三十二話
2019/11/26
第三十二話を投稿致しました。
申し訳ありませんが、本業が立て込んでおり中々更新できておりませんでした。
仕事の合間を縫ってできるだけ投稿出来るように頑張ります。
「――それで? 逃げ出した言い訳は聞かせてもらえるのかしら」
腕を組み、見下ろすように睨みつける琴葉と、俯いたまま何も喋らず萎縮していつもより小さく見える恵。そして場の雰囲気に取り残され気味な俺と、傍観に徹しながらもちらちらと俺の顔色を伺っている鏑木先輩。
先輩もしかしてゲームやりたくてそわそわしてるんですか。今ちょっと取り込み中なので我慢して貰えませんか。
「それはっ……琴葉があんなこと言うから」
「そう。そして今度は私のせいにするのね」
「ちがっ、だってあれは」
「人を裏切った上に開き直って責任転嫁。徹、この女の本性はこういう感じらしいわよ」
「待って! ……徹くん。私の話、聞いて欲しいの」
「聞くだけ無駄よ」
「琴葉。ごめんね、ちょっと話をさせて」
琴葉の言い分は一通り聞いた。しかしながら片方の話だけを聞いてしまうと考えが偏ってしまう。先程から何か言いたそうにしている様子だった。今度は恵の話を聞く番だ。
「……やっぱり恵には甘いのね」
小さく呟いた声に罪悪感を覚えるが、琴葉だけを贔屓するわけにはいかない。俺はまだ何も選んでいない。そんな立場でどちらかの肩を持つわけにはいかない。それは二人に対してあまりに失礼だ。
「恵、聞かせてもらえる?」
「…………消えてもらうしかないって言ったんです」
「え?」
「琴葉が、それなら私に消えてもらうしかないって」
「――それは、穏やかじゃないね」
一体どういうことかと琴葉を見ると、彼女は不機嫌さを隠さずに眉間に深い皺を作っていた。
「随分とまあ、都合のいいように話すのね」
「本当のことじゃない」
「ええ、そうね。確かにそんな風なことは言ったけれど、それだけじゃないでしょう」
「……どういうこと?」
「…………」
恵を見るとすっと目を逸らした。無言は肯定と受け取っていいのだろうか。
「正確には、『これ以上邪魔をするなら、どうしようかしらね。出来れば静かに消えてもらいたいところね』よ。どれだけ自分に都合よく言っていたかわかるでしょう?」
親友に秘密を打ち明けた後に消えてもらいたい、とはかなり辛辣だろう。許すかどうかはさておき、それは言い過ぎじゃないだろうか。
そして事の原因は他でもない俺自身だ。どちらが間違っているなんて偉そうなことは言えない。
「……でもやっぱり琴葉は言い過ぎだったと思うよ」
「貴方はやっぱり恵の肩を持つの?」
「と、徹くんは私の味方だよね?」
二人の問いかけに言葉が詰まる。だけど現時点での自分の考えはしっかり伝えておくべきだろう。
「今はまだ、公平でありたいと思ってる。それに、琴葉の考えはわかったけど、恵がどう思ってるのかを聞いてない」
「私の話だけじゃ足りないの? どう考えてもその女が悪いでしょう?」
「いや、恵は謝ったんだよね? それに、あの日は混乱していたみたいだし、ちゃんと考えてることを聞いてからでも遅くはないんじゃない?」
「……徹がそれで満足するなら」
「鏑木先輩も巻き込んですいません。もう少しだけ時間下さい」
「大丈夫。ちゃんと話すといい」
完全に蚊帳の外になっているが、特に気を悪くしていないようだ。口を挟むことも無く見守ってくれている先輩が居るだけで、少しだけ心強い。
「ありがとうございます」
「恵もゆっくりでいいから、琴葉に話したかったこと、言ってみよう?」
「――ぐすっ……はい」
「私も、最初はそんなつもりなかったんです。徹くんは琴葉の好きな相手だと知っていましたし、誰にでも優しい人なんだなって。でも、なんの取り柄もない私の事もちゃんと見てくれて、可愛いって言って貰えたのが本当に嬉しかったんです」
