閑話 レッテル 1
2019/10/21
閑話 二つ目を投稿致しました。
0時の予約投稿に間に合わず、申し訳ありません。
明日本編の最新話を更新予定です。
予定です。(大事な事なので二回言いました)
人に褒められることが好きだった。
誰かに頼られる度に嬉しくなった。
感謝されると幸せな気持ちになった。
――あの頃はまだ、人の輪の中心にいることが多かった。
◇
幼い頃の私はもう少し明るい性格をしていた。
元教師の母はとても教育熱心な人で、勉強や運動は勿論ながらピアノや習字など、私が興味を持ったことは一通り習い事をさせてもらえた。
生来の性格が負けず嫌いだった私は、同年代の子たちに負けないようにとにかく一生懸命頑張った。
そして、私が頑張った分だけ父も母も心から喜んでくれる。子供の頃はそれが嬉しくて、たくさん褒めて貰いたくてもっと頑張るようになっていった。
ただ、運動だけは向いていなかったようで、思うように出来ずに悔しくて泣いたことも沢山あった。自分が運動音痴だと分かってからも諦めずに頑張ってみたたけれど、運動はどれだけ頑張っても結果は出なかった。
いつからか勉強が一番楽しいと感じ始めると、学校で習う程度では物足りなくなるのは時間の問題だった。
色々な本を読むために頻繁に図書館に通うようになり、図書館の司書さんと顔見知りになる頃には、周りの子よりも博識になっていた。
図書館通いで成績は良くなり、真面目で成績優秀な私は先生から頼られることが多くなっていく。
提出物が集まらないと相談されれば率先して皆から回収し、休んだ人がいれば家に配布物を届けに行く。
勉強についていけない子には放課後や休みの日に教えてあげ、困っている子がいれば手を差し伸べる。
先生から『助かるよ』と言われ、友達から『ありがとう』と言われると、もっと張り切ってしまう。
小学校の高学年になると、学級委員長を任される事になりそれまで以上に熱心になる。
両親に褒められ、先生に頼られ、友達にはありがとうと言われることに何よりもやりがいを感じていた。
◇
「――あんたさあ、調子に乗ってるでしょ」
私たちのように幼稚園からのエスカレーター式で進学する人とは違い、新しく他の小学校から入学する人が増えたことで人間関係が変わる。
それでも半分以上は小学校から一緒の子達だったので、自然と委員長になりみんなをまとめていた。
人間関係には特に気に止めず、これまで通りにしていたけれど一ヶ月程たったある日、突然クラスメイトの数人に呼び出された。
「……なんのこと?」
「入学早々委員長とか呼ばれちゃって、いい子ちゃんぶって先生に媚び売るのがそんなに楽しいの?」
「そんなつもりじゃ」
「じゃあどういうつもりだってのよ」
「私はただ、みんなの役に立とうとして……」
「へえ。みんなのため、ねえ」
「そ、そうだよ」
「だったらさあ、あたし達のお願い聞いてくれない?」
有無を言わさぬ雰囲気に、首を縦に振らざるを得ない。暴力的なことはされないとは思っているけれど、怖くて頭が回らない。
この時頷いてしまった事を生涯後悔することになる。
◇
「ねえ、委員長。あたし達このあと用事があるから、掃除お願いね」
「委員長英語の宿題写させてよ」
委員長、委員長――。
もしかすると彼女たちに悪意はないのかもしれない。そう思ったりもしたけれど、改めて確認する勇気は残っていなかった。
「委員長さ、お願いなんだけど、この子と髪型被ってるから変えて欲しいの」
「三つ編みにして、ついでに眼鏡とかかければそれっぽくなるよね」
「それいいじゃん! 絶対似合うよ、委員長!」
「…………うん、そうだね」
勉強ができる真面目な子。
絵に書いたような三つ編みお下げと四角い眼鏡。
世話焼きで困ってる人は放っておけないお人好し。
みんなが求めるのは『委員長』の私。
いつの間にか、私自身を見てくれる人はいなくなった。教師も友達だった子達も皆、口を揃えてその名で呼ぶ。
途端に世界はモノクロになって、水の中みたいに息が苦しくなり、私とは違う『私』を呼ぶ声に耳を塞ぎたくなる。
誰かのためにと言いながらも、結局はあれもこれも自己承認欲求を満たすための偽善行為だった。
これはきっと傲慢だった私への罰なのだろう。
初めて自覚した無邪気な悪意に私の弱い心はもう限界だった。
気が付いた時には既に手遅れになっていて、その『レッテル』は酷くこびり付いて剥がせない。
それならいっそ仮面を被ろう。そうすれば、誰も、傷つくことはないのだから。
◇
一人で教室の掃除を終える頃にはすっかり遅い時間だけど、もはや慣れてしまって何も思うことは無い。それに誰も見ていないから手を抜くというのは、真面目な委員長としては許し難いものだ。
人気のない廊下を歩き、下駄箱で靴を履き変えた時、後ろから唐突に声をかけられた。
「――あら、あなた雰囲気変えたのね」
僅かに残っていた夕陽が彼女の顔を紅く彩り、真っ直ぐに腰まで伸びた金色の髪はキラキラと光っていた。
昔読んだおとぎ話に出てきそうな、まさに理想の女の子。私のような日陰者とは相容れない彼女だったけれど、初対面ではなかった。
「……壬生、さん」
「下の名前、忘れてしまったかしら? 中学生になってクラスも離れてしまったし、しょうがないかもしれないわね」
「あ、いえ。壬生、琴葉さん、ですよね」
間違えることも忘れるはずもない。小学校に上がる前から彼女は有名だった。その美しさと落ち着いた雰囲気、時折見せる可愛らしい一面とのギャップに皆が虜になっていたのだから。
恐る恐るその名を呼ぶと、意外にも彼女は嬉しそうな顔をしていた。
「ふふ、よかったわ」
「えっと、私に、なにか御用ですか?」
「いけない、そうね。でもその前に、あなたそんな話し方だった?」
「は、い。何も、変わっていないですね」
一瞬、ぎゅうっと胸が締め付けられる苦しさで、言葉が詰まってしまったけれど、なんとか普段通りで話すことが出来たはずだ。
「――言いたくないなら、言わなくていいけれど」
真っ直ぐに私の目を見つめながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
目を逸らしたいのに、瞬きも出来ずに彼女の一挙手一投足を見守ってしまう。
「私に敬語は使わないで」
「どう、して?」
「小学校の頃だから、あなたは覚えていないかもしれないけれど」
「――貴女が私の大事な友達だからよ、恵」
続けて言った彼女の言葉は私の世界を色付けてくれる。
きっかけは覚えていないけれど、確かに昔は目の前の美少女ともよく遊んでいたはずだ。
「壬生、さん?」
「琴葉と呼んで」
「――でも」
「恵」
壬生琴葉は、多くを語らない。
対する私の中には泉のようにいくつもの疑問が湧いてくる。私は今の今まで貴女のことなんて忘れていたのに、私の事を大事な友達だと、そう言ってくれる彼女に応える資格があるのだろうか。
「…………琴葉」
沈黙と葛藤の間、静かに待ち続けてくれた彼女は、私の絞り出した答えに満足気に頷いた。
「さあ、久しぶりに一緒に帰りましょう。たくさんお話がしたい気分なの」
「……ぐすっ。 うん、ありがと」
この時の彼女のおかげで、私は一歩踏みとどまった。彼女が居てくれるなら頑張れる。
レッテルはもう剥がせないけれど、仮面に慣れることは出来るはずだ。
まずはそう、せめて彼女の隣にいても恥ずかしくないようになろう。




