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どこにでもある権力事情

 ブクマ、評価、ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ

 楽しく拝見させていただいております!! 

 アシュリーはあんまり人づきあいが上手じゃありません。多分冒険者としてやるのが一番成功する・・・

 マルチな才能を持っていますが、基本ずぼら。


 どこにでもある権力事情



 魔法とは、自分の体内や周囲から魔力を寄せ集め、超常的な力を発揮させる総称の一つである。

 やはりファンタジーな世界にいる身としては、一度はやってみたいものである。

 アシュリーも例にもれず、その一人だ。

 それ以上に、魔法というものはとても便利なので、今後の生活のために必死に覚えている最中だ。

 アシュリー個人としては、生活魔法を作り出した魔法使いには全力の喝采を上げて褒めたたえてあげたい。

 例えば修復魔法――欠損部を残存部で補完して、最善の状態に近づける魔法だ。余りにも劣化や破損が酷いと使えないが、陶器の罅くらいなら簡単に直せる優れもの。服のシミや、汚れ、お風呂代わりにも使える洗浄魔法。懐中電灯の代わりにもなる照明魔法。

 アシュリーの適性は光魔法や聖魔法を期待されているが、そっちのけで生活魔法を覚えていた。指南役のエイザム司祭が苦笑していたが、向上心は買われているし、聖女用の魔法の勉強もちゃんとやっていたので目こぼしされた。

 本来、アシュリーは十五で学院に入るまで、魔法を覚えられなかったはずだ。前倒しできて非常に有難い。原作乖離してるって? そんなもの忠実にしていたってメリーの食事代にもなりはしないのだ。


「では、光をイメージしてください。松明や、ロウソク、焚火――自分の想像しやすい、その場を照らすものを・・・光よ!」


「はい――光よ!」


 この世界では、呪文や詠唱はその個々のイメージに沿って自分で作るものらしい。

 でも、ほとんどは教えてくれた師と同じものを使うことが多いらしい。馴染みがあるし、成功例として認識して発動しやすいとのことだ。

 黒歴史くさい詠唱をガンガン唱えまくるのも悪くないと思ったが、あんまりに酷いものが絶対法則の詠唱だったら困る。アシュリーは無難な呪文や詠唱ではあるが、丁寧に教えてくれるしエイザムを結構好きである。


「はい、アシュリーさん。良い出来ですよ。形も光も安定していますね」


 アシュリーが生み出した光球は視線の先、一定の高さで浮遊している。

 目を焼くような輝きではなく、ぼんやりとした灯篭のような明るさだ。

 ふよふよ浮いたそれは、アシュリーが突くとシャボン玉のようにはじけて消えた。

 上手にできた光魔法をエイザムに褒められ、指南をしてくれたエイザムに頭を下げるアシュリー。

 頭を下げるのはただだ。笑顔もただである。ニコニコ愛想よくして、魔法をたくさん教えてもらえるなら有償よりも価値がある行動となるのだ。

 ご機嫌なアシュリーに、意欲的な生徒に喜ぶエイザム。WINWINな関係である。






 幸いアシュリーは前世の記憶もあり、ゲーマーでもあったので、イメージが得意であった。攻撃魔法など初級のはずが庭を穴ぼこだらけにしてしまった。その破壊っぷりに自分でも引いてしまったくらいである。

 なんだかんだで教会生活は快適かつ利益も多いので、アシュリーはまだいることにしている。

 また、あのホルシュタイン城にあった魔王召喚の触媒は『ホルシュタインの聖杯』と呼ばれ、現在教会の上層部で喧々囂々大わらわ、会議が踊りまくっているらしい。

 強い悪魔を召喚するための触媒と思いきや、その実もっとヤバいものを呼びだそうとしたことが、後々ホルシュタイン城を調査したところで分かったそうだ。

 余程の機密事項なのか、アシュリーへの説明もだいぶ慎重だった。エイザム司祭がだいぶ言葉を濁しながら説明してくれたが、司祭や聖騎士たちが何度もヴァンパイアと聖杯以外に何か気になることはなかったかとしつこく聞いてきたし、他に変なものを触れていないかと随分心配された。

