三十話
2019/11/18
第三十話を投稿致しました。
早いもので三十話です。
十万文字を目処に一章に区切りをつけるつもりです。
「――二人っきりで随分楽しそうにしていたわね」
怒っている訳では無いようだが、不機嫌さを隠しきれていない。今来たばかりのはずだが、その前のやり取りも見ていたのだろうか。
「やっぱり目を離すとこうなるのね」
「違う違う。誤解だってば」
「……誤解なの? 楽しくなかった?」
「いや、楽しかったですけど、そうじゃなくてちょっと待っててください」
隣で見上げる先輩は悲しそうな顔をしていたが、楽しくなかった訳では無い。だけど今は、ちょっとだけ待って欲しい。琴葉に弁明するのが最優先事項なのだ。
「仲がいいのね。私の知らない所で何をしていたのかしら」
「琴葉が考えているような事は何も無いって。それに、琴葉だって部活の先輩とは話くらいするでしょ?」
「異性の先輩のことを言っているのなら、しないわよ。私には徹だけいてくれればいいもの」
「それで良く部活出来てるね」
「弓道は一人で出来るもの。それに教えを乞いたいほどの相手もいないわ」
「そういうものなんだ……同じ運動部でも結構違うんだね」
きっと後輩に教えてあげようと話しかけてくれたりしていたのかもしれないけれど、この調子だと冷たくあしらっているのだろう。プライドの高い相手だとトラブルになりかねないが、口ぶりから察するに実力は琴葉の方が上みたいだ。
「そんなことより、話をそらさないでちょうだい」
「えっと、琴葉の事を話してたんだよ」
「私の事? 悪口とかだと傷つくのだけれど」
「入部希望者だって説明してただけなんだ」
「そう……本当にそれだけ?」
「そうですよね、先輩」
「みーこは有望株」
「みーこ……?」
「あー、多分琴葉のことだと思う。先輩すぐあだ名つけるから」
「あら、よく知っているのね」
「俺の事はいってつだし、恵はめぐーって呼ばれてるからね」
「壬生琴葉でみーこ、というわけね」
「嫌?」
「いいえ、とても可愛らしいですね。ありがとうございます」
「誤解が解けたようでよかったよ」
「初めから誤解なんてしていないわ。ただ、何を楽しそうにしていたのか聞いていただけじゃない。そう思うって事は後ろめたい気持ちがあったんじゃないかしら?」
確かにその通りだ。後ろめたい気持ちはなかったけれど、つい言い訳を探してしまっていた。じっとこちらを見つめる琴葉に返す言葉もなく狼狽えていると、鏑木先輩が口を開いた。
「やきもち?」
「ええ、そうです。徹が他の女と仲良くしているのは嫌なんです」
「いってつ、愛されてるね」
「愛っ……いや、からかわないでくださいよ」
「あら、本当の事じゃない。否定するなんて酷いわ」
「めぐーとみーこどっちが本命?」
次々と投下される燃料に意識が遠のきそうになる。鏑木先輩、絶対面白がっているだろ。
「それは是非とも知りたいところね」
すっかりその気になってしまった琴葉だが、その雰囲気はぴりぴりとしている。蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまった。
「二人とも、大事な友達だよ」
なんとか絞り出したのはそんな言葉だった。こんなことを聞きたいわけじゃないだろうけれど、今の俺に答えを出すことは出来ない。何せ二人とも少し不安定だ。選ばなかった方がどうなるか想像すらできない。
「まだ友達なんだ」
「普段からアピールしているつもりなのだけれど、まだ足りないのね」
「いいわ。急いでいないと言えば嘘になるけれど、徹は私のことを選んでくれると信じているもの」
「もし他を選んだら?」
「そうなる前に行動します」
「例えば?」
「――そんな相手がいなくなれば、私を選ぶでしょう?」
