二十二話
2019/10/31
第二十二話を投稿致しました。
例のごとく、文末にてヒロインの一人
鏑木千鶴のイメージを掲載しております。
「――ふたりっきりでなにしてたんですか? 徹くん」
「その子、誰ですか?」
仮面を張りつけたかのような無表情の少女は、こてんと首を傾げる。背にした夕陽の赤さと、影の黒が彼女の無表情を際立たせ、恐ろしさに磨きをかける。
「なんで何も言ってくれないんですか? ああ、大丈夫です。わかりました。その女が連れ込んだんですよね。徹くんがそんなことするはずがないですから」
「い、委員長、ちょっと落ち着いて」
「何を言ってるんですか? 私は落ち着いてますよ?」
「――それと、恵って呼んでくださいって言いましたよね?」
俺が何も言えずにいる間も矢継ぎ早に、淡々と無機質な声で告げられる。
「ねえ、徹くん。いつまでそっちにいるんですか? 早くこっちへ来てください」
「ああ、そういうことですか。なにか弱みを握られているんですね。大丈夫です。私が助けますから」
チキチキ、とやけに耳に響く音を鳴らせて赤く照らされた鈍色のそれが光る。いつの間に、どこから出したのか、そんな事を問う余裕などない。
「い……恵! それ、危ないからしまってくれないか?」
「それ? ああ、これのことですか」
今しがた気が付いたように、右手に持ったカッターナイフを目線の高さに持ち上げて、こてんと反対側へ首を傾げる。限界まで伸ばしきった刃先は、几帳面そうな彼女に似合わず赤茶色に錆びていた。
「心配してくれてるんですね。やっぱり徹くんは優しいです。でも、危ないのは徹くんですよ。早くその女から離れてください」
「ねえ、一体どうしたって言うんだ、恵」
放課後まではいつもの彼女だった。少し自分に自信がなくて、真面目で優しく、面倒見の良い朝比奈恵はどこへ行ったというのだ。
「わお、修羅場」
「呑気にそんなこと言ってる場合じゃないです!」
こんな状況でも一切動じた様子のない鏑木先輩がやけに心強い。しかし、そんなことを悠長に言っている場合ではないのは確かだ。頼むから余計なことは言わないでくれ、そういう思いを込めて少しだけ恨めしく睨んだ。
「――嫌、だめです。私だけ見てください。そんな顔、他の子に見せないでください」
「恵? 何を言って……そういえば、琴葉は?」
彼女の名前が引き金になったかのように、急に耳を塞いで髪を振り乱す。
「いや……嫌! 嫌!! 徹くん、徹くん、徹くん徹くん徹くん徹くん徹くん徹くん徹くん。お願いだからこっちに来て? そばに居てよ。私にはもう、とおるくんしかいないの」
どうしたと言うのだ。怖い、この状況は普通にやばい。まだ夏は来ていないというのに、背中が汗でぐっしょりと濡れている。こんなことになるなんて、そもそも恵になにがあったというのだ。琴葉は無事なのか。駄目だ逃げないと。いや、それよりも彼女を止めないと。ああ、その前に鏑木先輩だけでも。
「――いってつの、彼女?」
唐突に、鏑木先輩が全く空気を読まない一言を発する。パニックになっていた頭では一瞬何を言っているのか理解できなかった。ようやく頭が追いついて、だからそんなこと言っている場合じゃ、そう喉元まで言いかけた時だった。
「かっかの!? ……い、いえ、そんな。いや、でも……」
急に感情を取り戻したように、真っ赤になって両手を顔の前に突き出す。その手には先程まで持っていた凶器は存在しない。いつの間にしまったのか疑問に思うが口を挟む隙などない。
「いってつ、彼女を悲しませたら、だめ」
「違っ、いや、そうですね。……恵、とりあえず話を聞いてくれないか?」
否定の言葉を飲み込んだのは、話が逸れることを嫌ったためだ。不意に訪れた危機を打開するチャンスを、そんなことで無駄にしてはいけない。
