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あなたの為の青い薔薇  作者: めざし
過去編
19/21

道しるべ

 麓の村は突如現れた魔獣の群れに襲われ、1時間もしない内に全ての村人が食い殺された。


 しかし、それでも怒り狂った魔獣の勢いは止まらず、辺りに点在する村や町を順に襲い始める。


 分厚い雲が空を覆い尽くし、日中でも夜と見間違えるほど暗く辺りに多くの魔獣達の遠吠えが響き渡る。


 成す術もなく、人間も家畜も容赦無く食い殺されていく。


 事態を重く見た国王が王都の高名な魔術師を派遣し、大々的に魔物の討伐乗り出したのは、それからから1ヵ月たった頃だった。






「あんたが噂の真祖様?」


 何の妨害も無くスムーズに城に入る事が出来た事を若干不審に思いながらも、闇の中心に立ち尽くす、この厄災の原因である1人の男に声を掛けた。


 彼の名はゲルド。

 王国一の魔術師で、23歳にして現在宮廷魔術師筆頭の職に就いている若き天才魔術師であった。


 彼は数百年に一度の逸材と言われ、人類最強である為か群れる事を嫌う。

 今回も国王による討伐仲間の選定があったのだが、足手まといになるからと断り、単身でここディーロイド城に乗り込んで来たのだった。


 混沌の中心であるこの城からは悍ましい闇が噴出し、辺り一面を覆い尽くしている。

 城の入口までは辛うじて見えていた景色も、今は黒く塗りつぶされてどこに立っているのかさえ分からない。


 襲ってくる魔獣を蹴散らし、転移魔法を駆使してこの城までやってきたが、不思議な事に城に近付くにつれ辺りは静寂になっていった。

 闇の中には無数に光る赤い目が見えるが、特に襲って来る様子もない。



 ゲルドの問いかけに、その男は虚ろな瞳を向けた。


 瞬間、ゲルドはチビりそうになった。

 いや、正直ちょっとチビった。


『無理無理無理無理、マジ無理だから!!あんなの勝てるわけないしぃ~~~!!!』


 ゲルドは心の中で絶叫した。


 王国一の魔術師として天才の名を欲しいままにしてきたゲルドが、ここに来て恐怖の余り膝が震え、力を入れていないとそのまま腰を抜かしてひっくり返ってしまう程だった。


『ちょっと魔力が多くて魔法操作が得意だからって、今まで調子こいてすみませんでしたぁぁぁ!天才とか自画自賛してすみませんでしたぁぁぁ!!許してくださいぃ~~!!!』


 ゲルドはどこの誰にでもなく、心の中で勢い良く土下座する。


 そして再び男の姿をチラリと見て、すぐに目を逸らした。


 やばい。まずい。

 あれは一般的な魔物の類では無い。

 闇そのものだ。

 闇があの姿を象って存在しているだけだ。


 存在はするがそこにはいない。

 実態が無い。

 意識そのものだ。


 ゲルドの身体中からは、冷たい汗がダラダラと滝のように流れていく。


 くそっ!

 これでは間違いなく人類は滅亡しちまう。

 何だってあいつはあんなに怒り狂っちまってんだ?


