二十話
2019/10/28
第二十話を投稿致しました。
「――恵、行くわよ」
最後の授業が終わり放課後を迎える。俺はこの後ゲーム愛好会に顔を出すつもりだが、琴葉と恵は昼休みに話した通り別行動だ。
「うん。それじゃ徹くん、またね」
今朝からしばしば険しい顔つきを浮かべている琴葉だが、昼休みくらいから眉間に皺を寄せる事が多くなった。
「徹、ごめんなさい」
「気にしないでいいよ、琴葉もまた明日」
「……ええ、また明日」
去り際、琴葉が何か言いたそうな様子だったが、呼び止める間もなく恵と共に教室を後にする。
「大丈夫なのか?」
二人を見送った後で、彰が心配そうに声をかけてくる。
「正直わからない。委員長は全く気にしていないみたいだったけど、壬生さんは迷ってる感じだったから」
「俺らよりはお互いのことよくわかってるだろうし、なんともないといいんだが。そういや名前で呼ばなくていいのか?」
俺の不安げな気持ちを払拭しようと、冗談交じりに茶化してくる。
「本当に慣れてないんだ。大目に見てくれよ」
「本人達がいないところならいいと思うけどな。ま、そのうち慣れるだろう」
「だといいんだけどね」
「にしても壬生さんだけで色々敵に回してたのに、委員長もってなるとこれからめんどくさいことになるぞ」
「今日の男子の反応見てたら冗談で済まなさそうだよね」
自意識過剰になるつもりは無いけれど、恵からも少なからず好意的に思われている気がする。そうでなければ名前で呼んで欲しい、などとは言わないだろう。
「そんで、結局徹はどうするんだ?」
「どうするって言うのは?」
「二人のうちどっちを選ぶのかもそうだけど、まだ話してないこともあるだろ」
「……ああ、そうか。そうだね」
彰とは中学時代にバスケの公式戦で対戦したことがあるし、俺は兄の知名度もあってそこそこ有名だった。そのため彼は俺が一年ダブっていることも知っている。話していないこと、というのはそのことを言っているのだろう。
「そのくらい、気にするようなやつはいないと思うけどな。少なくとも俺らの周りには、だけど」
「うん、それもわかってる。もう少ししたらタイミングを見て話すよ」
確かに琴葉や恵を始めとして、俺とも仲良くしてくれている面々はいい人ばかりだ。ダブっているくらいで離れていくことは無いと思う。けれども、やはりそういう告白には勇気がいるものだ。
今はまだ、それが足りない。何かきっかけでもあればいいけれど、状況に流されてずるずるといってしまうのだけは気をつけなければ。
「徹がそう言うなら、俺からは言うことないな。ただし、なんか困ったらすぐ相談してくれ。少なくとも俺は事情を知ってるわけだからな」
「うん。そうだね、頼りにしてるよ」
「なになにー怪しい雰囲気を感じるなあ」
「なんでもねえよ、部活行くぞ」
にやにやしながら忍び寄ってきた坂本さんだったが、彰に捕まり連行されていく。
「あああ、離してよー。話の種になりそうだったのに」
「余計なことはせんでいい」
「はは、坂本さん部活頑張ってね」
うわー、という悲痛な声が廊下から聞こえてくる。有無を言わさず連れていかれた坂本さんに、ご愁傷さまという意味を込めて人知れず手を合わせておく。
さて、彼ら彼女らの見送りも済んだことだ。俺は俺のやるべきことをしよう。先週失敗に終わった部活の見学、活動日が曜日ごとに決まっているかもわからないので、とりあえず行ってみることにした。
◇
――こんこん、と二回ノックをして返事を待つ。場所は部室棟、ゲーム愛好会の部室前だ。この前来た時は部員と思われる女の子が眠っていたため、その日は書置きを残して止むを得ず帰ることにした。
流石に放課後直ぐに来てしまえば眠っていることは無いだろう。しかし、部屋の中からは反応がない。
もしやまた寝ているのだろうか、とドアノブを回そうとしてみたが鍵が掛かっていてびくともしない。
