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独り立ち、というより放逐

評価、ブクマありがとうございます。楽しんでいただければ嬉しいです。

アシュリーは順調に保有スキルを物理特化させていきます。

後々には、魔法系スキルも手に入るはず・・・・はず。



 独り立ち、というより放逐


 晴れて自由の身になったアシュリーは原作など遥か彼方にホームランをぶちかます気満々であった。

 波乱万丈恋愛ルートなんてのし付けて返品したい所存である。

 命がけのバトルと綱渡りの成り上がりサクセスストーリー、一歩間違えば急転直下の早世ルートなんて御免である。

 知ってるか? 『魔法の様に恋して』のバッドルート、悪役令嬢みたいに国家犯罪者扱いされて処刑されるのもあるんだぜ?

 やってられるか、というのがアシュリーの本音だ。

 ロブソン村で慎ましやか、もとより慎まし過ぎて極貧一歩手前な生活を強いられていたので、ちょっと生活を豊かにしようとしたら周囲から搾取される幼少期。

 自分で稼いだ自分のお金すらも自分に使えないポイズン過ぎるファミリーだった。

 アシュリーはさっそくその足で、ギルドに行って自分のカードを作った。

 Fランクという超ビギナーランク。まあ実績のない10歳は当然最初からのスタートだ。余程のコネや、特殊な事情がない限り早々飛び級ランクなんてない。

 そもそも、悲しいことに故郷のロブソン村にはギルドなんてない。

 村の村長がかわりにクエストみたいなお願い事をすることはあるが、ど田舎のクエストなんて水辺で大量発生したスライムや、家畜を盗むゴブリン退治くらいだ。

 とりあえず、このあたりで一番の町と呼ばれるザルツへと向かったアシュリーは、そこでギルドを見つけ、当初の目的を達成したのであった。

 小さな女の子が大きなもっこもこの羊にまたがり町を闊歩する姿は、若干奇異の視線にさらされる。だがレアモンスターのピンク魔羊メリー号が心無い人間にちょっかい出されたり、盗難されたりするくらいなら目立つくらいがちょうどいい。

 アシュリーは忘れがちだが、いくら見た目がファンシーピンクのもこもこ羊だろうが、その蹄は岩をも砕く凶悪な代物だ。突進なんてされれば、人や馬どころか、馬車まで吹っ飛ぶ。


「アンタはわたしの相棒なのよ! 絶対守るからね!」


「めぇ~」


「でも、一応野良羊じゃなくて、飼い羊だってわかるようにしておいたほうがいいかな?」


 放牧されている牛や羊にベルがついているのを見たことがある。

 だが、相棒メリー号はアシュリーとともにモンスターを駆逐しなくてはいけない、隠密作業が求められることもある。余り不用意に物音を立てまくるものは却下だ。

 良いものはないかと見回すと、雑貨売りで鮮やかな臙脂のバンダナを見つけた。


「メリー、おそろいでこのバンダナをつけましょう。あんたとわたしは相棒でチームなんだから」


「んめえ!」


 メリーが人の言葉をどれくらい理解しているかなんて、アシュリーには分からない。

 だが、少なくともメリーが金銭でアシュリーを裏切るような外道羊ではないことは確かだ。

 さっそく赤いバンダナを購入したアシュリー。心なし嬉しそうに尻尾を揺らしてこちらを見るメリーは、臙脂のバンダナを大人しく首につけさせてくれる。


「カッコいいわよ、メリー! もしアンタに不埒なことする奴がいたら、屋根より高く蹴り飛ばしちゃいなさい!」


「めえええ!」


「ふふ、わたしは首でもいいけど、頭につけようかしら。リボンの代わりに」


 アシュリーの淡く輝くストロベリーブロンドに、真紅より落ち着きのある臙脂の赤はよく映えた。

 なかなか辛酸の多い人生を歩んできたが、アシュリーとて10歳の女の子。

 おしゃれの気になるお年頃だ。中身が守銭奴喪女でも。


「じゃあ、とりあえず今日の宿屋を取りに行こうか。

 大丈夫よ、メリー。ちゃんとした厩のある所を教えてもらったの。一緒に寝ようね

 干し草ベッドなんて慣れっこよ! あんたと離れ離れのほうがよっぽど気が気じゃないわ」


 家族愛は乏しいアシュリーだが、その分相棒愛をこじらせている気がする。

 その寵愛を一身に受けている相棒は、めえめえと相槌を打ちながら、アシュリーとともに宿屋に歩いていく。

 周りの大人たちは可愛らしい少女と、ファンシーな魔羊という組み合わせにほっこりしなら見送っていった。




 アシュリーの朝はまず、相棒の毛刈りからはじまる。

 魔羊のメリーは毛が伸びるのが早い。その要因の一つに、アシュリーが相棒にはひもじい思いをさせたく無いという信念のもと、毎日ちゃんとした食事と、草原を求めて駆け回るため、適度な運動があるからだ。

