月が3つ出てて全部綺麗だったらと思ったら転生した
「あ゛あ゛あ゛……」
まるで地獄の亡者のような声が俺の喉から出る。
夏目漱石とかだったらこの疲れだって文学的な表現をしたのかもしれないが、俺は夏目漱石ではなかった。
連日の激務に俺の体は疲れ果てていた。
ふと空を見上げる。
月が綺麗だった。
3つの月がとても綺麗だった。
アイラブユーを3回いう計算? と首を捻ったところで俺は目眩を起こしていることに気がついた。
目眩を起こしたから、月が分裂して見えたわけかー。なるほどなー。
「おっとと……」
「おい、なにをやってる! 危ないぞ!」
どうやら線路に倒れてしまったらしい。
……えっ? 線路?
俺の体を強烈な光が照らす。
あ、これ、電車のライトだわー……
それが俺の現世での最後の思いだった。
はっと目を覚ます。
俺の頭上には青空が広がっていた。
青空? さっきまでは月が出ていたはずだ。
え? なにこれ? 電車は?
「えーっと……」
声に出して呟いてまた違和感。声がとても若々しい。
ま、まさか、これは……
「話に聞く異世界転生……」
俺は、若い姿で転生してしまったのかぁ……
で、あればまずはこの世界がどのような世界なのかを理解しなければならない。
きょろきょろと見渡す。
ちょっと古いが俺が高校くらいの時代の日本……によく似ている。
どうやら俺が先ほどまで昼寝をしていたのは古く大きな家の縁側のようだ。
縁側の先には古い家とは対照的に、大きな新しいバイクが止められている。
「これ、俺のバイク……かなぁ?」
庭は生垣で囲まれていて、その先は見えない。
「これだけじゃ手がかりが少ないな……」
俺は立ち上がって家の中を探索することにした。
だから、気づかなかった。
俺は家の中を探索しようと、生垣の向こうの道路から背中を向けていたから気づかなかった。
そのとき、道路を通っていた女がいたことに。
女が俺を見つめていたことに。
女はとても背が高く、「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ……」と声に出していたことに。