この世界、子供にすら容赦ない
アシュリーの幼少期編終了です。こうしてアシュリーは守銭奴となり、家族と決別します。
滅茶苦茶人間関係に亀裂が入っております。
この世界、子供にすら容赦ない
アシュリーは今日も今日とて我が道を進む。
7歳になり村の中だけでなく、周囲もうろつくようになった。
お薬の素となる植物を採取しつつ、スライムを駆逐するという簡単なお仕事をしている。
そんなことをしているうちにスライムキラーなる称号を得たアシュリー。
効果はスライム特性のある相手に対し、あらゆるダメージを倍にして与えるというものだ。最近は、踏みつけるだけでぷちゅっと虐殺できるようになった。採取したい素材があるため、ある程度の加減が肝だ。
日々スライムを屠り続けていたアシュリーは、塵も積もればなんとやらで7歳にしてレベル5と云う大人顔負けのレベルである。
村人なんて、魔物とは基本戦わない。下手をすれば一生レベル1もいる。
なかなかスライムを片足で往なすこともこなれてきたころ、アシュリーは決意した。
そろそろワンステップ上がっても良くない?
アシュリーの次のターゲットは決まっていた。一角兎である。基本あいつらは草食で、草原にごろごろといる。そして貴重な肉である。だが、兎故に足が速い。
よってアシュリーは安全安心に罠を作ることにした。
薬師の老婆に、薬草とともに毒草も手ほどき受けている。ときどき手伝う振りをして、薬の調合方法も盗んでいた。
そうすればあら不思議、アシュリーは『薬草学』と『調合』のスキルを手に入れた。ファンタジーありがとう。
アシュリーのやり方はいたってシンプル。
ネムリタケと呼ばれるキノコを奴らの風上で大量にいぶして、爆睡しているところで首をコキャっとやる簡単な作業である。
お肉と毛皮が一挙両得に手に入ってほっくほくだ。
アシュリーの幸せ隠居生活が一歩近づいたと、よそ様にみられてはいけないあくどい笑みが止まらない。
猟師の父に毛皮の削ぎ方を教わり、数匹は我が家の食糧へ、残りは肉屋と道具屋に売り払う。
アシュリーの幸せ計画貯金袋がずっしりと重みを増していく。
アシュリーの密やかな悪笑いもさえわたっていた。
アシュリーのやっていることは真っ当だが、どうしても笑顔が邪悪だった。
そんなある日、アシュリーの家に3つほど隣のちょっと行き遅れになりかけているお姉さんが、母のマーサと火花を散らしていた。
真っ青の父はうろうろとしながら、汗をびっしょりとかいている。
修羅場だ、と他人事のようにアシュリーは一瞥した。
「だから! わたしのお腹にはゲイルさんとの子供がいるの!
アンタみたいなおばさんもう、魅力がないのよ! ゲイルさんも息子も出て行ったし、娘は変人だし、妻は最近そっけないってよく愚痴っているわ!
わたしなら可愛い赤ちゃんを産んで、可愛い子供を育てて、ゲイルさんと幸せになれるわ!」
堂々と浮気の暴露である。
アシュリーは乾いた軽蔑の視線を父へ送った。ゲイルは気まずそうに眼をそらした。
どうせ婚期に焦っていたおねーさんことミーシャンを、ベルンの一件でピリピリしていた母マーサとの関係に嫌気を差していた馬鹿親父が血迷ったのだろう。
父はまだ三十路に差し掛かったばかり。まだ男盛りであるから、そういうこともあるかもしれないが、ばれないようにやれと云いたい。
両手で足りる年齢であるというのに、アシュリーは達観していた。
「ふざけんじゃないわよ! あたしが知らないと思ってんの!? 料理も掃除も下手! 針仕事もできない行き遅れが、人んちの旦那に手ぇだしてんじゃないわよ!」
「わたしのお腹には赤ちゃんがいるのよ!?」
「あたしには子供がいるわよ! まだ7歳の女の子よ!」
「どうやってこの子を育てればいいのよ!? 可哀想だと思わないの?!」
キャットファイトは激しかった。
激しい言葉の応酬とともに木のコップや、ランチョンマット、箒やはたきが飛び交った。
怒髪天のままにローズピンクの髪を振り乱すマーサと、激情に合わせブルネットを振り乱すミーシャン。双方実に苛烈である。
「ま、まあまあまあ!」
元凶のゲイルが仲裁しようにも、怒りと舌鋒はヒートアップするばかりである。
