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私の従僕   作者: トール
 閑話 2
98/99

ヒミツの話 3



 なるように、なるわ。


 コクコクと、自分の中の考えが固まったからか幼い頃からの癖になっている習慣でつい、頷いてしまった。


 直さなきゃ。


「良かった! ありがとうございますシェリー様! 国によっては我々の存在は否定させていますから、ことによってはシュナイダー様に迷惑を掛けてしまうと……! ありがとうございます、ありがとうございます」


 ……なんのことかしら?


 目尻に涙を浮かべて何度も頭を下げる店長に、わたしは優しく笑いかけた。


「わたしは、なんにも知らないし、聞いていないわ」


「ああ……! ありがとうございます、ありがとうございます!」


 お礼なんていいのに。本当のことだもの。


 切り分けられたアップルパイをつつきながら、店長の言葉を思い出してみる。


 レージン、レーライン、アルビノ? 聞いたことない。そして店長には悪いんだけど、興味もない。


 店長たちが隠れたり追いかけられたりしているのはわかったわ。ここじゃないと生活しづらい? のもわかった。


 後半は、アップルパイが美味しかったから聞いてなかったけど。


 悪いパイね。


 でも、聞きたいのはそうじゃないの。


「ねえ、テンチョー」


「あ、はい。なんでしょう、シェリー様?」


「今の説明の全てが、その格好の理由じゃないわ。姿を隠すのに変装するのはわかったけど……その姿じゃなきゃいけない理由ってなにかしら?」


「う。そ、それは~……」


 それが一番聞きたかったことなの。


 というか、それだけなの。


 悪いことしたわ。


 店長は、それまでの自分たちの説明とは異なり戸惑っている。喋っていいのかどうか……というよりは喋るのが恥ずかしいといった様子だ。


 顔を赤くしてモジモジとしている。


 ……言いにくいことなのかしら?


「趣味だニャ」


 無理に聞き出す気もなかったので「もういいわ」と言おうとしたら、後ろから声を掛けられた。


 振り向くと、長い白髪を三つ編みにした猫獣人が、つまらなそうな表情で立っていた。こっちもメイド服だ。短いスカートから覗く白い毛の尻尾が銀のお盆を支え持っている。


「趣味なの?」


「そうニャ」


「テンチョーの?」


「そうニャ」


「ちちちちち違います!」


「コーラのおかわりだニャ」


「ありがとう」


「違いますからね?! 違うでしょ! サクラ! あなたも適当なことを言わないで!」


 慌てて立ち上がって抗議する店長に深く溜め息を吐き出す猫の人。


「悪ノリしてるから恥ずかしい思いをするニャ」


「だ、だって……」


「ダンナ以外には見えないからってハッちゃけすぎたんだニャ」


 ……だんな?


「結婚してるの?」


 不思議に思って首を傾けて猫の人に訊いてみる。話の流れからしてシュナイダー公爵のことよね。いいのかしら?


 猫の人は「あー……」と呟いて虚空を見上げ頬をポリポリと描いた。店長は「ひ、否定! 早く色々否定してください!」とひどく慌てている。


 猫の人が、わたしの隣の席の椅子を引いて腰掛けた。目が合うとニッコリと笑って手をヒラヒラと振られたので、振り返した。


「ダンナというのは呼び方ニャ。だから実際にはまだ結婚してないニャ」


「じっさい……」


 まだ?


「言い方! 言い方を考えてください!」


「趣味というのも本当ニャ」


「嘘です!」


 バンバンとテーブルを叩いて抗議する店長を無視して猫の人が続ける。


「本当ニャ。これはダンナの趣味だニャ」


「シュナイダー公爵の?」


 よくわからないわ。


 ニヤニヤと笑う猫の人。これに店長が文句を言わない。あうあうと口を開けたり閉めたり。つまり本当に?


「ダンナは、ほんっっっっっっっっとーに女好きだニャ」


「そう」


「ど変態だニャ」


「大変ね」


「大変だったニャ……」


 どこか遠い目をしている猫の人を横目にコーラを啜る。


 たまに従僕もこういう目をする。


 たまに……よく。


「でも女好きなら、男のフリなんてさせないんじゃないかしら?」


「あー……。そこは、うちらが見えるからだニャ。そう、見えるんだニャ。そこをよく考えるニャ。うちらをこの姿のまま御披露目……まあそこは髪の色とか瞳の色とかは変えて見せるけどニャ、御披露目したとするニャ。すると言い寄ってくる輩は多いニャ。うちらモテるニャ」


 ふんふん。


「でも、そこを男の……性的に普通な人種なら避けそうな格好をすればどうニャ? 近寄ってこないニャ。しかもお店はそれっぽい感じニャ」


 ふん?


「誰も来ない店ができあがるニャ。この格好に寄ってきたのなら、それは本当のうちらには興味を抱かないってことニャ。ここで重要なのが、どんな姿に変わろうともダンナには本当の姿が見えるってことニャ」


 まだわからない。


「ダンナが言うには『俺だけにわかるハーレム! なにそれ素敵! うひゃひゃひゃひゃ!』ってことだニャ。そんなあれでもうちらの恩人ニャ。できることはしてあげようってことで……こんなんになってるニャ。ちなみにうちの語尾もダンナの希望ニャ。死ねばいいと割と本気で思ってる」


 よくわかった。


 シュナイダー公爵には、近寄らないほうがいい


「……て、訂正してください。そこは彼の本心ではありません。か、彼は、彼は……」


「なーにが。あんた含めて何人食われたと思ってるのニャ? 語尾で済んでるうちは幸せだニャ」


「…………干物猫」


「上等だニャ」


 同時に立ち上がる店長と猫の人。その両者の手には光の粒が集まってきている。


 危険な感じだ。


 シューリーム? というパイを膨らませたお菓子を手に取って、わたしも立ち上がった。物が壊れる破砕音や怒鳴り声や悲鳴を背にしてお店を後にする。


 一口大のシューリームを飲み込みながら外へ繋がる扉を開けると、店の前には従僕が通りを見つめて立っていた。


「従僕」


「はいお嬢様」


 心ここにあらずという面持ちだったので、咄嗟に昔の癖が出たのか、従僕はもう懐かしくなってしまった両膝をついて頭を下げるポーズをとった。


 それがなんだか嬉しくなって、わたしも口調が昔に戻る。


「じゅーぼく」


「はいお嬢様」


「どらごんは?」


「手強い相手でした」


 戦ったのか。


「うろこは?」


「こちらに」


 従僕が差し出してきた鱗は、どう見ても小さかった。


 魚の鱗だ。


「これが、どらごん」


「竜の鱗です」


 平然と続ける従僕に、なんだか笑いだしたくなってしまった。


 わるい、なんてわるい竜だ。


「ふふ、うふふふふ。じゃあ、帰る時間?」


「ええ。帰りましょう」


 ほっと息を吐いて油断している従僕の手を握った。帰る時は、手を繋ぐものだ。一瞬だけ心底嫌そうな表情をする従僕に、わたしは見てないフリをした。


 でもそれは――――



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