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五年目の清算

あらすじ

乙女ゲームに転生したけど、恋愛する気全くなし。

田舎から出て、ギルドに登録して冒険者になったアシュリー。少しずつ慣れてきた矢先、事件が・・・?


評価やブクマありがとうございます。

誤字修正等は都度行っております。


 五年目の清算



 ザルツの町の近くには初心者向けのダンジョンがあるらしい。

 ギルドの受付嬢ことララァが教えてくれた。

 ララァはベテランの受付嬢で、物知りだ。ギルドのことはもちろん、ザルツのことも、冒険者のことも色々知っている情報通だ。

 最近田舎からひょっこり上京してきた、駆け出し冒険者のアシュリーをことのほか目を掛けている。

 その理由の一つが、大変可愛らしいアシュリーの容姿にメロメロという実にわかり易い理由である。

 ララァは無類の可愛いもの好きだった。

 子犬に子猫、小物にアクセサリー、花や子供――美少女もバリバリ範疇に入っていた。

 アシュリーは10歳の少女だった。

 けぶるようなストロベリーブロンドのふわふわな髪は肩口あたりで切りそろえられ、小さな顔にバランスよく配置された金色の大きく円らな瞳、柔らかなラインを描く繊細な眉と同じ色の長い睫毛は無加工にも関わらずくるんと反り返っている。ほのかに色づいた唇は小さくぷるんとしていた。首も肩も四肢も――何から何まで華奢で、だが少女らしい線を描いている。

 これでフリルやレース、モスリンなどをたっぷり使ったシルクのドレスでも纏わせればどこぞの令嬢と間違えそうなほど可憐だった。

 パステルや真っ白なドレスも似合いそうだが花柄も似合いそうだ。

 正統派のAラインドレス、レトロなエンパイアドレス、豪奢なプリンセスラインだって似合いそうだった。

 だが、悲しいかなララァは知っていた。

 そんなこと云ってもアシュリーに怪訝そうな顔をされるだけだと。

 この見てくれは極上に愛らしい少女は、なかなかに世間を斜めに見ている。

 年齢不相応に現実主義者で保守的なのだ。夢より金を追い求めるタイプで、なかなか人を信用しない子だった。








 アシュリーは考えていた。

 ダンジョン攻略、すべきか。

 流石ファンタジーの世界『魔法の様に恋して』の舞台だけあって、モンスターもいればダンジョンもある。

 そして、ザルツの付近にも初心者用のダンジョンがあった。所謂チュートリアル仕様というものだ。

 恋愛シミュレーションをメインにしていたので、それほどバトルやダンジョンに対して深い掘り下げはなかった。しかし、この『まほ恋』は様々な分岐作品の一つであり、中には正統派RPG要素のあるものもあったし、オンラインゲーム派生やスマホアプリ仕様もあった。

 アシュリー的には便利なものは欲しいが、別作品の危ないイベントには首を突っ込みたくない。ちょっとずつ世界観がかすっているのがファン心理をくすぐり購買意欲を上げていたが、現在その世界にぶん投げられている身としては、流しイベントに巻き沿い喰らって大火傷は断固拒否だ。

