スピードを上げたら困った
俺はずっと八尺様のことを夜の怪異だと認識していたのだが、間違っていたのかもしれない。
原典では恐怖の一夜におけるモノマネショーを開催していたのが夜だったから……原典の主人公が一番恐怖を感じていたのが夜だったから夜の怪異だと思った。
しかしよく考えてみれば原典で集落から脱出しようとしているときにも八尺様はやってきている。あれは昼間だった。
そもそも原典で八尺様に魅入られたタイミングが昼だった。
そして、今……
「車! スピード上げて!」
さすがに櫛井さんは魅入られたわけでもないのに八尺様に気づいたようだ。頼りになる。
「おっ、おっ? おう?」
八尺様が見えないじいちゃんは櫛井さんの声に戸惑うが、なにか起こっていることは確からしいと察してスピードを上げた。
勘のいいじいちゃん、大好きです。
窓の外を見ないようにしているが、八尺様は構わず覗き込んでくるようだ。
見てないけど雰囲気でそう感じる。
櫛井さんの念仏の声が高くなる。
じいちゃんはバンのスピードを上げていて……
コツンコツン……
「お?」
八尺様が見えないじいちゃんにも、原典と同じく音は聞こえるようだ。
ガラスを叩き始めた。
ついてきてるのか……
このスピードについてきてるのか……
身体能力高いなぁ。
今、こうして八尺様は昼間だというのにこうして車についてきている。活発な活動をしていらっしゃるなぁ。
夜に限らない怪異か……弱点ないじゃん、こいつ。
俺が知らないだけでなにか弱点があるのだろうか。
じいちゃんはアクセルをふかし、家がだんだんと近くなって……
「あっ」
「ど、どうしたの?」
思わず声を上げた俺にばあちゃんが顔を恐怖に引きつらせながら聞いてくる。
「家に帰って……どうしよう」
俺の言葉に不思議そうな顔のばあちゃん。
「八尺様が外にいるのに……車から出て、どうやって家に帰んの?」
ばあちゃんの顔が痙攣した。