破壊音とヒステリーな罵声が飛び交うが、それを止められる人物はいなかった。アシュリーは冷え冷えとした黄金の瞳であたりを睥睨するものの、無言を貫いている。
しばらくして、村長が見るに見かねて仲裁に入った。
ゲイルとマーサはそのまま元鞘で。だが、浮気相手のミーシャンの子供はもうおろせないほど大きくなっており、その養育費としてある程度金額を支払うこととなったのだ。
引き取るというゲイルの提案は、マーサに断固拒否された。当然だ。
しかし、日々の生活に手いっぱいのゴーランド家。
生活で手一杯で、家の貯蓄はなかった。
唯一あったのは、2年間貯め続けたアシュリーの例のお金である。
アシュリーは激怒した。
ゲイルに激怒した。
レベル5の脚力を駆使し、ゲイルの尻が四つに割れろと云わんばかりにケツバットを食らわせた。突っ立っていたその場からくの字に曲がり、そのまま玄関のドアを巻き込んで外に吹っ飛んでいった。小石の多い家の前へ無様に転がるゲイルの姿を見て、母のマーサは手を叩いて爆笑した。大喝采だ。
少なくとも、10歳でこの村を出て行ったベルンよりよほど強靭な足腰をしていることは云うまでもない。ロブソン村のスライムキラー・アシュリーの地道な活動は着実に実を結んでいた。
早く10歳になり、早々にギルドにいって冒険者にでもなって、この貯めたくとも貯まらない第三者による妨害激しい貧乏生活から逃げたくなったアシュリーは悪くない。
おそらく、喪女時代の記憶がなければ立派にぐれていただろう。
心は十分ささくれ立っていたが、そんなアシュリーを慰めてくれるような人は周囲にいない。
基本、温厚なアシュリーだって怒ることはあるのだ。主に金銭トラブルで。
数か月後、ミーシャンが産んだのは珠のような男の子だった。
赤毛の。
ゲイルは金髪だ。ミーシャンはブルネット――褐色及び黒髪だ。ミーシャンは十人中十人が黒髪と断言するほど、真っ黒なブルネットだ。
どうやら、行きずりの男だったらしい。あまりにもゲイルに似たところがない。ミーシャンにもあんまり似ていない。ミーシャンは彼女の両親に問い詰められ、後に吐いた。冒険者らしく、とっくに村を出ていったそうだ。
だが、同時にゲイルと浮気もしていたため、ゲイルに責任を求めに来たという大変胸糞なお話である。
ミーシャンは当然ながら彼女の両親から大叱責を受け、親子ともども戒律厳しい修道院へいくべきだと云われていた。
だが、ミーシャンは周りから白い目で見られ、両親には見放され、かといって頼るつてもない。ゴーランド家からは詐欺同然で奪った養育費なので返済を求められる。
ミーシャンは産後の肥立ちが抜けきる前に、子供の養育費をもって失踪した。
ロブソン村、立場が悪くなると金銭盗んで失踪するのが様式美なの?
完全なるとばっちりの被害者、アシュリーはもはや怒りも起きず呆れかえった。
一番悪いミーシャンは乳飲み子を残して出奔してしまった。
アシュリーはミーシャンが嫌いだ。小さい子供も好きじゃない。だが、実の祖父母に「産まれなければよかったのに」と云われながら世話をされる子供をせせら笑うほど極悪でもなかった。
こんな閉鎖的な田舎村で、彼は針の筵のような幼少期を送る羽目になったのはほぼ確定している。
時々、子供にどうぞと一角兎や、ドウドウニタドリという丸っこい鳥を差し入れた。
ゴーランド夫妻や、ミーシャンの両親からはいぶかしがられたが首を振ってこたえた。
「リゲルは悪くないでしょう」
哀れな赤子ことリゲルは悪くない。
悪いのは彼の両親と、未婚の女性にちょっかいを掛けたリゲルの血縁上の実父、そしてゲイルだ。
この頃には、少女でありながらアシュリーは村でも指折りの狩人だった。
レベル8に上がった剛肩から繰り出される投石は、村人のどんな矢より早かった。また、その『投石』はスキルそのものでもあった。
お金や家族は自分をあっさり裏切るものだと痛感したアシュリーは、頭を使っても乗り切れないし、そもそも自分の運に絶望を感じた。
お金は大好きだけれども、お金に好かれないアシュリー。
だが筋肉は違う。強く投げれば投げるだけ破壊力を増す投石。腕立て伏せを増やせば上がる腕力。腹筋と背筋を鍛えれば体幹が鍛えられ、騎乗もうまくなり体力も上がった。
