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あなたの為の青い薔薇  作者: めざし
現在編
6/21

城の主

「おかしいなあ~」

 確かこの辺りに置いたと思ったのに・・・。


 昨日、男達に追われる前に休憩を取った辺りをくまなく探しているが、お目当ての鞄は一向に見つからない。


「茶色の鞄でこれくらい大きくて、匂いは・・・多分臭いと思う」

 何故か一緒に着いてきてくれたシロに、身振り手振りで伝える。

「ワン!」


 多分シロは散歩と勘違いしているようだったが、ダリアはめげずに付近を中腰で探す。


 1人と1匹は昼過ぎまで黙々と探したが、結局鞄は見付からなかった。


「お腹すいた・・・お昼にする?」

「ワン!」


 ダリアは森の少し開けた所に、良い感じの切り株を見付けて腰を掛ける。

 それから出掛ける際に老紳士から手渡された鞄を開き、1人と1匹のご飯を取り出した。


「良い天気だね~」

 見上げた空は雲ひとつ無く、柔らかい温かな風が辺りの緑をさわさわと揺らしている。

 木々の隙間から微かに見える湖面は、日の光を浴びてキラキラと輝いていた。


「春だよね・・・」

 鳥のさえずりを聞きながら、余りののどかさにピクニックに来ているような錯覚に陥った。


「食べ終わったらもう少し探そうね」

 当初の目的を忘れてはいけない。

 サンドイッチを咥えながらシロを見ると、既に食べ終えて草の上に背中を擦り付けて遊んでいた。


 ダリアはサンドイッチを口に放り込み、急いで食べ終えようとするが、


「あ・・・美味しい・・・」


 口の中に広がる独特の香草の香りと軟らかい白身魚。

 この組み合わせのサンドイッチは彼女の大好物であった。


 ダリアは何となく気になって別の包みを開けてみた。

 そこにはデザートの黒ベリータルトが入っている。

 これも彼女の大好物であった。


「・・・・・」


 たまたまよね。


 ダリアは急いで食べ終えると、再び鞄を探す事にした。





「ただいまです・・・・・」

 日が傾く頃、城に戻ったダリアを出迎えてくれた老紳士は、顔を見るなり残念そうに笑った。


「気分転換に城を散歩してはいかがでしょうか?」

「え?いいのですか?」

「はい、夜までなら問題ありません」

 ダリアの落胆ぶりに、きっと気を利かせてくれたのだろう。


「ありがとうございます!え~っと、執事さん?」

「私、ジェイと申します」

「えっ?」

 ダリアは弾かれたように聞き返した。


「どうかされましたか?」

 ジェイはダリアをじぃっと見つめて尋ねる。


「い・・いえ。あのその、昔の知り合いに・・同じ名前の方がいて・・・それで・・・」

 ダリアはシドロモドロになりながら答える。


「それはそれは。改めてよろしくお願いします。それはそうと」

「?」

「昼食のメニューはいかがでしたか?」

「あ!はい!全部私の大好物でした!特にあの香草が・・・あ、えっと、ご馳走・・さま・・・でした・・」

 ダリアは何かに気付いたように突然語尾が途切れがちになり、視線が不自然に辺りをさ迷う。


 ジェイはニッコリと満面の笑みを浮かべ、

「お粗末さまでした」

 そう言って恭しく腰を折った。


「あ、あの、ジェイさん。お言葉に甘えて私、城内を散策してみます」


 ダリアはそう言うと、ジェイの元を足早に去っていく。


「行ってらっしゃいませ」

 姫様。


 ジェイは嬉しそうに微笑みながら呟いたが、彼以外誰ひとりとしてその言葉を聞く者はいなかった。





 ダリアはシロを伴ってエントランスを抜けて大広間に向かう。


 改めて見ると城内はとても清潔に保たれており、置かれている調度品もしっかりと磨かれて美しいままだ。



 チャリン・・・

 チャリン・・・


 どこかで金属の擦る様な音が聞こえてくる。


 チャリン・・・

 チャリン・・・


「?」

 辺りを見回したダリアだったが、自分の前を迷いなく歩くシロの後を気にせずついていく事にした。



 大広間を抜けて長い廊下を通り、中庭へとに繋がる精巧なガラスの扉をシロは鼻で起用に開ける。


 むわっと温かい空気がダリアの身体を包む。

 眼前に広がる応接セットの置かれたこじんまりした空間。

 そしてその奥には広大な庭園があり、見事な赤い薔薇が咲き乱れていた。


「・・・・・・」



 それを見てダリアは絶句した。


 赤い薔薇・・・?



