オーディオドラマ用シナリオ(ボツ)
これは、作者が未熟なためにボツになったオーディオドラマのシナリオです。
ボツになった理由は……まあいいか。
既にある成功作と見比べていただけたら、と。
どうぞー
一目に収まらない大きさと広さを持つ公爵邸。
それが俺の世界の全て。
この国に生きる全ての人に奴隷、平民、貴族という階級が存在するのは知っている。王様を筆頭に、貴族、平民、奴隷と続く身分の上下。
そしてその貴族にも上下を分ける階級が存在する。
まずは王族。言わずと知れた国の頂点。神様より偉い。
ここに肩を並べられるのは他国の王族だけで、平民以下には言葉を賜るどころかご尊顔を拝すのも難しいとか。
続くのは公爵家。国を支える王家の血統。
恐れ多くも王の血脈を継ぐ貴族の位階。その序列は最上位にあたる。
そこから侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵と続いていくらしい。准爵という爵位も存在するようだが、基本はこの順序だと教わった。
どれも雲の上の存在だ。
そんな天上人の序列を教わっても役に立たないとか、生涯関わり合うことがないとか、もっと奴隷近圏について教えてほしいとか、文句を垂れていた思い出も久しい。
人間、誰しも身近なことから知っていきたいものなのだ。
なにせ俺は旦那様のお顔すら知らないのだから。
公爵家の奴隷なのだから、公爵がどういう位にいるのかぐらいは知っておいた方がいいと言うが……『偉い』が『とっても偉い』だろうと奴隷の生活になんの変わりがあろうか?
どちらだろうと手どころか視線すら届かない存在だろう?
貴族様は奴隷を視界に入れることすら嫌がるのだから。
……なんて考えてたこともあったなぁ。
庭と呼ぶには広大であるらしい公爵邸の敷地で、奴隷小屋の近くにある林を行く。
冬を通り過ぎて、青々とした葉をつける木々に草花。生命の伊吹を感じさせる緑の空間を、光彩を無くしてしまった瞳で通り抜ける。
ああ…………今日もお嬢様の相手か……。
年が明けて九歳になった俺は、成長痛と呼ばれる痛みを味わっていた。
鞭で。
奴隷である以上、切っても切れない痛みだと言われれば、俺には納得するよりほかになかった。子供の奴隷が俺以外いないのだから。
なんでも奴隷の耐久性を上げるために鞭で打つことがあるのだと、妙に視線を逸らされながら言われた。
これも他の貴族家の奴隷なら普通なのだ、と。
みんなが。
しかしその効果を証明するように、鞭を食らって意識が飛ぶことはなくなったのだから嘘ではあるまい。そうか。奴隷なら誰しも通る道か……。
だからといって、お嬢様の面倒を見ることを納得しろと言われても困るのだが。
それとこれとはまた別なのだが。
何が失敗だったのかというと、この林に入ったことが失敗だったよ……。
黙々と枝を避けて林を進む。
目的の場所だ。
あの時、他の奴隷が寝ているからうるさくならないようにと庭の隅に行くべきじゃなかった。塀で区切られたここに。
そんな気遣いを見せなければ――――
「あ、じーぼく」
――――このような恐ろしい存在と会うこともなかったのに。
お嬢様は、細長い体を持つ緑色でクネクネとした……。
蛇だ。
蛇の頭を掴んでそこに座っていた。
バカかよ。
どうしてそうなったのか、とか。なんでそうなったのか、とか。どういうことなのか、とか。
聞きたいことは山のようにあるが、一先ずはお嬢様の前で跪くに限る。
どうせ理解できないのだ、聞かないに限る。
旦那様の一人娘。公爵家のご令嬢。次期公爵。
多大な肩書きを持つこの娘も、旦那様の子なのだから当然お貴族様だ。
お嬢様だ。
今ここにいる場所で出会って、どういう理由なのか気に入られてしまった俺は、何故なのかその日以来お嬢様の相手役を仰せつかっている。
サラサラと流れる金髪に、透き通るような青い瞳。穢れのない白い肌に精緻で無垢な美貌。
これで翼でも生えていれば天使だと信じてしまいそうな容姿である。
ニコニコと人心を惑わせる微笑みを浮かべ、その両手に掴んだ蛇の頭を差し出してくる。
羽が生えていれば悪魔であると信じてしまいそうだ。
近い。
蛇の舌が従僕に当たってますけど?
「じーぼく! つかまえた!」
蛇をかな? 俺をかな?
逃がしてあげなさい。
そう言える身分であればどれだけいいか。
「それはようございました」
ただ頭を垂れるのが奴隷である。
それでこれは食べるのかな? それとも食べられるのかな?
これを捕まえたのが奴隷なら、それは食料としての一択なのだが。これが貴族様ともなると「どれ。奴隷を食べさせてみよう。大きくなれよう」となってもおかしくないのである。
お嬢様は上手いこと蛇の頭を掴んで口を縛っているが、その力が及ばないのか赤い舌が出せる程度の隙間がある。お嬢様が両手であることを考えれば、解放されるのは間近だろう。
蛇もそのことを理解しているのか、必死に体をのたくらせて暴れている。
クネクネ。ビタンビタン。
その内にお嬢様の腕へ体を巻き付ける蛇に、お嬢様は「あー」と口を空けて対応だ。食べるんですか?
