八話
2019/10/06
第八話を投稿致しました。
何度か書き直していたため、更新ペースがやや落ちております。楽しみにしてくださっている方は申し訳ありません。
説明もせずに置いてきてしまった壬生さんが気にかかる。急いで彼女の元へ戻らないと怒っているかもしれない。
そう思って少し急ぎ足で廊下を曲がった時だった。
「うわっ」
危うくぶつかるところだったが、走っていたわけではなかったのでギリギリで止まることができた。
ぶつかりそうになった相手は俯いているために顔は見えないけれど、彼女のことは間違えようもない。
「……壬生さん? よくここがわかったね」
行き先を告げた覚えはないし、そもそも委員長がどこにいるかは当てずっぽうだった。追いかけてくれたのだろうか、偶然だろうけれど予想外にすぐ再会することが出来た。
しかし、そんな彼女からの反応はない。
「あれ? 壬生さん? 聞こえてる、よね?」
俯いたままの彼女はかすかに震えているように見えた。
「……恵とのお話は楽しかった?」
聴き逃してしまいそうなほどに小さく、消え入りそうな声でそう言った。
「委員長? あ、もしかして聞いてた?」
「聞かれてはなにか困るのかしら」
表情も見えず、平坦な声音からも感情を読み取ることが出来ない。
「いや、俺が少し恥ずかしいだけかな」
「……冗談よ。今来たばかりで何も聞こえていないわ」
変わらずこちらを見ずに淡々と話す。心当たりはないがなにか怒っているのだろうか。
「何か気に触るようなことしちゃったかな? もしかして置いていったのを怒ってる?」
「いいえ、徹はなにも悪くないわ。私がただ、少しだけ、嫉妬深いみたい」
――嫉妬。
さっきの発言から、どうやら彼女は俺がほかの女子と仲良くすることをよく思わないらしい。今朝の教室で俺に対する興味、あるいは好意を抱いてくれていることを知ってしまっている。
「ごめんなさい。面倒よね私みたいな女」
「そんなこと」
「私はもっと徹とお話したり色々したいこともあるけれど、貴方はそうじゃないもの」
「そんなことないよ。俺ももっと壬生さんと仲良くなりたい」
そう言って彼女の頭を撫でると、彼女は弾かれたように顔を上げて潤んだ瞳で俺の顔を見つめる。
「後悔するかもしれないわよ?」
「しないよ。それだけは自信がある」
「……そう」
壬生さんの機嫌が少しだけ戻ったようだ。そこでようやく、自分が今何をしているのか気がついた。
「あ、ごめん! 馴れ馴れしかったよね!」
咄嗟のこととはいえ、女性の許可無く頭を撫でる行為は、人によっては気分を害するものだろう。慌てて手を下ろそうとしたところを、俺よりふた回りほど小さな両手が掴んだ。
「いいえ」
壬生さんはそれだけ言って俺の手をまた頭に載せる。このまま撫でろということだろうか。
抵抗する理由もないので再び小さな頭に手を載せ、頭の形に沿うように優しく撫でる。癖のない髪は途中で引っかかるようなことも無く、さらさらとしたその感触を楽しむ。
目を細めて気持ちの良さそうな様子の壬生さんに、つい笑みが零れた。
「壬生さんって意外と甘えん坊だよね」
思ったことをそのまま言うと、ぱちりと開いた薄茶色の瞳と視線が交差する。しばし硬直していた彼女は、かーっという音が聞こえそうなほどあっという間に顔が赤く染める。
「……もういいわ。早く体育館に行くわよ」
逃げるように踵を返し、先を行く壬生さんを追いかける。
「そういえば、恵とはなんのお話していたの?」
すぐに追いついて隣を歩き始めると、やはり気になるのかそんなことを聞いてくる。
「大した話じゃないんだけどね。壬生さんと委員長って付き合い長いんだっけ」
「そうね、腐れ縁と言ってもいいかもしれないわ」
「じゃあ昔からあんな感じだったのかな?」
「あんな感じ? 真面目って意味ならそれは中学からよ」
「そっちじゃなくて、他人に尽くそうとするところだよ」
「ああ、それなら昔からだわ。小さい頃から褒められたり、頼られたりするのが嬉しいみたい」
幼い頃からの習慣ということだろうか。そうであればなかなか変えるのは難しい。けれど別に彼女がなにかして欲しいと言ったわけでもない。
「午後の授業でなんかちょっと、それが過剰すぎるというか、無理してるんじゃないかと思っちゃってね」
「貴方も人のこと言えないわよ。それにしても、徹は授業中にほかの女ばかり見ているのね」
俺も、とはどういう意味だろうか。聞き返そうと思ったけれど、その後に続いた言葉に頬が引き攣る。対する壬生さんは微笑んではいるけれど、その目は笑っていない。
「え、あれ? そういう流れになる?」
「徹がいいって言ったからもう隠すのは辞めたの。 普段から余所見には気をつけた方がいいかもしれないわね」
そう言うとすぐに元の雰囲気に戻る。嫉妬と言うのはこうも人を変えるものだろうか。やきもちを焼く、という可愛らしい表現などまるで相応しいとは思えなかった。
「肝に銘じます」
色々思うところはあるが、少なくとも俺にはそう誓うことしか出来ない。
◇
やや遅れて体育館に到着すると、バスケットシューズが床と擦れる音を酷く懐かしく感じた。
何人かはこちらに気がついて、チラチラと様子を伺っている。彰を探すと見覚えのある長身の隣にいるのを見つけた。
「おう、ようやく来たか」
「い、いらっしゃい」
「おまたせ、宗次郎もバスケ部だったんだね」
「う、うん」
「こいつ、お前の兄貴のファンらしいぞ」
「あ、そうなんだ。身内としても嬉しいよ」
俺の父と兄もバスケ経験者であり、兄は現役のプロ選手だ。日本では滅多にテレビで試合を見ることは無いため、兄はなかなかファンが増えないと嘆いていた。
「クラスの暇人はもう来て遊びがてら体験入部してるけど、徹はどうする?」
「壬生さんもいるし、俺は動けないから見学だけにしておくよ」
「あー! 徹くんたちやっと来た!」
今しがた走り終えたばかりのようで、呼吸が荒いままこちらに走ってきた坂本さんに遅くなってごめん、と一言詫びる。
「彰が徹くんがすごいって言うから、みんな見たくて待ってたんだよー」
「そうそう、君がトオルくんね。楽しみにしてたのよ?」
そう言いながら坂本さんの後ろから出てきたのは、うちのクラスにはいなかった女子だった。
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