これはからぶってしまったかもしれない。どうするかと迷って少し待つことにしてみたが、五分十分待っても来る気配がない。
彼女のクラスと名前が分かっていれば直接会いに行くことも出来るが、あいにく知っているのは『ちい』というプレイヤーネームだけだ。
仕方が無いので出直そうと部室へ背を向けた時だった。
――がちゃり。
閉ざされていたはずの扉から鍵が開くような音が聞こえた。部屋の中には誰かがいたらしい。取り込み中だったのか、出てくるまでにだいぶ時間がかかっていたけれど、ひとまず部員と話すことは出来そうだ。
「――だれ?」
聴き逃してしまいそうな小さな声が薄く開かれた扉の隙間から聞こえた。声からして女子だろう。それも結構低い位置から聞こえてきたので、背の低い女子だ。
「あ、部活の見学で来ました。一年B組の 一 徹と言います」
「……見学」
どうにも話の間が取りにくいが、一応会話にはなっているはずだ。
「はい、ここはゲーム愛好会で合ってますよね?」
「……合ってる。中、入って」
きい、という音を立てて扉の隙間が広がる。歓迎、しているかどうかはわからないけれど話は聞いてくれるようだ。
「失礼します」
後に続いて部室に入るも、肝心の声の主が見当たらない。室内を探すようにきょろきょろと見回すが見つけることが出来なかった。
「――した」
「……え?」
ふと聞こえた声のする方、つまりはその言葉通り下を見ると、そこに彼女はいた。
亜麻色のくりくりとした髪と、俺の胸あたりほどの小柄な身体、見上げる目つきはどこか眠たげで、小動物を連想させる。大きめなフレームのメガネが小さな顔でさらに大きく見えてしまう。
近くで見るとここまで小さいとは思わなかったが、彼女は間違いなく『ちい』だろう。
「す、すいません。気が付かなかったです」
「先輩を見下ろすなんて、失礼」
「……え? 先輩?」
「む。二年C組 鏑木 千鶴。君より年上」
僅かに眉間に皺を寄せる鏑木先輩だったが、尚更小動物感が増してしまい、威厳や気迫などあったものでは無い。つい撫でたくなってしまう衝動を抑えて、改めて挨拶することにした。
「鏑木先輩ですね、すいませんでした。改めまして、一年の一 徹です。今日は部活の見学をさせて頂きに来ました」
「……先輩」
どうやら先輩と呼ばれるのが嬉しいようだ。先程までの若干強ばっていた表情が和らぐ。実際は同い年なのだが、そういうことは言わないでおこう。
「入部、する?」
「一応そのつもりですけど、ここってどんなことをするんですか? あと、ほかの部員はどちらに?」
「ここは古今東西のゲームをして遊ぶとこ。部員は私だけ」
「またざっくりとした説明ですね。それと、鏑木先輩だけって廃部にならないんですか?」
「五月中に、二人入部しないと廃部」
「えっと、それ結構厳しいですよね」
「どうしよう」
あまり表情は変わらないが、身振り手振りで焦っているのは伝わってくる。初対面ではあるけれど、彼女のことをどうにもほっとけなくなってしまった。
「じゃあ、とりあえず俺が入部して、もう一人は一緒に探しましょう」
事前に用意していた入部届けを取りだし、鏑木先輩に手渡しながらそう言うと、眠たげだった瞳が一瞬まんまるになった。
「いってつ。良い奴」
あだ名、だろうか。自己紹介はしたつもりだが、入部届けを見てそのまま読んだのだろう。表情は眠たそうな感じに戻ってしまったが、きらきらとした眼で見上げている。もう我慢できなくなってしまい、おもむろに彼女の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でてしまった。
「なーにーをーすーるー」
「あ、すいません。つい」
見学のつもりが成り行きで入部してしまうとは。鏑木先輩、なんて恐ろしい。とりあえず、部員探しの前に琴葉達への言い訳を考える必要がありそうだ。




