二十五話
2019/11/06
第二十五話を投稿致しました。
またしても予約投稿が上手くいっておらず、
手動にて更新しました。
「――私の初めてを全部あげるから、貴方の初めては私に全部ちょうだい」
琴葉を部屋に招いた。そこまではいい。
軽く話をして落ち着いたら帰るものだと思っていたが、それはどうやら的外れだったらしい。
背中に当たる柔らかい感触と、鼻腔をくすぐる甘い香りに頭がくらくらとする。女の子特有のものなのか、それとも琴葉が格別いい香りがするのかは比較する相手がいないので分からない。
高校一年生、転入して一週間足らずの出来事に困惑する。この反応が思春期の男子としては間違っていることだけはなんとなく理解している。出会った頃から彼女からは好意を抱かれていたらしいが、困った事にその理由は分からないままなのだ。
素直に喜ぶべきだろうか。確かに俺も彼女には好意を抱いている。というよりも、琴葉は言うまでもなく美少女だ。そんな女の子から好意的に迫られて意識しない男などいないだろう。
だがしかし、冷静に考えていくらなんでもまだ色々と早すぎると思うのだ。風前の灯になっていた理性がぎりぎりのところで奮闘する。
「こ、琴葉……とりあえず離れて貰えないかな」
「――嫌よ」
ぎゅうっと俺の腰に回した両腕に力が入る。所詮は女の子の細腕だ。振りほどこうと思えばどうにでも出来る。しかし、この状況をもう少しだけ味わいたいという感情も当然ある。
「すぅー」
「えっなに!? なんで匂い嗅いでるの?」
背中に顔を埋めて肺いっぱいに息を吸い、膨らんだ胸がさらに背中を押す。今日はまだシャワーすら浴びていないので、もしかすると汗臭いかもしれない。一瞬で羞恥心が込み上げ、思わず琴葉の両手を解いた。
「――あっ」
「琴葉さん、なにしてるのかな?」
逃げるように台所に背を預け、振り向いた正面には恍惚とした表情でうっとりと見上げる琴葉がいた。
「なんて顔してるの」
「……え?」
他の人であればだらしがないと感じる表情でも、彼女がすると途端に妖艶な空気を纏う。自分が今どんな顔をしているのか、本人は気がついていないようだ。
「……もう少しだけ」
腕を前に伸ばし、そのまま抱き着いてきそうな琴葉を止めるため咄嗟に両手を掴む。しかし掴み方が悪かったのか、指を絡ませるように両手を繋ぐ形になってしまった。
何が起こったのか分からない様子で、ぱちぱちと瞬きをした後、感触を確かめるように掌を握ったり開いたりしている。
「……ふふ」
何やらご満悦な様子でその体勢のまま身体ごと体重を預けるように倒れ込み、俺の胸に顔を埋めた。今度は先程の深呼吸とは違い、浅く小刻みにくんくんと匂いを嗅ぐ。
「だ、だからなんで俺の匂いを嗅ぐの!?」
俺の必死な訴えは琴葉には届いていないようで、子犬のように夢中になって匂いを嗅いでいる。
観念してされるがままにしてから五分ほど経っただろうか。ようやく満足したのか、頭を起こして俺を見上げる。
「ごめんなさい。堪能させてもらっていたわ」
「堪能って……俺、もしかして臭かった?」
「そんなことないわ。 ただ少し、癖になりそうというだけよ」
それは素直に喜べない。せめてシャワーに入ってからにして欲しかった。そうは思うものの、口に出してしまえば取り返しがつかなくなりそうだ。
「それで、どう……かしら?」
「どう、とは?」
彼女が何を聞きたいかはわかっている。けれど二つ返事で答えることなどできない。これはそんな簡単な話ではないのだ。冗談かもしれない、というのは考えもしなかった。
「……さっきのお返事よ」
「あ、ああ。それのことか」
「大丈夫よ。 これでも私、身体には自信があるの。 一晩かけて私以外の女は目に入らないようにしてあげるわ」