 ララァには『大丈夫よ』と笑顔で押されたが、どうも踏ん切りがつかない。

 だが、ダンジョンはその場所限定のドロップアイテムもごろごろしているし、基本魔物が多いため素材を狩るにはうってつけ。レベル上げにもうってつけ。

 どうも元がチキンハートなせいもあり、新しいものは躊躇ってしまう。

 原作から逃げたいが、恩恵には預かりたいせこい心理だ。

 そもそも、アシュリーの欲しいマジックバッグや金目のドロップアイテムは基本、ダンジョンから入手できるものが多い。

 初心者用のダンジョンは採掘し尽くされ、取れるものなど微々たるものだが、今後のためには避けて通れないかもしれないダンジョン探索。

 やっていて損はない――はず。


「・・・まあ、気は乗らないけどいってみるか」


 最近はザルツ周辺の採取や、低レベルの魔物退治ならこなせるようになってきた。

 初心者用であれば、薬草やポーションを持っていけば、それほど困ることはないだろう。

 ララァから必需品を聞いて、手持ちの資金と相談して揃えられるか考えてみよう。

 アシュリーはがめついがギャンブルはしない主義だ。

 だからこそ、ララァはアシュリーにダンジョン攻略を勧めたのだが、アシュリーの知るところではない。

 アシュリーは大きめのリュックを新調し、鋭利なナイフと、ショートソードを購入した、

 鉈は現在歯がつぶれているので、金物屋で研ぎにだすことにした。

 そこではドワーフのおっさんがいた。浅黒い肌に、ずんぐりむっくりの髭面。まさにTHEドワーフだった。

 ドワーフと云えば、鍛冶の名人の種族として有名である、このあたりの国々はそれほど激しい種族差別がないので、彼らも少数ではあるが町中に住んでいる。

 ぶしつけなほど刺さるアシュリーの視線に少し苦々しげな表情をしたドワーフ。


「なんだい、お嬢ちゃん。ドワーフが珍しいのかい?」


「初めて見ました。それより気になることがありまして、ここって、鉱石とか材料を提供したら割引になるサービスとかあります?」


「うーん、あんまりしちゃいねーが、玉鋼に鉄鉱石や魔鉱石、魔石、ミスリル銀・・・まあ使えるもん持ってくれりゃあ、考えるぜ」


「ついでに爪切りとか、鎌とか裁ち鋏とか、武具以外も依頼できますか?」


「別料金でやってるぜ。金額はものによるな」


「わかりました。まだ駆け出しなので、資金に不安があるので考え中です。

 相談は無料ですか? 色々とお聞きしたいです」


「相談までならタダでいいが・・・俺はドワーフだ。商品依頼はきっちり受けるが、高くつくぞ?」


「口の上手い人間にバッタモンを掴まされるよりずっといいです」


 ドワーフによっては武器しか作らないという頑固一徹なタイプもいるが、アシュリーの話を持ちかけたドワーフのグスタフは職人肌ではあったが、その作品を武器だけとこだわらないタイプであった。

 そして、アシュリーの上手い話に乗るより着実に良品を選びたがる様子に、内心気分を良くしていた。

 ドワーフは多少なりとも偏見の目で見られる。職人気質が多いせいか、あまり商売事は巧くないのだ。

 エルフのような可憐な少女が、ドワーフを騙すとは思えない。ましてやまだ子供の領域である年齢だ。

 どうしようかな、と迷いながら思案し、小首をかしげる姿は大層愛らしかった。そういえば、冒険者ギルドにいる受付嬢なんかが大好きそうだな、とグスタフは思った。実にその通りである。そんなグスタフも、安い粗悪品に簡単に飛びついて、その場しのぎを考えず、かといって職人のものを買い叩こうとしないアシュリーの姿勢は好ましかった。

 自分に手の届くなかでも、良いものを手に入れたいと真剣に悩む姿は応援したくなるものだ。

 そのときだ、トコトコと蹄の音を立ててやってきたのは一見真ん丸に見えるくらいふんわりもっこもこの何か。


「んめえ」


「あら、メリー」


「めえ、めえー」


「うん、メリーの毛刈り鋏もちゃんと頼むつもりよ」


「・・・・それ、お嬢ちゃんの羊か?」


「はい。相棒のメリー号です」


「そいつの毛、卸せるか? 今の毛を全部くれるっつーなら、その毛狩り鋏を作ってやってもいいぜ」


 アシュリーはにこっと笑った。

 愛らしい顔立ちがますます魅力的なものとなる。

 こりゃあ将来モテるだろうな、とグスタフは思った。


「メリーの毛、魔羊でもレアカラーなのよ?」


「そりゃ、その毛をみりゃ染色じゃねーことはわかる。最近、この町でその色の魔羊のショールやセーターが人気だってカミさんがいっててよ・・・最近じゃお貴族様御用達で俺らに手は出せねーが、その毛糸からつくりゃあ何とかなるからな。

 最近じゃ、王都から買い求めに来る客もいるって話だから、ますます遠のいちまって」


「あらあら、まあまあ! メリーの毛はとても綺麗なピンク色だものね。

 女性はきっと好きよね!」


 非常に愛らしい笑みだが、ぞくっとしたのはグスタフの気のせいではないだろう。

 だが、笑顔の後ろで般若がケルベロス状態で「ブルアアアアアアア」という雄たけびを上げている気がする。


「銀貨7枚」


「ん?」


「素材屋で、今くらいのメリーの毛を銀貨7枚って云われたの」


「はあああ!? 天然の魔羊のショールやケープどころかハンカチでも一枚で金貨の10や20はくだらねーぞ!?