 彼女はゆっくりとした足取りで薔薇の元に歩いていく。


 庭全体が温室の様に透明度の高いガラスで覆われており、見上げた天井部分だけは開け放たれている。

 咲き乱れている薔薇は、赤というよりは赤黒い色をしていた。


「こ・・・これは一体・・・」


 ダリアは愕然としながらフラフラと薔薇の中を歩いていたが、側にいたシロが急に後ろを向いて伏せた。


 チャリン・・・

 チャリン・・・


「?」

 また聞こえる。

 何の音だろう?


 ダリアがそう思った瞬間、


「珍客だな」


 冷たい空気が足元に流れ込んできたかと思うと、突然耳元で誰かに囁かれた。


「っ!?」


 驚いて振り返ると、結構な至近距離に1人の美しい青年が立っていた。


 漆黒の髪に血の通っていない陶器のような白い肌。

 一見精巧な人形のように美しい容姿だが、その瞳は赤黒く濁っており、不気味さが何よりも勝っていた。


 こんなに接近されているのに全く気配が無い。


 ダリアは体に感じる圧倒的な冷気と威圧感のせいか、肌がピリピリと痛むのを感じた。


 突然凶暴な猛獣と対峙したような強烈な緊張感に、彼女は無意識にこくりと喉をならす。


「こちらはこの城の主であるディーロイド様です」


 聞き慣れた優しげな声に視線を向けると、彼のすぐ後ろにジェイがにこやかな笑顔で立っていた。



 ディーロイド・・・。

『哀れな吸血鬼』。

 童話のモデルになった赤い目をした恐ろしい吸血鬼。


「お・・・お邪魔して、いま・・す」


 ダリアの口は渇き、やっとの事で出した声は微かに震えていた。


 ディーロイドはダリアのじぃっと見つめる。

 すると彼の赤黒い瞳孔が猫のように縦長に動く。


「私が怖いか人間」


 感情を伴わない表情で尋ねる。

 彼は先程からとても小さな声で話しているのだが、何故かダリアには耳元で囁かれているように鮮明に聞こえる。


「まあ良い。久々の人間の客だ。好きなだけ我が城に滞在するがよい。私は人間は嫌いではない」


 黙ったまま自分を凝視しているダリアに、ディーロイドは右側の口角を少し上げた。


「この庭の薔薇は枯れる事を知らない。好きなだけ堪能するがよい。ズーよ。案内してやれ」

 そう言うと、彼は踵を返した。


 チャリン・・・・

 チャリン・・・・


 聞き覚えのある音に彼の足元を見ると、左足首に銀の大きな枷が付いており、そこから鎖がどこまでも続いている。


 足枷・・・?。


 チャリン・・・

 チャリン・・・


 ディーロイドはジェイを伴い、鎖を引きずりながら温室から出て行った。



 チャリン・・・

 チャリン・・・



 ダリアはしばらくその場で立ち尽くしていたが、鎖の音が完全に聞こえなくなった頃、ため息をついてその場にへたり込んだ。


「はあ~~~~~」


 そして蹲る。


「クゥーン、クゥーン」

 シロがダリアに体を擦り付ける。


「大丈夫、怖くないよ。ちょっと驚いただけ・・・」


 ダリアは顔を上げてシロの頭を撫でる。


 そう、驚いただけ。



 暫くシロの頭を撫でていたダリアはゆっくりの立ち上がり、服についた土をはらう。



 あ・・・。

 青い薔薇の事、聞くの忘れてた。



 ダリアは大きく息を吐いて、彼等が出て行ったドアをしばらくの間眺めていた。



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