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私の従僕   作者: トール
 閑話 2
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ヒミツの話 2



「……わたし達を調べていたのなら、そこに行き着くのは当然ですね」


 急に真剣な表情になって頷く店長に、わたしは首を傾げた。


「わたしと従僕が調べていたことを知っているのね? 驚かないもの」


「……なるほど。あなたはずいぶんと聡明ですね。会話のそれではなく、人の反応を見て物事を判断しているように感じます。それも恐ろしい精度で。こちらの急所を的確に見抜いて……」


「あなたし・だ・い」


「止めてください! 止めてください!」


 ……おもしろいのに。


 仕方なくクネクネポーズを止めて、ケーキにフォークを差し込む。


 こちらの反応をビクビクと窺っていた店長にコクコクと頷きを返す。ホッと息を吐き出す店長。乱れた服と息を整えている。


「ん、んんっ! ……わたし達はわたし達に興味を示す方を調べるようにしていますから。あなた方だから、というわけではありませんよ?」


「そう」


 このケーキ、おいしー。


 モグモグ、モグモグモグモグ。


 意味深にこちらを見ていた店長だったけど、沈黙が長くなるほど顔がヒクヒクしてきた。おもしろいし、おいしーし、いい喫茶店だわ。


「…………あの、理由を聞いたりしないんですか?」


「しない」


 興味ないもの。


「それより、その姿の方が気になるわ。シュナイダー公爵の命令なのかしら?」


「……これは……ええ、まあ。彼の命令のようなものといいますか、利害が一致したといいますか……」


 言っていいのかどうかと迷っている店長に、フォークを置いて居住まいを正し対峙する。


 やっぱりヒミツなのね。


 なら、こっちが知っていることを話して、そこから判断してもらおう。


 別に無理やり暴きたいわけじゃないし。


「わたしは、それが気になったの。だから従僕に調べて貰ったわ」


 視線をさ迷わせていた店長がわたしに注目する。


「もちろん、わたしも調べたの。そしたら、あなたたちをここに連れてきたのはシュナイダー公爵だとわかったわ。これはそんなに大変じゃなかったのよ? ちょっと訊けばわかるぐらい。不思議だったのは、あなたたち自身の情報が全くなかったことよね」


 わたしも情報収集をしてたのよ。従僕とは別方面から。


 『シュッシュ』を推したのはシュナイダー公爵。ここまでは凄い簡単に調べられたのだが、ここからは全然だった。


 店長たちがどこから来たのかとか、どんな人たちなのかとか、店の経営状態から個人のプライベートまで何もわからないことがわかった。


 他国からスパイを入れ放題だわ。


 大抵はどこも調べを入れられるらしいのよ。どこの商会だろうと職人だろうと。たとえ貴族の後押しがあってもね。その責は大きい。


 よほどの権力者じゃないと、そんなゴリ押しはできないと聞いた。


 そしてシュナイダー公爵は、そのよほどの権力者にあたる。


 王国が抱える三公爵。その中でも最も力の強い公爵家だ。


 王家との繋がりが色濃く、他国にも融通が効き、大多数の貴族がその派閥の傘下にある。軍事力も帝国と双璧をなす程で、輩出される代々の公爵は誰もが能力の高い魔術師だという。


 うちと、大違い。


 そんな公爵家の現公爵が学園時代に無理やり入れた喫茶店。


 いろいろと、おかしい。


 注目の集まる公爵家の次期当主とだけあって、シュナイダー公爵の情報はいっぱい集まった。


 黒髪黒目で野性的な美丈夫。しかし深い知性を秘めていて、その魔術捌きも巧みだとか。


 見た目がいいのはわかったわ。頭がいいのもわかったわ。


 そんな公爵なのに、全責任をとって無理やり喫茶店を奇人街に入れた? なにそれ。他の人はおかしいとは思わなかったのかしら。


 そしたら「優れた才人は奇行が目立つもの」なんて言われた。そうなのか。


 シュナイダー公爵が起こした他の奇行も影響しているのかもしれない。


 だって、寄せられる情報って変なものばかりだったもの。


 塔をまるごと壊して一夜にして建てたとか。爆笑しながら夜空を飛んでいたとか。チジョーのもつれから女生徒に刺されて、回復しながら愛を囁いたとか。


 噂の域を出ないものばかり。


 もしかしてわざとやってたんじゃないかしら?


