知らず折れるフラグ
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知らず折れるフラグ
思いがけない大失態を知ったアシュリーは癒しを求め相棒メリー号に会いに来た。
メリーは今日もまったりと草を食んでいる。人が少ないところで、雑草駆除係という職務を全うしているメリー。つやっつやふわふわの毛並みを保つためにも、常に鮮度の良い草を求めもりもり食べ歩いていた。最初こそ、監視係はメリーを自分の思い通りにしようとしていたが、メリーのレベルそんじょそこらの魔羊よりはるか上。力勝負で叶うはずもない。騎士見習いどころか、聖騎士本職がメリーチャレンジをしているというのを、聞いたことがある。
「めぇ!」
「メリィイイイ! 会いに来たわよー! わたしのハニー! 愛してるわー!」
愛羊をみるなり、アシュリーは全力疾走して抱き着いた。顔面に張り付いてきたアシュリーに対して、メリーは嬉しそうにメエメエと鳴いている。
激しい愛情表現に、魔羊の監視をしつつ石畳を磨いていた下っ端神官は「アシュリーちゃんは本当にメリーが好きだなぁ」とのほほんとしていた。
「なんだかもうね、やってしまった感が半端ないのよ! あまりね、自分が要領が良くないことは知っていたわ! でも庶民は根性と度胸で乗り切るしかないじゃない?
とりあずこの思いのたけを魔物に当たり散らして、愛しのお金ちゃんを眺めるのが最も癒しになると思うのよ! というわけで、行くわよメリー!」
「メェー!」
喜びのギャロップを披露するメリーと、その背に跨ろうとするアシュリー。
しかし、何かがアシュリーの裾を引っ張った。振り向けば、青みがかった銀髪の細身の少年――いわれてみれば聖下の血縁性も窺える端正な顔立ちである。アシュリーを悩ませる地雷の一人フリューゲルであった。
「何か御用?」
努めてにっこりと、内心の動揺を悟られないようアシュリーは声をかけた。
この少年がメリーの周囲を時折うろうろしていたのは知っていた。触りたがるだけで悪さもしない――そして美少年といえど、煩わしかったメリグのストライクゾーンから離れていたため、特に気にすることもなかった。薬にも毒にもならない少年Aだったが、今はアシュリーの関わりたくない人物で上位に入る。
「あ、あの」
「なぁに?」
「僕も羊さんに乗せてください!」
ざけんなやなこった!!
アシュリーは叫びたい拒絶の衝動を何とか堪えた。
冷たく突っぱねられるが、フリューゲルはユーウェルツェーリの実弟かつ将来教会でも大出世する。しかも、現在進行形でユーウェルツェーリの傍付きをしているのだ。うっかり無碍にして聖下の不興なんぞ買いたくない。
癒しを求め、憂さ晴らししにメリーと遠乗りでもしようかと思ったのに、好き好んでだれが地雷を抱えてお出かけしたいと思うものか。
見てくれこそはアシュリーとどっこいくらいの年齢だ。確かに仲良くしてもおかしくない年齢層。
そして、アシュリーはアレクシス以外の前ではそれなりに良い子を演じていた。人当たりよくしていた。
二人乗りができないというにはメリーは大きすぎた。牛並みにサイズがある。子供なんてタンデムどころかもう一人くらい余裕なスペースを持っている。
「あなた乗馬はできる?」
「できます!」
「町の外に出るのよ? 自衛できる?」
「できます! 剣術と水と氷の魔法が得意です!」
氷魔法は水魔法の応用編だ。たしか風魔法の適性とかなり強い水魔法の適性がないと難しいものである。
普通の子供は難しいはずだが、それを会得しているあたり出世頭の頭角が見え隠れしている。
「お仕事は大丈夫?」
「兄様には許可を得ています!」
なかなかにしっかり準備をしてきている。
本来なら知らないアシュリーに『兄様』なんていって通じるか不明だが、少なくとも上位者に許可を得ているのは解る。
しかし、アシュリーは知らないままでいたかった。NO権力争い。
フリューゲルはメリーに余程乗りたいのか、白い頬を真っ赤に紅潮させてうずうずしている。周りは「あらまあ」といわんばかりにほっこりとした笑顔で見守っている。
「わかりました。後ろに乗ってください。鞍も鐙もないので、メリーの体を足でしっかり挟んで、爪先で毛を抑えてくださいね」
メリーの騎乗でアシュリーの不動の体幹は鍛えられているといっていい。鞍を付けた方がいいとは分かっているが、これに慣れればむしろ邪魔。ありのままのメリーを受け入れるとアシュリーは決めたのだ。幸い、モッフル感満載のメリーの毛並みは地肌に近いほど密度が濃い。刈り取り直後でも、魔羊パワーなのかある程度はみるみる伸びてくる。そこに上手く足を引っかければけして騎乗も難しくないのだ。
だが、体が大きく背も高いメリー。上る段階でぴょこぴょこしているフリューゲルの手を引っ張りあげた。
「あ、ありがとうございます・・・」