 おそらく、アシュリーが教会にいるのを許されているのはヴァンパイアの警戒とともに、アシュリー自体がホルシュタインの聖杯に汚染されていないか見極めているのだろう。

 時折、アシュリーの警護には不必要と思われるくらいの上位の聖騎士がつく。その時は決まって、禊や洗礼といった悪いものを祓う儀式を行うことが多い。

 別にアシュリーは聖水に触っても平気だし、聖遺物に近づいても苦しくない。

 ただ、聖遺物の遺髪をみてもありがたみを覚えず、微妙な顔になってしまう。

 ちなみに、上位の聖騎士の序列が分かったのは「なんか知らないごつい人がいる」とか「なんか高そうな鎧の人がいる」と思うと、すぐさま隣の聖女見習いの娘が盛大にヒステリーを起こすのだ。

 そして、そのヒステリーの激しさで、その聖騎士の序列がなんとなく理解できる。

 例にもれず、隣の聖女見習いさんは今日も一段と激しいかんしゃくを起こしていた。

 まったりとハーブティーを飲みながら、アシュリーはそのきゃんきゃん小型犬のようの激しいそれをBGMにしていた。


「・・・・今日はまた何か祝福や身体検査があるのかしら」


「本日は倉庫の整理の手伝いです」


「子供のお守りなんて、聖騎士様も大変ですね」


「そんなことはありません。それに本日は新月でもありますので、夜の民がもっとも活動しやすい日ですから」


「夜の民・・・ヴァンパイアですか?」


「ヴァンパイアを含む、悪魔やアンデッドの別名ですね。闇属性と親和性の高い魔物を示す言葉ですよ」


「あのヴァンパイアはなんなのでしょうか。自分で魅了の力があるっていっていましたけど」


「魔力の強いヴァンパイアは、魅了を使うことはよくあることです。

 ですが、アシュリー殿の証言から照らし合わせた特徴からするに、いくつか候補は上がっています。ヴァンパイアでも白蝙蝠の一族は限られておりますから」


 アシュリー『殿』ね――他の聖騎士はアシュリー『様』である。やはりこの聖騎士は位が高いのだろう。

 肩口で切りそろえられた群青の髪に、理知的な光を宿す琥珀色の瞳の青年。その目つきはやや鋭いが、敵意はない。ただ、端正な顔立ちも相まって、冷たそうに見える。鎧は他の聖騎士と同じように白いのだが、重装甲ではなく割と身軽だ。しかしその意匠は細やかで、下に着ている法衣と合わせて銀糸と金糸で蔓草のような模様を描いていた。

 腰に下げているのは、よくいる騎士のような幅のある剣ではなく、繊細な金細工と螺鈿のあしらわれた鞘に入った細剣。力任せに叩き切るより、技巧を凝らして切ったり突いたりするのに適したタイプだ。


