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聖杯とヴァンパイア

アシュリー、珍しい魔物とあう。

ちょっと横着しようとしたら、割とやばいことに手を突っ込んだアシュリー。

割と軽率にやらかすアシュリー。反省するけどきっとまたやるに決まっている。



 聖杯とヴァンパイア



 5年ぶりの再会を果たした兄をボッコボコにしたアシュリーは、アンニュイのままメリーにまたがっていた。

 その周囲には、夥しい数のオークがいる。

 ついでに、全部絶命している。地に伏していた。あるものは首が跳ね飛ばされ、あるものは頭をかち割られ、あるものは腰から下が切り飛ばされていた。

 最近Dランクに上がり、ちゃくちゃくと受けられるクエストを増やしているアシュリー。このオーク退治も一環だ。

 オークの良いところは、ボアと同じく全身が素材として売り払える。皮はあまり使えないが、食用として肉体の大部分が利用されるのだ。また一部の好事家には脳や内臓、睾丸なども珍味や漢方的な意味で重宝されている。

 そして、何よりいいのは個体撃破の討伐報償の割合が、ボアより跳ね上がることだ。

 確かに強くはあるし、ボア――猪より知能もある。だが、油断しなければけしてアシュリーの敵ではない。

 投石の遠距離攻撃で相手をかく乱しながら、メリーで縦横無尽にかけ回る。そうすれば群れであろうと恐れるに足らないものだ。スタンピードであれば話は別だが。


(うーん、都会というか街に出たものの変わらないな。いや、勿論お金はかせげるようになったよ? でもなんつーか、マンネリ化してきたよーな)


 順調にランクも上がっているし、順風満帆と云えるだろう。

 ギルドの受付嬢であるララァも「10歳でこの速さはすごいわ!」と絶賛していた。

 あと六年後に『魔法の様に恋して』物語は始まる。すでに、攻略対象と云える面々は現実に生きているのだろう。全く関わり合いないが。


「いいのかなぁ・・・このままで」


 目標にシャカリキに燃え上がる情熱はないが、このままでいいのかなという燻りはずっとあった。

 自分は認めたくなくとも、この世界のアシュリー・ゴーランド。

 まだゲームの時期はやってきてないからか、特に世界からの強制力もない。

 アシュリーは好き好んで貴族の修羅場にも、御家騒動にも突っ込みたくないし、魔王討伐と国家転覆断罪処刑ざまぁ劇場下克上なんて望んではいない。

 貴族の第一夫人、聖女様、王妃様と敬われたいわけではない。

 だが、自分の生活基盤に魔王というクソチートの影がささったら非常に迷惑だと思う。


「よし、せめて奴の足を危険じゃない程度に全力で引っ張ろう」


 ちょうどこの町ではアシュリー最愛の相棒メリーに不届きな思いを持つ奴もいることだ。

 そもそもアシュリーは冒険者だし、多少町を離れても不自然じゃない。

 ついでにマジックバッグをみつけられたら最高だ。


(うーん、確か魔王を封印した聖杯とやらがあって、それに闇の魔力を長年集めて魔王復活ってのがあったわね。

 たしか聖杯だけでも魔王は復活できるけど、適性の高い人間の体があるともっと安定するからどこぞの天才魔術師さんやら悪役令嬢役の嫉妬メラメラな公爵息女やらが狙われたのよね。

 ルートによって魔王復活儀式があったりなかったり、そもそも触媒違ったりして・・・)


 やばい、やることめっちゃ多くない?

 つーか多すぎない? この世界、気軽に魔王量産できるもの多すぎない?

 アシュリーは今更ながらに気が付いた。

 そして最近この町で購入したノートを取り出す。田舎にはなかったものだ。そこには、たどたどしい日本語で『魔法の様に恋して』の知識をかいてある。

 だが、この10年ですっかりアシュリーの中で記憶は劣化してしまった。しかたがないのだ、10年は長いのだ。


(たしかそれ、悪魔崇拝者の貴族がもってたんだっけ? んで、たしかどっかの廃墟みたいなお城で変な儀式を毎年してたんだっけ?)