 そもそも真祖は元来人間とは友好的だったと聞く。

 だからこそ、今まで人間は夜間でも気楽に外出する事ができ、奥深い森に入らない限り魔物に襲われなかったのだ。


 ・・・と言うことは。


 ゲルドは、男が大切そうに腕に抱いている1人の女性を見た。


 あれが原因か・・・。


 目を閉じていても美しいと分かる青い髪の女性。

 見た所、完全な時間停止の魔法が施されている。

 そして・・・・・すでに死んでいた。


「あ~っと、彼女は・・?」


 ゲルドは勝ち目のない戦はしない主義だ。

 と言うか、今まで負けた事が無い。

 しかし、まだまだ若いゲルドは死にたくないので取りあえず話し合いを試みた。


「ああ、実はね。うっかり人間に奪われてしまったのだよ」

 この子も人間なのにね。


 男は存外気さくに答え、ふふふと寂しそうに笑うと彼女の頬に唇を寄せた。


「・・・・・」


 ゲルドは思案した。

 暴れ狂って残虐の限るを尽くす魔物の討伐。

 それがゲルドに課せられた国王からの依頼だった。


 だがしかし、少し会話をしただけで彼はかなり理性的だと分かる。

 そして多分、この顛末の原因は愚かな人間側にある。


「あの、悪いんだけど、町や村を襲っている魔獣達をどうにか出来ないか?」


 戦って万が一でも勝てる相手ではない。

 ここは保身の為にお願いする事にした。

 もはやゲルドのプライドなど恐怖の余り四散してしまっているのだ。


「魔獣・・・?」


 男は女性の頬を撫でる手をぴたりと止め、どこか焦点のあっていない目でゆっくりとゲルドを見た。


 血の様な赤黒い瞳。


 ゲルドは震える足を叱咤しながら言葉を紡ぐ。


「ああ、実はひと月ほど前から赤い目をした黒い魔獣が至る所で暴れまわってるんだ。倒しても倒しても湧いてきちまって、このままでは国がちとまずいんだ」


「ああ・・・それは」

「?」


『シロ』


 男は一言言葉を発する。

 ゲルドは辺りの空気がびりっと震えたのを感じた。


「これで大丈夫だ。すまないね、余りの混乱に呼び戻すのを忘れていた。可愛い犬なんだよ」


 何てこと無いように男は告げるが、ゲルドは驚愕の余り目を見開いて動けなかった。


 王都を襲うのも時間の問題と言われた大規模な魔獣の群れを、今の一言で治めたと言うのか?!

 しかも可愛い飼い犬だと?!


 こいつは人間の敵か?

 魔王か?



