十一話
2019/10/09
第十一話を投稿しました。
本編の最後にヒロインの一人である壬生琴葉のイメージを載せてあります。
転入二日目の朝。
昨日よりも余裕を持って少し早めに起きる。とりあえず無造作に繋いだだけのテレビを付けて、朝のニュースを見ながら朝食の準備をする。
とは言っても自炊している訳では無いので、食パンをトースターに入れて焼きあがったらいちごのジャムを塗って食べるだけだ。
育ち盛りの男子高校生がそれで持つのかと言うと、まあ無理な話だ。概ね二時限目が終わる頃には空腹を感じるようになっていることだろう。
天気予報とちょっとした占いを聞き流しながら歯を磨いて寝癖を整える。昨日より二十分ほど早く家を出るつもりで準備をしていたけれど、思った以上に早く支度ができてしまった。
ふとスマホを見るとチャットアプリの通知が来ていることに気がついた。
昨日は初日ということもあって気を張っていた分、帰宅した途端に疲れがどっと来てしまいろくに確認もせずに寝てしまったようだ。
『学校はどうだった?』
『上手くやっていけそう?』
メッセージの送り主は母からで、どうやら心配かけていたようだ。
『大丈夫だよ。友達もできたし心配いらない』
やや簡素な返事ではあるけれど、親子のやり取りはどこも同じ感じだろう。
その後もちゃんと食べているのか、部屋は片付けたのかなどここぞとばかりに心配事を質問攻めにされ、気づけば家を出る予定の時間が来ていた。
「さて、そろそろ行こうかな」
ソファーから立ち上がり、スマホをポケットに入れた時だった。
――ピンポーン。
来客を知らせるチャイムが鳴る。こんな朝早くに尋ねてくる相手に心当たりはない。
誰だろうと思いながらも待たせるのも悪いのですぐに玄関へ向かい扉を開けると、そこにはいるはずのない人物が立っていた。
「委員長? 何でここに?」
「おはようございます。一くんが昨日道に迷ったと言っていたので、お節介かと思ったんですが迎えに来てしまいました」
申し訳なさそうにそう言う委員長だったが、二つほど疑問が湧いた。
「……俺、住所教えてたっけ?」
「さあ、どうだったでしょう? 言っていたような気もしますね」
「うーん。断言出来るほど自信はないなあ」
「じゃあ言ってたんですよ」
「まあ、それはもしかしたら言ってたかもってことでいいんだけど」
「どうしましたか?」
「このマンションってさ、居住者以外は入口までしか入れないはずなんだけど、委員長どうやって入ってきたのかな?」
「ふふ、一くんは面白いこと言いますね」
そう言って口元に手を当てて笑う委員長だったが、その後には何も続かなかった。
「え、俺今面白い事言ったつもり無かったんだけど」
「だったら一くんには芸人さんの才能があるのかもしれませんね」
「いやいや」
「そんなことより、学校行かないとまた遅刻しちゃいますよ?」
完全にはぐらかされてしまった。追求しようにもこの調子では絶対に口を割らないだろう。
「はあ、わかったよ。せめて次からはフロントで呼んで欲しいな」
「はい、気をつけますね」
「じゃあすぐ準備するから待ってて」
家を出る準備は済んでおり、あとはもう出るだけだったので荷物を取ってすぐに外へ出た。
「改めておはよう、委員長」
「はい、おはようございます」
俺の部屋は五階建ての三階にある角部屋で、隣の部屋には人が住んでいないのか生活音がまるで聞こえてこない。
委員長を連れてエレベーターで一階に向かい、ちらりとフロントを確認するが特におかしなところは見当たらなかった。本当にどうやって入ってきたんだろうか。
この建物のセキュリティは大丈夫なんだろうか、と一日の始まりから不安を抱いてしまったが、そんなことはこのあとすぐに頭の中から消し飛んでしまった。
◇
マンションを出ると、入口付近には見覚えのある黒塗りの高級車が止まっていた。
「あれ? あの車って」
こちらが気がついたのとほぼ同時に後部座席の扉が開き、彼女はつかつかとこちらに歩いてくる。
「……どういうことなの?」
「……え? あ、委員長のこと?」
「どういうことって聞いているのよ、恵」
その声は決して近所の迷惑にはならない程度の大きさだったが、間違いなく怒りに充ちた問いかけだった。
「こ、琴葉。違うの、これは」
「何が違うっていうの?」
「ご、誤解だよ壬生さん」
「徹は少し黙っていてちょうだい」
壬生さんは震える声でそう言うと、委員長へと詰め寄り両手で胸倉を締め上げた。
圧迫された委員長の喉から苦しそうな声が漏れる。しかし、彼女は一切抵抗しようとはしなかった。
「ことっは、落ち着いて」
「大丈夫よ、私は落ち着いているわ。だからお願い、私の勘違いだと言って」
必死に理性と戦う壬生さんを後ろから羽交い締めにする。
「徹、抱きしめるならもっとロマンチックな方が嬉しいわ」
言葉通り落ち着いているのか、そんなことを言う壬生さんだが今の俺には相手をする余裕はない。
「……っけほ。琴葉、私は一くんがまた遅刻しないように迎えに来ただけだよ」
「壬生さん、本当だ。委員長は俺を心配してきてくれたんだよ」
「……そう。本当に私の勘違いだったのね」
気が抜けたように脱力する壬生さんを倒れないように抱えると、彼女は自嘲気味にくすりと笑った。
「ごめんなさい。酷いことをしてしまったわ」
「いいの。琴葉の気持ちを知っててこんなことした私が悪いから」
「いいえ。なんと言おうと手を出してしまった私が悪いのよ」
似たもの同士なのかお互い譲らず、しかし内容は私が悪いというやり取りに笑みが零れる。
「本当によかったよ。二人が喧嘩するとこなんて見たくない」
「徹も、ごめんなさい」
「一くん、ごめんなさい」
共にしこりは残るけれど、なんとか和解できたようで一安心だ。
「でも恵、次からはこんなことやめてちょうだい」
「……うん。もう、しないよ」
「あ、時間」
「そうね、二日続けて遅刻なんて宮崎先生に叱られるわ。二人とも乗ってちょうだい。車なら余裕で間に合うわ」
「ありがとう、琴葉」
「うん、助かるよ」
二人の仲はこんなことでは壊れない。今朝の出来事はボタンのかけ違いで起こったほんの些細なこと。
――そう、思っていたのに。
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Picrew 「遊び屋さんちゃん」
作成者 遊屋 ゆと
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