 魔力を長年ため込んで、一族が連綿と受け継ぎ幾星霜。世紀を超えて、その当主に至っては十数年越しの悲願だった。

 なんかドイツっぽいような牛のような、なんとかシュタイン城という名前だった気がする。日本語カンペノートをぺらぺらめくると、ホルシュタイン城とあった。

 宿屋のおじさんに「知ってる?」と聞いたら「北の森にある廃墟みたいなのじゃないか?」とあっさり情報が出てきた。ついでにその周囲には美味しい果実の成っている群生地もあるらしい。何それ、そっちの方が気になるわ~、とアシュリーは思わず身を乗り出して根掘り葉掘り聞いたら、おじさんもよくしゃべってくれた。

 宿屋のおじさんは毎日のように新鮮なお肉や果実や香草を提供してくるアシュリーは、とても良心的で可愛らしいお客だった。

 食費は浮くし、色々料理の幅が広がる。

 新鮮な食材が入れば当然料理も美味しくなり、ますます宿屋の評判が上がる。

 アシュリーはまさに宿屋に舞い降りたグルメ天使だったので、あっさりと特に考えることなく情報を与えた。

 おーい! 情報管理が超絶杜撰! アシュリーは突っ伏しかけた。

 良いのか、魔王。いっとくがやると決めたからには、忍び込んでやらせていただくぞ、老後のために。

 アシュリーは翌日メリーにまたがり、北のはずれの森にあるホルシュタイン城に行った。

 魔王の聖杯があるはずなので、悪魔やアンデット系の魔物が現れたら嫌だな、と思い念のため教会でお布施をばらまいて聖水を買い込んだ。鑑定したら、ちゃんと本物だった。

 アシュリーは命大事に、の人間なので、そのためにはお金を惜しまない守銭奴なのだ。

 やってきたホルシュタイン城は、まさに廃墟だった。

 ツタが蔓延り、城の半分近くが緑に覆われて擬態状態だ。

 ヒトの気配はない。久しく門も開いていないようだが、何せレトロを通り越して、劣化の激しい古城である。ロープを使って入り込み、門を開けてメリーもご招待。

 一応再度外からも声をかけたが、やはり一切人の気配はない。

 のそのそとでかめのスライムが「やあ」といわんばかりに顔を出してきたときは、ひっつかんで叩きつけて瞬殺した。雑魚よ、お前に構っている暇はないのだ。

 うろうろしていると、礼拝堂をみつけた。

 スチルで見たことのあるものだ。確か、ここの祭壇に聖杯はあったはず。


(そんな都合よくあるはず・・・あったよ! 隠せよ! 悲願の籠ったお宝なんだろうがよおおお!!?)


 乙女ゲームの仕様なのか、それとも悪魔崇拝者たちは相当自信過剰なのか、うっかりさんなのかは知りはしない。

 だが、探すことなく聖杯らしきものが祭壇のど真ん中に鎮座している。

 アシュリーはメリーとともに近づき、その聖杯を見る。

 普通より豪華なコップにしか見えない。過去の記憶にある、スポーツの優勝カップより小さいものだった。

 静かで薄暗い祭壇に置かれ、うっすらと危うげに輝いている。金色のまろやかなラインを、ステンドグラスからさす光が浮き上がらせている。


「メリー、これ壊す?」


「め?」


 覗き込んだそれは中に何も入っていない。

 ちょっと木の枝で突いて動かしても、手に取ってみても特に変な気配はしない。

 きんきらなそれは、とても高価そうに鎮座している。


「純金製なら叩き潰して質屋に売り飛ばそうかしら。それなら足もつかずオールオッケーじゃない?」


「めえ!」


「そしたら美味しいご飯食べに行こうか? というか、適当に礼拝堂で火を起こして焼き払っちゃえばばれないわよね! 燃えたと思うし! こーんな人里から離れた場所なら、火を消しに来る人だってなかなかこれないわ!」


「んめ~!」


「あ、でもばれたら困るわね。宿屋のおじさんから足がついたらどうしよう・・・」


 敵に容赦なし、アシュリー・ゴーランド。慈悲などない。

 そして自分が前科者にはなりたくない姑息さも持ち合わせている。

 相棒メリーに物騒な相談をしながら、外見ばかりは妖精もかくやの可憐な少女は小首をかしげた。


「とりあえず、これ聖水で洗っちゃおうか。気休めだけど」


 外に出て、木漏れ日の中で聖杯に聖水を注ぐ。

 すると、蒸発するような音がして聖水が注がれた傍から墨汁の様に濁っていく。

 ごぽごぽと泡立ちながら凄い速さで蒸発し、聖水はどんどん消えていく。

 やはりこの金のゴブレットは呪われていた。流石魔王召喚の触媒である。舌打ちが漏れるアシュリー。


「え? うっわやっぱりマジモンかよ。めんどくさっ!!!」


「めえ・・・・」


 アシュリーとメリーは魔王ゆかりの聖杯の、霊験あらたかな聖水の拒否っぷりに声を上げた。その様子に純粋に引いた。

 厄介ごとの気配がぷんぷん漂っている。夏場に三日放置した生ごみごとき、厄介ごとの匂いだ。

 ポーションを入れるような小瓶が数本あったが、あっという間になくなる。聖水が足りない。

 そういえば、本編ではアシュリーの聖女の力により浄化していた気がする。

 だが、現在アシュリーにはその聖女の力の片鱗すらない。

 今更ながら気づく事実。


「えーっ! なにこれ! 超危険なもん拾っちゃったってこと?

