第十話
2019/10/08
第十話を投稿致しました。
お気づきの方もいるかもしれませんが、タイトルとあらすじを若干修正致しました。
特に理由もありませんが、強いて言うなら字面が気になってしまったというところです。
放課後に部活の見学に来たまではよかったのだが、結局あの後ボールに触れることは無かった。部活動自体はもう少しやっているようだが、練習に参加できない俺たちは軽く見学だけして帰ることにした。
ボールにすら触れなかった一番の理由は、今も隣にいる壬生さんが離れてくれないことにある。諸刃の剣だった頭を撫でるという必殺技は、揉め事の収束と引き換えに俺の自由を奪う事になった。
「じゃあまた今度改めて見に来てくれ」
「うん、せっかく呼んでくれたのに悪いね」
「気にすんな。どうせあと三年もあるんだ、いつでも機会はあるだろ」
「そうだね。じゃあ、また明日」
「壬生さんも徹くんもばいばーい」
「ええ、さようなら」
体育館で二人に見送られ、壬生さんとともに下校する。
「徹はまた来るつもりでいるの?」
「多分、そのうちね」
「……そう、やっぱりあの女の方がいいのかしら」
「あの女って、もしかして峰藤さんのこと?」
「あの女、終始徹に色目を使っていたわ。……絶対許さない」
「いや、あれはからかってるだけだと思うよ」
「違うわ、まるで発情した雌犬のようだったもの。油断していたら徹が襲われてしまうわ」
「……め、雌犬って。ちょっと大袈裟じゃない? さすがにそんなことは」
「いいえ、遠からずそうなるわ。その前になんとかしないと」
俺の言葉に聞く耳を持たず、校門をくぐり、帰路に就いても彼女は隣で俯きながら何やらブツブツと呟いている。
「そういえば、壬生さんの家ってこっちの方なの?」
「いいえ? 反対方向よ?」
「え、じゃあどうしてこっちに?」
「徹と一緒にいたいからに決まっているじゃない」
なんでそんな当たり前のことを聞くのか、とでも言いたげな顔でこちらを見つめる彼女は、すぐにハッとしたように目を丸くした。
「もしかして、徹は私と一緒にいたくないのかしら?」
悲しそうに眉尻が下がり、しっぽがあったならしゅんと垂れ下がっている子犬のようになってしまった。
「そんなことないよ。ただ、女の子を帰り道に一人にするわけには行かないからちょっと困ったなって」
「あら、心配してくれているのね。嬉しいわ。けれど大丈夫よ、父が迎えに来てくれるもの」
自分の勘違いだとわかるとすぐさま調子を取り戻す彼女が、単純で可愛らしいと思ってしまう。
迎えに来てもらえるのは安心ではあるけれど、俺としては少し複雑な気持ちだ。状況だけを見ると、女の子に送られた挙句、相手の親にわざわざ遠い距離を迎えに来させるなんて壬生さんのお父さんからの印象は下がること間違いない。
「そうは言ってもなあ。とりあえず学校に戻ろうか。お父さんが迎えに来るまで一緒にいるから」
「徹が言うならそうしましょう。それに、私も父に紹介したいわ」
それは友人として、でいいのだろうか。ここでついて行った場合に卒業後の進路まで決まってしまうようなことにならなければいいのだが。
「急に挨拶なんてして大丈夫なの?」
「ええ。何も問題ないわ」
確信を持って断言する壬生さんだが、その自身はどこから来るのだろうか。ひとまず問題ないということだけ覚えて、俺は考えることを放棄した。
◇
学校に戻ってくると部活終わりの生徒たちが下校し始めた頃合だった。
「あれ? 壬生さんたちまだ帰ってなかったの?」
遠目からいち早くこちらに気が付いて声をかけてきたのは練習着と制服を組み合わせたやや珍妙な格好をした坂本さんだった。
「お疲れさま。壬生さんの迎えが来るまで待ってるんだよ」
「そうなんだー。壬生さん、もう少しで彰も来るからそれまで私も一緒していいかな?」
「ええ、大丈夫よ」
坂本さんは大丈夫なのか、内心少しひやひやしていたけれど、彼女は問題無いと判断したのだろう。
「坂本さんは彰と結構仲いいよね」
「今日はちょっと用事があっただけだし、たまたまだよー」
「一緒に帰るのもそうだけど、お昼とか普段からあんな感じなの?」
「え? 気になっちゃう? 恋話しちゃう?」
随分と乗り気だが、坂本さんは動揺することがないのだろうか。前の学校の知識でしかないけれど、俺の知っている思春期の高校生とは反応がだいぶ違った。
「坂本さんは進藤くんのこと好きなの?」
「うわー。直球だね壬生さん。ていうか優菜でいいよー! 私も琴葉って呼ばせてもらいたいし!」
「構わないわ。それで、どうなの?」
「うーん、今はまだ気を使わなくていい楽な友達、くらいかなー」
「そう、一応忠告しておくけれど、徹は駄目よ」
「あはは、わかってるよー。琴葉ってけっこう心配症だね」
「このくらい、当然よ」
そんな感じで恋話と言っていいのかわからない雑談に花を咲かせる二人を見守っていると、彰がやって来た。
「待たせたな。んでお二人さんは何してたんだ?」
「恋話、らしいよ?」
「らしいってなんだよ」
「あれがそうなのかちょっと自信なくてね」
到着した彰も一緒になって少し世間話をしていると、校門前に今朝も見た黒塗りの高級車が止まる。
「父が着いたみたいね」
「……おい、まじかよ」
彰が心底驚いたように呟いたので車に詳しいのかもしれない。
「やっぱり凄いのか?」
「細かいところはわからんが一番下のグレードでも家一件は建つぞ」
「まじでか」
「琴葉やっぱりすごすぎ」
運転席の窓を開けて何やら話をしていた壬生さんが、俺の方を向いて小さく手招きする。
「お呼びのようだぞ」
「うん、気が重い」
だからと言って拒否権などあるはずもなく、卸したての制服にはあるはずのない皺を伸ばす仕草をして壬生さんの元へ向かう。
「お父さん、彼が一 徹君よ」
そう言って窓から覗かせたのは、白髪混じりの髪をオールバックに纏めている中々強面な男性だった。
「……そうか、彼が」
意味深な言い回しに壬生さんがどう説明したのかとても気になる。
「ご挨拶が遅れました。一 徹です。今朝はありがとうございました」
「ああ、あのくらい気にしなくていい」
正直怖いと思っていたが、話し方からなんとなく親子なんだなとわかってしまうと途端に緊張がほぐれた。
「じゃあ、徹。また明日会いましょう」
「ああ、うん。また明日ね」
そう言って壬生さんが後部座席に乗り込む。
「送っていかなくて平気かい?」
「あ、はい。クラスメイトと少し話もあるので、お気になさらず」
まだ彰達がいるのを確認して、なんとか口実に使わせてもらった。
「そうか、では気をつけて帰りなさい」
「はい、ありがとうございます」
壬生さんを乗せた車が角を曲がり、見えなくなるまで見送ると、ほっと息をついた。
「お疲れさん」
「ありがとう。ほんとに今日は疲れたよ」
「濃い一日だったもんねー」
他人事だからと坂本さんが笑いながら言う。
「じゃあ、俺はもう帰って休むことにするよ」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「今度こそまた明日〜」
手を振る二人に見送られながら一人、本日二度目の帰路に就く。たった一日とはいえ、ずっと隣にいた彼女がいないと少し寂しさを感じてしまう。
家に帰り、着替えて明日の準備を終わらせると夕食も取らずに早々に眠りについた。
こうして、俺の長い一日が終わった。
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