これからの2人
勢いよく温室の扉を開くと、そこには虚ろな目をして月を見ているレイが立っていた。
辺りはすっかり暗くなり、月明りだけが彼を照らしている。
ダリアはごくりと唾を飲み込んだ。
女は度胸!
女は度胸!!
ダリアは手の中の錠剤をぐっと握り締める。
きっとこれで彼を治す事が出来るはず。
もし、もし駄目なら・・・。
ここを出て、また別の方法を考えよう。
ジェイはああ言ってくれたけど、今の状態の彼と一緒にいるのは余りにも辛過ぎる。
また1人で世界中を旅しよう。
何年経ったっていい。
レイを助ける方法を見付け出してみせる。
それに、もしこれで治ったとしても、彼が再び私を選んでくれるか分からない。
どちらにしても結局ここを出て行く事になるかも知れない。
ダリアは大きく息を吸った。
「あの!」
その声にレイはゆっくりと振り向く。
「あの、青い薔薇、ありがとうございました」
「・・・ああ。お前か・・」
レイは抑揚の無い声で呟く。
「本当にありがとうございます。これでやっと願いが叶います」
「・・・そうか」
レイはさして興味も無さそうに答える。
ダリアは手に持っていた錠剤を口に含んでバリバリと噛み砕くとレイのすぐ側まで歩き、彼に向かって手招きをした。
「?」
それを見て、彼はダリアに近付く為に少し屈んだ。
ガシッ
屈んだことで手の届く距離にきたレイの首に、ダリアは両腕を回して捕まると、赤い瞳をまっすぐに見つめた。
「大好きだよ、レイ」
それから恥も外聞も捨てて唇に噛みついた。
「!?」
レイは何が起こったのか理解しないまま両目を大きく開ける。
ダリアはよく分からないが、口内で砕いた錠剤を何とかレイの口の中に移動し、無理やり嚥下させる事に成功した。
瞬間、レイの姿が光り輝いたかと思うと跡形も無く消えた。
掴んでいた腕がするりと抜けるとダリアはその場に座り込んだ。
「あ・・あれ?あれ?」
突然の出来事にダリアは驚いて辺りを見回すが、レイの姿はどこにもない。
「と・・取り敢えず、何とか成功したのかな・・?」
それにしても恥ずかしい~~。
自分からキスしてしまった~。
ダリアは温室の真ん中で1人蹲った。
正気に戻って思い返すと恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「シロ・・・今のは内緒ね」
ダリアはずっと側にいてくれたシロの首に手を回して暫く身悶えていたが、何となく気まずくなってその場から立ち上がり、そそくさと部屋に戻った。
それからダリアは一晩中落ち着くなく室内をウロウロしていた。
レイは治っただろうか?
それなら自分に会いに部屋に来てくれるだろうか?
覚えてくれているだろうか?
期待と不安で高揚していた気持ちも、室内を照らし始めた朝日に気付いた時には落胆に変わっていた。
何も変わらない1日が始まる。
朝食を運んでくれた使用人達の中に、ジェイの姿を見付ける事は出来なかった。
そう言えばシロの姿も見ていない。
きっとダメだったんだ。
何となくそうなんじゃないかと思っていた。
「はあぁ~~~」
ここを出よう。
ダリアは食事を済ませると、黙々と鞄の整理を始めた。
と言ってもそんなに荷物は無い。
昨日使った道具を全て片付けたダリアは、鞄を背負って部屋を出る。
「あ・・そうだ」
ダリアは思い付いたように温室へと向かった。
「良く考えたら、不思議な事してる・・」
ダリアは鞄を傍らに置き、ジュリアの墓石の前に腰を下ろして手を合わせながら呟いた。
300百年以上前に死んだ自分のお墓に手を合わせるだなんて。
「ジュリアは死んだ・・・今はもういない」
未だに残る温かい記憶や甘い思い出は、一体誰のモノなのだろうか。
こんな事ならいっそ、記憶など無かった方が良かった。
・・・・いいえ。嘘。
レイに再び出会えて良かった。
頑張ろう。
青い薔薇が駄目でもきっと方法があるはず。
どれだけ時間がかかっても、きっと方法を見つけ出してみせる。
死んだって、また生まれ変わればいいんだから。
ダリアは気持ちを入れ替え、勢いよく立ち上がる。
「それにしても・・静か・・」
辺りを見回しながら鞄を手に持つ。
咲き乱れる赤い薔薇が朝日に照らされ、一層輝いている。
時折外から鳥のさえずりが聞こえるだけのとても静かな朝だ。
ダリアは部屋を出てから温室までの移動中、誰にも出会わなかった。
ズーすらもいない。
ジェイには会っておきたかったんだけど。
「ま、いいか」
誰かに会うと寂しくなってしまう。
「じゃあね、ジュリア」
幸せだった、私の過去。
もうここに来る事は無いかもしれない。