 そして、本来の魔羊だと摂取が難しいミネラルや肉類も、アシュリーが用意するからだ。

 自分の食事を作る時、メリーの分も何かしら用意する。

 普通の羊は草食だが、魔羊は雑食寄りの草食である。


「ふう、今日もいっぱい伸びたわね! 売り払うならギルド? いや、道具屋? んー、生地や繊維を扱うお店のほうがいいかな?

 今まで家にためられていたけど、無駄にしないためにもマジックバッグが欲しいなー。

 わたしが空間魔法を使えればよかったんだけど・・・・」




 だが、マジックバッグというのは高い。

 魔法の鞄という名の通り、外見を上回る収納力を持った道具だ。

 空間魔法の使える高位魔法使いのみが作成できるもので、今ではほとんど作成者がいない。ロストテクノロジーである。もしいたとしても、国家お抱え道具師になることだろう。取りあえず、一般には早々出回らない。

 だが、稀にダンジョンでドロップすることがある。

 基本高額だが、基本その価値はピンキリだ。高価でもピンキリなのだ。

 その収納性や保存性によってその価値は大きく変動するのだ。ポシェットサイズでボストンバッグサイズの収納のものがあれば、馬車サイズの収納のものもある。高価なものは、いれた瞬間から劣化がなくなるという保存性のあるレジェンドアイテムもある。

 当然、目玉が飛び出るような金額である。

 アシュリーはそんなの買う余裕があれば、治安のいい街で庭と土地付き一戸建てを購入し、メリー号と隠居する。







「では、アシュリー・ゴーランドさん。

 受けるご依頼は『月の実』と『ゼクセン草』の採取ですね。

 ともにFランクの依頼となります。報酬は月の実2個で小銀貨3枚。ゼクセン草は10本で銀貨1枚です」


「はい、ありがとうございます」


「気を付けてね。初心者用の簡単な依頼だけど、たまにボア系の魔物が出ることもあるから」


「はい、教えてくださりありがとうございます」


 ボアとは猪。つまり肉だ。

 アシュリーとしてはむしろ出て欲しい。うりぼーサイズのミニボアは大した稼ぎにならないが、ブラウンボア、レッドボア、ブラックボアあたりは肉も毛皮もそこそこの稼ぎになる。

 ロブソン村の周囲にはあまり出てこなかったけど、遠くにボアの影を見つけたら相棒に全力疾走してもらって投石片手に殴りかかりに行ったものである。

 だが、そんな顔おくびにも出さず、図太いアシュリーの可憐な笑顔に、ギルドの受付嬢はにこにこと「素直ないい子だわ」と上機嫌に見送った。無論、アシュリーのとらぬ狸ならぬ猪の皮算用など知りもしない。

 もし運良く出会えたら、とりあえず一匹は宿屋に差しいればその日は肉三昧が可能かもしれないと、よだれの溢れかける口元を引き締めた。だが、どうしてもによによとだらしない笑みが漏れる。

 メリー号にまたがり、ご機嫌で採取先に向かう。

 目当ての町郊外にある草原につくとアシュリーはさっそくあたりを見回した。

 珍しくない薬草の類であれば、大抵ここで済む。Dランク以上の採取依頼であれば、森の方まで足を延ばせば成らぬかもしれない。

 ここであれば新鮮な草木が生い茂っている。森より見晴らしがよく警戒がしやすい。メリー号の運動と食事もできて一石二鳥だ。

 いっぱい薬草が取れるように持ってきた網籠に、目についたゼクセン草を次々入れていく。引き抜くのは厳禁。使うのは茎と葉だ。根を残せば、また生えてくる。ちょっと上の方を切り取る方が、すぐに伸びやすい。そこそこ刈り、そこそこ残すのがベストである。

