一話
プロローグも含めて本日二話目の投稿になります。
GWの明けた初日、年号が変わった年程の大型連休というわけではないとはいえ、連休明けの登校日というのはいつだって億劫なものだ。
ましてやそれが初登校の日ともなれば、気が重くなるのも当然だろう。
未だ新築の香りがする小綺麗な部屋と、片付けきれていない段ボールの山。生活感のないリビングは1人で住むにはやや広すぎるくらいだ。
卸したばかりの皺の無い制服に袖を通し、玄関の姿見で身だしなみの最終確認をする。
「――うん、やっぱり違和感あるな」
サイズ合わせに一度袖を通したとはいえ、去年まで着ていた制服とはデザインが異なるのだから、鏡に映った自分の姿に違和感を感じても仕方がないだろう。
学年を表す青色のネクタイを身につけ、歪みがないことを確認して、爪先あたりに使用感のある跡がついた革靴を履く。
心配性の性分で学校指定の真新しい鞄に、必要な書類と教材が入っていることを確認してからようやく外へ出る頃には、時刻は8時を回るところだった。
「やべ、初日から遅刻はシャレにならないな」
これから始まる生活に期待と不安と、遅刻するかもしれないという焦りを抱えて、俺の新生活は始まりを告げた。
◇
「――まずいな、ここどこだよ」
登校初日に遅刻はまずいと、土地勘もないのに路地を通って近道を試みたのが間違いだった。こんな時に限ってスマホは家に忘れてくる始末。入念な荷物確認はなんだったのだろうか。
手続きも含めて二回程行ったことがあるからと自分を過信して、間に合うようにとしたことだったが結果的に遅刻は確実なものとなってしまった。
開き直って知っている道まで戻ろうかと振り向いたその時だった。車一台分の幅しかないような細い道に、よく磨かれた黒塗りの高級車が通りかかり、俺の目の前で停車した。
「……え? なにこれ」
車内の様子がわからないくらいに濃い色をしたスモークガラスがゆっくりと開き、後部座席に座っている人物が徐々に見えてくる。
透き通るような白い肌に癖のない艶やかな金色の髪。長いまつ毛と、ぱっちりとした二重に思わず目を奪われる。少し離れていてもわかるくらいなのだから誰が見ても美少女と言うだろう。
よく見ると目の色が明るい茶色をしていて、まるで人形のようだと思った。
「あなた、その制服は壬生第一高校の生徒よね? こんなところで何をしているのかしら?」
「……え?」
「このままだと遅刻しちゃうわよ? 一緒に乗っていかない?」
見た目通りの上品な言葉遣いと、耳をくすぐる美しい声音につい聞き入ってしまう。もっと声を聞かせて欲しいな、などと考えていると少女はぷるぷると震え始め、ついには眼に涙を浮かべ始めてしまった。
「あ、えっと。ごめん、道に迷ってたんだ。ありがとう、本当に助かるよ」
今にも泣き出しそうだった彼女に慌てて声をかけると、まるで花が開いたように嬉しそうな表情に変わった。
「そう、よかったわ。目の前にいるのに無視されているのかと思ってしまったもの」
突然の出来事に動転していたが、すぐに礼だけは言っておかなければと思いなんとか口にした。
どうやら機嫌が治ったようで一安心だ。彼女は第一印象だけならクールな雰囲気だと思っていたが、実は感情豊かで結構可愛らしい娘なのかもしれない。
促されるままに高級車の後部座席に乗り込み、彼女の隣に座ると、上質な革のシートの高級感のある感触に姿勢を正してしまう。
「あまり気にしなくていいわ。くつろいでくれて構わないのよ? 」
「改めてありがとう。実は足を怪我してて歩くのがまだ少し辛かったんだ」
「そうだったの? でもあなたの役に立てたのだもの、お礼はもう十分よ」
そう言ってはにかむ少女がとても可愛らしいと素直に思った。
「……可愛いな」
「――えっ? い、今なんて?」
思ったことが口に出ていたようだ。出会って間もないにもかかわらず、これではまるでナンパじゃないか。