「どういたしまして。そういえばお名前は? わたしはアシュリー。アシュリー・ゴーランド。アレクシス様の下で聖騎士見習いをしているのだけれど・・・・」
「ぼ、僕はフリューゲル・エスト・ネージュです。聖下の傍付きをしております」
「そう、通りで見た顔のはずだわ」
いたね、いたわ。そういえばちらちら視界に入っていた。
特に会話や関わり合いもなかったからそれほど気にもしていなかった。
もじもじとする少年は、メリーの毛を熱心に触っている。アシュリーよりメリーにご執心のようだ。
そういえば、この少年は何度もメリーに触りに来ていた。モフリストなのか。だがメリーを気に入るあたり目の付け所が悪くない。メリーの毛並みはアシュリーが全力サポートして成り立っている美毛だ。日々のカッティング、適度な運動と食事、ブラッシングや角や蹄のお手入れ。すべてアシュリーが愛情をもって行っている。誰かに頼むことも多少はあるが、アシュリーは相棒を大事にしている。
「とりあえず、メリーの運動する意味もあるから飛ばすわ。黙ってメリーにしがみついてなさい。無理そうならわたしにしがみついてもいいけど」
「――・・え?」
ひゅん、と急激にあがった速度に、フリューゲル少年は危険を感じたのか一気に身をかがめ、メリーにしがみついた。しかし、足の力だけでは辛いと判断したのか、途中からアシュリーの腰に両手を伸ばして抱き着いていた。
教会を出て街を下り、目当ての草原まで一気にかける。メリーはそれまで一切止まらず、一気に走りぬいた。
なぶるような風と疾走感にアシュリーは束の間酔いしれた。
その後ろでフリューゲルは半泣きでしがみついていた。
メリーがもさもさとお食事タイムをしている間、アシュリーも自生する香草や薬草をてきぱき摘んでいた。当然、ついてきたフリューゲルもやらせている。
帰りにギルドに寄ってクエストがあれば納品するし、余りは宿屋や素材屋に売りに行けばいい。
途中見つけたゴブリンの群れをメリーで蹴散らしつつ、ショートソードで叩き切る。フリューゲルも魔法で援護してくれた。ただ、メリーに騎乗しながらだと詠唱や集中が難しいと渋い顔をしていた――慣れである。
だが、アシュリーが討伐証拠の耳削ぎ落し作業には若干引いていた。
途中、お気に入りのオレンジベリーのある森へ寄り道し、ソニックモンキーに遠巻きにされながら甘酸っぱいベリーを堪能した。フリューゲルは白い小さな魔猿に心を奪われたのか、目をキラキラさせてそうっと触ろうと近づいていったが、ソニックモンキーはそれこそ音速で逃げた。名前に恥じぬ逃げっぷりでアシュリーの背中に張り付いた。アシュリーはうざそうに一瞥したが、フリューゲルの異様な好奇心を宿した目のほうが恐ろしいようで、なかなか離れなかった。
「君、動物が好きなの?」
「はい・・・」
ソニックモンキーたちに徹底的に逃げられたフリューゲルは、しょんぼりしながら頷いた。余りに可哀想だったので、オレンジベリーを一つ分けると礼を云いつつ受け取るフリューゲル。
どことなく律儀で礼儀正しいあたり、良いとこ坊ちゃんである。
「アシュリーさんは僕と違って動物に好かれるのですね・・・僕はなぜか避けられてしまって、この羊さんくらいしかあまり触れないのです」
犬や猫も逃げられたり吠えられたり引っかかれたりするらしい。
それってものすごく見ながらじりじり近づくからじゃないかな、とアシュリーは思った。触りたい近づきたいとオーラが半端ないのだ、フリューゲルは。それが異様な威圧感にもなっている。
「あんまり興味を強く持たれても、動物たちも困るよ。アンタが触ろうとするとき、すごく異様だし」
「異様!?」
「うん、すごく気になりますよオーラがあるというか、圧がある」
「そうですか・・・そんなつもりはなかったのですが」
「無関心で敵意がありませんくらいがちょうどいいと思うけど」
「わかりました。気を付けてみます」
参考にはなったらしい。
ちらりとアシュリーの頭に陣取るソニックモンキーを羨ましそうに見ている。その視線を避けるように、ソニックモンキーは背中に隠れた。
アシュリーは第一安全区域とみなされている。
そのあんまりな差に、フリューゲルはため息をついた。ものすごく羨ましい。アシュリーはそれこそやや迷惑そうな顔をしていて、やたらくっつきまくるソニックモンキーを時々乱暴に引きはがして木のほうへ投げているのに、少しでも肩や背中にスペースがあると、すぐにソニックモンキーはやってくる。
下級魔物で力もないが、速度は一番の魔物で警戒心はかなり強いと聞く。ソニックモンキーがああも懐くなんて、アシュリーにはテイマーの才能があるのではないかとすら思ってしまう。
単に、ソニックモンキーたちはアシュリーが自分らに興味が薄く、アシュリーの手を伸ばすオレンジベリーや持ち物に手を出さなければ攻撃しないと知っているので懐いているだけだ。猛獣や魔物が襲い掛かってもオート駆逐が入るので、安心して食事ができる。