 ゼクセン草を採取した後、少し木の密集した場所へ向かう。木の下にかがみこみ、丸っこい薄黄色の木の実を拾い集める。これが月の実。薬の材料にもなるという。齧ったことがあるが、苦みのあるざらざらとした実はお世辞にも美味しいとはいえなかった。

 毒はない。だが、好んで食べるものではない。

 ワイルドベリーでもどっかに生ってないもんだろうか、とアシュリーはため息をついた。

 依頼品ではないが、口に甘いものが欲しい気分だった。

 基本、この世界の甘味は高級品だ。白砂糖なんて庶民の手に届くものではない。蜂蜜は高級品の代名詞。庶民の口に出来る甘味など、果物や質の低い赤砂糖や、雑味や混じり物のがある黒や茶の砂糖だ。

 世知辛い。

 アシュリーがいくら中身が三十路でも、体は十歳になったばかりの少女である。

 子供は甘いものは好きだし、そうでなくとも基本女性は甘いものが好きだ。

 その時、ざわりと周囲が揺らめくような違和感――不快感に近い何かが駆け巡る。

 振り返れば、そこには大きな――まちがってもミニボアではない、小山ごとき茶色の集団がいた。

 ブラウンボアである。


「な・・・・っ」


 ブラウンボア!? しかも群れ!?

 な、なんて・・・・


「なんて幸運なの!?」


 肉、毛皮、牙、それらを視線で追うたびに、アシュリーの頭の中でチャリンチャリンと銀貨が積まれていく。


「ひゃっはああああ! 猪狩りの時間だぜえええ! マイハニー! 一匹たりとも逃がすんじゃねえーぞ!」


「めえええええ!」


 どこから取り出したのか、手には鉈――だが、使いすぎて刃はややつぶれもはや鈍器に近い代物だ。そんな凶器を両手に持ったアシュリーは文字通りボアの群れにとびかかった。

 まず真っ先にこちらへ突撃してきた巨体の脳天めがけて振り下ろす。

 鈍く響く音と、腕に伝わるはっきりとした手ごたえが、確実にボアを絶命させたと伝えてくる。殴った反動と、まだ崩れ落ち来ていない巨体を蹴ることによってアシュリーは、方向転換しつつ移動する。

 跳ねあがるようにとびかかるアシュリーは、次から次へとボアたちの脳天へ鉈を引き立てる。

 ボアたちは、小さな少女が自分に向かってくるなど思っていなかっただろうし、ましてや、襲い掛かるなんて範疇外だっただろう。ボアたちは、自分の食事場所にいる邪魔者を追い払うつもりだったのだが、まさか逆に屠り殺されるなんて微塵も考えていなかったはずだ。

 ボアは群れで、アシュリーとメリー号は一人と一匹。

 メリー号はメリー号で逃げようとするボアたちを頭突き回して仕留めながら、逃げない様に見張っている。その間にアシュリーは文字通り大ナタを振っている。ぶん回して血しぶきを上げている。

 アシュリーは数匹逃したものの、新鮮な肉を手に入れてほっくほくだ。

 血抜きをして、内臓を取る。これだけで臭みが変わる。内臓は傷みやすいし、そもそも寄生虫がいる場合がいるから速攻とる。


「うーん、結構いるわね。うまく運ぶ方法ないかな」


 明らかにアシュリーより巨体のボア。普通の少女は一匹すら持ち運べないが、アシュリーは脳筋スキルがあるため、二匹ならぎりぎり担げる。

 できれば引きずりたくない。毛皮や肉が損なわれる。

 かといって往復していれば、血の匂いにひかれた他の魔物がやってくる可能性が十分ある。ウルフ系など、その最たる例だ。奴らは足も速いし、嗅覚も優れている。


「んめえ!!」


「大丈夫? メリー」


「めー!」


「そう、助かるわ。メリーは本当に頼りになるわ」


 心なしドヤっているメリーに、アシュリーはにっこり微笑みを浮かべる。

 アシュリーは美少女だ。黙ってればそりゃあ美少女だ。たとえ、両手に鉈をもって振り回し、下級の魔物などメリーにまたがりどつきまわして討伐する蛮族さながらの騎乗スキルを持っていても外見だけは美少女だった。