 クッソムカつくわ! ガッテムすぎるわ! 腹いせにこの屋敷をまとめてガサいれして、金目のものを奪ってやろうかしら! ・・・っていくら悪者のお家だからって、犯罪かしら」


 困った。非常に困ったぞ。アシュリーの知り合いに聖職者なんていない。

 この聖水だって、そもそも教会から購入したのだ。ホルシュタインの森は、稀に吸血鬼やドレインバットという吸血蝙蝠がでるからである。

 聖水そのもの魔物除け効果もあるが、特に悪魔系や不死系の魔物には強い効果がある。

 聖水を振りかけると奴らは逃げるそうだ。倒せるかどうかは、その吸血鬼の強さによりかわる。普通のヴァンパイアならまだしも、ハイヴァンパイアやヴァンパイアロードなどは効かないらしい。

 しかし、そんな上級魔族など早々出てこない。そもそもホイホイ出てきてもらったら困る。


「くっそー・・・空振りかあ・・・そう上手くはいかないわね・・・そうね、そうよねー」


 一人で打ちひしがれ納得しているアシュリー。

 めえめえとメリーが慰めようとするが、思ったよりアシュリーのがっかりは深かった。


「うーっ! ううー! 悔しいよー! 確かに行きあたりばったりだったけど・・・っ!!」


 悔しい、と手をばたつかせて苛立ちを表現するアシュリー。だんだんメリーも呆れたものを見る表情となってきた。

 横着しようとするアシュリーが悪いのだが、事前回避できれば当然いいに決まっている。誰だって、万全の魔王と対峙なんてしたくない。アシュリーは地団太を踏んだ。

 その時、メリーがざっと蹄を翻し、いつでも突進できるように上半身をやや下げて庭の奥を睨みつけた。


「メリー・・・?」


「おや、驚いた。こんな可愛らしいお客さんとは」


 梢が薫る風と共に降ってきたのは、柔らかな美声。

 アシュリーが顔を上げて、警戒するメリーを見る。そして、メリーの威嚇する方向に居たのはほっそりとした人陰だった。

 白銀の髪を風に揺らした、真紅の瞳を持った青年だった。白皙の美貌はアシュリーが今まで見てきた誰よりも美しい。作り物の様に精巧で端正で、人間味を感じないものだった。

 美しすぎるその顔立ちは女性とも男性とも分からないが、その声の低さが、そしてそのほっそりとしながらも高い背丈や長い手足が男性だとしらしめる。

 鬱蒼とした森に囲まれたホルシュタイン城は涼しい。だが、それを差し置いて、涼しさを超えた冷気。怖気に近い何かがする。

 木陰からゆったりとした足取りで近づいてくる。

 白いシャツに黒のシンプルなベストとスラックス。黒の革靴。

 白銀の睫毛に縁どられた、鮮血のように赤い瞳がアシュリーをまっすぐとらえ、ゆるりと細められた。その珍しい光彩が、一段と鮮やかにきらめいた気がした。


「お嬢さん、こんなところでなにをしているのかな?」


「あ・・・えっと・・・」


 その瞳を見た瞬間、アシュリーの中で今までにない感覚が駆け巡る。

 それは全身に広がり、びりびりと痺れるようにアシュリーの心身を震わせた。落ち着けることも、拭い去ることもできず吹き荒れたその感覚は嵐のようだ。

 青年から目が離せない。視線がどうしてもいってしまうのだ。意識が、感情が、全力で叫んでいる。

 アシュリーは自分の中に、これほどに強い感情があるなんて知らなかった。

 どちらかと云えば淡白で冷静で、乾いた人間だと思っていた。

 なのに――


「うん?」


 どうしたの、と云わんばかりに笑みを浮かべ、アシュリーの言葉を促す彼。

 その仕草が、声音が、雰囲気が、存在が――すべてがアシュリーの心を弄ぶ。

 ああ、なんてこと!

 アシュリーはその感情を止めることができない。

 どうしようもないのだ。どうしようもなく、アシュリーは一目見た瞬間から彼のことを――


「すみません、よくわからないけど貴方のこと凄いムカつくの。

 そこで生きて立って笑っているっていうだけで顔面崩れるくらいぶん殴りたい衝動が止まらないの? 存在だけではらわたが煮えくり返りそう・・・こんな感情初めて・・・なんで? なぜなの? 泥棒クソ兄貴よりも強い怒りの破壊衝動がとまらないのよ・・・っ!