「白い蝙蝠は珍しいのですか?」


「ええ、あれらはヴァンパイアの中でも特に精神支配を得意とする、邪悪な一族です。

 特徴は白銀の髪と白い肌。そして強い力を持つ者ほど赤い目をしていると云います。

 若い男の姿と云っていましたが――ヴァンパイアは長寿ですし、青年期以降の姿は極端に変化が遅くなりますので」


 そういえばアルビノみたいな配色していたな、とアシュリーは思い出す。

 思い切り、あのヴァンパイアの特徴は聖騎士の説明に当てはまっていた。

 アシュリーは外出許可が下りる程度には、安全と思われているのは確かだが、重要参考人扱いされているのにも気づいている。

 つまり、それだけアシュリーの拾った聖杯は危険物なのだ。

 そもそも『聖杯』を態々汚してあんなものを作っている時点で、御察しである。


「あのヴァンパイアは、ホルシュタインの聖杯とは関係あるのでしょうか?」


「すべては言い切れませんが、全くないことはないでしょう。現れたタイミングが良すぎます。アシュリー殿が聖杯を動かしてすぐに現れたのですよね?」


「ええ、気配がないのに突然現れて驚きました」


「ヴァンパイアは狡猾です。恐らく不利な白日ですら現れたのは、貴女一人であったこともあるでしょうが・・・」


 あの聖杯をよほど気にして目をつけていた、ということだろう。

 アシュリーは見つけてすぐびちゃびちゃと聖水をぶちまけていたので、相手としてはとんでもない迷惑で実は腸が煮えくりかえっていたかもしれない。

 やっぱり原作回避難しい、とアシュリーはお茶を啜った。


「そういえば、騎士様のお名前をお伺いしていませんでした。

 護衛ありがとうございます。わたしは知っているとは思いますが、アシュリー・ゴーランドと申します。お名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」


「これは失礼、私はアレクシス・フォン・サルドリュクスです。」


 貴族っぽい。恐らくセカンドネームがはいっているから、貴族の可能性高い。

 長い名前はある意味貴族のステータスだとアシュリーは勝手に思っている。

 そういえば所作も綺麗だし、きっといいとこ出身なのだろう。アシュリーは自分より明るさの薄い琥珀色の瞳を見る。端正な顔は微笑んでいるが、慇懃で隙の無い青年だ。


「アレクシス様ですね。ありがとうございます」


 アシュリーは差し障りなく付き合おうと笑顔を返す。

 アシュリーは基本スキル通りの脳筋で外見詐欺も大概な事を、自分で重々承知している。

 外見はお花の妖精のような姿をしていても、中身は金にがめついゴリラである。否、ゴリラは群れで集団生活を送るし、ちゃんとあちらのルールを守れば大人しい聡明な動物である。アシュリーはメリー以外とは協調できない生き物である。同類である人間に対して、不信感の強い人間なのだ。

 何がいいたいかと云えば、アシュリーは腹芸があまり得意でないし、好きでもない。そして、自分に何か仕掛けてくる人間も当然好きではない。

 腹の読みあいなどしたくない。派閥競争や、権謀術数などはご遠慮くださいなのだ。 

 お隣で必死に枢機卿や教皇に媚を売ろうと必死の聖女候補の考えなど本当に理解できない。

 一度も直に顔を合わせたことがないが、一生会わせたくないと思っている。

 ついでに云うならば『魔法の様に恋して』の原作キャラクターにはまだ出会っていないが、それに近づく恐れのある権力者にはお近づきにはなりたくない。

 アシュリーは強くがめつく逞しく生きるのだ。

 玉の輿になんぞならなくてもいい、ちゃんとした生活基盤を手に入れる。堅実モットーの命大事に、だ。この前うっかり危ないものに触ってしまったし、ヴァンパイアに目を付けられたっぽいのは運が悪かった。だが、これでめげるアシュリーではない。


(だって、あのヴァンパイア・・・物理攻撃が効いたもの!!)


 殴れるならこちらのものである。

 消滅させることはできないといえ、力いっぱい殴り続ければ弱体化は可能と見た。

 メリーの蹄の餌食にもできるし、アシュリーの拳が効くならば鉈で頭をカチ割ればよいのだ。

 物理攻撃が効くのならばこっちのもの。しかもアシュリーにはあのヴァンパイアの十八番らしい魅了が効かない。相性がある意味ばっちり良いのだ。次にあった時、己の怒りのパッションに筋肉の囁きに任せればいい。殺意を乗せた拳を奴の御綺麗な顔面に叩きこむ。まずはそこからだ。筋肉は正義。


「アシュリー殿は、聖女になる気はないのですよね?」


「柄じゃありません。冒険者ですよ?」


「そうですか・・・向いているとは思いますが・・・

それに、勝手ながらアシュリー殿は農村出とは思えないのですよね。

 どことなく所作と云い、しゃべり方と云い教養を感じるのですが・・・」


「貧乏娘が舐められない様に必死に覚えた処世術です。お恥ずかしい限りです」


 遥か向こうに置いてきぼりにしたと思われている、前世日本人の謙虚な性というものか。

 相手を選んでオブラートや八つ橋を使ってはいるが、結局基本はウホウホ騒いでいるのが性に合っている。アシュリーはマッスル教を崇拝している。根本的な考えは割とゴロツキである。