「あ、いや、ごめんなんでもない。気にしないでくれ」
「ずるいわ。そんな言い方気になるじゃない」
「いや、本当になんでもないから! そ、そういえばネクタイの色が同じということは、同級生ってことかな?」
「すごく気になるけれど言う気がないのに無理強いするのも失礼よね。多分そうだと思うわ。でも入学してから1ヶ月の間であなたの顔は見た覚えがないのだけれど」
「ああ、それはそうだと思う。俺は今日が初登校だからね」
「あら、そうするとあなたが噂の転入生さん? こんな時期に来るなんてなにか事情があるのかしら?」
「んーまあ、そんな感じかな。最近まで怪我で入院しててね。実を言うと一年ダブってるんだ」
あの事故はしょうがなかったと自分の中である程度割り切ってはいるものの、他人からすると重たい話になりがちなので、気を使わせないようにできるだけ明るく言ったつもりだった。
美少女の反応が無いので初対面の暴露で引かれてしまったかと内心ひやひやしながら美少女の顔色を伺うと、彼女は目を見開き、驚いた表情で固まっていた。
「あの、ごめん。 いきなりこんな話聞かされても困るよね」
「あ、い、いいえ。こちらこそ失礼な態度をとってしまってすみません」
……やはりダブっているというのはなかなかにインパクトが強いのだろうか。ちょうど今日、クラスでの自己紹介で使おうと思って目の前の美少女で試してみたものの、せっかく打ち解け始めていたのに失敗したな。
二人の間に沈黙が降りる。初対面の美少女と、運転手もいるが実質二人きりで共通の話題もなく、居心地の悪さを感じる。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。俺は一 徹、もう知ってるだろうけど転入生だよ。君の名前聞いてもいいかな?」
「私は壬生琴葉。同じ一年生です」
「あー、ダブっているのは気にしなくていいから、敬語とかじゃなくて普通に接して欲しいかな」
「……そう、わかったわ。徹と呼んでいいかしら」
「ああ、それでお願い。俺は壬生さんって呼ばせてもらうよ」
「琴葉と呼び捨てでもいいのよ? 」
「いやあそれは、壬生さんみたいに綺麗な人をいきなり呼び捨てにする勇気はないかな」
「……綺麗だなんて、そんな、ひょっとして言い慣れてるのかしら」
「いやいや、そんなことないよ。素直にそう思ったんだけど嫌だった?」
「……いいえ、嫌では、ないわよ」
つい、と窓の外へ顔を逸らす彼女に、気を悪くしてしまったのかと心配したが、長い髪の隙間から除く耳の先まで真っ赤に染まっていることに気がついた。
彼女くらいにもなればこのくらい言われ慣れているだろうに、と思ったがこの話ははここで途切れてしまった。
今更気がついたがさっきの発言はもしかするとセクハラだったりするのだろうか。
その後簡単な学校の説明や部活の話などの世間話をしていた。迷ってはいたが意外と近くまで来ていたようで、車に乗せてもらってから数分で目的地に到着し、俺は職員室へ向かうために壬生さんと別れようとした。
「壬生さん、本当にありがとう。 俺は職員室に行かないといけないからここでお別れだね」
「あら、職員室まで付き添うわよ? このまま教室へ向かっても遅刻になるでしょうし」
「まだぎりぎり間に合う時間だろう? 職員室は一回行ったことがあるから大丈夫だよ」
「一回行ったことがあるとはいえ、登校中に迷子になるような人を一人で行かせられないわ」
「ははっ、何も言い返せないな。ありがとう、じゃあお言葉に甘えるよ」
そのまま彼女に連れられて職員室へと向かい、教員に事情を説明したあと、壬生さんは自分の教室へ行くために別れることになった。
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