 わたしの本能とパッションが貴様をいたぶり尽くして、心を根元から圧し折って這いつくばらせろといっているの・・・っ」


「・・・・・・・・・・え?」


 銀髪の麗人、その優美な笑みが固まった。

 アシュリーは当惑するように、しかし言葉を重ねるにつれて懊悩と恥じらいを入り混じらせた。その恥じらう顔は実に年頃の少女らしいいじらしくも、可愛らしい限りだった。しかし、その言葉は極めて物騒だった。だがやがて決意したようにはっと顔を上げた。


「わかったわ! これが生理的に受つけないってことね! 早速ですが、そのご自慢っぽい顔面をお殴りしてもよろしいかしら!?」


「待って待って待って! え? 俺の魅了が効かないの!? 女の子だよね!? 外見もそうだけど、匂いも女の子だし、処女だよね!?」


 激しい動揺と恐怖を入り混じらせた白銀の麗人。なにげに自分の能力を漏らしているが、それ以上のアシュリーの気に障ったのが後半の言葉だった。

 唾棄すべき悪と遭遇したように、その幼い顔立ちを嫌悪にゆがめた。


「死ねよ。マジ気持ち悪い男だわ。最低極まりないわ。

うら若いレディに向かって男性経験の有無を聞くなんて、モテそうなのはその顔面偏差値だけ? しかも匂いとかで分かるとか、完全なる変質者じゃない・・・っ!」



「やめて! 手を振りかぶらないで! 俺は非戦闘タイプのヴァンパイアなの! 俺の唯一にして絶対の魔眼が効かないとかなんなの!? いっとくけど俺の魅了は上級魔族にだって効くんだから! ほら、俺の目を見て! ね? 俺のこと好きにならない!?」


「ならねーよ! タコ! この日照不足の割りばしみたいにひょろっちいのに誰が惚れるか! 妄言はじゅうぶんよ! 一昨日きやがれ青二才が!

キモイ妄言より謝罪が先でしょ!? このナルシスト!! つーか日中にヴァンパイアとかきーたことないわ! 普通夜行性でしょ!?」


「へぶぅっ!」


繊細な美貌を躊躇いもなくぶん殴るアシュリー。避けるどころか受け身を取ることすらできず、派手に吹っ飛ばされる銀髪の青年。放物線をえがいて、軽やかに、鮮血をまき散らしながら、そしてその容貌を崩壊させて墜落していく。

ぺちょん、と吹っ飛ばされた先に一匹の白い蝙蝠が落ちた。

アシュリーは生理的に嫌いな人間もとい吸血鬼に力いっぱい渾身の一撃を浴びせ、すっきり爽快と晴れやかな笑みを浮かべる。だが、5秒くらいして気づいた。

あ、殴っちゃった――とその拳を眺める。 


「・・・え、こんなしょぼいのが本当にヴァンパイアなの?」


「め、めええ?」


 とりあえず、簀巻きにしてギルドまで運ぶことにした。









「ララァさーん」


「おかえりなさい、アシュリーちゃん。あら? ちょっと遠くに行くっていってなかったかしら?」


 聞き覚えのある、鈴のような可憐な声に思わず笑みを浮かべて顔を上げるララァ。

 思った通りの人物が手を振りながら、カウンターの方へやってきている。

 アシュリーは実兄と少し前にいざこざがあり、すこし落ち込んでいたが、すっかり持ち直したようで安心する。

 やっぱりかわいい子は笑顔が一番だわ、とララァも明るく対応する。


「うん、たった今戻ってきたの。それで、珍しい魔物を捕まえたから売れるか聞きたくって」


「珍しい魔物? ペット用の魔物かしら? 色違いのソニックモンキーとか? それとも柄の変わったピヨリンとか?」


「ううん、ヴァンパイア。人の姿だとかなりの美形なんだけど、わたしは生理的に受け付けないとんだドチャクソにデリカシーのない変態野郎よ」


「・・・・・・・・・・は?」


「とりあず一発ぶったら、蝙蝠になったから縛って持ってきたの」


「だれかあああ! 聖職者呼んできてええええ!」


「何度か逃げようとして霧っぽくなったり小さな蝙蝠になろうとしたから、何度か叩きつけたら、けっこうボロボロになったけどちゃんと生きてるはずよ」


 野菜でも持ち上げるように、ぐったりした蝙蝠を持ち上げたアシュリー。

 この変態蝙蝠は往生際が悪く、メリーで移動中に脱走しようとしたのだ。アシュリーも負けじとまだつかんでいた部分を振りかぶった。そして叩きつける。思いっきり地面に、だ。原始的な物理攻撃でなんども攻撃したわけであるが、幸いよく効いた。