「あ・・アリガトウゴザイマス」


 ゲルドは若干片言になりながらも、きちんとお礼を言った。


「見ての通り、私は既に感情の呪いに囚われてしまった。人間を慮ってやる事が出来ないのだよ。すまないね」


 女性の頭を優しく撫でながら、男は静かな口調で話す。


 悲しみと怒りに囚われた魔物。

 あの赤い瞳が何より物語っている。


 彼女を深く愛していたのだろう。

 彼女が死んで、狂ってしまったのだろうか。



「その・・・眠らせてはあげないのか?」


 ゲルドはお節介と思いながらも男に尋ねた。


「眠らせる?」


 男の首がカクンと動く。


「知らないかもしれないが、人間は死ぬと大地に戻るんだ。そして魂は浄化され、天へと帰る」

「・・・・」


 男は眉を顰めてぎゅっと彼女の身体を抱きしめた。


「そうすれば生まれ変わる」


 ゲルドの言葉に男は目を見開いた。


「・・・生まれ変わる?」


「ああ、魔物達は消滅して終わりかもしれないが、人間は輪廻転生を繰り返す。だから弔ってやらなきゃならないんだ」

「とむら・・う?」

「ああ、身体を土に埋めてやるんだ。そうすれば再び生まれ変わる」

「そうか・・・そうか。生まれ変わるのか・・・そうか」


 男は女性の額に何度も何度もキスを送った。




 人間の弔い方を知らないから手伝ってほしい。


 男はゲルドにそう頼むと、一瞬にして周辺の闇を打ち払った。


 先程までは分からなかったが、どうやらここは赤い薔薇が咲き乱れている温室内のようだ。


「噂では青い薔薇があるって聞いたんだけどな~」


 ちょっと期待していたゲルドは独り言のように呟いた。


「青い薔薇は私の純粋な魔力を糧に育つのだ。怒りに囚われた私の魔力ではもう咲かすことは出来ない」


 咲いていたはずの青い薔薇は、今の彼の魔力を吸い込み全て赤に変色してしまったようだ。

 確かに咲き乱れる薔薇は、彼の瞳と全く同じ色をしている。



 この温室で一番日当たりが良い場所に穴を掘り、棺を入れて中に彼女の亡骸を横たえた。


 即席で作った石の墓標に男が名を魔力で刻んでいく。

 その繊細な魔力制御に感服したゲルドがふと辺りを見回すと、いつの間にやら辺り一面に多くの魔物達が集まっており、ゲルドは肝を冷やした。

 何せ人類最強のゲルドをもってしても、内包する力がその中の誰1人にすら敵わなかったのだ。


 人間とは何と愚かな生き物か。

 脆弱で傲慢。

 こんなにも何かに許され、生かされていると言うのに。


 ゲルドは同じ人間として、今までの身勝手さを恥じた。



「私はもうこの城から出る事は無い。封印したとでも言っておいておくれ」


 どうやら男はゲルドが自分を討伐しに来た事に気付いていたようだ。


「これを・・ほとんど効果無いと思うけど・・」


 ゲルドは懐から銀の枷を取り出した。


 これを装着していれば、誰かに見られても封印されたと言い訳が立つし、今後王国軍がこちらに攻めて来る事も無いだろう。


 男は素直に受け取ると、自らの左足につけた。


「ああ、確かに、何か少し吸われている気がしないでもない・・か?」


 ふむ、と男は首を傾げている。


 おいおいおい。

 これでも超特注の魔力吸収魔道具だぞ・・・。


 しかしこれを装着したという事は、彼は本当にこの城から出る気が無いのだろう。


「彼女を探さないのか?」


 またもやお節介にもゲルドは尋ねた。


 魂は輪廻する。

 どれくらい先かは分からないが、彼女は再びこの世界に生まれ落ちるだろう。


「・・・・・・」

 しかし男は首を横に振る。


「この姿ではもう会えない」


 自らが呪いに侵された姿。

 真っ黒い髪と赤い瞳。

 あの子の好きだった色はもうどこにもない。

 会った所できっと私を恐れるだろう。


「いつの日か再び生まれ変わる。それが知れただけで良かった」


 男はそう言って、何かを思い出すかの様に寂しそうに目を細めた。


 どんなに遠くに生まれても、同じ空の下、同じ風を感じ、同じ月を見て美しいと思うだろう。


 雨上がりには虹を見て感動し、雲を見て、花を見てきっとあの子は嬉しそうに微笑むだろう。


 いつかまた、この世界のどこかで同じ時間を生きてくれるだけでいい。


 それだけで良い。

 私はそれで十分だ。


 男は棺に屈み込むと、彼女にゆっくりと口付けた。


「次の生は健やかに。愛してるよ。私のすべて」

 約束、守れなくてごめん。


 男が流した涙は血の色をしていた。



 ーーー


「畜生畜生畜生・・・・」


 王都への帰り道、ゲルドは悔しさの余り酷い悪態をついていた。

 溢れてくる涙を必死に腕で拭いながら来た道を戻る。

 振り返ると、遥か彼方に霧にけぶるディーロイド城が見えた。


 すると突然辺りの空気が急激に下がり出しす。

 ピシピシと地面から音が聞こえ、次第に凍っていく大地。


 後少ししたら、この辺りは完全に氷に閉ざされるだろう。


 ひらひらと空から雪が舞い降り始め、頬に当たって溶ける。

 ゲルドは空を見上げた。


 あいつが何をしたって言うんだ。

 1人の女を愛しただけじゃないか。

 あんな、何もかも諦めたような目しやがって。


 この国を混沌に陥れた魔物のくせに!

 すげー恐ろしい魔物のくせに!!


 これからあいつはこの閉ざされた地にずっと1人でいるのだろう。

 哀れな吸血鬼。


 ゲルドは怒りにも似た腹のモヤモヤを、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。



 何だか無償に妻に会いたくなった。


 帰ろう。あいつの元に。

 俺の帰りを心配しながら待っているばず。


 口は悪いが自分を一番に好いてくれる最高の女。

 ゲルドは彼女に出会えた事を神に感謝した。



 ーーー


 大厄災を沈めたゲルドは英雄となった。

 人々は彼を崇め崇拝する。


 令嬢達から沢山の夜会やパーティーに誘われたが、1度として参加することはなかった。

 ゲルドは生涯ただ1人の女性だけを愛した。


 そんな彼は死ぬまでに1冊の童話を残す。

 その物語は彼の偉業と共に後世に語り継がれ、今や子供に読み聞かせる定番の本となった。


 哀れな吸血鬼のお話。


 ゲルドは有り余る魔力を言葉に端々にのせて、一字一字綴ってゆく。

 記憶保存・情景保存・音声保存etc・・・etc・・・


 誰しもが物語を呼んだ際に浮かべる風景を、魔法によって限りなく本物に近付けていく。

 言わば思考操作の魔法だ。

 これはとんでもなく根気のいる作業であった。


 しかしゲルドはやり遂げたかった。

 いつの日かこの世界に生まれてくる彼女にこの本を捧げる為に。


 だから君にはどうしても知ってほしい。


 彼が今も尚、怒りと悲しみに囚われて1人でいることを。

 彼がどれほど君を愛しているかを。


 いつか君がこの本を目にすることを願って。


 これは彼へと続く道しるべ。

 君の為に。

 あの哀れで優しい吸血鬼の為に。


 いつの日か訪れる2人の幸せを願って。



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