 今も、頬や服にボアの血が飛び散って、ボアの血抜き作業をしていても顔面偏差値は乙女ゲームのヒロインに相応しい可憐な美少女なのだ。

 ふわふわと揺れるストロベリーブロンドも、同じ色の長い睫毛に縁どられた蜂蜜を溶かしたような金の瞳も、白く滑らかな頬も細い顎も、小さな鼻に、ほんのり色づいたぷっくりとした唇も――どこをどう取っても外見は十人が十人、普通の感性なら可憐と云って差し支えない容色の持ち主だった。

 鉈で切り飛ばした木を寄せ集めて作った即席荷台にボアを乗せて括り付けて、アシュリーは町に帰っていった。

 アシュリーは、ボアの一匹は宿屋の親父さんに渡し「おすすめの肉料理を頼みます」と渾身の決め顔を出したのだ。

 宿屋の親父さんは最初はあっけにとられたものの「任しときな!」とぐっとサムズアップしてくれた。

 残りは取り合えずギルドに報告しようと、他の依頼品とともにメリーで引きずって持って行った。


「引き取りお願いします」


 楽しい楽しいお駄賃の時間だ。

 恵比寿様顔負けの満面の笑みを浮かべるアシュリー。

 お使いワンワン。とってこいしてきたワン。

 お供は羊のアシュリー・ゴーランド。

 ボアの血が飛び散り、少し酸化して黒っぽいあとになっている。その中には受けたFランククエストの品が入っている。後ろには内臓を抜いて血抜き処理のみ施されたボアが、外でメリーと待っている。

 わくわくとするアシュリーとは反対に、午前中にみた受付嬢が、見送った時とは違いやや引きつっている。


「ゼクセン草と月の実の採取依頼ですね・・・はい、確認しました。

 数量形式ですので、応じた金額を算出しますのでただいまお待ちください・・・」


 歯切れが悪い。受付嬢の鉄壁スマイルがはがれ掛けている。メッキが落ちている。


「ボアのほうもお願いします!」


「貴女が取ってきたの!? どうやって!? Fランクで!?」


「物理特化スキルを持っているので、鉈でこう、頭をカーンって」


「こっわ!!!」


 そんなんだれでもやってるやん、アシュリーはぷくっと頬を膨れさせた。むしろ綺麗に勝ち割って、食料部位や毛皮は綺麗なのだから誉めるべきだろう。

 慄くギルド受付嬢は、両手で自らを抱く様にしてアシュリーから一歩下がった。

 アシュリーは「こう」と示したように、さっとだした鉈でチョップするように振った。だが、これがアシュリーにとって最も効率がいいのだ。もう少し頑丈な魔物だと、逆にアシュリーの鉈が負けて折れてしまうが、ボア程度の低級魔物であれば脳を粉砕すれば大抵倒れる。

 アシュリーの鉈は丈夫だが、それほど大きくないので首を落とせるほど刃渡りがない。

 もとは木の枝系の採取などのちょっとした道具だったが、ぶん回すと意外と手に馴染んで扱いやすいので重宝している。

 丈の長いロングソードを買うなら、切れ味の良いナイフのほうが採取時などには動きやすいのだ。なんでも身の丈に合ったものが一番。見栄はよくない。金の無駄。


「あの、今はボアの買取はしていませんか? だったら毛皮と肉の解体だけでもしてもらえたら、道具屋や素材屋、肉屋に自分の足で売りに行きます」


「買い取ってます! 買い取ってますよぉ! ボア系の素材はどれも人気なんです!

 手頃かつ丈夫ですし、食料としてもおいしいですからね! 庶民の味方です!

 やだあー! 久々に可愛い女の子が登録に来たと思ったのに、とんだ魔猿も真っ青じゃないですかー!