この頃になると、アシュリーは村でも浮き始める。一人だけ妙に頭の回転の速い小娘がいればさもありなん。それが親の庇護を受ける8歳の少女でも、異端であった。
草原で拾った魔羊――羊は羊でも牛よりでかくなる――を育てはじめ、そのウール100%を大事に大事に暇を惜しみ糸を紡ぎ、行商人に売り払う。
アシュリーの拾った魔羊は、毛が可愛らしいピンクだった。アシュリーのストロベリーブロンドと御揃いであり、その天然で稀少な色は高く売れた。
一般的に魔羊はくすんだ白である。だが、毛質は一般的な羊よりも丈夫で上等なため、討伐でなく採取クエストが冒険者で出ることもある。秋~冬にかけては特に高額となるが、そもそも魔羊も貴重な防寒体毛を刈られたくないから逃げる。だが、逆に春~夏は割と警戒が薄いのだ。
あのピンクの仔魔羊は、魔羊の世界では異端だったのだろう。たった一匹で、岩のくぼみに隠れるように震えていた。普段、草食動物は肉にしか見えないアシュリーでも、同情するくらいボロボロだった。
アシュリーはピンクの色合いと云い、妙な同族意識を感じて、そして金の匂いを感じてその魔羊を拾って育てた。食用でないという意味を込めて、メリー号と云う名前まで付けた。
子供とはいえ、羊といえ、魔物を育てることに周囲は困惑した。
だが、アシュリーは金稼ぎが上手いので、その甘い汁にあやかりたい老若男女はたくさんいたので、結局は黙認された。
事実、メリー号からとれる上質な愛らしいピンクの羊毛は大人気だった。行商人が買い切れなかった分は、毛糸にしてマフラーやセーターとなって村の女性に流行した。
時折、羊毛泥棒が出かけたが、アシュリーの鉄拳により粉砕された。
アシュリーが家のベッドでなく、羊小屋のメリー号と寝ることとなるのは必然だった。
アシュリーは9歳になった。
親元を離れるまであと1年。16歳までのうのうと待ってられない。
アシュリーは10歳とともに何が何でも相棒メリー号とともに、ロブソン村からおさらばするつもりである。
『さがさないでくだちい。マーサ』
微妙に綴りのまちがっている――所詮辺鄙な村の識字率なんてそんなものだ。生活に必要なことが読めることはぎりぎりあっても、手紙なんて禄にかけない。下手すりゃ読めないところだってある。
それはさておき遂に起きたか、とアシュリーは冷えた目で書置きを見下ろした。
母ことマーサが、ゲイルとの亀裂が入り冷え切った夫婦仲に嫌気がさして家出した。
例のごとくアシュリーのお金を奪って。ゴーランド家はアシュリーのお金をなくすことが様式美なのだろうか、
だが、アシュリーは驚かないし、敢えて銅貨のたくさん入ったへそくり袋を比較的わかり易い引き出しに入れ、本当のへそくりたる銀貨入りは羊小屋に隠して対策をしていた。
もはや、またかとしか思わない。
「マーサ、なぜだ!? 何故なんだ!?」
貴様こと父さんが先に浮気したのが最初の原因じゃないのだろうか、とアシュリーは一人納得していた。
最近、街で人気の吟遊詩人に熱を上げていたのは知っていた。数か月前、羊毛をより高価格で売ろうとアシュリーが街に出たとき、保護者としてマーサもついてきたのだ。
商談を終えて戻ってきたアシュリー。そのときには町の広場で歌を披露していた吟遊詩人に、マーサはすっかり心を奪われていた。
生活費からこっそり絵姿を買い求めて、収集していたのは知っていた。
ある種諦めの良いアシュリーはあっさりと、今後の展開を予測した。
そして、予想を裏切らないこの展開だ。
「父さん、わたしも来月には家を出るよ。もう父さんだけなんだから、好きに生きたら?」
聞こえているか分からない父親の背中に、アシュリーはそう言い放った。
アシュリーはこの村最強のレベル10の狩人だ。
称号は
『スライムキラー』
スライム系に特攻が入る。
『狩人』
動物系に特攻が入る。
『シープライダー』
騎乗スキルと牧羊スキルが補正される。また、羊を統率できる。
『守銭奴』
金のにおいに敏感になる。お金が貯まるし、詐欺にあいにくくなる。
『資格を持つ者』
気づいたらあった。条件を満たせば聖女になるらしい。
スキル
『鑑定:C』
一般的なものは鑑定可能。レア~レジェンドの成功率は運と性質による。
『騎乗:羊EX』
神の手を持つ騎手となる。羊に限り。
『牧羊:EX』
