苗字について考えてたら見られた
櫛井? じいちゃんの言うのが誰のことか最初はわからなかったが、あの人だ。
原典における俺を助けてくれた能力者、Kさん。
Kさんは一夜を明かす俺にアドバイスをしてくれたし、村から出る際にもお世話になった、原典のキーパーソンだ。
その名前が、なに? 櫛井?
櫛は日本古来よりいわゆる呪具として使われる。
しかもイザナギノミコトがイザナミノミコトから逃げたときに使ったのが櫛である。
つまり逃走特化型だ。
その文字が苗字の人というのは、ちょっと頼もしいと思った。
じいちゃんが軽トラで櫛井さんを迎えにいっている間、ばあちゃんは皿を洗い、俺はこれからどうしようかを考えていた。
櫛井さんになにか一発逆転するような秘策があればそれでいい。
一発じゃなくても、ちょっと手間がかかっても構わない。
原典の櫛井さんの行動は俺も知っている。
わからないのはその唱えていた念仏くらいだ。
塩も、窓の目張りも、櫛井さんがいなくてもできるといえばできる。
俺が今、櫛井さんに期待しているのはそれ以外のノウハウの部分だ。
八尺様は「魅入られると、数日のうちに取り殺されてしまう」怪異だ。
昨日の夜、俺が危なかったのは……そしてばあちゃんまで魅入られるハメになったのは櫛井さんのノウハウがなかったからだと思っている。
櫛井さんは少なくとも数日生き延びさせた上、「魅入られたため、他の土地に移った人もいる」という時間を稼ぐことができる。
原典に書かれている以上の知識があることは確実と思われた。
……原典にまったく痣のことが書かれておらず、現状は原典以上にやばいのではないかという事実はこの際考えないでおきたいと思った。
外からエンジン音。
どうやらじいちゃんが櫛井さんを連れて帰ってきたらしい。
「ほ……」
……なにか聞こえた気がした。
「帰ったぞー!」
「お邪魔しますねぇ」
じいちゃんと老女の声。多分櫛井さんだろう。
コツン。
「よし、櫛井さんを連れてきたぞ」
窓から音がする。
俺はじいちゃんと、連れてきた櫛井さんのほうを見ることができなかった。
「お……」
俺の見ている方向を見てじいちゃんも絶句する。
コツン。
「ほほほ」
屋根の上から顔が逆さまになってこちらを覗き込んでいた。