 染色してないのは更に高いんだぞ!? これだけの毛があれば何枚、いや、何十枚作れると思ってんだ!?」


「変な色だからこれ以上高く買取できないって」


「そりゃあ・・・随分ぼられたな。銀貨じゃなくて最低金貨だろーよ。

 お嬢ちゃん、若い女の子だから足元みられたな。

 変な色じゃなくて、寧ろこんだけ発色がいいなら稀少色だろうよ」


「わたしが田舎から出たばかりというのもいけなかったかもしれないわ」


「カモられたな」


「ねえ、おじ様。わたしに、信用できそうな買い取り先、紹介してくださらない?

 もちろん、今のメリーの毛は差し上げます。追加で欲しければ融通もさせていただきます」


 うふふ、とどす黒い怒りを迸るアシュリー。

 おそらく買い叩いた素材屋を、二度とアシュリーは利用しないだろう。

 金の卵を産むガチョウならぬ、金貨を生む魔羊の持ち主の怒りを買ったのだ。そして、町で有名になり、王都に出荷しようと息巻いていた矢先にこの惨事。噂が本当ならば、それ以外に大きな商会も絡んでいる。おそらく、羊毛生産元の最大の元手たるアシュリーとの交渉は困難を極めるだろう。

 魔羊は比較的おとなしい魔物だが、群れを成す。その群れの突撃は、人間など軽々撥ね飛ばす。そして、その羊毛は基本くすんだ白である。あのような淡さと鮮やかさを両立させた薄紅色など見たことも、聞いたこともない。

 魔物には時折、色違いのものもいる。それは非常に希少である。それを収集するコレクターも貴族にはいるが、どれもこれも目が飛び出る金額だと聞く。


「でもいいのか? こんなに長くなった羊毛をもらっちまって」


「一日でこれくらい伸びるの。ある程度伸びると速度は落ちるんだけど、ほっとけばすぐ汚れるし絡まりやすくなるから、メリーの健康のためにも毎日刈るのがいいのよね」


「めえ!」


 そうだよ、といわんばかりのメリー。

 余程大事にされているのか、アシュリーから離れようとしない。

 グスタフは遠い目をした。毎日毎日アシュリーが相棒の毛をせっせと刈っていたからこそ、その素材屋と商人たちの商売はここまでスピーディに進んだのだろう。

 普通、魔羊の毛はそこまで早く伸びない。

 しかも、家畜としてではなく、相棒として大切にされているメリー号の毛並みは普通の魔羊よりよほどつやつやしている。

 小まめに刈られ、運動し、良い食べ物を与えられている証拠であった。


「ふう、ぼった今までの分を返せというのはむずかしいわね。それは諦めるしかないわ。

 ・・・できることなら、あの素材屋のクソそばかす野郎を裏路地に連れ込んで、血尿でるまで殴りたいくらいだわ」


 なんか可憐な美少女が女子としてあるまじきことを述べている気がする。人としてもちょっとアレな発言だ。

 アシュリーが物憂げにため息をつく姿を、グスタフは何とも言えない顔で眺めた。


「お嬢ちゃん」


「アシュリー。アシュリー・ゴーランドです」


「アシュリーちゃん、気を付けろよ。その魔羊を盗もうとする馬鹿が出てくるかもしれない」


「それは何度もあってるし、何度も憲兵さんに突き出しています」


「そ、そうかい」

 

「これからは何発かぶん殴って、雇い主がいるか吐かせてからのほうがいいかしら?

