七話
2019/10/4 第七話を投稿致しました。
当初の原稿から大幅に変えたため更新に一日空いてしまいました。楽しみに待ってくださっていた方は申し訳ありません。
昼休みを終え、午後の授業が始まると連休明けの影響もあってかちらほらと机に突っ伏す者がいる。
「……彰も寝てるのか」
たしかに眠たくなる気持ちはわかる。
ただでさえ食後な上に今受けている五限目は古典。坂本さんが言うにはおじいちゃん先生と呼ばれているらしい杉本先生は、黒板に板書しながら間延びした話し方で教科書を読む。
「え〜であるからして、この作者は~」
独特のテンポで進む授業にバタバタとクラスメイトたちが意識を失っていく。
俺がなんとか保てているのは、隣の席にいる委員長が恐らくこのクラスで一番真面目に授業を聞いているからだ。彼女の隣で寝てしまうのはなんだか申し訳ないと思ってしまう。
真剣に教科書と教壇を見つめ、色の付いたペンを四種類ほど使い分けながらノートをまとめていく。
「――委員長、すごいね」
少し声を抑えながらそう聞いてみたが、寝息が聞こえてくるほど静かな教室での私語は目立ってしまう。
委員長は人差し指を口元に当てて、私語は慎むように注意する。
その代わり、机の中からハガキほどの大きさのメモ帳を取り出して、音を立てないように切り取ると、さらさらと何やら書き始めた。
程なくして書き終えたそれを投げ渡すことなく丁寧に俺の机の端に乗せると、また授業へと意識を戻した。
『本当はすごく眠いんですけど、坂本さんたちが写せるように私が書いておくんです』
イメージ通りの綺麗な筆跡でそう書かれたメモを読んで、思わず眉間に皺が寄ってしまうのを自覚した。
もしも自分のため、勉強が好きだから。そんな理由だったらそれで終わっていた。けれども彼女は、赤の他人のために授業を受けているような言い回しをした。
彼女がそこまでする必要も、しなければいけない理由もないだろうに。
過剰とも思えるほど献身的に他人に尽くそうとする委員長に、何故そこまでするのかと疑問をぶつけてみたくなる。
壬生さんとは昔からの付き合いだと言っていたから、彼女と助け合うのならわかるけれど、他の人は大抵入学してからの付き合いのはずだ。
今はGWが明けたばかりの五月の頭、そこまで深い人間関係は築けていないと思う。
俺はメモ帳を裏返して思ったことを書き殴った。委員長に比べるとかなり読みにくく感じるそれを、今度は彼女の机の端に乗せる。
委員長はすぐに開けるような素振りは見せず、一通り板書を写し終えてキリが良くなったところでようやく手に取った。
『どうしてそこまでするの?』
『休んでるならともかく、寝ている人にそこまでしなくてもいいんじゃない?』
――そして彼女は、メモを見て困ったように笑った。
泣きそうな表情をしているようにも見えたが、それは一瞬で元に戻ってしまったため気のせいだったのかもしれない。
もう一枚、先程と同じようにメモ帳から切り取って、一瞬何かを考える素振りをしたあと、さっと書いて渡される。
俺はその間板書も取らずにただ委員長の返事を待った。
『私の悪癖、のようなものです。一くんが気にするほどの事じゃありませんよ』
――悪癖。そう表現する彼女はそれが少しおかしいという自覚があるのだろうか。
当然のことながら彼女たちとは出会って一日も経っていない。僅かに違和感を感じただけであってそれが彼女の全てではないだろう。
結局俺はそれっきり、渡されたメモを返すことは出来なかった。
◇
「やっと放課後だー」
盛大に伸びをしながら彰と一緒に坂本さんが俺の席にやってくる。
六限目の英語になるとほとんどの生徒が真面目に授業を受けていたが、坂本さんだけはずっと寝たままだった。
いつものことなのか周りも起こす気配はなく、先生も特に気に留めた様子はなかった。
「お前は午後まるっと寝てただけだろうが」
「失礼な! 部活のために体力温存してたんだよ!」
「そういう彰も寝ていたけどね」
「なにー! 人のこと言えないじゃん!」
ほぼ寝起きとも言っていいのだが、とても元気な坂本さんに思わず苦笑いが零れる。
「んじゃ、俺たちは準備もあるから先に行くけど、体育館の場所は壬生とか他の奴らもわかるから適当に来てくれ」
「わかった。準備できたら行くよ。委員長はどうする?」
「いえ、私はまだ用事があるので」
委員長はこちらをあまり見ずに素っ気なくそう言った。
「そっか、それなら仕方ないね。じゃあ委員長、また明日」
「はい、また明日ですね」
荷物をまとめて少し急いだ様子でどこかへ向かっていった。さきほどのやり取りがどうしてもどこか引っかかってはいるが、一旦頭の片隅に置いて保留にする事にした。
「徹、どうしたの?」
「壬生さん。委員長のことでちょっとね」
俺がそう言うと壬生さんは、すっと目を細めて無言で俺を見つめる。
「恵? どうして徹があの子のことを気にしているの?」
なんとも言えない圧力を醸し出す彼女にの剣幕に身体が強ばる。後ろめたい気持ちがある訳では無いのに、言葉にするのをためらってしまう。
「……ねえ、徹? あの子に何かされたの?」
表情の抜け落ちた壬生さんは、元々顔立ちが整っていることもあって、まるで絵画の中に描かれていそうなほどだったが、俺にはそれが少しだけ恐ろしいと思ってしまった。
「い、いや、違うんだ。ただ、委員長ってすごく優しいというか、どうしてあそこまでするのかなって」
「あら、そういうこと」
それだけで納得してくれたのか、ふっと彼女の顔に生気が戻る。
「あの子がああなってしまったのは、私のせいでもあるのよ」
この話はもう終わり、というように壬生さんはそれ以上は語らず、俺に背を向けて歩き出す。
「どうしたの? 早く行かないと置いていかれちゃうわよ」
「ああ、うん。ごめんすぐ行く」
机の中の教材を鞄に突っ込み、やや急ぎ足で彼女の後を追う。
けれど、やはり一度気になってしまうとどうにかしたいと思ってしまう。
余計なお世話だろうか、ということももちろん考えたがそれでも俺にはほうっておくことは出来なかった。
「ごめん壬生さん! ちょっと待ってて!」
「え? 徹?」
彼女の返事も聞かずに、まだそう遠くへは行っていないだろうと、踵を返して駆け足で向かった先には階段を降りていく彼女がいた。
「――委員長」
「一くん? どうかしましたか?」
彼女は立ち止まり、不思議そうにこちらを振り返る。
何を言うべきか、まとまっていない頭の中を必死に巡らせてなんとか言葉を捻り出した。
「気にしないでって言ってたけど、やっぱり気になっちゃうんだ。委員長、無理してない?」
「一くんは優しいですね。そこまで私の事を気にした人、琴葉くらいですよ?」
そう言って小さく笑う彼女は続けて言った。
「あれは私の自己満足です。なので無理もしてませんし、好きでやっていることですから」
「うん、今はそれでいいよ。でも本当に苦しくなったら、いつでも頼ってほしい」
言いたいことは言った。迷惑だと思われたならそれは仕方ないだろう。いきなり踏み込みすぎたという自覚はあった。
けれど委員長は迷惑そうな雰囲気を微塵も出さずに、ありがとう、と一言だけ言った。
今度こそまた明日、と言って委員長と別れる。置いてきてしまった壬生さんになんて言い訳をしようかと考えながら彼女の元へ戻る俺に、小さなつぶやきは届かなかった。
「……一くんは本当に、本当に優しいですね」
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