魔女狩り
薬師になり、何としても青い薔薇を手に入れる。
それからダリアは猛勉強を始め、14歳で晴れて薬師の資格を取ることが出来た。
その後、世界中の伝記や童話をひっくり返し、吸血鬼や青い薔薇の伝説が残る地域をくまなく旅して回っていたのだが。
「頑張るしかない・・」
旅を始めておよそ2年。
未だ、青い薔薇を見付ける事が出来ずにいた。
ダリアの心は幾度となく折れかけたが、どうしても諦める事が出来なかった。
「よしっ」
両頬を両手で軽く叩き気合いを入れる。
日が高いうちに出来る限り進まないと。
ダリアは再び歩みを進めた。
しばらくして、積雪の量が目に見えて減っていくのに気が付いた。
それだけでは無い。
山を登っているにも関わらず、辺りの気温が上昇している気さえする。
ダリアは汗ばんだ額を拭いながら黙々と山道を歩く。
先ほどの休憩からかれこれ2時間程歩いただろか。
辺りの景色が一変した。
地表から完全に雪が消え、辺りの木々には青々と新緑が芽吹いている。
畦には小さく可愛らし花が咲き、温かい風にゆらゆらと揺れている。
ほぼ頭上にある太陽の光は柔らかく、まるで小春日和のようだ。
「麓の村はあんなに凄い雪だったのに・・・・」
ダリアは辺りを見回し、休憩できそうな場所を探した。
「少し早いけど、お昼にしよう」
山道から逸れた所に荷物を置き、今朝宿の主人から分けてもらったパンとスープを取り出した。
新緑は太陽を浴びで輝き、春を告げる鳥の声が森の中に響く。
「不思議・・・ここだけ春が先に来たみたい」
ダリアは柔らかい芝生の上に腰を下ろし、被っていたフードを脱いだ。
「ここなら野宿出来そう。しばらく進んでめぼしい所が無ければ今日はここにテントを張ろう」
幸いここは山道から逸れている為、もし誰かが通っても木に遮られて姿は見えない。
おまけに心配していた雪も全く無く、過ごしやすい気温だ。
ダリアはパンを齧りながら、テントを張るのに良さそうな場所を目線だけ動かして探していたが、微かに遠くから複数人の足音と話声が聞こえた。
別に悪い事をしている訳でも無いが、ダリアは急いで食事を流し込むと木陰に身を隠した。
「おい、本当にこっちなんだろうな」
「確かラキア山脈に登るって宿の主が聞いたって」
「子供の足じゃここまで来れないんじゃないのか?」
「昨日村に来たガキだろ?でかい鞄を背負った」
「ああ。そうだ」
数人の男達が、村から続く道から歩いてくる。
何だろう?
私の事を探しているの?
あの村に忘れ物でもしただろうか?
ダリアは首を傾げていると、
「本当に魔女なのかよ、男じゃなかったか?」
「男でも魔女は魔女だ。自作の傷薬を持っていると言ってたから間違いない」
「まさかこの村に魔女がねえ・・・」
「村長は大層ご立腹だ、見つかったらそのまま火炙りか打ち首だな、ありゃ」
は??
魔女?
火炙り・・打ち首?
ダリアはハッとした。
『魔女狩り』
この国にはかつて『魔女狩り』と言う風習があった。
しかしそれは、かなり昔の話だと聞く。
この地域には、未だにその風習があるのだろうか?
しかし、薬を調合しただけど魔女にされるとか・・・・。
時代遅れにも程がある。
この国には、薬師に国家資格必要なほど、王都ではメジャーな職業のひとつだ。
宮廷魔術師も存在するし、大きな決断をする際、国王自らが有名な占い師に見てもらったりしている。
このご時世に魔女などと・・・。
あの村は王都から歩いて1ヵ月以上かかるまるで隠れ里のような集落だ。
独自の思想を信仰していても仕方ないのか?
ダリアは心底呆れた。
宿の主人に必要以上の礼などするのではなかった。
しかし今更どうしようもない。
このまま捕まれば、ダリアは間違いなく殺されるだろう。
彼女は息をひそめて彼らが去るのを待つことにした。
しかし、
「おい、あれ」
1人の男が目ざとく、森の中に置いてあるダリアの鞄を見つけて指差した。
げっ!!
「この辺りにいるんじゃないのか?」
「おい探せ!」
男達は躊躇なくガサガサと脇道に入ってくる。
まずい。
ダリアは焦らずゆっくりと木々の裏側を通って、森の奥への移動を試みる。
「おい、今あの辺で何か動かなかったか?」
猟師でもやっているのか。
1人やたら目の良い男がいる。
まずい。
捕まる。
ダリアは音を立てないように立ち止まり、小さくなって茂みに身を隠した。
頼む。
どっか行って。
こんな所で死ぬわけにはいかないの。
男達の気配が容赦なくダリアのすぐ側まで近付く。
その時、
『ワォーーーーーーーン、ワォーーーーーーーン』
割りと近くで遠吠えが聞こえた。
男達の足がぴたりと止まる。
「おい、今の・・魔獣じゃ・・」
「まずいんじゃないか?」
「日が暮れるまでに村に戻らないと」
彼等は口々にそう言うと、遠吠えの主を刺激しないように静かに来た道に戻りだす。
ダリアは出来る限り彼等から距離を取ろうと、更に森の奥へと逃げ込んだ。
「大丈夫、私にはこれがある」
ダリアは腰にぶら下げた魔物除けの香袋を右手で何度か揉み、そこから立ち上る匂いを強めた。
遠吠えの主が赤い目の魔物じゃありませんように。
ダリアは茂みで息を整えつつ、逃げ込めそうな場所が辺りに無いか見回した。
すると少し先、森を抜けた先にいつの間にか大きな湖が見えた。
『ウォーーーーーーーン、ウォーーーーーーーーン』
湖の向こう岸で再び遠吠えが聞これる。
霧にけぶっている為にはっきりとは見えないが、霧の向こうに薄っすらと大きな建物が見える。
ダリアは躊躇する事無く湖の周辺をスタスタと歩き、その建物を目指した。
しばらく歩くと霧が晴れ、眼前に大きな美しい城が見えてきた。
真っ白いそれは、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「ディーロイド城・・・・」
ダリアはついに、童話に登場するお目当ての城に辿り着いたのだった。