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後日談 その後の二人2

よろしくお願いします。

 夜会当日。

 私はカイル様と共に、ベッカー伯爵邸を訪れていた。伯爵の中でも上下の差があるが、ベッカー伯爵と言えば由緒ある歴史を持った重鎮だ。


 カイル様と腕を組んで会場へ入ると、視線が集まる。それが以前の侮蔑のようなものでないのは落ち着いてきた今ならよくわかる。


 カイル様は侯爵で、今の私は侯爵夫人。

 どうにかしてお近づきになりたいというところだろうか。冷静に検分していて、向けられている視線の一つに気がつき、私は固まった。


 記憶にある頃よりも年齢を重ねているが、眼鏡をかけていて、ダークブラウンの髪をしている。間違いない。彼はフェリクス様だ。


 離れているのに目が合ったことに気づき、私は内心動揺していた。そんな私に気がついたカイル様は、私の顔を覗き込んでくる。


「ヴィー、どうしたんだい?」

「え、あ、何でもないです」


 隠す理由はないのに、私は咄嗟に嘘をついた。それだけ動揺していたのだと思う。カイル様はまだ疑っているようで眉を顰めて私を見ている。私は笑顔を作って彼を促した。


「それよりも早くご挨拶をした方がいいのではないですか? 行きましょう」

「ああ、そうだね……」


 そう言いつつ、カイル様は私が見ていた方に視線を向ける。彼が気づいたかどうかはわからないけど、その後しばらく黙り込んでいた。


 ◇


 ベッカー卿に挨拶を済ませた私たちは、二人で挨拶回りをしていた。社交界の噂というのは侮れない。下世話なゴシップだけでなく、自分たちの利益に繋がることも少なくないのだ。そういった情報の真偽を見極めることも重要になってくる。


 談笑しながらも相手の弱みを探るようなやり取りの応酬は私の精神を疲弊させる。あんな経験をしたから特にだろう。私はカイル様に断って、少し席を外させてもらった。


 だからといって、一人きりにはなりたくない。何があるかわからないからだ。そういう風に思わざるを得ない経験をしてしまったことが悲しい。

 私は夜風に当たろうと、バルコニーを出た。


「はあ……」


 知らず知らず詰めていた息を吐き出す。貴族である自分と向き合うと決めたとはいえ、窮屈なことには変わりない。やっぱり私は家族で過ごす時か、こうして解放された時が好きだ。


 バルコニーの扉を閉めているから、喧騒が遠く感じる。ぽつぽつと人はいるが、密やかな話し声しか聞こえない。そんな静寂の中、私に近づく小さな足音にきづき、私は振り向いて思わず声を上げた。


「誰っ?」


 私の中の恐怖は消えてくれない。いつも何か起こるのではないか、また乱暴をされるのではと、得体の知れない恐怖に支配されるのだ。カイル様との関係が良くなった今でも、カイル様以外の男性は怖い。


