幼女、原作回避を模索する
続いています。
幼女、原作回避を模索する
アシュリーは5歳となった。
やたらまるまるぷにぷにとした幼児体形はようやくスマートになり始めた。
大人と比べると、やはり頭身は低いがバランスは以前よりとりやすくなった。
アシュリーは手には細長い枝を持っていた。
そして、それをベビースライム目指して一突きにし、そのまま串刺しにして地面に転がした。
踏みたくねえな、と単純に思った。古い布をつぎはぎして作った靴は小石からは足を守ってくれるが、浸水には弱い。
アシュリーは小枝から落ち、弱弱しく這って逃げようとするスライムに石を投げつけた。
ぐにゃりとベビースライムはひしゃげたが、まだ逃げようとしている。生きているからだ。何度も何度も投げつけると、やがてべったりと地面に広がった。
「・・・・・・・あ、アイテム取れなかった」
ドロップ失敗である。
ベビーでもスライムなら、粘液や水が取れるはずだった。水路があるから、水の価値はないが、粘液は多少価値があるはずだ。
何度か捕まえては叩き潰すこと数回、コツをつかんで粘液を採取することに成功する。死んだスライムの中に、丸いゲル状のものがあるのだ。それを潰すと粘液が出る。コップに一杯の粘液ゲットである。
地面が失敗の数を物語るように湿っているが、御愛嬌。
レッツゴー薬屋。
アシュリーは老女の営む村唯一の薬屋に足を運んだ。
年季の入った小さな薬屋。押戸を空けると、きしんだ音がする。独特の匂いが立ち込める店の中には、色々な植物や謎の生き物が吊るされている。
少しざらついたカウンターの向こうで、しわの深い老女がアシュリーのほうをゆっくり見た。
アシュリーはカウンターに粘液を置いた。
「これ、売れますか?」
「おんやまぁ、アシュリーちゃん・・・こりゃスライムの粘液かい? どうやってこんなのを」
「水路の小さいスライム叩き潰しまくった」
老婆が一瞬絶句して、しわだらけの細い目を見開いて、あんぐりと口を開けた。
少しためらったものの「買い取るよ」といって、銅貨3枚を出した。銅貨一枚100円くらい。小銅貨は10円くらい。
つまりこの儲けは300円か。やべえ、かなりいい商売かもしれない。
「もっととってきたら、お小遣いくれますか?」
「うーん、あと3杯もあればいらなくなるね。それだったら薬草をさがしてきてくれたほうがいいねぇ。
白日草や、三日月草に黒ユリネ。セージやラベンダーなんかもいいねえ」
この世界独特の植物に交じり、現実世界にも聞き覚えのあるハーブの名が混じる。
アシュリーはこくこくと頷いた。本日のベビースライム虐殺記録により、アシュリーのレベルは2となった。尊い犠牲は無駄ではなく、アシュリーのへそくりとレベルの礎となったのだ。
(ハーブってこの世界ではポーションや解毒薬の材料になるんだよね)
アシュリーの秘密のへそくり袋に銅貨3枚を入れて、にんまりした。
いくら美少女でも、いただけないあくどい笑みだった。
しばらくはベビースライムレベリングに励みつつ、お小遣いで新たな武器を入手したらもうちょっと遠出して植物採取にいくことにしようと、ほくほく顔で就寝した。
アシュリーの堅実生活は始まったのである。
――2か月後。
そしてその金を兄に盗まれた。
「泥棒は死ね!!!」
しかもその金はすぐに冒険者志望の兄によって、平凡な武器――切るというより叩くような黄銅の剣と、新品ではないがまだそこそこ使えそうな皮の鎧に変わっていた。
泥棒糞野郎ことアシュリーの兄、ベルンはちまちまと妹が溜めていた小金を勝手に借用し、冒険初心者用セットを購入していたのだ。
当然、アシュリーは烈火のごとく怒った。
自慢げに見せびらかしてきた剣と鎧に、まず『どっからそんな金を揃えたんだ』と疑った。ベルンは冒険者になって一山当てるとは云っていたが、金勘定はザルだった。
基本生活費は両親が賄ってくれるが、小遣いとなると自分で狩りをしたり、採取したもので得るしかない。そんなお金はすぐに食料に変えたり、古道具屋で禄でもない道具を掴まされているのがしょっちゅうだった。
そんな万年金欠野郎が目を付けたのがアシュリーのへそくりだった。
小さな妹は、せっせとお金をためているが使う気配がない――ならそれを有効活用してやろうというのが兄心いうわけ分からない理論を振りかざしてきた。
五歳児の金を盗むってどうよ?
「泥棒なんて人聞きの悪いこというなよ、アシュリー! どうせ使う気ないんだから、俺か使ったっていいじゃねーか!」
「つかう気ないんじゃなくて、貯めてたの。
貯めないとかえないモノがほしかったから、あつめてたの!