「と、とおるくんっ! 違うんです。嫌、という訳ではなくてですね? ちょっとまだ心の準備が」
「恵、この人は二年の鏑木千鶴先輩だ。ゲーム愛好会の部長なんだよ」
「ああ、待って……はい?」
「部員は先輩だけで、このままだと廃部になるらしい。先輩はなんとかしたいらしくて、成り行きで入部することになったんだ」
「……そう、だったんですか。私ったらとんでもない早とちりを。鏑木先輩、失礼しました。私は徹くんと同じクラスの朝比奈恵です」
期せずして鏑木先輩の気の抜けるような発言から、なんとか正気を取り戻すことが出来たようだ。今回は先輩に貸しを作ってしまったが、お陰で事なきを得た。これはしばらく足を向けて眠れない。
「私は寛容な先輩。小さいことは気にしない」
「身体は小さいですけ、い゛っ」
ローファーの爪先で脛を蹴られた。涙が滲むほどの痛さに身を屈めて耐える。失言だった。なんとなく言っても良さそうな雰囲気だったけれど、鏑木先輩に小さいは禁句だったようだ。
「だめですよ徹くん。女の子にそんなこと言ったら失礼です」
「いってつ、それは許さない」
「……す、すいません」
身を屈めていることで頭の上から降ってくる先輩の声に、見上げることも出来ずに謝罪する。平坦な声だが、明らかに怒気を孕んでいるのが分かるので、二度と言うまいと決意した。
「めぐーは帰宅部?」
「え? めぐー?」
「そう、恵だからめぐー」
「あ、あだ名ですか。そんな呼ばれ方、初めてです」
若干嬉しそうな感じがするのは、気のせいではないだろう。少なくとも委員長、と言うあだ名よりは親近感が湧きやすい。
「それで?」
「あ、はい。帰宅部です」
「じゃあ、入部しない?」
「私が、ですか? でも私ゲーム下手っぴですよ?」
痛がる俺を他所に勧誘を始めた先輩と、この前のゲームセンターでの事を言っているのだろう恵が、先程までの殺伐とした空気などまるで無かったように話していることが心底納得できない。
「大丈夫、私が鍛える。それに……」
「それに?」
「私は気が利く先輩。たまに部活さぼる」
「ええ、さぼったら駄目では……まさか」
「そう。部員は三人」
「それは、名案ですね。さすが先輩です」
「もっと褒めるといい」
「すごいです。尊敬します! 改めて、先程は取り乱してしまい失礼しました。謹んでお受けします」
「やったー」
うふふ、と口元だけを笑みの形にして笑う先輩は少し悪者っぽい顔をしている。どうやら俺が手伝う必要もなく廃部は免れたらしい。しかし、鏑木先輩、恵、そして俺。随分と異様な顔ぶれだな。
「鏑木先輩、ありがとうございます。お陰で何事もなく丸く収まりました」
「それはこっちのセリフ」
「……え?」
「私はゲームのプロ。いろんなギャルゲーもやりこんでる」
「あ、ああ。ギャルゲーって恋愛ゲームのことですよね? それが何か関係あるんですか?」
「イベントCG集めるのに何度も死んだことがある。選択肢は簡単には間違えない」
「え、恋愛ゲームで死ぬんですか?」
「女の子の嫉妬を甘く見ちゃいけない」
まさかゲームの経験がこんなことにも生かされるなんて、やはりこの部で経験を積んだほうがいいのだろうか。しかし、この先輩を見本にしてはいけない気がする。
「リアルヤンデレ。どきどきだった」
ええ、確かにどきどきでしたとも。だけどこんなに心臓に悪いどきどきは二度と御免だ。恵にこんな一面があるなんて、まだまだ彼女のこと何も知らないんだと実感した。実は琴葉以上に嫉妬深いのかもしれない。
そう思ったところで、頭の端に追いやっていた一つの疑問が急浮上する。
――結局、琴葉はどうなった?
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