 大きな声を出した私に、相手も驚いたのだろう。足を止めて私を見ている。私は呆然と彼の名前を呼んだ。


「あ……フェリクス様。一体どうなさったのです……?」


 思いがけない人だった。政略結婚の相手として、特に意識することなく婚約した彼のことは、最後に見せた軽蔑の表情と言葉しか覚えていない。


 フェリクス様は私に向かって頭を下げる。


「……お久しぶりです、ティルナート侯爵夫人。その節は本当に申し訳ございませんでした」

「え、あの……」


 謝られると思っていなかった私は戸惑った。離れた場所で私に向かって頭を下げているせいで周囲の視線を集め始めて、私は慌てて彼に近寄った。

 小声で彼に注意をする。


「こんなところで困ります。これではせっかく払拭したわたくしたちの醜聞が再燃するではありませんか」

「あ……申し訳ございません。私はやっぱり気が回りませんね……」


 フェリクス様はさらに頭を下げる。これは私に謝るというよりは、落ち込んでいるといってもいいかもしれない。


 私だって人間だ。彼に今更何をと憤慨する気持ちもある。だけど、酷いことをしたとカイル様も心を尽くしてくれている。気分は良くないが、彼の話を聞くことにした。


「とりあえず移動しましょう。ここでは人目につきます」


 そうして私たちは人目につかない位置まで移動した。ただし、声を上げれば人に聞こえるような位置は選んである。自衛するに越したことはない。


「……それで、一体何の御用ですか?」

「……ずっと謝りたいと思っていました。私は貴女を見捨てたんです。庇うこともせず、反対に貴女の家を苦しめるようなこともした。本当に申し訳ございませんでした」


 私の頭に疑問が浮かぶ。彼が何をしたいのかがわからないのだ。

 カイル様は謝罪した上で、償う方法を考えてくれていた。だけど、彼からはそんな様子は見受けられない。


「……私にどうしろと仰るのですか?」

「ただ謝りたかっただけ……と言ったら気分を害されるのはわかっています。私にはそれしか思いつきませんでした」

「わかりました。貴方はただ、自己満足のためにわたくしに謝罪をしているということなんですね。結局貴方は何もわかっていらっしゃらない。わたくしを貴方の罪悪感を払拭するための道具にしないでいただけますか? わたくしにも一応心があるんです」

「そんなつもりは……」

「なかったとでも仰るつもりですか? あれからどの位の時間が経ったと思いますか。貴方は今まで何もせずにいたではありませんか。貴方が何もしなかった間、わたくしは主人と共に自分と戦っていました。こうして普通に夜会に出られるようになったのは、当事者である彼のお陰でもあるんです」


 過ぎてしまった時間は取り戻せない。私も彼も苦しみながら戦ったから今がある。


 その間彼は何をしていたのか。私も噂程度に情報は入ってきていた。彼が私と婚約破棄をした後も婚約者がなかなか決まらないと。私との醜聞のせいだと責任を感じていたのに、今の彼の様子からすると彼自身にも問題があるのだと思う。


 口ばかりで行動しない。これは致命的だろう。冷たいかもしれないが、私とのことに限らず、これでは信用されない。

 私は敢えてきつい言葉を投げかけた。


「あなたのように口ばかりで行動しない方は、人として信用されなくなります。貴方自身の評価のためにも今一度ご自分を振り返ってください。わたくしへの謝罪はもう結構です」

「は、はは……その通りだ。私はこれまで何をしていたんだろう……」


 フェリクス様は乾いた笑いをこぼした。

 それでも、ここで反対に私に言い返さずに素直に受け入れられるところは彼のいいところだと思う。

 悪いのは彼だけではない。私もだ。


「……わたくしこそ、申し訳ございませんでした。婚約者のある身であのような醜聞を起こしてしまい、貴方にも多大なご迷惑をおかけしました」

「いや、貴女は巻き込まれただけで……」

「それでもです。わたくしの浅はかな行動が招いてしまったことだと反省しております」


 静かに私も頭を下げた。本来なら私は侯爵夫人でフェリクス様よりは身分が上かもしれない。だけど、今は一人の人として彼に謝罪をしたかった。

 頭上から彼の声がポツリと落ちる。


「……貴女はすごい。私はずっと人のせいにばかりしていた。婚約者が決まらないのも貴女やティルナート卿のせいだと恨んでもいた。それと、悔しかったんです」

「え?」

「貴女は私といても幸せそうには見えなかった。あんなことがあっても寄り添い合う貴女方夫婦が羨ましかったし、貴女に幸せそうな顔をさせるティルナート卿に格の違いを見せつけられていることが悔しかった」


 そう言われて私もあの頃を振り返ってみた。政略結婚なんてこんなものだろうと諦めて、淡々と過ごしていた気がする。私も彼に寄り添う努力をしなかった。申し訳なくなって私はまた頭を下げた。


「本当に申し訳ございません」

「もう謝らないでください。そのことを謝られると私がつまらない男だと言われているようでいたたまれない」

「あ……」


 フェリクス様は苦笑している。私はどう返せばいいかわからずに悩んだ。フェリクス様は笑いをおさめて真顔で私に問う。


「……もしあの時貴女を信じていたら、私たちは幸せな結婚生活を送れたと思いますか?」

「……仮定の話をしても仕方がありません。起こってしまった過去は変えられないのですから。私もあんなに辛い過去は無ければいいと思うこともありました。だからこそ記憶を失ったんです。でも、思い出して向き合えたからこそ今の幸せがあるとも思っています」

「そうですか……でも、幸せならよかった」

「はい。ありがとうございます。フェリクス様もお幸せに……」

「ありがとうございます。これからは貴女に言われたことを踏まえてやっていこうと思います」


 彼は頭を下げて去って行った。

 私たちの道はとうの昔に別れていたのに、彼はずっと別れ道で立ち止まっていたのかもしれない。


 これで彼もやっと歩き出せるのだ。私は複雑な思いで彼の背中を見送った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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