涙目で鼻をすすり、ぽつりぽつりと話し始めのを皆黙って耳を傾ける。意外にも琴葉が一切口を挟まず聞いていた。
「――私の事をちゃんと見てくれるのは徹くんか、琴葉だけだったから。どっちかなんて選べないから、せめて琴葉にだけはちゃんと伝えようとしたんです。こんな気持ち初めてだったから、どうすればいいのか相談したくて」
「……知らないわよ。そんなの」
突き放すような言葉だったが、その言い方には優しさが篭っているように感じた。ひょっとしたら、親友の本音を聞けずに拗ねていただけなのかもしれない。
「私だって徹が初めてだもの。それに、恵のことだって大事よ」
「だったら! 私はどうしたら……」
「それは、貴女が自分で決めなさい。他でもない自分の気持ちでしょう? 少なくとも、私は決めたわ」
「…………いいの?」
「良いも何も話を最後まで聞かなかったのは貴女でしょう。確かに裏切られて気が立っていたことは認めるけれど、何処の馬の骨ともしれない女ではないもの」
「でも……」
「そもそも、貴女が徹に惹かれるのを知っていながら止めなかった私も悪いのよ」
「き、気がついてたの?」
「当たり前じゃない。何年の付き合いだと思っているのよ」
「琴葉って結構意地が悪いよね」
「貴女も本当に昔から変わらないわね。それよりも、奪えるものなら奪ってみなさい。まあ、譲る気はないけれど」
「……わかった。今の言葉、後悔しないでよ」
涙を拭いた恵の顔はすっきりと晴れやかな表情を浮かべている。琴葉もばつが悪そうな様子だが、幾分不機嫌さは取れたようだ。
「話は着いた、のかな?」
「多分?」
「さて、徹」
「え、あ、なんでしょう」
「私は徹の事が好きよ」
「あ、はい」
「徹くん」
「え?」
「私も徹くんが好きです」
「あ、うん」
「「どっちを選ぶの?」」
改めて二人からの告白を受けた。面と向かって告げられると恥ずかしさと照れから、顔に血が上って行くのがわかる。
まだ決められないって何度も言っていると思うんだけれど、この二人はそれを分かった上で言っている気がする。どうやって言い逃れようか考えるも、色々ありすぎた疲れで頭が回らない。誰を選ぶか、なんて言おうか頭を捻るが言い返しは思いつかない。
藁にもすがる思いで辺りを見回し、咄嗟に助けを乞うことを選んだ。
「――せ、先輩」
しかし、タイミング悪く息がつまり、その後に言うはずだった助けてという言葉は続かない。
「は?」
「え?」
「……む?」
自分の体から血の気が引いていくのがわかる。
「どうしたんですか、徹くん。二択ですよ?」
「そうよ。聞き間違えたみたいだからもう一度言ってくれるかしら」
鏑木先輩に助けを求めた時点で失策だった。あの場で他の女子の名前を出すべきではなかった。そんなことはわかっているが咄嗟に出てしまったものは仕方がない。心の内で自分を叱責してももう遅い。
だが、先輩ならきっとどうにかしてくれるはずだ。
そう思って顔を見ると、青い顔で首を横に振っていた。
「た、たすけて」
「無理。命を大事に」
「とんだ伏兵、いえ、薄々そんな気がしていたのよね」
「やっぱりちい先輩も、でしたか」
「誤解。いってつギルティ」
「一番日が浅いのに、年上がタイプなんですか」
さっきまでとは打って変わって恵の目が据わってきている。琴葉はいつも通り、不機嫌そうだ。
「大丈夫。年下は対象外。選ぶなら同い年がいい」
どきり、と心臓が縮み上がる思いだった。声に出さなかったことを褒めたいくらいだ。機転を利かせてくれたんだろうけれど、鏑木先輩。それは悪手です。ここでばらしたら色々おしまいだ。どうにか話題を逸らさないと。
あ、ゲーム。そうだ、なんとかそっちに話題を――。
「それはなんの解決にもならないわね」
今回のお話は何度か書き直した末に落ち着いた結果なのですが、もしかすると後で加筆修正するかもしれません。