 ガチ前衛ファイター系じゃないと思ったのにー!」


 受付のお姉さんは頭を抱えながら、ボアの解体をするために運び込んでいく指示をする。器用だな、と感心するアシュリー。

 なぜか人目もはばからず、滂沱の涙。鼻水も垂らしながら、おいおい泣いている。なぜだ、とアシュリーは首をかしげる。

 すると、後ろでエールを煽っていたむくつけきマッチョに革のブレストアーマーをそのまま付けたTHE冒険者のおっちゃんが噴出した。


「お嬢ちゃん気にすんな、あの姉ちゃんはギルドには俺たちみたいなむさくるしいのしかいないから、ちょっとお嬢ちゃんに夢見ていただけだ」


「それは大変ご愁傷さまでございます」


 アシュリーは自分の外見が、客観的に見て愛らしいのを知っていた。ある程度利用もしているし、外見にも年ごろらしく気を使っている。

 だが、自分が中身と外見がすり合わせ不可能な齟齬を生んでいることを理解していた。

 最近、ファンタジー世界に感化され、レベルを上げて物理で殴るという原始的かつもっとも着実な戦術を愛用する程度には野生化している自覚はあった。ファンタジー世界にこうして帰化していくのだな、と自分を正当化していた。

 夢見るのは勝手だが、押し付けたら張り倒す。

 世の中にもまれたアシュリーが自称保守派になりつつあるのに、彼女自身も気づかない。

 アシュリーは堅実のつもりだ。ヒロイン補正()――多分カッコの中には物理、とか漢とか入る――とスキルの怪力を全力で振るって、自分の手の届く範囲の魔物から倒している。

 レベル的にはブラウンボアは5~8のあたりでも十分倒せる代物。ボア系でももっと強いブラックボアやレッドボアは10~30と個体によりばらつきがあり危険もある。複数でもブラウンボアなら全く無問題のはずだ。

 とりあえずボアはなかなかのお値段になり、アシュリーの懐もほっくほくだ。


(この銀貨の高貴なちゃりちゃりとした音がたまりませんわぁ~)


 心なし、銅貨よりも音が高い感じがする。かつ、この袋の中の手にはまるずっしり感が実に守銭奴心を震えさせてくれるという奴だ。

 幸い、ボアの解体の間、返り血を浴びたメリー号も洗わせてもらえた。

 今日の夕飯はきっとお肉祭りだろうし、楽しみで仕方ないとはまさにこのことだ。








 楽しい金稼げふげふ――レベリング時間がやってまいりました。



「ひゃっはあああ! ゴーブーリーンちゃあああん! わたしと遊びましょうぉお!

 その小汚い耳をまとめてそぎ落としてやんよ! 待ちやがれだわ! 今日の銀貨はちょこまかと! ちょっとサクッとド頭ごとカチ割っちゃうかもしれないけどね!!」


 馬上ならぬ、羊上からゴブリンを追い回す少女の名はアシュリー。

 先日、冒険者になったばかりの駆け出しひよっこである。

 だが、その高らかに上がる哄笑は山賊すら裸足で逃げ出してしまいたくなるほど、欲に塗れていた。

 可憐な少女がもこもこピンクの羊にまたがっているという構図は、非常にファンシーとすら感じる愛らしい光景だ。

 だが、その羊が次から次へと蹄で小鬼とも呼ばれるゴブリンを粉砕し、その羊にまたがる少女も鉈をぶん回し、投石を投げつけ、次々とメシャッと仕留めに仕留めまくる姿はもはや恐怖というより狂気に近い光景だった。

 冒険者の中には、ビギナー狩りという、その名の通り初心者の冒険者を騙して餌食にする中堅以上の冒険者が少数だが存在する。

 アシュリーは小柄な背丈やそのやぼったい軽装、そして仲間と云えるのは羊一匹という実質ソロにしか見えない状態だ。

 だが、その子供が採取のクエストだけでなくボアも仕留めてきた。

 これは巧くいけば使い勝手が良いかもしれない、と質の悪いのがアシュリーの後を数人ついてきたのだ。

 平野のゴブリン退治(報酬は討伐数に準ずる)というクエストを受けていたアシュリーに、親切な顔をして近づこうとした冒険者たちはすぐに後悔した。


 やべえモンみちまった。


 可愛いもの大好きな受付嬢がうっかりコロっと騙されてしまうのも仕方ない、ベビーフェイスにしてハニーフェイス。庇護欲をそそりそうな幼くとも端正な顔立ちに華奢な体形。声もまさに鈴の様に可憐であった。