彼のものには如何なるものも従うだろう。羊に限り。
『薬草学:C』
薬草の効能が上がる。薬草を用いた調合の成功率アップ。毒草に当たりにくくなる。
『投石:A』
同等以上の回避スキルか、ユニークスキル以上のスキルがないと回避不能。
『ヒロイン補正:EX』
アシュリー固有スキル。『特定の異性に対し、精神的特攻が入る。本来なら恋愛要素』――喪女には荷が重いスキルだ
『逃げ足:B』
逃亡確率が上がる。戦術的撤退って大事。命大事に。
『逆境:D』
レベルの高い相手や、不利な状況こそ本領を発揮。実力以上の力が出る。
『脳筋:EX』
愛より家族よりお金より裏切らない。それは筋肉。筋肉を愛し、筋肉に愛されし者へと送られるスキル。
なんか変なスキルついてない? 突っ込んだら負けであった。
特に最後の脳筋と云うスキル、名前はふざけているが大変優秀なのだ。
基礎筋力がクッソ跳ねあがる。しかも最高峰のEXなもんだから、本気出せば石も骨もばっきり砕ける凶悪仕様だ。
このスキルがなきゃ、恐ろしくて魔物なんかに立ち向かえない。つーか、相棒のメリー号の手綱も握れやしない。
アシュリーの希望として個人的にはアイテムボックス的な、収納スキルがほしかった。
しかし、悲しいかなアシュリーのスキルはすがすがしい程、魔法系スキルがない。
だが、一応聖女としての資質はあるので、聖魔法、治癒魔法、光魔法と云った類のものは使えるはずである。なぜ発現しないか、という疑問はあったが、なんとなくわかる。
このど田舎には流れの冒険者すら滅多に来ないので、当然魔法使い・魔術師・僧侶・司祭といった一般的に魔法スキルを持つ人間が来ないのだ。当然教えを乞うことも不可能だった。
たしか、ゲームの設定では冒険者を目指すベルンが無茶をやらかし、大けがを負った。それがきっかけでアシュリーは聖女の力の一つである癒しの魔法を使ったのだ。
確か聖女の祈りだったっけ。序盤そのスキルしか回復ないし、中盤まで単体小回復でやらなきゃいけないからなかなかに辛かった。二周目の能力引継ぎは神だった。
それは置いておいて、アシュリーの兄ベルンは数年前にアシュリーの金と家の生活費をかっぱらって逃げた割ととんでもない野郎だ。アシュリーはそんな奴のために施しを与えてやるほど心が広くない。
土下座の謝罪。まずはそれからだ。
アシュリーは思い出すだけでイラっとする兄のことなど頭から追いやり、メリー号にまたがりながらさっそくずっと温めていた今後の予定を考えていた。
あの小さな仔羊だったメリーは、今では馬車の一つや二つ平気で撥ね飛ばせる。バイコーンくらい平気で吹っ飛ばす。以前、お気に入りの食事場である草原の一角に、ブラックバイコーンというこのあたりではダントツに強い魔物がいた。バイコーン種は二角馬の魔物の総称である。ブラックバイコーンは特に気性が荒い。だが、戦闘モードの相棒はもっとアンタッチャブルであり、そこにアシュリーもいれば野良バイコーンなどゴミの様に蹴散らされる。
最初は子猫サイズだったが、いまやメリーは牡牛サイズだ。もっこもこの羊毛差し引いても、普通の羊よりでかい。
だが、その大きさはアシュリーにとって心強い。
アシュリーのレベルの上りは遅い。だが、その能力の上がり具合はえぐいの一言だ。若干10レベルにして、一般冒険者の20~30レベル相当の能力がある。ゲーム仕様だとそのはずだ。もともと、レベル引継ぎ機能を想定して設定しているのか、確かに成長に時間がかかる。だが、基礎イベントをこなしたパラの上昇だけで3周目までいけば、どんなに育成をさぼっていても単騎で魔王撃破楽勝というヒロイン聖女という名のキングコングだ。力は正義を体現したヒロイン()が出来上がる。王子も騎士もいらねーレベルである。下手すりゃボスも裏ボスもワンパンである。
今まで、お金を稼ぎながら家の仕事も手伝いつつレベリングをしていた。
だが、これからはギルドの依頼をばしばし受けられるし、レベリングも楽にできる。
人目をはばからずに魔物を狩ればいいのだし、アシュリーの金を盗む人間は傍に居ない。
10歳となったアシュリーは自由を手に入れたのだ。
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