薄らと浮かべる笑みといつもの調子で話す姿が、その発言とあまりにもかけ離れていてぞっとした。自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。いなくなれば、という言葉の意味を深読みしてしまいそうになる。
「わお」
その言葉を引き出した本人も流石に驚いたのか、いや、話し方的にはそんなに驚いてなさそうだ。この人は今一つ何を考えているのか読めない。ちらりと横目で見ると何やらわくわくしているような様子さえ伺える。
もしそうなったらどうするつもりなのか、聞くべきだろうか。どんな答えが返ってきても後悔しそうだ。
「いってつ、いのちをだいじに」
「こんな時に何を言ってるんですか」
「バッドエンドは死」
「不吉なこと言わないでください」
相変わらずマイペースな様子にうっかり軽口を叩いてしまう。多くは話さないタイプだが、何故だかとても話しやすい。
「また、私だけ蚊帳の外ね」
平坦な声が現実に引き戻してくる。今は目の前の彼女をどうにかしないといけないのだった。
「ごめん、今のはそんなつもりじゃなかったんだ」
「じゃあどういうつもりだったの?」
「悪ふざけが過ぎた。ごめんなさい」
俺より先に素直に謝る先輩に出鼻をくじかれる。ここで口を開いたということは何か考えがあるのだろうか。
「みーこのこと試した」
「どういうことですか?」
「私は部長。部員がどんな子なのか知っておくべき」
しかし、後に続いたのはだいぶ無理矢理な理由だった。そんなので納得して貰えるなら今まで苦労をしていない。
「相手の性格を知ればどんなゲームが向いてるかわかる。めぐーはボードゲーム」
「それじゃあ……今日のオセロは最初からそのつもりで?」
「当然。部長だから」
この人部長だってこと結構気に入ってるな。部員が皆後輩だからいい格好したいんだろうけれど、容姿のせいで背伸びしているようにしか見えない。
「みーこはアクションゲームが向いてる」
「アクションゲーム?」
「そう、いっぱい敵倒すやつ」
なるほど。何を言っているのやらと思っていたが、不思議と説得力がある。確かに琴葉はゲームセンターでもアクション系が上手かった。
「まだ信用できませんが、一先ずそういうことにしておきましょう」
「ちなみに俺におすすめはありますか?」
「いってつには今度ぴったりなゲーム貸してあげる」
「ぴったりなゲーム?」
「もう少し女心を知るべき」
「それには同意します。徹はもっと私のことを考えて欲しいわ」
「返す言葉もない。善処します」
「まあ、いいわ。遅くなるからそろそろ帰りましょう」
元を正せば琴葉が原因なのだが、そんなことを言う気力はもう残っていない。さっきの発言を追求することもせず、ようやく校門から歩き出した。
「いってつはヤンデレを引き寄せる体質」
「なんですかその妙な体質。そもそも二人とも最初からそうだったわけじゃないです」
「誰のことかは言ってない。心当たりあるんだ」
「カマかけましたね」
「訂正。ヤンデレに落とす能力」
「そんなのいらないですよ。それに、まだそうと決まったわけじゃないです」
勝手におかしな能力を与えないで欲しい。ゲームはまだあまり詳しくないが、何を意味しているのかくらいはなんとなく理解している。
「ヤン……? なんの話?」
「いや、なんでもないよ」
「隠すことないじゃない」
「今度貸すゲームのこと」
先輩が咄嗟にゲームに話題をすり替える。めぐみの時もそうだったけれど、なんだかんだ助けてくれるんだよな。
「そのゲームって私も出来ますか?」
「みーこにはもっとぴったりなのがある。明日の部活でお披露目」
そのゲームってテレビゲームだったりするんだろうか。学校に持って来たりして、見つかったら怒られるんじゃないか。だが、そうかこのために顧問はいらないと言ったのかと納得した。
「あら、それじゃあ楽しみにしていますね」
恵と琴葉という不安要素を残したまま、部活は四人体制になったのだった。