 だが、今目の前にいるのは妖精の皮を被った蛮族だった。


 ゴブリンがかわいそう、といったのは仲間のゴダンだったかもしれない。

 そんな良心など、本来冒険者は持ち合わせていない。だが、高笑いとともに、脳天に容赦なく突き立てられる鉈。弾ける脳漿。絶命するゴブリン。惨状極まりない。

 控えめに云っても悪夢である。

 ゴブリンやオークという低級魔物は、個体が増えると他種族のメスを強奪して更なる群れの増強しようとする。そのため、ある一定以上の群れを作らせない様に定期的に間引く必要がある。

 だが、すべてでではない。ゴブリンにも狂暴な個体もいれば、静かに野山で集落を作り温和に過ごしている個体の集まった群れもいる。そういう穏やかな群れは単純な人語も操るし、定住スタイルだ。逆にいろいろな場所を動き回るのは狂暴なゴブリンが多い。

 討伐されるのは、集落に属さないはぐれとも呼ばれる者たちだ。彼らはゴブリン界でもつまはじきにされているらしい。いわばあちらの世界でも犯罪者のようだ。

 そんな魔物中でもクズオブクズに情けをかけるなんて無意味なはずだが、それでも目をそむけたくなる光景だった。


「ゴブリンはオークと違って肉にならないのがダメよねぇ。素材おとさないんだもの」


 ひでえ。

 リーダー格、ボロクは思った。

 この少女は血も涙もないのか。彼女の鉈の錆になったゴブリンたちをさらに貶めるというのか。

 普段自分たちも似たり寄ったりのことを愚痴っているのにもかかわらず、そう思わずにいられない。他人のふり見てなんとやら。


「メリーとニコイチと云えど、たった一人と一匹。まあ、でも討伐に慣れてきたわ・・・

 だからこそ油断しちゃだめよ、アシュリー! 油断せずに行くのよ、アシュリー!

 敵は捜索&殲滅よ! 情けなんて一切無用よアシュリー!

 兄だろうが父だろうが母だろうが裏切る時は裏切るの! 血は水より濃いっていっても、しょせん水よりもマシ程度よ!

 筋肉は裏切らないの! でも過信して慢心してしまってはダメよ! わたしのステディはメリーとお金とマッスルだけよ!!」


 ガッガッガッと容赦なくゴブリンの首に鉈を振り落とすアシュリー。

 その手には迷いなんてない。冒険者になったばかりの若者には、血肉に怯む者も少なくない。ましてや、人型であるゴブリンは子供位のサイズであることもあり、最初はもたつくのだ。だが、アシュリーという少女には一切迷いがない。

 しっかりゴブリン首をすべて切り落とし、そのうえで耳を切り落としている。耳が討伐における、個体撃破の証明となるのだ。


(ちょっと切れ味のいいナイフでも買おうかな。鉈だと小さいゴブリンの耳のそぎ落としってとりづらいわー)


 アシュリーは今日もたくましく生きていた。

 実は自分を陥れようとしていたビギナー潰し一行の背筋を凍り付かせ、ビギナーの概念を木っ端みじんにし、恐ろしいトラウマまでトッピングという悪夢の大盤振る舞いフルコースをぶちかましたなど知らず。

 やべえ、俺たちあの子に気づかれたらやられる。殺されるほうのヤられる。

 可哀想な大人たちの膝は生まれたてのバンビちゃんのように激しく震えていた。草原の風が、股間を冷やしている。アンモニア臭が漂っているのに、何人が気づいているだろうか。

 髭面たちの肝胆を寒からしめた、幸いアシュリーは気づかない。

 作業と思考に没頭している。

 アシュリーは家族と疎遠になり、信じるのは自分以外メリーくらい。

 そんなアシュリーは独り言が大きくなっていた。たびたび酷い暴言がぽろっと出ていることもあった。だが聞いているのは基本メリーのみ。そんな状態がずっと続いていたため、アシュリーの性格は随分イイ性格になりつつあった。

 本人はレベルを上げて物理で殴るという原始的な方法でコツコツレベリングだが、若干十歳の少女がやるにはシュールすぎる光景だった。

 本来なら数人でパーティを組んだり、ある程度の熟練者とペアを組んだりするのが普通だ。

 だが、アシュリーはゴリラスキルに物を言わせてゴリラレベリングだった。

 お小遣いも手に入って一石二鳥、と本人は思っているが、順調に一般人枠から脱線しているのは間違いない。



誤字報告ありましたらよろしくお願いします。

ご感想、評価等頂ければ嬉しいです(*- -)(*_ _)ペコリ


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