 そんな噂話がいっぱいあったら、このお店のことなんて埋もれちゃうもの。


 おかしなところはまだある。


 シュナイダー公爵は、かなりの女好きだったらしい。


 すごい、女好きだったらしい。


 逸話もそれっぽいのが多い。


 なのにシュッシュの店員に男のフリをさせていた。


 ここからも『噂』を強調するようなチグハグさを感じるわ。女好きなのに男だらけのお店を強引に入れたとか、言ってて説得力がないもの。


 それだけにわからない。


 シュッシュの店員はみんな美形よね? 可愛い店員がやる美味しい喫茶店。シュナイダー公爵の求心力を上げる結果になりそうなのに、何故か人が寄り付かない喫茶店にしている。


 立地といい変装といい。


 店の前の、気付きにくい段差といい。


 あそこで躓くというのは、恥をかくということだ。貴族は誇りを重んじる。人前で恥をかいたらもうお店に来れないわ。


 だから……シュナイダー公爵はお店を流行らせたくなかったということよね?


「つまり、シュナイダー公爵はあなたたちのことを隠したかったんだわ」


 それでいて……ここじゃなきゃダメな理由があった? 唯一といっていい強引さが、あなたたちをここに連れてきたことだもの。


 それはあんまり興味ないけど。


「本当になんで男のフリなのかしら? しかもわかりやすい」


 なんで?


 首を傾げながら喉を潤すために黒い液体を吸うわたしを、店長が感心したように息を吐き出しながら見つめてくる。


「……そうですね。まず認識を正しておきたいのですが……この変装は、よっぽどのことでもない限り見破られません。『幻身』と呼ばれるわたし達の特性にあたる術です。特殊な技能を持つ者でも、まず看破することはできません。今までに見破ったのは、わたしの知る限りあなたで二人目になります」


 ふーん。ゴクゴク。けぷっ。


「『幻身』の下の姿がハッキリと見えていたのなら、もうわたし達の正体に見当はついてるでしょう。そう、わたし達は『霊人』と呼ばれる種族です」


 知らない。


 でも店長は真面目な表情だ。


 だからこっちも真剣な表情で頷いておく。


 コクコク。


 よくわからないけど。


「調べがついているのなら……わたし達が姿を隠すことに詳しい説明は不要でしょう」


 まるでわかんないけど。


 コクコク。


「予想はついているでしょうが、わたし達の『幻身』を見破った一人目はシュナイダー公爵です」


 そうなの?


 コクコク。


「観念するわたし達に、シュナイダー公爵は言いました『よしわかった。なら俺がお前たちを守ってやろう』と。わたし達はその特性上、どうしても住む土地が限られてしまいます。そのわたし達に、公爵は居場所を与えてくれました。それがここなのです」


 へー。


 うん?


「じゃあ、やっぱり。ここを追い出されても、行く先は決まっていたのね? 身元の引き受けはシュナイダー公爵かしら」


「そうです。そこまでわかっていたのですね……」


 いや別に。


 ただ、ゴリ押ししたお気に入りの喫茶店なのに卒業後にいきなり放り出すのもおかしいと思っていたの。あなたたちには動揺がなかったし。


 しかし頷くわたしに、店長は少し楽しそうに微笑んだ。


「ああ。もしかして、あの時の魔術の失敗はわざとでしたか? わたし達の反応を見るために……」


 ただの失敗なの。カッとなって。今は後悔してるわ。ごめんなさい。


 でも頷いておこう。


「どうりで……。今になってわかったことですが、あなたらしくない取り乱し方でした」


 笑いかけてくる店長に意味深に微笑み返しておく。


 あれは従僕が悪い。


「シュナイダー公爵が卒業して、その学園での影響力が弱まっていたこともあって『他の場所を用意できるから』とも言われていました。それでも誰かに追い出されるまではここに居たいという我が儘も聞いて貰えて……」


 どうしよう。知るつもりのなかったヒミツがどんどん出てくるわ。



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― 新着の感想 ―
[一言] ううむ、主人公はシュナイダー公爵の隠し子、とか…?
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