であった。
「・・・・・」
たまたまよね。
ダリアは急いで食べ終えると、再び鞄を探す事にした。
「ただいまです・・・・・」
日が傾く頃、城に戻ったダリアを出迎えてくれた老紳士は、顔を見るなり残念そうに笑った。
「気分転換に城を散歩してはいかがでしょうか?」
「え?いいのですか?」
「はい、夜までなら問題ありません」
ダリアの落胆ぶりに、きっと気を利かせてくれたのだろう。
「ありがとうございます!え~っと、執事さん?」
「私、ジェイと申します」
「えっ?」
ダリアは弾かれたように聞き返した。
「どうかされましたか?」
ジェイはダリアをじぃっと見つめて尋ねる。
「い・・いえ。あのその、昔の知り合いに・・同じ名前の方がいて・・・それで・・・」
ダリアはシドロモドロになりながら答える。
「それはそれは。改めてよろしくお願いします。それはそうと」
「?」
「昼食のメニューはいかがでしたか?」
「あ!はい!全部私の大好物でした!特にあの香草が・・・あ、えっと、ご馳走・・さま・・・でした・・」
ダリアは何かに気付いたように突然語尾が途切れがちになり、視線が不自然に辺りをさ迷う。
ジェイはニッコリと満面の笑みを浮かべ、
「お粗末さまでした」
そう言って恭しく腰を折った。
「あ、あの、ジェイさん。お言葉に甘えて私、城内を散策してみます」
ダリアはそう言うと、ジェイの元を足早に去っていく。
「行ってらっしゃいませ」
姫様。
ジェイは嬉しそうに微笑みながら呟いたが、彼以外誰ひとりとしてその言葉を聞く者はいなかった。
ダリアはシロを伴ってエントランスを抜けて大広間に向かう。
改めて見ると城内はとても清潔に保たれており、置かれている調度品もしっかりと磨かれて美しいままだ。
チャリン・・・
チャリン・・・
どこかで金属の擦る様な音が聞こえてくる。
チャリン・・・
チャリン・・・
「?」
辺りを見回したダリアだったが、自分の前を迷いなく歩くシロの後を気にせずついていく事にした。
大広間を抜けて長い廊下を通り、中庭へとに繋がる精巧なガラスの扉をシロは鼻で起用に開ける。
むわっと温かい空気がダリアの身体を包む。
眼前に広がる応接セットの置かれたこじんまりした空間。
そしてその奥には広大な庭園があり、見事な赤い薔薇が咲き乱れていた。
「・・・・・・」
それを見てダリアは絶句した。
赤い薔薇・・・?
彼女はゆっくりとした足取りで薔薇の元に歩いていく。
庭全体が温室の様に透明度の高いガラスで覆われており、見上げた天井部分だけは開け放たれている。
咲き乱れている薔薇は、赤というよりは赤黒い色をしていた。
「こ・・・これは一体・・・」
ダリアは愕然としながらフラフラと薔薇の中を歩いていたが、側にいたシロが急に後ろを向いて伏せた。
チャリン・・・
チャリン・・・
「?」
また聞こえる。
何の音だろう?
ダリアがそう思った瞬間、
「珍客だな」
冷たい空気が足元に流れ込んできたかと思うと、突然耳元で誰かに囁かれた。
「っ!?」
驚いて振り返ると、結構な至近距離に1人の美しい青年が立っていた。
漆黒の髪に血の通っていない陶器のような白い肌。
一見精巧な人形のように美しい容姿だが、その瞳は赤黒く濁っており、不気味さが何よりも勝っていた。
こんなに接近されているのに全く気配が無い。
ダリアは体に感じる圧倒的な冷気と威圧感のせいか、肌がピリピリと痛むのを感じた。
突然凶暴な猛獣と対峙したような強烈な緊張感に、彼女は無意識にこくりと喉をならす。
「こちらはこの城の主であるディーロイド様です」
聞き慣れた優しげな声に視線を向けると、彼のすぐ後ろにジェイがにこやかな笑顔で立っていた。
ディーロイド・・・。
『哀れな吸血鬼』。
童話のモデルになった赤い目をした恐ろしい吸血鬼。
「お・・・お邪魔して、いま・・す」
ダリアの口は渇き、やっとの事で出した声は微かに震えていた。
ディーロイドはダリアのじぃっと見つめる。
すると彼の赤黒い瞳孔が猫のように縦長に動く。
「私が怖いか人間」
感情を伴わない表情で尋ねる。
彼は先程からとても小さな声で話しているのだが、何故かダリアには耳元で囁かれているように鮮明に聞こえる。
「まあ良い。久々の人間の客だ。好きなだけ我が城に滞在するがよい。私は人間は嫌いではない」
黙ったまま自分を凝視しているダリアに、ディーロイドは右側の口角を少し上げた。
「この庭の薔薇は枯れる事を知らない。好きなだけ堪能するがよい。ズーよ。案内してやれ」
そう言うと、彼は踵を返した。
チャリン・・・・
チャリン・・・・
聞き覚えのある音に彼の足元を見ると、左足首に銀の大きな枷が付いており、そこから鎖がどこまでも続いている。
足枷・・・?。
チャリン・・・
チャリン・・・
ディーロイドはジェイを伴い、鎖を引きずりながら温室から出て行った。
チャリン・・・
チャリン・・・
ダリアはしばらくその場で立ち尽くしていたが、鎖の音が完全に聞こえなくなった頃、ため息をついてその場にへたり込んだ。
「はあ~~~~~」
そして蹲る。
「クゥーン、クゥーン」
シロがダリアに体を擦り付ける。
「大丈夫、怖くないよ。ちょっと驚いただけ・・・」
ダリアは顔を上げてシロの頭を撫でる。
そう、驚いただけ。
暫くシロの頭を撫でていたダリアはゆっくりの立ち上がり、服についた土をはらう。
あ・・・。
青い薔薇の事、聞くの忘れてた。
ダリアは大きく息を吐いて、彼等が出て行ったドアをしばらくの間眺めていた。




