番外編7 わたしの両親(シェリア視点)
番外編を追加しました。
よろしくお願いします。
わたしには忘れられない記憶がある。
──いやっ……来ないで……!
そう言って振り払われた手と、怯えたお母様の顔。わたしは一生忘れることはないだろう。
◇
わたしの両親はとても仲がいい。結婚して約十年経つそうだけど、お父様はいつもお母様にべったりだ。それが面白くなくて、わたしや弟のアレクシスは、たまに二人の間に割り込む。今日は特に気に入らない。お母様を取られたくなくて、わたしは両親の部屋に入るなり、お父様に文句を言った。
「お母様はお父様だけのものじゃないの!」
「おいおい。シェリアのものでもないだろう。ヴィーはものではないんだよ」
そう言ってお父様は呆れる。そんなお父様にお母様も笑う。
「子どもと張り合ってどうするんですか。顔も似ているけど、性格も二人は似ていますね」
「顔はともかく、性格も似ているか?」
お父様は不思議そうに首を傾げる。だけど、わたしはお母様の言葉が嫌だった。
「……似てない」
「シェリア?」
お母様の困ったような問いかけに、わたしは我慢ができなくて叫んだ。
「お父様になんて、似てないもん!」
「シェリア!」
泣きそうになって、わたしはその場から逃げ出した。後ろから聞こえるお母様の引き止める声が辛かった。お母様に当たったって仕方ないのに。
走って逃げたわたしは、空いている部屋に入り込んだ。床に座り込んで膝を抱えると、堪えていた涙がボロボロと溢れる。
「ううーっ……」
膝に顔を埋めていると、誰かがわたしの頭を撫でながら隣に座ったようだ。
「シェリア? なんで泣いているんだ? ヴィーが困っていたよ」
お父様だった。今一番会いたくない人に触られて、わたしは撫でる手を振り払う。
「……触らないで。お父様なんて嫌い」
「私はシェリアに何かしたか? 覚えがないんだが……」
困ったようなお父様に、わたしは俯いたまま答える。
「……わたしがお父様に似ているから、お母様はわたしを嫌いなんだって……」
「誰がそんなことを言ったんだ」
お父様の声は怒っていた。怖くて思わずわたしの体が震える。気づいたらしいお父様が声を和らげた。
「シェリア、怖がらせてすまない。だが、ヴィーはシェリアを嫌ってなんかいないよ。お前も大切な私たちの娘だ。なんでそう思ったのか教えてくれるかい?」
わたしはゆっくり顔を上げると、お父様の顔を見た。お父様はわたしと目が合うと笑ってくれた。やっぱりお父様も大好きだ。勢いよくお父様に抱きつくと、思い出しながら話す。
「……お茶会でね、言われたの。わたしがいるからお父様とお母様は離れられなかったって。わたしがいなかったらよかった?」
よく知らない大人の女の人が、そう言っていた。違うと言いたかったけど、わたしは言えなかった。ずっと忘れられなかったことがあったから。
「それに、わたし、覚えてるの。お母様がわたしを見て怖がってたこと。お父様のことも怖がってた」
近づこうとすると悲鳴を上げていた。その頃わたしはまだ三歳か四歳くらいだったけど、お母様に手を振り払われたことは、十歳になった今でも覚えている。
わたしとお父様の顔はよく似ていると言われるから、そのせいで怖がられるのかと思っていた。それなのに、お母様と仲良くしているお父様が許せなかった。わたしは嫌われて、お父様だけ好かれるなんて。
アレクシスはお母様似だから嫌われることはないと思う。そのせいでアレクシスも許せない。
こんなに性格が悪いから、お母様はわたしを嫌いなのだろうか。そう考えてまた涙が溢れてくる。
お父様はしがみつくわたしの背中を撫でながら答えてくれた。
「……シェリアは悪くないし、生まれてきてくれてよかったとヴィーも私も思っているよ。お前がいてくれたからこうしてみんなが家族でいられるんだ。ヴィーが怖がっていたのは、私のせいなんだ。私がひどいことをしたから。多分、お前と私を見間違えたんだろうな」
「お父様、お母様に何をしたの……?」
お母様はどうしてそんなに怖がっていたのだろう。不思議に思って体を離してお父様を見た。お父様は悲しそうに目を伏せる。
「……それは言えない。ヴィーも知られたくないだろうから。だが、私もヴィーも、お前やアレクシスを愛していることは間違いないよ。だからもう二度と自分がいなければいいとは言わないでくれ」
「……うん。お父様、嫌いって言ってごめんなさい」
「いいんだ。私こそ、お前の気持ちも考えなくてすまなかった。きっと今頃ヴィーも心配しているだろうから戻ろう」
「……お母様、怒ってない?」
「怒ることはないだろう。心配はしているだろうが。戻ったらお母様が大好きだと言ってごらん? 喜んでくれるから」
「うん……」
そうしてわたしはお父様に手を引かれてお母様のところへ戻った。
◇
「お母様、ごめんなさい」
「それはいいけど、何かあったの?」
わたしが謝ると、お母様は泣き腫らした目のわたしを見て心配してくれた。
「ううん、大丈夫。それよりも、わたしね、お母様が大好き。お母様は嫌かもしれないけど……」
「え、どうして私が嫌がるの?」
お母様は首を傾げる。悩んだけど、わたしは思っていたことを話した。
「……お母様がわたしやお父様を見て怖がっていたから。わたしを見るのが嫌なんじゃないかって……」
「シェリア……」
お母様の顔が見られなくて俯くと、ふわっと優しく抱き込まれた。お母様の匂いだ。わたしの大好きなお母様の匂い。
「不安な思いをさせてごめんなさいね。まさか、あなたが覚えているとは思わなかった。確かに昔はお父様を怖いと思ったことがあるわ。それで、あなたとお父様が似ているから間違えてしまったこともあった。だけどね、私はあなたが生まれてきてくれて、本当に嬉しいの。あなたがいてくれたから、この家で頑張ってこられたのよ。私もあなたが大好きよ、シェリア」
「お母様ぁ……」
お母様に抱きつくと、あやすように背中を叩かれる。この手もなんとなく覚えている。あの手はお母様だったんだ。
わたしはいらない子じゃない。ようやくそう思えた気がする。
お父様とお母様の間に何があったのかはわからないけれど、今はこうして仲のいい家族でいられることが嬉しい。
お母様の怯えた表情も、振り払われた手も忘れることはないだろう。だけど、思い出して辛くなったら抱きしめてくれた温もりを思い出したい。わたしは両親に愛されているのだ──。
読んでいただき、ありがとうございました。