 いや、下っ端だとトカゲのしっぽの可能性もあるし」


「アシュリーのお嬢ちゃん、はやまるなよ!?」


「あ、これでもEランク冒険者ですから、普通の女の子より強いので大丈夫です。

 ただ、手加減するのがちょっと苦手なだけで」


「それ良くないよな!? つーか何度も盗みに来られてるってことは、場所われてるんじゃねーか!?」


「そ、それもそうだわ! 場所かえようかしら・・・でもあそこのご飯美味しいし、メリーもお気に入りなのに・・・」


 グスタフはアシュリーの手がなにかをぶん殴ろうとするようなムーブを続けていることが気になって仕方ない。

 先ほどの発言と云い、こんな将来のある女の子がゴロツキや強盗をうっかり張り倒して前科を負うことになったら可哀想である。

 普通なら正当防衛でも、もし商人や貴族が絡んでいて、金や権力を振りかざして庶民を陥れたりでもしたらアシュリーの抵抗手段はない。

 冒険者の田舎から出てきたばかりの子供に、伝手なんてあるはずもない。




 ドワーフのグスタフと別れた後、アシュリーは怒りで悶々としていた。

 素材屋許すまじ、と思いながらも親切なドワーフに感謝していた。

 買い叩かれないようにいくつかの店舗を回っていたが、それでも買い叩かれていたとは。


(うう・・っ、これが都会の世知辛さというものなの・・・

 でも、このままずっとあの宿屋に居たらおじさんたちにも迷惑かかるかも)


 流行に疎いアシュリーは、メリーの毛がそんなことになっていることなど知らなかった。

 まだこのザルツの町に来て長くない。漸く、少し腰を下ろし始めた程度である。

 いざこざを起こしたくないが、相棒メリーをむざむざと誰ともしれない人間に譲り渡すなんて絶対に嫌だった。

 だが、アシュリーは正真正銘田舎娘だ。

 貴族の知り合いなんて全くいないし、庇護してくれる権力者なんていない。実の親ですら微妙なのだ。


「メリー・・・どうしようか、ちょっと困っちゃったね」


「めえ!」


「この町、ギルドもお店もたくさんあるから、住みやすくはあるんだ。この周辺では治安もいい場所だから」


「めえ?」


「自分自身で自衛しなきゃなあ」


 うーん、とアシュリーは考えた。

 自分だけでなく、最愛のハニーことメリー号も絡んでいる、

 自分の地位向上とは何ぞや、と考える。

 アシュリーは田舎育ちの唯の冒険者。そんな人間がなにか権力を得る方法など、大衆に称賛されるようなことを起こさなければ難しい。金で爵位を買うという方法も、豪商などは行うこともあるが、アシュリーには夢のまた夢だ。


「とりあえず、ランク上げめざそっか!」


 大抵の冒険者がF~Dランクだ。己の才能の限界であったり、その日の生活に満足するだけであればいいとなると、そこでとまる。向上心があったり、才能があればC~Bランクまでいき、それこそ英雄と呼ばれて差し支えないような個にして軍のような戦力を持つ者たちがA~Sランクと云われる。

 Sランクなど、ほんの一握りだ。その中でも序列は存在するらしいが、今のアシュリーには関係のないことだ。

 その翌日、さっそくダンジョンへ赴いたアシュリーはあっという間に踏破し、メリーと自分が持てるぎりぎりのアイテムを採取してギルドに戻っていった。







 ララァは最近、とある少女との対応に慣れてきた。

 ずどん、と置かれたのはダンジョンに生息するアースリザード。デカいトカゲであるが、シンプル肉食で、動きもそこそこ早く牙もあるため厄介なのだ。

 時に集団で襲い掛かってきたときなど、ベテランでも苦戦することがある。

 ちなみにその肉は淡白な鶏肉に似た美味な肉質であり、皮は加工すると武具や鞄、靴などの素材になるため人気だ。

 ボアとはまた別方向の素材として、需要があるものだ。

 ちなみに、これらは全部頭を一発ぶち抜かれ『めざし』という眼窩に紐を通した方法で運び込まれてきた。どれもなかなか大物である。


「買い取り大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


「良かった! 初めての素材だったので、この方法でよかったでしょうか?

 なるべく引きずらないようもってこれたんですけど、お腹の部分も皮素材として使えるかなって思ったら、内臓とって血抜きっていうのがなかなかできなくて!