ダリアはそう言って温室の出口に向かおうとした時、突然吹いてきた強い風に目を瞑って顔を背けた。
それは温かくて優しい風だった。
懐かしい匂いを運び、温室中を駆け巡った後に天井から抜けていく。
風が治まりダリアが再び目を開けた時、風に巻き上げられた花弁が温室中を舞っていた。
無数の青い花弁が空からひらひらと落ちてくる。
「・・きれい・・」
ダリアは無意識に呟き、その様子をじっと見つめていると、舞い落ちる花弁の向こう、温室の入口付近に立つ懐かしい人影に気付いた。
彼を起点に再び風が起こり、薔薇が一斉に赤から青へと色を変えていく。
ダリアは慌てて身体を反転させてフードを引っ張り出して被り、その場に蹲った。
カタカタと無意識に身体が震る。
しばらくして、優しい手がダリアの頭を撫でた。
「リア・・私のリア」
懐かしい呼び名にダリアの瞳からみるみる涙が溢れてくる。
しかしダリアは耳を塞いで頭を振る。
「違うの、ごめんなさい。私、ジュリアじゃない」
こんな姿見せたくない。
それでも彼は撫でる手を止めない。
「私のリア。顔を見せて」
「う・・・お願いだから放っておいて・・・」
もうあなたの好きじゃ色じゃない。
あの美しかったジュリアじゃない。
「さあ、おいで」
彼はダリアの両手を掴むと簡単に立ち上がらせ、両手で両頬を優しく包んで顔を上げさせた。
涙でぼやける視界の中、恐る恐る見上げた彼の両目は懐かしい宵闇の色をしており、髪も銀色に戻っていた。
「あ・・・レイ」
治ってる・・・。
ダリアは嬉しいような寂しいような、何とも言い難い感情を胸いっぱいに感じた。
苦しくて言葉が出ない。
「ああ、変わらないね。あの頃から・・・」
レイの瞳は以前と違ってはっきりとダリアを見つめている。
ダリアは何か言おうと口を開いたのだが、レイの瞳から流れ落ちる静かな涙を見た瞬間、思わず口を閉じた。
レイは両手でダリアの顔中を撫でまわすと、そのまま体重をかけて2人して地面に倒れ込んだ。
「えっ!!!」
驚いて起き上がろうともがくダリアの身体をレイはがっちりの抱き込み、足を絡ませた。
「な・・・!」
ダリアは恥ずかしさの余りレイの胸を突っぱねるがビクともしない。
そうだった。
彼はとても強引だった。
レイは無言でダリアの胸に顔を埋めると、トクントクンと若干早い心音に耳を傾けた。
「動いている」
レイは嬉しそうに笑うと、更にダリアの身体に擦り寄った。
「ちょっとレイ!いい加減にして!!」
余りの恥ずかしさにダリアは抗議するが、
「ふふふふ」
レイは嬉しそうに笑うだけだ。
「・・・何よ」
頬を膨らませてダリアが抗議する。
「いや」
それでもレイは嬉しそうに笑っている。
ダリアは諦めて身体から力を抜いた。
「ねえリア。いや、今世はダリアかな?」
レイはダリアを見つめながら頬を優しく撫でる。
「リアでいい。ダリアだし。レイにそう呼ばれるの、好き」
その言葉を聞いてレイは嬉しそうにほほ笑み、ダリアの額のキスをする。
「君の名が変わろうが、見目が変わろうが愛している事には変わりはないよ」
と言うか、はっきり言って見れば見る程、話せば話す程『ジュリア』と変わらない。
確かに髪や瞳の色は変わっているが、仕草や表情、声や言葉遣いまでもがまさしく『ジュリア』そのものである。
だからこそ、ジェイも直ぐに気付いたのだろう。
レイの言葉を聞いて、ジュリアの顔はみるみるふにゃっと崩れる。
「でも、でも側にいてくれなかった。ずっと一緒っていったのにぃ~うう・・・」
ダリアは自分が無茶を言っている事に気付いていた。
何せ自分は一度死んでしまっているのだから。
レイはダリアの瞳から涙を丁寧に吸い取っていく。
「私の姿を見ただろう?恐ろしくはなかった?」
闇に落ち、呪われた恐ろしい姿。
本当はそんな姿見せたくなかった。
「びっくりしたけど、レイはレイでしょ?」
ダリアは不思議そうに首を傾げた。
「ふふふふ、確かに。私は私でリアはリアだね」
何年、いや何百年経ってもそれはきっと変わらない。
「私のリア、愛してるよ」
どちらからともなく見つめ合い、額を擦り合わせる。
自然と重なる唇は次第に深くなる。
ダリアは息も出来ない程きつく抱き締められ、ねっとりと絡む舌に翻弄される。
「おかえり」
私のすべて。
青い薔薇の中で飽きるほどキスをしよう。
2人で月を見て抱き合おう。
300年間出来なかった事を2人でしよう。
美しく舞い落ちる花弁の中、300年前と変わらない青い薔薇だけが2人を見ていた。
ありがとうございました。
いったんここで完結です。
その後は【後日談】として投稿します。




