苦労人のジェイ
6歳になったジュリアの最近の楽しみはママゴトである。
裏庭の一画、東屋の傍らに小さい木のテーブルを置き、その上でコネコネと団子を捏ねる。
側には一緒に迎えられた白い子犬がきちんとお座りしてその様子を見ていた。
勿論東屋ではレイが見守り、ジェイとその他の使用人達が控えている。
「はいシロ、お団子出来たよ。どうぞ」
どうやら白い子犬には、『シロ』と名付けたようだ。
シロの前には小さな器が置かれ、そこにジュリアが出来たばかりの団子を置く。
彼女の言葉を理解しているのか、シロは言われた通りにその団子をパクリと食べた。
「おいしい??」
「ワン!」
ジュリアは嬉しそうにシロの頭を撫でる。
傍らでその様子を見ていたジェイがこっそりレイに尋ねた。
「主、あれは大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、うん、まあ。どうだろう・・・分からない」
珍しく言葉を濁したレイは、横眼で様子を見ながら紅茶を一口飲んだ。
ジュリアがママゴトに使っているのは、この庭いっぱいに咲き誇る青い薔薇である。
使用人達によってお綺麗に棘を処理された薔薇がジュリアの側に並べられ、その花弁を彼女は容赦無く毟り、テーブルの上で捏ねているのだった。
人間が見たら卒倒するような光景である。
この薔薇は言わずと知れた「幻の花」であり、ほんの1輪であっても飛んでもない値段が付く。
レイから溢れ出る無限の魔力を糧に咲いたこの薔薇は、彼の魔力の純粋な結晶である。
この世界の生けとし生けるも者全ての体には、少なからず魔力が内包されいる。
病気や怪我、呪いは魔力を濁らせる事によって起こる事象である為、この純粋なる魔力結晶の花弁1枚でも口に含めば、瞬く間にで浄化され、治癒されるのだ。
そんな貴重な薔薇をジュリアはママゴトに使い、あまつさえペットのシロに与えている。
中々の親馬鹿ぶりだと、こっそりジェイは感心した。
「ジュリア、こちらに来てお前も菓子を食べなさい」
レイは使用人達に、ジュリアの手を綺麗に拭かせる。
ジュリアはそれが終わるとトコトコトコとレイの側まで歩き、彼の膝の上によじ登って座った。
ここが最近のジュリアの定位置である。
ちょこんと座ったジュリアは何故かテーブル側では無く、レイに向かって座り、彼の髪の毛を好き勝手にいじる。
どうやらまだ、遊び足りないらしい。
ジュリアはレイの銀の髪がお気に入りのようで、よく自分の髪飾りを付けてあげていた。
「おリボン付ける?」
「いや、リボンは付けない」
「え~」
文句を言おうとしたジュリアの口に、レイはクッキーを放り込む。
「少しは菓子でも食べて大人しく座っておれ」
もごもごと何かを言っているジュリアだったが、クッキーが美味しかったのであろう、黙ってもぐもぐと口を動かし始めた。
「もっと」
ごくりと飲み込むと、ジュリアはレイに次のクッキーを催促した。
「やれやれ」
そう言いながらも、レイはクッキーの載った皿をジュリアの手の届く所まで寄せる。
「気にいったか?」
「うん、このね、甘酸っぱいジャムが入ってるのが美味しいの。あ~ん」
ジュリアは皿から1つクッキーを取ると、レイの口元に持っていく。
彼は躊躇無く口を開け、クッキーを頬張った。
「ね~おいしいね~」
「ふむ。甘いな」
楽しそうにお菓子を頬張り合う2人だったが、周りの眷属達は驚きの余り思考が停止していた。
真祖である彼は、基本食事をしない。
飲み物はその時の気分で飲むが、固形物を口にしたのを見たのは今回が初めてだ。
世界広しといえど、彼に物を食べさせる事が出来るのは彼女だけだろう。
眷族達はそんなジュリアを大層好ましく思っていた。
10歳になったジュリアは、幼いながらも美しく成長していた。
「ねえジェイ、この本には人間は70年くらいで死ぬって書いてるけど、私もそうなの?」
ジュリアが8歳を過ぎた頃から、ジェイによる一般教養の授業が行われていた。
「勿論です。あなたはれっきとした人間ですからね」