 ララァが応援をよんでいる間にも目が覚め、蠢き始めたので2回ほどギルドの木製の床に叩きつけた。びたん、びたんと容赦なく古びた床と口づけをさせられたヴァンパイアは「酷い、酷いよぉ・・・」と涙声ですすり泣いていたが、それすらアシュリーの気に障ったのか、今度はカウンターの角に叩きつけられていた。害虫扱いである。漸く静かになった

 余程そのヴァンパイアが嫌いなのか、アシュリーの顔は始終嫌悪に歪んでいた。

 冒険者Aは震えあがる。やはり俺の勘は間違っていなかった。アシュリーちゃんは敵に回してはいけない人種だ、とそれを目撃していた冒険者たちはその光景を目に焼き付けた。やや強制的に。

 アシュリーは無事にセクハラヴァンパイアを引き渡し、いい仕事をしたと満足げだった。

 だが、襤褸雑巾のほうがまだマシレベルの風体を晒すヴァンパイアに、引き取りに来た教会関係者は引きつっている。

 ついでに曰く付き聖杯も引き取ってもらえるかな、と思っていると聖職者らしい中年男性につかまった。

 ギルドの奥にある応接室に案内され、二対一で尋問ムードである。


「あの、お嬢さん・・・どこで、どうやってこのヴァンパイアを捕まえたんですか?」


「今日、ホルシュタインのお城で、おトイレ借りようと忍び込んだ先で襲い掛かられたので張り倒しました」


 おトイレうんぬんは嘘だが、少女が野で用を足したくないという気持ちは理解されるだろうと言い訳を付けた。メリーで移動中に考えた言い訳だ。

 張り倒す、という言葉にエイザムさんは顔をひきつらせた。だって、気持ち悪かったのだから仕方のないことだ。どうしてもあの自称ヴァンパイアの存在が受け付けなかったのだ。


「あの周囲には稀にそういった危険な魔物が出ると噂はあったはずですよね? なぜあのようなところに?」


「あそこのお城の近くに滅茶苦茶美味しいリンゴがあるって聞いて、騎乗獣もいるから逃げ切れると思って近づいてしまいました」


 これも嘘ではない黄金のリンゴと呼ばれる、黄色い甘い蜜をためたリンゴがあると宿屋のおじさんが云っていたのだ。

 残念ながら、帰り道の途中にメリーと食べきってしまったので、もう手元にはない。


「そういえば、途中こんなものを拾ったのですが」


「これは? ゴブレット? 強い魔力を感じるが・・・・」


「あのヴァンパイアと応戦してるとき、たまたま聖水がそれにあたったのですけど、なんだか非常に汚らわしい色に変色したのです。

 これは呪いの品なのではないかと思って、誰かに伝えなければと持ち帰ってしまったのです」


 がんばれ、アシュリー! 正念場だ! 叩き壊して、あわよくば売り飛ばそうと手に取ったなんてばれたら説教じゃすまされないぞ。アシュリーは己を奮い立たせながら、さも恐ろしい目にあったように目を伏せた。小さな手を口元にやり、不安げに大きな金の瞳を揺らした。

 嘘にほんの少しの真実を混ぜると、リアリティは格段に上がる。

 アシュリーは女優になった。


「では、あのヴァンパイアと関連があるかもしれないのでこちらで預かろう。

・・・可哀想に、恐ろしい目にあったんだね。君は若い女性だから、それに惹かれ、日中なのにあのヴァンパイアが現れたのかもしれない」


「そうしていただけると、わたしも安心です。よろしくお願いいたしますね」


 ほっとしたように可憐な笑みを浮かべるアシュリー。

 その腹の内が「とっとと帰りたい。ご飯食べたい」とやさぐれているなど、アシュリー以外知らぬことだ。

 アシュリーは自分の容姿を理解していた。知らない相手なら、か弱い少女だと思うような顔だということを。

 そんなアシュリーの猫かぶりを最後まで看破することのできなかった、善人エイザムは勇気づけるようにアシュリーに笑みを返した。



 ――称号『女優』を取得した。

 ――スキル『演技:C』を取得した。

 ――スキル『魅了耐性:A』を取得した。


 アシュリーの目は死んだ。

 いらんて、そんなん。


コメント、評価、御観想ありがとうございます。誤字等ありましたら教えていただければ幸いです。

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