 あの、解体作業を見てもいいですか? 次持ってくるときの参考にしたくて!」


「大丈夫よ、アシュリーちゃんの持ってくる魔物は全部綺麗な状態だから、高値で買い取れるわ」


「やったぁ!」


 両手を上げてそう笑うアシュリーは天真爛漫そうだが、ごろごろと置かれるアースリザードとの対比に、新人ギルド職員の顔は引きつっている。

 事実、アシュリーの持ってくるものは全部好評であり、引き取り手には困らない。

 解体場に足を踏み入れ、御行儀よく「見学させてもらうので、よろしくお願いします」と頭を下げる姿は微笑ましい。

 癖のある子だが、基本礼儀正しいこともあり、解体場にいた職員も相好を崩した。

 だって、とても可愛らしい女の子なのだ。アシュリー・ゴーランドという少女は。

 ロリコンの素養のない人間でも、あの少女に「お願い」とされたらくらりときてしまいそうなくらい。


「あの、冒険者のランクってどういう基準で上がるんですか?」


「基本、こなしたクエストね。依頼内容にもよるけど。

 それ以外は踏破したダンジョンとか、スタンピードの貢献率とかかしら?

 普通は同ランク程度の依頼をある程度回数こなせば上がるわよ。

 アシュリーちゃんの今日持ってきたアースリザードや今までのボアの分を入れれば、十分Dランクになれるわ」


「本当ですか!?」


「初級ダンジョンもクリアしたし、問題ないと思うわ。でも気を付けてね? ランクが上がればそれだけ危険な依頼も増えるから」


「はい、気を付けます!」


「じゃあ、さっそく手続きしようか。カード出して」


「はーい」


 ごそごそとアシュリーがギルドカードを取り出す。

 嬉しそうなアシュリーに、ララァの表情も緩む。ララァはアシュリーが可愛くて仕方ないのだ。ちょっと癖のある性格すらスパイスだ。

 それをカルトンに置くとララァが取る前に、横から武骨な手がかっさらっていった。


「こーんなちっこいのがDランク? なんかズルしたんじゃないっすか?

 ララァさん、小さいの好きなのはわかりますけど贔屓はよくないっすよー」


 アシュリーとララァがその奪った手を追うと、そこのはくすんだ金髪と緑の瞳をした、なかなかのイケメン風の少年がいた。年のころ十代半ばといったところだろう。

 冒険者によくいるスタイルである使い古した皮の鎧に、ショートソードを佩いている。

 その少年の姿を見たとき、アシュリーの目が大きく見張られた。


「ん、何じろじろみてんだよ。俺はお前みたいなガキくさいチビッ子に興味ねーっつーの。

 今を時めくCランク冒険者のベルン・ゴーランド様だぜ? お前には100年早いっつーの」


「・・・んの・・・・」


「あ?」


「こんの・・・・泥棒クソアニキがああああああ!

 よくもわたしのお金の後に、家の生活費まで持ち逃げしてくれたわねクソ泥棒野郎が!

 あんたは5年たてば実の妹の顔を忘れますか! へー、忘れますか! 金を奪った相手の顔を忘れますか!? 自分に都合の悪いことは忘れますか!? 5歳児から金を盗んだことを忘れてますか!?

 5歳で逃げていなくなったわたしは覚えているのに、加害者の10歳だった兄貴はお忘れですか!? とっても自分に優しい記憶を御持ちです事! 実に良い御身分ですこと!」


「え、・・・うえ!? まさかアシュリー!?」


「てめーは自分の妹の名前すら忘れたの? ギルドカードに書いてあるし、なんならララァさんも何度か呼んでたわよ? 逃げんな、オルァ!!!」


 ぱーんと軽快な音を立てて、ブーツを横蹴りしたアシュリー。足払いを掛けられ、大して綺麗でないギルドの床にたたきつけられたベルン。

 ベルンに駆け寄ったのは魔術師風の少女。恐らく冒険者だ。同じく駆け寄ろうとしたのは、僧侶風の少女。その後ろから、実に面倒くさそうな顔をした盗賊風の少年もやってきた。