「ふ~ん。ジェイ達はどれくらいなの?」
「私達ですか・・・・」
ジュリアの質問にジェイはしばらく考え込んだ。
「厳密には私達には寿命と呼ばれるものはありませんので、敢えて答えるのなら『永遠』ですかね」
「永遠?じゃあずっと生き続けるのね。そっか~私の方が先に死んじゃうんだね~」
何の気無しにジュリアが呟く。
「・・・・・・」
ジェイの眉が微かに動いた。
「ま、いいか~まだまだ先だしね~よく分かんないや」
子供心か特に気にせずに、ジュリアは読んでいた本の次のページを捲っていく。
「もし・・・」
「?」
ジェイの言葉にジュリアが本から顔を上げた。
「もしその時が来たら、主に相談してみてください」
「?うん。分かった~」
ジュリアは意味も分からないまま元気良く答えた。
「リア・・ジュリア・・」
廊下からジュリアを呼ぶ声が聞こえる。
「あ!レイだ!」
ジュリアは持っていた本をパタリと閉じる。
「姫様、お勉強中ですよ!」
ジョイの小言を無視して、ジュリアは勢い良く立ち上がると廊下に走り出た。
「レイ~こっちこっち」
ジュリアはレイに向かって大きく手を振ると、彼の元に走っていく。
レイは走って来たジュリアを抱き上げて、いつも通り頬にキスを送った。
「ご機嫌如何かな?私の薔薇」
「ふふふふ、レイに会えたらからとってもご機嫌よ?」
わざと大人びた笑顔を向けたジュリアにレイは目を細めた。
「何かあったの?」
呼ばれた事を想い出したジュリアはレイに尋ねた。
「今日は天気が良いから昼食は湖の畔で取ろうと思ってね。誘いに来たんだよ」
「わ!ピクニックね!行く行く!!レイ大好き!」
ジュリアはレイの首に抱きついた。
「では行こう」
レイはジュリアを抱いたまま城の外へと歩き出した。
その後ろを数人の使用人達がついていく。
「やれやれ」
勉強を中断させられたジェイも渋々その後について行った。
キラキラ光る湖面と、時折跳ねる魚の水音。
ジュリアは終始テンション高めでシロと走り回っていたが、昼食を食べる頃にはうつらうつらと船を漕ぎだした。
「ジュリア、食べるか寝るかどちらかにしなさい」
レイは、自信の膝の上に座るジュリアの頭を優しく撫でた。
「う~食べる~」
そう言って、食べ掛けのサンドイッチを口に入れる。
もぐもぐと頑張って咀嚼する姿を、皆微笑ましく見守っていた。
デザートを食べ終える頃、ジュリアの目をようやく冴え始める。
「姫様、お食事は如何でしたでしょうか?」
すぐ後ろに控えていたジェイがジュリアに尋ねた。
「うん!このね、お魚のサンドイッチとっても美味しかったわ!香草がとっても良い匂いなの!それと黒ベリーのタルトも最高!」
そう言うと、おもぬろにすくっと立ち上がる。
どうやら先に食べ終えて湖で遊んでいるシロに、いてもたってもいられなかったのだろう。
湖に向けてジュリアが走り出そうとした時、
ペチッ!
いきなりジェイにデコピンされ、反動で再びレイの膝の上に戻ってしまった。
「・・痛い・・」
ジュリアは額を両手で押さえたまま、みるみる目には涙が溜まっていく。
「食べ終わった後は『ごちそうさまでした』でしょう?以前お教えしましたよね」
ジェイにキッと睨まれる。
「ご・・ごちそうさまでした・・」
ジュリアはむくれた顔で、それでもきちんと食後の挨拶をする。
「はい、お粗末さまでした」
ジュリアの言葉にジェイはにこりと微笑んだ。
「クククク」
側で見ていたレイは、面白そうに笑う。
「ジェイはなかなかスパルタだな。ほらジュリア、こちらを向きなさい。キスしてあげよう」
レイはそう言うと、ジュリアの赤くなった額にキスを送る。
ジュリアはしばらくふくれっ面で、引っ付き虫のごとくレイにしがみ付いていたが、湖に跳ねる魚と戯れるシロを見た瞬間、嬉しそうに瞳をキラキラさせたかと思うと、あっという間にシロの元まで走って行った。
「子供は単純で面白い」
レイは笑うが、
「あの子が特別なだけではないでしょうか?」
ジェイは呆れた顔でジュリアの後ろ姿を眺めてため息をついた。




