九話
2019/10/02
第九話を投稿致しました。
書いているうちに文字数が増えてしまい、まだ初日が終わらないです……
知らない子が話かけてきたが、確か今日は坂本さん曰く上級生はいないということなので、恐らく一年生のはずだ。
「はじめまして。一 徹です」
「堅いなあ、もっと楽にしていいのに。あたしはA組の峰藤 涼子、みんなから藤子って呼ばれてるわ」
茶髪の緩いパーマをかけたギャルっぽい印象の峰藤さんは、積極的に距離を詰めてくる。正直こういうタイプは苦手だが、初対面でいきなり邪険に扱うのも感じが悪いので当たり障りのない対応を心がける。
「よろしく、峰藤さん」
「えー、ほんとに堅いじゃん。藤子でいいのに」
そうは言われても、俺の後ろに控えた少女からつい先程忠告があったばかりだ。嫉妬深いと自称する彼女は見知らぬ女性と距離が近くなることを多分快く思わないだろう。
「ねえねえ、トオルくん。君、なんか凄いんだってね」
「峰藤さん、ちょっと近過ぎないかな」
言い方は悪いが峰藤さんは男慣れしているのだろうか。肌が接触しても全く気にした素振りはない。むしろ自分から触れてくるくらいだ。
「いいじゃないこのくらい。楽しみにしてたって言うのは本当よ? 優菜はよく知らないみたいだし、なんでもいいから凄いやつ? やって見せてよ」
「いや、俺は見学で」
峰藤さんは俺の話も聞かず腕を抱えるように掴み、ぐいぐいと強引に引っ張っていく。
「――徹から今すぐ離れなさい」
やはり彼女は我慢ならないようだが、それは当然だろう。何せ肝に銘じると言ったばかりで別の女性と腕を組んでいるのだから。
「あら、壬生さん、であってた? 気が付かな」
「聞いていたのかしら。色んな男の手垢が付いた汚い手で徹に触らないで。今すぐ離れなさい」
壬生さんの容赦ない言葉が峰藤さんの発言を遮る。
「ちょっとそんな言い方ないんじゃない? てかあんたトオルくんの何なのよ」
「何だっていいでしょう。徹が困っているから離れてちょうだい」
「そんなことないよねー。ねぇトオルくん?」
壬生さんの刺々しい視線が峰藤さんに掴まれた俺の腕を見つめる。しかし、峰藤さんはそんなことを全く気にも留めず、一向に離す気配がない。
「はいはい、なにやってんの! 藤子は離れてー」
「えー、もう少しいいじゃない。優菜と壬生さんは同じクラスなんだからいつでも会えるでしょう? 私だってお近付きになりたいのに」
「峰藤、徹がマジで困ってるから辞めてやれ」
「もー進藤までそんなこと言う。それじゃああたしが悪者みたいじゃない」
彰が全員に休憩を指示してから止めに来てくれた。二人のおかげで渋々といった様子だが、ようやく腕を解放される。
「ありがとう、助かったよ二人とも」
「気にすんな。それより、なんかお前ちょっとした有名人になってるらしいから気をつけろよ」
「え、なにそれ」
「なんかねー。あの壬生さんが身も心も許した男って言う噂聞いたよー」
なんだそれ。例え噂とはいえ悪意がありすぎる。確かに好意は持ってくれているみたいだけど、それでは壬生さんも困るだろう。
そう思って壬生さんを見るが、思っていた反応とは幾分違った。
「そんな、身も心もだなんて。もちろん徹が望むなら……だけど、早すぎないかしら」
気のせいか本人的にはむしろ嬉しそうな、喜んでいるように見える。林檎のように真っ赤になった頬を両手で包み、もじもじと悶えていた。
「み、壬生さんも、こんな顔するんだね」
「あはは、むしろ満更でもないみたいだねー」
「ていうか、あたしはダメで優菜とかあのメガネの地味な子はいいの?」
想定外の反応とはいえ、一応収束仕掛けていたところを蒸し返すのは正直やめて欲しい。峰藤さんが未だに納得行かない様子で壬生さんを煽る。
「坂本さんはわからないけれど、恵はそんなことしない。貴女と一緒にしないでくれる?」
「そんなのわかんないじゃん? もしかしたらメグミちゃん? もトオルくんのこと好きになっちゃうかもしれないし」
いや、それは無いと思う。どちらかと言うと委員長には避けられているようだし、いくらなんでもそういう関係にはならないだろう。
「あの子は私が徹の事を想っていることを知っているもの。親友の恋路を邪魔するなんてそんなことあるはずがないわ」
ムキになって言い返しているため本人は気づいていないのかもしれないけれど、恋路とはっきり言い切ってしまっていいんだろうか。
「ちょっと壬生さーん。私もそんな事しませんよー」
「そう思うならもっと近くで言ってやれ」
「それは無理かも。壬生さんちょっと怖いし」
遠巻きに坂本さんが講義の声を上げるが、険悪な雰囲気を漂わせる二人を止められそうにない。
「なあ、徹はなんとかできないか?」
「うーん。できないこともない、と思う」
「じゃあ頼むわ。このままだと練習戻れねえ」
他の部員たちはこちらを気にはしているが、近づいてくる様子はなく、自主練習や雑談をしているようだ。確かにこのままでは練習の邪魔をしに来ただけになってしまう。
そういえば、今日一日壬生さんを傍で見ていて、ひとつ試してみたいことがあった。
これが上手くいけば彼女の嫉妬深さ故の暴走を止めることが出来るだろう。だけどこれには一つ問題がある。
「ねえ、壬生さん」
「徹、この女は有害よ。貴方に近づけるわけにはいけないわ」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
そう言ってぽんと頭に手を載せ、そのまま優しく撫でる。
「……徹、この手は何かしら?」
「いや、機嫌悪そうだったからさ。頭撫でられるの好きそうだったし」
「機嫌が悪い訳では無いわ。ただこの女が気に入らないだけよ」
「そんな言い方したらダメだよ」
「徹は私よりこの女の肩を持つの?」
「壬生さん、頭撫でられるの好きそうって言うのは否定しなかったね」
「は、話を逸らさないでちょうだい」
「そっか、じゃあやめ」
「やめて欲しいとは言っていないわ」
撫でるのを止めて手下ろそうとしたところを食い気味に否定される。
「じゃあほら、練習の邪魔になるからもうおしまいにしよう」
「仕方ないわね。徹に免じて不毛な争いは終わりにしましょう。……この場では」
納得はしていないようだが、ひとまず引き下がってはくれたようだ。
「うわー徹くんイケメンだ。なんかきゅんきゅんするねえ」
「俺は口ん中が甘ったるいわ」
「あたしただのかませ犬じゃない」
そんなことを言っている外野は気に留めずに、存分に撫でられている少女につい苦笑いをしてしまう。
「あー、んじゃ練習再開するかあ」
「そだね。徹くんもボール適当に触ってていいからね」
彼らの言葉に頷きを返すが、壬生さんがある程度満足するまではここを離れられそうにない。これが俺の見つけた壬生さんを宥める方法の、唯一の問題だった。
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