アシュリーがいればハイホークにも襲われても平気だし、マンティス系の魔物が現れても叩きのめす。アシュリーという存在は、ソニックモンキーにとっては最強の護衛だった。
羨望のまなざしがそのストロベリーブロンドが揺れる背中に刺さる。
フリューゲルはもともとメリーを遠くから眺め、時折触らせてもらえば満足だった。だが、ユーウェルツェーリが「あの子なら問題ないですよ」と太鼓判を押すので、乗せて欲しいと初めて口にしたのだ。
碌に話したことの無いアシュリーが、フリューゲルの頼みを断ってもおかしくない。事実、邪険にはされなかったが頼んだ時のアシュリーは一瞬かなり当惑していた。
フリューゲルはメリーのことも気になっていたが、アシュリーのことも気になっていた。
彼女はかなり強いと、騎士見習いたちの中でも噂になっていた。冒険者上がりで、アレクシス・フォン・サルドリュクスという聖騎士隊をまとめる一人のお眼鏡にかかり、師事をうけている事態異例のことだった。しかし、単身でゴブリンの群れやオークを倒すほどの強者は見習いどころか聖騎士に匹敵する能力だ。
その噂通り、アシュリーは強かった。
メリーに跨りあっという間にゴブリンの群れを蹴散らした。
討伐証拠を採取しているときに血を嗅ぎ付けやってきたウルフたちが、メリーやアシュリーを見るなり距離を取って、離れるまで待ち続けていた。
アシュリー曰く「邪魔していたらあいつらも鞣して衣類にされるってわかってるんでしょ」とのことだ。
悪い人ではなさそうなのだが、なんというか非常に物おじしない人でもある。
外見こそ可愛らしい少女なだけ、そのギャップにフリューゲルは困惑した。
手合わせしたら、確実に負ける。フリューゲルも年齢の割には強い方だが、アシュリーに勝てる気がしない。
(僕、デートするならもっと性格もおしとやかで女の子らしい子がいい・・・)
アシュリー、知らぬところで盛大なフラグ粉砕に成功した。
少なくとも「お金ちゃーん」と鼻歌を歌いながらゴブリンの耳を削ぐ女の子は嫌だ。
フリューゲルは異性の趣味はいたって真っ当だった。
ユーウェルツェーリが「騎乗デートですね」と揶揄っていたが、エスコートどころか始終アシュリーに振り回されっぱなしだった。
(でも楽しいな・・・ソニックモンキー、可愛かった)
ソニックモンキーたちはオレンジベリーを貪るメリーとアシュリーに毛繕いをしていた。
アシュリーは無言でそれを受け入れていた。ボス猿よりもボス猿していた。うざそうな顔を若干していたものの、大人しくしていた。
結局、フリューゲルはソニックモンキーに触れることはできなかったが、あれほど間近で観察できたのは嬉しかった。
それに、どうして自分は動物が好きなのに動物に好かれないのか、アシュリーにヒントを貰えた。
「フリューゲル、そろそろ帰るよ」
のりな、といわんばかりに細い顎をしゃくるアシュリー。
淡い輝きを放つストロベリーブロンドは緩く波打つのが美しい。同じ色の睫毛に縁どられたぱっちりと丸い金色の瞳。愛らしい小作りな鼻。それらが卵型の輪郭にパーツよく収まっている。白い肌の頬にさす薔薇色は、若さと愛らしさを引き立てた。
身にまとうのが動きやすいフランネルのシャツに、ポケットが多くついた皮のベスト。ぶ厚い生地でできたハーフパンツ。スラリと伸びた足はタイツかロングソックスに覆われ、動きやすそうな編み上げブーツを履いている。割とどこにでもいる少しボーイッシュな冒険者の少女のスタイルだが、華奢で可憐な美少女が着ているだけでかなり様になっていた。
こんなに可愛いのにときめかないのは、この溢れる男前っぽい雰囲気が時折出ているからだろう。
むしろときめきより、謎の敗北感が心にひしめいて仕方がない。
あと、ご機嫌なのはいいけどゴブリンの耳がみっちり入っているだろう革袋を指で引っ掛けて振り回すのは止めて欲しい。本当にやめて欲しい。
時折かおる生臭さがとても思い出したくない、今日の出来事がぶり返す。
ゴブリンを見つけた瞬間、アシュリーの金の瞳が猛禽類より鋭く、猛獣より獰猛に輝いた。気が付けばメリーは全力疾走。蹄でゴブリンの頭蓋を粉砕。アシュリーはいつの間にか抜き放った白刃でゴブリンの首を跳ね飛ばしていた。おまけにアシュリーは哄笑を上げていた――悪魔かと思った。
ちなみに、その素直な感想をユーウェルツェーリへ素直にいったら、一緒にお茶をしていたピスタチオ枢機卿が噎せた。
ユーウェルツェーリ聖下は始終ニコニコとしていた。
「お友達ができてよかったですね」
お友達、と小さく繰り返したフリューゲルは、恥ずかしそうに――そして嬉しそうに頷いた。
なにかありましたら下からどうぞ!
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