「ああ・・・なに? それともまだ字も読めないの? 昔から勉強嫌いだものね、努力も、貯蓄も、計画も・・・」


 豪快に顔を打って、痛みに悶えるベルン

 それに治癒の魔法をかける少女と、アシュリーを睨みつける魔術師風の少女。


「ちょっと、アンタ! ベルンのなによ!?」


「お金持ち逃げされた実の妹ですが何か?」


「・・・・え?」


「そいつが冒険者になるってほざいて、お手伝いで稼いだなけなしのお小遣いを奪われた当時5歳だった被害者ですが、なにか?」


 思いがけずキッツい返しだった。アシュリーの言葉に魔術師の少女は絶句した。

 赤毛の気の強そうな美少女だが、狼狽した様にベルンとアシュリーを見比べる。

 そりゃまあそうだろう、とアシュリーは思う。

 家族の、しかも5歳からの金を奪ったとか色々と格好が悪すぎるし、良識を疑う行動だ。


「ちなみにそれがきっかけで家がすごくぎすぎすして、父は浮気をし、母はそれをさらにきっかけにして蒸発したのですが?」


盗賊風の少年は「うわ、修羅場?」と肩をすくめた。

 おうともよ、村が騒然とするレベルの修羅場になったぜ、キャットファイトも蒸発事件も――とアシュリーは冷たい目に万感の軽蔑や憎悪を込めてベルンを睨む。

 アシュリーの顔立ちはもともと非常に整っている。ベルンもそれなりに整っているが、冒険者業をしており、男性ということもあり、アシュリーほど気を使っていない。

 アシュリーは余った期限切れ前のポーションを薄めて化粧水代わりにしたり、薬草知識があるため、色々とスキンケアやヘアケアもしたりしている。

 当然、その差はしっかりと表れている。

 そんな端正な顔立ちの少女が、先ほどのララァとの対話のときとはにこやかな顔を一変させ、悍ましいと云わんばかりに目の前の実兄であるはずの少年を見ている。

 すでに、ギルドにいた周囲の人間は、突然の修羅場劇場の開幕に釘付けだ。


「ちなみに、その浮気の慰謝料とか、蒸発の旅費にわたしのお金が取り上げられたんですよね。

 うちは貧乏なので。

 だから、わたしは個人的に必死にため込んでいたのに。欲しいものがあったから。

 どこぞの馬鹿のせいで前例ができてしまったからでしょうか?」


「お、俺は関係ねーだろうが」


「それはそれとしても、返すもんありますよね? わたしに」


「銅の剣と皮の鎧だろ? その分返せばいいんだろう」


「貴様は利子という存在の意味と、損害賠償という理念はないの?

 有り金全部おいていくのが誠意ってものでしょう」


「はああ!?」


「わたしの全財産という名のお小遣いを勝手に使ったくせに。

 それと同等の価値を求めるのはおかしいの? 


 相っっ変わらず・・・・本当に小さな男。口先ばかりで、やることが本当に小物」


 大仰なほどのため息と酷く冷めた金色の瞳。自分より明らかに小さい子供に、露骨な軽蔑を浴びせられたベルンの顔に、あっという間に朱が上る。

 図星を突かれたのも、あったのだろう。

 ベルンはCランクになってからずっと上位ランクに行けず足踏みしている。


「うるせー!」


 その振り上げられた手を、誰かが止めようとした、

 ベルンの後ろから、盗賊風の少年が急いでかけていくが、その彼とアシュリーの視線が絡む。

 アシュリーは笑っていた。鮮やかに、艶やかに。いっそ晴れやかなほどであった。

 口だけゆがめて、目には静かに拒絶を湛えて嗤っていた。少女らしからぬ、凄絶すぎる表情だった。

 音を立てて、白い少女の頬が叩かれる。その頬に感情とは違う朱がさしていく。

 その光景に、誰もが息をのんだ。

 ベルン――Cランクの前衛冒険者が、感情のままに小さな少女を殴りつけたのだが。

 だが、その痛々しい頬に手を当てたアシュリーは泣きもせず、怯えもしなかった。


「―――先に手を挙げたのは、そっちよね?」


 顔を上げたアシュリーは、右手を後ろに振り上げた。揃えられた手の指先、白く小さな手の平が、僅かにしなりながらすさまじい速度で振りかぶられた。

 空気が破裂するような音が響く。外にすら届いたのではないかという殴打だった。

 苛烈な色を宿した金の瞳が、殴られて吹っ飛ぶ兄を睥睨する。ろくな受け身も取れず、椅子にぶつかり、テーブルを吹っ飛ばし、床に転がった。壁に叩きつけられる形で、漸くベルンの動きは止まった。