 アシュリーはどう上品ぶっても肉は調味料や香辛料をドパドパ入れるエグゼクティブクッキングより、炙って焼いて塩振ってかぶりついた方が美味しくいただける庶民だ。

 纏う服は絹をたっぷり使ったフリルとレースのドレスより、生成りのワンピースが好きだ。コルセットもパニエやペチコートもお呼びでない。

 現に今、白い陶器のカップにハーブティーなんぞ洒落た飲み物を飲んでいるが、頭の中では口の周りに白いおひげを作りながら牛乳を飲み干したい。


「となると・・・他を当たった方がいいかもしれませんね。残念ですが」


 顔があまり残念そうには見えない。アレクシスの少し眉を下げた表情は少し残念そうに見えるが、目は妙に隙がない光を宿している。


「なにか?」


「教皇様があの例の杯を浄化する儀式を取り仕切ることとなりまして・・・

 今回の件はアシュリー殿がお持ちになったものでしょう?

 どこかの枢機卿の所属の聖騎士や聖女らが見つけたのなら、彼らが付き人になるのですが・・・」


「でも教皇様にはすでに御付きの方々がいらっしゃいますよね? その方ではだめですか?」


「彼らは彼らで、それぞれ背後に別の枢機卿や大司祭がいるのです。常付きですからね・・・彼らの中に教皇様の歓心を得られたら、それだけでその枢機卿らの発言力が変わる可能性が十分あります」


「中立でないとおっしゃるのね」


 一応教会って神様に仕える人達の集まりなんじゃないの、とアシュリーは憂鬱になった。

 神を信奉していようと教会という組織が宗教という権力を保持している以上、どうあっても争いは起こるらしい。

 人間どこでも醜い争いが起こるところは一緒のようだ。


「その通りです・・・まあ、御付きのものに聖女や女官がいないのがせめてもの救いでしょう」


「ああ、教皇様が篭絡されてお子ができたら、やはり権力争いに?」


「ならないわけがないでしょう。血統もさることながら、教皇様の聖人としてのお力は歴代教皇の中でも屈指のものと云われていますので」


 あの少年教皇が御付きのものを少年たちで固めているのは、同年代としての話し相手や、自分の部下候補の育成もあるらしい。

 そんな中に年の近い女の子が入っていったら、きっとざわつくなんて騒ぎではないだろう。


「正直中立派としてはアシュリー殿が、ホルシュタインの聖杯発見の立役者として今回の御付きを務めることが、一番角が立たないのです」


「一度きりならいいのですが・・・それってやはり」


「アシュリー殿はお若いですが大変見目がよろしいので、教皇様の傍付きにすれば『間違い』が起こるやもと、他の枢機卿が手を回してくるかもしれません」


 まじいらんお世話だわ。

 アシュリーは苦虫を口いっぱい噛み締めてしまったような顔になった。

 アシュリーはまだ十歳なので婚活なんてしていない。貴族は同年齢で婚約者がいることは珍しくないらしいが、アシュリーにはご縁のないお話である。むしろ、あってたまるかという話題である。