「つかまった」
蛇がかな? お嬢様がかな?
その眉がやや困ったとばかりに寄ってきたからには、従僕の役割を果たす時間のようで。
「お嬢様、そちらは頂けるのでしょうか?」
「うん?」
差し出してきたことを都合よく解釈してみる。
このまま噛まれてもマズい。
手っ取り早く取り上げるにことにした。
しばらく何事か考えていたお嬢様だったが、コクコクと納得するように頷くと更に蛇を前にいやもう顔に当たってるよ。頬にめり込んでるよ。
「あい」
「ありがとうございます」
先にお嬢様の腕に巻き付いている蛇の体を、俺の腕へと巻き直す。問題は頭を離す時だろう。上手くやらないとお嬢様が噛まれてしまう。
つまり従僕の頭も離れてしまう。
体から。
「お嬢様。『せーの』という合図で……」
「あい」
いや言ったけど。
突然自由を得た蛇が、今の今まで自分を拘束していた小さな手へ反射的に攻撃をしかけた。気持ちは分かる。
しかしそれを許しては、今日の罰が鞭から首へと変化してしまうのだ。
咄嗟に蛇の体が巻き付いている腕を引いて、その狙いを外す。
勢いよく閉ざされた口を上から掴む。
握り潰すこともできるのだが……お嬢様の前でそれをしていいのかどうか。
もしかしなくても貴族様から与えられたものだ。
どうしよう。
困り顔がお嬢様から俺へと移る。
当のお嬢様はウネウネと動く蛇の体を楽しそうに眺めておられる。
「こえ、どーするのー?」
俺が聞きてえよ。
お嬢様のお考えが及びもつかないのは今に始まったことじゃない。蛇の処遇はまさかの奴隷任せだ。
しかしまあ……本来なら、食べる。
煮込まれるスープの具が増える出来事だ。この丸々としたところに食欲が増す。
手の中の蛇がぐったりとしてきた。きっと締めがキツいからだろう。いま楽にしてやるからな?
しかしこれをバカ正直にお嬢様に伝えていいものかどうか……。なにせお嬢様ときたら、従僕が泥玉を食べたフリをしただけで自分も食べようとするイカレ具合だ。
生のまま噛みつきかねない。
となると、非常に惜しいがこのまま放すことを提案するとしよう。
「お嬢様。蛇の元気がなくなって参りました。お嬢様がもし良ければなのですが、逃がして差し上げてもよろしいでしょうか?」
「へび、元気ない?」
「ええ。元気がありません」
「なんで?」
「疲れたのかと。休憩が必要なのでしょう」
「……ふんふん。わかた。にがそう」
苦くない。ジューシーだ。
手の中の蛇がビクリビクリと震えている。お嬢様が怖いのだろう。気持ちは分かる。
すっかり暴れなくなってしまった蛇をコンパクトに丸めて、塀の向こうへ行くように空へと投げる。
またな。
俺としては近くに放して帰り道に生け捕りたい気分なのだが、こちらに残しておいてまたお嬢様に捕まえられたら事だ。
「すごい。へび、とんでる」
「竜も蛇も似たような顔だそうで。なら竜が飛べるのですから、蛇が飛べても不思議はないかと」
「……ふんふん。そっか。おんなしか」
「ええ。似たようなものかと」
コクコクと頷かれるお嬢様。
お嬢様は度々このような反応を返してくる。
何かを学んでいるようにも見えるが、ただの習慣のようにも見える。
もしお嬢様が従僕のデタラメ知識を学習しているのなら事だが、あまり不安に思っていないのは、お嬢様がまだ三歳だからというのもある。
子供の頃の記憶なんて朧気なものだしな。
しかも奴隷との話だ。
いつか忘れてしまうだろう。
これもその一つだ。
「ではお嬢様。リクエストにありました冒険譚を仕入れて参りましたので、ご清聴頂ければ……」
「? 今日は、あそぶのー」
膝をつく従僕にお嬢様が首を傾けて言う。
? 遊んでいますが?
互いに首を傾け合う。
「あそぶのよ?」
「左様でございますか」
「ぼうけん、しに、いくの!」
は?
お嬢様が指差す先には――――塀がある。
わかっている。
たった今、蛇を放った塀の向こうだ。
許されていない場所だ。
なのにお嬢様は笑顔だ。
ならば従僕も笑顔だ。
ああ、一ついい忘れていた。
お嬢様は、くそ餓鬼だ。
勘弁してほしい。
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書籍発売記念なので告知も入れます
『私の従僕』第一巻
レーベル:アース・スター
サイズ:おっきい
価格:でっかい銀貨三枚でおつりが貰える
用途:そこは読もう
発売日:2019/11/15つまり今日
と、なっております
今後とも『私の従僕』をお楽しみください
それでは