 引っぱたかれたベルンは、ピクリともしない。

 引っぱたいたアシュリーは、叩いた手を「汚いものを触ったわ」と云わんばかりに叩いて、それでも気分が悪いのかふっと息を吹きかけた。


「う、うそぉ・・・ベルンはC級の剣士なのよ? こんなちっちゃい女の子に負けるわけ・・・」


 他愛もないわ、アシュリーは思いながらララァに向き直る。

 どっかでチョリーンとかキュピーンみたいなスキルアップかゲットかの気配がしないわけでもない。

 だが、途中ギルドカードがベルンにとられたことを思い出し、しぶしぶベルンのほうへ向かう。


「ちょっと、弱虫野郎。わたしのギルドカード返しなさい。じゃないと裏町のオカマバーに売り飛ばすわよ? ベルンじゃなくてベリーちゃんになりたいの?」


「それが妹のやることか?」


 黙れ盗賊。

 ぎっとアシュリーが睨みつけると、すぐさま盗賊少年はそっぽむいて、へたくそな口笛を吹き始めた。

 失神したベルンは動かないし、しゃべらない。


(この軟弱野郎が!!)


 アシュリーは自分のレベルもスキルも棚に上げ、力いっぱい殴ったことを全力で向こうに投げ捨て心の中でベルンを罵倒した。

 仕方ないので手を調べて、ポケットを調べて、財布があったので銀貨だけ頂いておく。銅貨を奪わないのはなけなしの慈悲だ。

 カードは床に落ちており、拾い上げた。

 銀貨を手でもてあそびながら、ギルドのカウンターへ向かう。


「マジでとるのか」


「謝罪があれば、取りはしなかったわ。

 ベルン兄さんはいつもそうなの。悪いと分かっていても、わたしにも周りにも謝らないでしょう? 誤魔化そうとして、正当化してるのよ。一見気のいいやつに見えるかもしれないけど、無責任でワガママなの。

 しょっぺー極まりない金額だけど、これで落とし前ということにしてあげる。

これがわたしの最大限の譲歩よ」


 無責任でワガママ、という言葉に思い当たる節があるのか、ベルンとパーティを組んでいるらしい面々は複雑な顔をしている。


「この男とパーティを組んでくれてありがとう。きっと、誰か周りに居なかったら、すぐにお尋ね者かならず者だったわ。

 でも、コレと付き合うなら考えておいた方がいいわ。

 躾けるか、矯正するか、それとも引き際を決めるか。根っからの極悪人じゃないけど、まともに付き合おうとすると疲れるよ」


 善人とはいわない。アシュリーの家族生活で見えた、ベルンの性格はそうである。

 三つ子の魂百までというし、今現在を見る限り、あまり成長した感じは見受けられない。

 赤毛の魔術師の少女はアシュリーを睨みつけていたが、大人しそうな僧侶風の少女は何か考えるようにベルンを見ていた。残る盗賊風の少年は面白そうにアシュリーを見ていた。

 アシュリー的にはちゃんと警告したのだし、義務は果たしたつもりだ。


「ララァさん。騒いでごめんなさい。ちょっと外で頭を冷やしてくるから、これと魔物のお金でここにいたみなさんの食事代払うことできる?」


 ベルンの手持ちの銀貨をだして聞くと、ララァは頷いた。ちゃんと足りるようだ。

 結構痛い出費だが、これだけの騒ぎを起こして何もなしではわだかまりが残る可能性もある。


「それでも余るから、気分が落ち着いたら取りに来てね」


「わかりました」


 なんだか疲れた、とアシュリーは脱力しながらギルドを後にした。

 ようやく冒険者生活も慣れ始めたのに、急に嵐に巻き込まれた。自分が原因でもあるが、まさかここで兄とあうとは、アシュリーも思わなかったのだ。

 億劫な気持ちになったアシュリーはメリーの背中に乗ってふて寝をすることにした。








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