「アシュリー殿は隣室のメリグ殿よりよほど教皇様から覚えが目出度いですから」


「えぇ・・・メリー号を助けていただいたさい、盛大に泣きべそかいていた覚えしかないのですが」


「メリー号をよく子供が触りに来るでしょう? あの子供の中に、聖下の御付きも結構いますよ」


「チビッ子は邪険にできないですよ・・・」


「メリグ殿は子供が大嫌いだそうで、視界に入るだけで威嚇する方ですよ。

 いくら教皇聖下の手前で猫を被っていても、普段がアレでは高が知れています。

 そういった面でも、手の空いている聖女、もしくは聖女候補の中で一番差し障りのないのがアシュリー殿です」


「押しますね、アレクシス様」


「こちらも他の枢機卿らとの軋轢を増やしたくないものですから」


 いらん忖度したくもないし、しないでほしい。正直言って巻き込まれたくない。

 しれっといってくれるアレクシス。アシュリーは付き合い損だ。

 というか、教皇聖下が御指名すれば一番角が立たないのではないだろうか、とアシュリーは権力者にぶん投げたくなった。


「ところでアレクシス様」


「なんでしょう」


「教皇聖下って名前なんですっけ?」


「ユーウェルツェーリ・カイル・リヴィティエール様だ。貴様、国教の現在聖下を覚えてないとか、どれだけ不届きなのだ!」


「わたしの故郷は教会もなければ司祭もいない。巡礼者もこないので、教本を読まれる方も少ない。識字率も半分あるか絶妙な田舎でしてよ?」


 怒りに任せて教養のある人間の常識を振りかざしてきたので、笑顔で返り討ちにしてやったアシュリー。

 リアル農村事情の現実に、アレクシスは口を噤んだ。世の中には明日のパンもない子供だっている時代だ。


「・・・・すまない。アシュリー殿は文字を普通に読んでいたので・・・」


「わたしの母は失踪した際の置手紙、『探さないでください』の文字すら完璧に書けませんでしたわ」


「すまない。その、アシュリー殿は努力をしたのですね・・・」


「文字を読めずに、数字も計算できなければぼられるのは当然。損をしないためにも、わたしは必死に覚えました・・・でないと、何かあった際、貧しくて死ぬのは幼く一番か弱いわたしですので。

 聖書を見たのも、こんなにたくさんの本を見たのもこの教会が初めてです。

 わたしの村では魔法を使える人がいませんでした。僅かに伝えられた薬草で煎じる薬師のおばあ様がいたのでそこで文字と数字は覚えました」


「・・・貴女が魔法や勉学に前向きなのは、それが理由ですか」


 こくりと頷くアシュリー。

 ハーブティーは既に飲み干し、空となったティーカップを見下ろす。

 あの村はのどかであったが、何もなかった。時間はゆるやかに流れていたが、そこには生産性は薄く惰性で浪費されていた。

 一見は穏やかだが、もし近くで少しでも強い魔物が発生したら死活問題だし、病気が流行ったらすぐさま立ち行かなくなるだろう。産業らしい産業は微塵もなく、その日暮らし感が強い。狩猟と僅かな畑でとれる作物で飢えを凌ぎ、森の恵みに頼って生活していた。余りに弱い生活基盤だ。

 10歳になり何とか村を出て、冒険者として生計を立てている。はっきり言って、以前より豊かな生活ができているという自覚はある。

 アシュリーはもっと勉強したいし、色々な事をしたい。教会の派閥争いに巻き込まれて、折角の学べる機会を失いたくないのだ。

 アシュリーは、王都のディアファロット学園に入るつもりはない。勉学的な意欲はあるが、あれは親の承認が必要だし、原作のアシュリーは特待枠で入るため相当に勉強したという。だが、それは家族の応援や、村からのバックアップもあった。原作から抜け出たアシュリーにはそれはない。そもそも偶発的な要素が多すぎるのだ。たまたま由緒正しきディアファロット学園に『特待枠』ができた年、皇子殿下や貴族筆頭の子息がいる中、聖魔法の適性のあった少女が現れる、と。

 とんとん拍子がドンドコ拍子に見えるくらいの怒涛のタイミングなのだ。


「もし、この件を引き受けてくれると云うなら、私の家で魔法を教えてもいい」


「・・・・どういう風の吹き回しですか?」


「私が君に声をかけた理由は二つ。儀式を穏便に済ませたい。そして、やはり君は聖女に向いていない――私は君を聖騎士として引き抜きを考えている」


「・・・・・聖騎士? わたしが?」


 ねーわ、と内心では悪態をつきながら、外見こそは口元にそっと指をあてて小首をかしげるアシュリー。その仕草は可憐で清楚であり、上品だった。

 その拍子に、ふんわりひろがる艶やかなストロベリーブロンドが揺れる。聖女見習いの白いふんわりとしたドレープの多いワンピースを纏っていることもあり貴族令嬢にすら見える。