「ねえ、徹。 安心して身を委ねてちょうだい。 経験はないけれど、あなたが喜ぶことならなんだってしてあげるわ。 きっと満足して貰えると思うの」
俺が答えに詰まっている間にどんどん話を進めていく。焦点のあっていない瞳は、俺ではなくまるで別の何かを幻視しているように感じた。
「さあ、ベッドへ行きましょう。 それとも先にお風呂に入りましょうか。 お互いの身体を洗い合うのってなんだか素敵だと思わない?」
ちょっとこれは正気ではないのかもしれない。こんな状態で、ましてやまだ恋人にすらなっていないのだ。このまま進んでしまったらお互い後悔する。
「琴葉、落ち着いて」
「私は落ち着いているわ。 さっきからどうしたの? まさか私じゃ嫌? やっぱり他の女が良いとでも言うの?」
「ちょっ、ストップストップ。 だから、そういうのはまだ早すぎるんじゃないかって」
「そんなことないわ。 こうでもしないと貴方はすぐに他の女のところへ行ってしまうもの。今のうちに私の徹だっていう印をつけておかないといけないの」
本人曰く嫉妬深い性格だと言っていたが、どうやら独占欲のようなものが強いらしい。
「もうちょっと、段階踏んでからじゃ駄目なの?」
「どういうこと?」
「ほら、まだ友達になってから日も浅いでしょ? 放課後とか休日遊びに行って、今よりもお互いのことを知ってさ。それからでも遅くないと思うんだけど」
「そんな悠長に構えていたら横から盗られてしまうわ」
「いや、大丈夫だから。俺なんか転入生ってことでちょっと珍しがって来てる人ばかりで、来月には何事もなく終わってるはずだよ」
「……そうだといいわね」
「ちょっと不吉なこと言わないでくれるかな。」
「分かったわ。 元々貴方を困らせたい訳ではないもの。けれど、その代わりに――」
「……あの、琴葉さん?」
「何かしら」
余計な肉なんて全くついていなさそうな細く長い脚は、思ってた以上に柔らかかった。薄手のワンピースという布一枚を隔てていても、彼女の少し高めの体温が頬に伝わってくる。
「なんでこんな事になってるの?」
「さっき言ったじゃない。 貴方の初めてを一つ貰っているところよ」
抱きつかれた時に感じた場所以外も、女の子らしい身体付きなのだということをいやでも実感させられた。髪の一本一本の感触を味わうように優しく撫でる指先が、くすぐったくもあり言い表せない心地良さがある。
俺はと言うと、兄からの引越し祝いで貰った三人掛けのソファーに横になっていた。一人暮らしにはやや持て余すものの、こうして寝転がれるという点では素直に感謝したい。来客中だというのにこんな状態で失礼だとは思うが、これこそ彼女からの妥協案だった。
寝返りを打つことは疎か身動き一つ出来ない。この状況を分かりやすく言うならば、所謂膝枕という奴だ。
抵抗虚しく半ば強制的に彼女の太腿を枕にしているが、うっかり目を瞑ると眠ってしまいそうになる。あまりの心地良さに、時間の流れがこの部屋だけゆっくりになっているような、そんな感覚に陥ってしまう。気が付けば時刻は二十時を回っていた。
「琴葉さん、もう遅いからお父さん心配してるんじゃない?」
「さん付けはやめてちょうだい。距離を感じて嫌よ」
「ごめんなさい」
「そうね。名残惜しいけれど、そろそろ帰らないといけないわ」
「そうだね……そのためにはまずここからどかないといけないんだけど」
「大丈夫よ。迎えを呼ぶからそれまでは遠慮せずにここにいてちょうだい」
「……はい」
頭の上に置かれた手が全く離す気配がない。さっきはあんなに簡単に振り解けた腕が、まるで枷のように俺を膝枕に縛り付ける。
「迎えが来るまであと二十分くらいかしらね」
膝枕が二十分延長することが確定した。
第8回ネット小説大賞に応募致しました。
応援してくださる皆様のおかげで書き続けられていますので、せめて第一選考くらいは通って欲しいですね。