ヒトのものを盗ったら泥棒でしょう。お金だってとうぜんよ」
ベルンは10歳だ。小さいアシュリーにお金の価値なんてわかってないだろうと高をくくっていたが、そんなわけない。
むしろ、この家で一番計画性をもって資金繰りをしていたのはアシュリーとすら言える。
「ちゃ、ちゃんと返すから・・・」
「どうせベルンのガラクタ売ってもにそくさんもんで、剣の半分のお金にもならないんでしょ」
普段ぼんやり一人で遊んでいることの多いアシュリーが、こんなにも冷たく淡々と追い詰めてくることにベルンは内心怯えていた。
彼はアシュリーが大人しい女の子だと思っていた。
いくら外見が可愛い美幼女でも、中身は人生30年足らずと云え、酸い甘いをしったアラサー喪女である。勤労の義務をそれなりに経験している。
体格差はあれど、頭の回転はアシュリーのほうが断然早い。
だが、ベルンとてアシュリーを搾取対象とみているわけではない。
10歳と云うのは冒険者ギルドへ登録できるようになるのだ。
ランクはS~Fまである。Sランクにはもっと厳密に3つのランク分けもあるらしい。
ようやく10歳になったものの、ベルンは自分の道具をそろえる蓄えがなかった。そんなときに見つけたのがアシュリーのへそくりだ。
だが、やっていることは窃盗だ。完全に夢に目がくらんだのだ。アシュリーの怒りはもっともである。
「ま、まあそう怒るなよ! 俺の部屋のもの全部やるよ!」
「あんな汚部屋のせわをみるなんてどげざされてもごめんだわ。そんなことより金返せクソアニキ」
アシュリーとてそんな事情知っている。伊達に五年も同じ屋根の下にいない。
普段口数の少ないアシュリーがさらりと罵声を、その愛らしい唇から放つとベルンはのけぞった。
「く、くそあにき!?」
「金盗んだ泥棒にはそれでじゅうぶんよ!」
「ちびのくせに生意気だな!」
「犯罪者のクセに威張ってんじゃないわよ。母さんや父さんはゆるしても、村中に泣いていいふらしてやるわ! せいぜいかたみのせまい思いをしなさい!」
アシュリーはえげつなかった。
こんな小さな集落で犯罪が起これば当然知れ渡る。ましてや、10歳の兄が5歳の妹のお金を窃盗して道具を揃えたなんて、顰蹙ものだ。
肩身が狭いなんて優しいものであり、下手すりゃ村八分にされかねない。平穏な村であればこそ、犯罪者は白い目で見られるのだ。
中身はどうであれ、はたから見たアシュリーは薬屋の老婆のために薬の材料をせっせとあつめる健気な女の子なのだ。
目についたベビースライムを片っ端から虐殺していても。
「・・・へっ! やれるもんならやってみな! 俺は冒険の旅に出るんだ!
こんな村でなんて思われようがへっちゃらだ! バーカバーカ!」
「王都どころか隣村に行く馬も路銀もないくせになにほざいてんの?」
びしりと凍ったように固まったベルン。
その通りだ。この一張羅をそろえるために、ベルンはアシュリーのお金を使い切った。
ベルンのお金? おそらく冒険者っぽい古臭いバッタモンの地図に変わっている。
ぷんすかと可愛く拗ねて言われるならともかく、外見だけは天使のように可愛らしいアシュリーに蔑みの視線とともに毒を吐きつけられたベルンは既に真っ赤だ。
世の中には美人に蔑まれるのがご褒美と云う人種はいるが、ベルンの性癖は普通だった。
そして、今更ながらに「俺って早まった?」と内心冷や汗をかいていた。
珍しく派手な喧嘩をする兄妹に、母のマーサはとにかく大人しい妹を言いくるめようとしたが無理だった。アシュリーは自分が引くべきところでないと、寧ろ打って出るべきところだと理解していたのだ。
内心、大して情のない口だけは大きい兄を、売り払えるなら奴隷でも男娼でもいいから金に換えてしまいたいと思うほど怒っていた。
まあ、子供が言うべきことではないと黙っていたが。
翌日、ベルンはゴーランド家の生活費に手を付けて行方をくらませた。
「ベルンーーーー!!!!」
マーサの怒りの絶叫がこだまする。
だからアシュリーではなく、ベルンをとっちめて吊し上げた方がよかったのに、とアシュリーは嘆息した。
そういえば、ゲームのアシュリーの実家は疎遠だったし、不遇だったというか余りストーリーに出てこなかったと一人頷いていた。
ちなみに兄の部屋のものはガラクタから部屋のカーテンまで全部根こそぎ売り払ってやった。それでも銅の剣一本分くらいにしかならなかった。
アシュリーは自分のお金に手を付けた兄に対する情などない。
村どころか実家からの居場所をなくしてやる所存であった。
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