「少ないが、女性の聖騎士もいる。主に聖女や聖女見習いに付く者たちだな・・・その、男の騎士がつくと浅からぬ仲になることも少なくないうえ、基本堅苦しい大きな男に囲まれるのを嫌がったり怖がったりする女性や子供は結構いるんだ」


 アレクシスは細身で美形だが、どうも冷たい印象があり、子供受けは悪い。教会に洗礼に来た子供などにも遠巻きにされることがある。

 逆にすり寄ってくる者たちは非常に煩わしい。

 アシュリーはその点、子供受けも女性受けも抜群に良いだろう。警戒心や恐怖心を抱かせないという点では、全体的に淡く明るい髪色や瞳に繊細で可憐な造作、華奢で威圧感も皆無である。


「わたし他人の護衛に命かけられるほど高尚な性格ではないので遠慮します」


「・・・君のそういう潔く素直なところ嫌いではない」


「ありがとうございます」


 そしてあざといくらいに愛らしい外見を裏切る、スーパードライで客観的な思考。

 愛情は相棒メリー号に全部注いでいると本人も豪語している為、色恋沙汰に浮き足立たないし、女官や護衛騎士の様子を見る限り時折土産等の細やかな気配りしているため評判がいい。

 しかもこの年齢でDランク冒険者と聞く。かなりの腕っぷしであるし、それを鼻にかけたりしない。意志の強さはあるが、むやみやたらな驕慢さはない。ヴァンパイアに怯えない胆力も魅力的だった。

 そしてやはりアシュリーはしゃべらなければ、見てくれはだけは妖精だった。


「はぁ・・・折角これだけ強い光魔法や聖魔法を使える新人を見つけたのに、冒険者として野放しにするなんて」


「長時間拘束されるのはちょっと・・・」


「寮生活で食事も出るし、給与も普通の兵士や傭兵よりいいんだが・・・たしかに堅苦しいと思ってしまうだろうな」


 ギュリンっと音を立ててアシュリーの目が、獲物を見つけた猫のように光った。

 アシュリーの心の琴線をかき鳴らしたとは何も知らないハムちゃんことアレクシスは、落胆している。


「詳しく」


「え?」


「雇用条件詳しく。聖騎士は副業可能ですか? ペットの同居は容認されますか? もしくは騎獣の宿舎はありますか? 週休二日ありますか? 年間休日は? 福利厚生及び、特別支給手当等、資格手当等は? 正社員? 正職員? 貴社・・・貴教会では、基本給は年齢給でしょうか? それとも時給? 月給? 日給? 歩合?

 臨時での短期就業や派遣やパートタイムは可能でしょうか?」


「待て、待て待て待て! 質問が多い!」


「では、貴教会の聖騎士に就職するにあたり、セールスポイント、メリット、デメリットを含めてありのままに記載した書類を、後日提出願います。

 もし著しい虚偽があった場合、契約不履行とみなしますから、正確に記入お願いいたします」




 アレクシスは2回ほど不備を指摘されたものの、雇用条件票を何とか提出できた。

 なお、その雇用条件票はその後のスカウトに役立つことになり、アシュリー監修のもと、書類書式を数度リニューアルして騎士団だけでなく教会全体にも広がることとなる。

 そして、アシュリーはアシュリーで履歴書なるものを手書きしてきて、アレクシスを唸らせた。それだけでなくその上司のピスタチオ枢機卿、さらに上部のユーウェルツェーリ教皇までその手書きの履歴書は渡り、その後の教会の採用において革命を起こすこととなる。

 当然――その履歴書はばっちりみられている為、アシュリーの名前は本人のあずかり知らぬところで権力者の目に晒されることとなる。

 そして、今まで教会で任意書式ばかりであった為、効率が非常に悪いと指摘をしたアシュリー。当たり前だ。報告する人間によりやり方が違ったら、抜けも増える。書類革命を起こすこととなる。そして整理するために、アシュリーがそのテンプレート書式を作る羽目となるのだがそれはまた別の話である。






 読んでいただきありがとうございます!

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