別の怪異を考えたら櫛井さんが気づいた
ばあちゃんは居間にいなくて見ていない。
俺とじいちゃんだけが固まっていた。
「どうしたんじゃ?」
後ろから老女がじいちゃんに声をかけてくる。
この人が櫛井さんだろう。
櫛井さんが部屋に入ってくる直前に覗き込んでいた顔はひゅっと屋根の影に隠れてしまった。
「おい、櫛井さん……きてもらって悪いが、あれは八尺様じゃねぇぞ」
八尺様であれば屋根に登って上から逆さまに覗き込まなくてもいいくらい、十分な身長がある。
八尺様であれば頭になにか被っているはずだ。
八尺様の笑い声に似てはいたが、若干違う。
八尺様であれば、そもそも魅入られていないじいちゃんには見えないはずだ。
そう、あれは八尺様ではない。
俺とじいちゃんが見たのはおかっぱ頭の和人形だった。
ただし、首が1メートルほど伸びていて、頭を窓に打ちつけながら笑っていた。
見た瞬間、俺はあれがなにかわかっていた。
あれは、渦人形だ。
渦人形。これも洒落怖に書かれた怪異だ。
この怪異によって死者は出ていないため危険度は不明。
精神を不安定化させる能力がある。
作られたとされるのは寛保二年……1742年。この年は江戸で大洪水が起きているので、そういったものともなにか関係があるのかもしれないが、作者名も不明であるためなにもわからない。
この人形の笑い声を聞いていると、恐らく精神が躁状態になるのだと思われる。
そして物理攻撃に極端に弱い。
この話の原典において、渦人形は躁状態になった主人公にゲラゲラ笑いながら殴られた末、普通に破壊されている。
物理に弱いのなら普段なら大した脅威ではない、が……八尺様がいる現状では脅威だった。
しかもこいつ、能力とかは関係ないから櫛井さんにどうにかできるタイプじゃなさそうだし。
櫛井さんは眉根を寄せる。
「その手首の痣は確かに八尺様によるもの。今、その……人形? が見えたんだとすれば怪異は2ついることになるね」
櫛井さんも八尺様以外の怪異がいることにすぐに気付いたようだ。
「おぅ」
櫛井さんの言葉を聞いたじいちゃんはアメリカンドラマみたいな声を出した。