番外編6 私の作り出した幻2(カイル視点)
これでカイル視点は終わりです。
何度も完結扱いにするのもと思いながら、また一旦完結にします。
よろしくお願いします。
ベッドに横たわると、ヴィーは私の頭を撫でて、そのまま寝室を後にしようとした。夢の彼女のようにヴィーが私の前からいなくなる気がして、私は思わず呼び止めた。
「……行かないでくれ……」
「ですが、私がいると休めないのではありませんか?」
「君にいて欲しいんだ」
私がそう言うと、ヴィーは躊躇しながらもベッドの横にある椅子に座った。
だが、私は彼女がより近くにいないと不安で、彼女の腕を掴んでベッドに引き寄せた。
ヴィーの体が強張るのが私にもわかった。
それもそうだろう。最初の時に私はこうして彼女に乱暴をしたのだから。思い至った私は彼女に謝った。
「ヴィー、怖がらせてすまない……だが、ここに君が確かにいることを教えて欲しい。君の存在は幻じゃないのか……?」
「カイル様、何を言って……」
「お願いだ……君は生きているのか……?」
「……生きていますよ。当たり前ではないですか」
「……よかった……」
私は彼女の答えに満足して、そのまま眠りに落ちてしまった。
◇
「……ん……」
「気がつきましたか? 半日近く眠っていたのですよ。お腹は空きませんか?」
ゆっくりと目を開けると、ヴィーが傍にいた。どうやら夢を見ずに済んだらしい。それは彼女が傍にいてくれたお陰かもしれない。
「……どうだろう。起きたばかりだからわからないな」
「……そうですか。それなら少し話しませんか? シェリアはマーサに見てもらっていますし」
「何の話だい?」
私に何か話したいことでもあるのだろうか。首を傾げる私に、ヴィーは溜息を吐いた。
「私に言いたいことがあるんじゃないですか? 貴方の様子がおかしいことくらいわかっています」
「言いたいこと……と言われても、思いつかないな」
「それなら聞きますが、どうして眠れないんですか?」
私はヴィーから目を逸らしてしまった。真っ直ぐこちらを見る彼女の視線に耐えられなかったのだ。
夢の中に潜む、私の本心を見抜かれるのが怖かった。
ヴィーを愛しているのは本心だ。だが、人殺しにならずに済んだという思いもまた本心なのだ。
彼女に苦しみを植え付けておいて、自己保身に走る自分の醜さが自分でも許せなかった。彼女だってこんな自分を見限るに違いない。
「お願いだから話してください。貴方が私が苦しむところを見て心を痛めるように、私だって貴方の苦しむ姿を見るのは辛いんです」
私が恐る恐るヴィーを見ると、彼女の眼差しは真剣だった。
私は彼女を信じていなかったのかもしれない。彼女が自分を愛してくれているということを。
信じることは怖い。だが、信じないと始まらないこともある。私は軽蔑される覚悟で全てを話すことにした。
「……何度も夢を見るんだ。君が階段から落ちる夢を。それはあの日のようであの日じゃない。君は助からずに、私は何度も君に話しかけ続けるんだ。そして君はもう手遅れだと……」
これ以上直接的な言葉は使いたくなかった。
例え仮定だとしても、彼女を永遠に失うことなんて考えたくない。言葉に詰まって目を伏せる私の手を、ヴィーは握った。
「……すみません。私は何も気づきませんでした。貴方がそこまで思い詰めるとは思わなかったんです」
私は彼女の言葉に首を振って自嘲する。
「謝らないでくれ。これは最低な私に対する罰なんだと思う。私があの時君を失わずに済んだと安心したのは、君に償いをする機会ができたからだけでも、君を愛しているからだけでもないんだ……」
言葉を区切った私を、ヴィーは怪訝な顔で見ている。その表情が侮蔑に変わるかもしれないのは怖い。それでも私は彼女に話さなければと思った。彼女に偽りたくなかったからだ。
ヴィーの手を握り直して、ヴィーの顔を見据える。
「私は人殺しにならずに済んだと安心したんだ。最低だろう?」
だが、ヴィーの表情は変わらなかった。むしろ、それがどうしたと言いたげだ。
「そんなのは当たり前ではないですか? 反対に私はそれだけ私の命を重くみてくださったことに感謝します。女性には権利なんてほとんどないようなものです。物のように扱われ、打ち捨てられた方を何度も目にしてきました。そんな中で、貴方は決して私を見捨てなかった。それがどれだけ嬉しかったかわかりますか?
それに、私も貴方のことを責められません。私もあの日、貴方に呪いをかけたんです。私が味わった苦しみを貴方も味わえばいいと思いながら落ちたんです。そんな私も最低でしょう?」
ヴィーも自嘲して笑う。
だが、私は最低だとは思わない。それだけ彼女は追い込まれていたのだ。彼女の置かれた状況を考えればわかる。
私は首を振った。
「それが黙って耐えることしかできなかった君のできる唯一のことだったんじゃないか? 私はそこまで君を辛い状況に追い込んだことを申し訳なく思うよ」
「呪いをかけられたのに?」
「呪いだとは思わないよ。自分の心と向き合おうとしなかった自分への罰だと思う」
「……それならもう向き合っているではないですか。ちゃんと私にこうして話してくださったんです。もう自分で自分を必要以上に罰するのはやめてください。私が心配しますから」
私としてはまだ償いは終わっていないと思っている。それなのにヴィーはそう言うのだ。
本当に強くて優しい女性だと思う。
そんな彼女を知るたびに好きになる。
「ありがとう、ヴィー。ただ、私は自分の罪を忘れてはいけないと思うんだ。色々な人を巻き込んでしまったからね。だけど、君に心配をかけないようにはするよ。そのかわり、君も一人で抱え込んだり、危ないことはやめてくれ。私も心配するからね」
「ええ、そうですね」
ヴィーは頷いてふわりと笑った。
これからは徐々に悪夢を見なくなるだろう。
夢の彼女は私の罪悪感が作り出した幻なのだ。私が逃げずに自分の罪と向き合い続けていれば現れないのかもしれない。
目の前の本物の彼女がいてくれる限り、私は忘れないだろう。自分の愚かさと犯した罪を──。
読んでいただき、ありがとうございました。