ヒミツの話 1
「いらっしゃ~い!」
わたしはシュッシュで熱烈な歓迎を受けていた。
全従業員がわたしの周りをズラリと囲んでお礼と感謝の言葉を雨と降らせている。
休日を利用してシュッシュにきた。
喉が渇いたから。
と、従僕には言ってある。
……本当は違う……こともないわね。それもあるわ。
でも別の理由もある。
うるさいベレッタには眠って貰って、甘党のリアにはお菓子を渡しておいた。最近の出来事があるせいか珍しくリアが渋っていたけれど、従僕が耳打ちしたら笑顔で送り出してくれた。
何を言ったのかしら?
シュッシュに行くって言ってなかったから、その協力を今は後悔しているかもしれないけど。
従僕は珍しく汗をかいて笑顔を引き吊らせている。
珍しい。
連れてきて良かった。
見たことのないお菓子が載っているテーブルに案内され、あの緑色の飲み物も置いてある。飲み物の上にアイスクリームが乗っている。
すごい。来て良かった。
コクコクと頷きながら、従僕が引く椅子に腰を降ろす。
飲み物に手を伸ばし掛けたところで思い出した。
そうだ。従僕に罰を与えなくては。
「ねえ従僕」
「はいお嬢様」
「わたし、従僕に罰を与えると先輩に言ったわ」
「お嬢様。何卒」
「ダメよ」
顔を青くする従僕を久しぶりに見た。だけど表情は変わらない。残念だ。
「従僕」
「……はいお嬢様」
「竜の鱗を取ってきて」
「承りました」
細かい事情も何もかも捨て置いて、従僕はただ頭を下げて素早く店を出ていった。その顔色は元に戻っていた。護衛はどうするのかしら? ……そもそも本当に取ってこれるのかしら?
従僕って不思議。
「うん。まあいいわ。これで、ジャマ者は消えたわ」
「……酷いわぁ~。竜の鱗なんて、よっぽどの商家じゃなきゃ取り扱ってないわよ? ワガママを言いたい時もあるでしょうけど、あまり無理を言ってると彼の心が離れていっちゃうわよ?」
対面に腰を掛けた店長が頬に手を当てながら物憂げな溜め息を吐き出した。
それにコクリと頷いておく。
「それは……経験談?」
「やだぁー!」
キャイキャイと叫び声を上げる店長に呼応して周りの扇情的な格好の女性達も盛り上がる。
メイド服に、ばに……がーる? 下着のような衣装を着ている人もいる。店長はピンクの服。
そう見えるだけだけど。
わたしは、緑色の飲み物を差してあるストローで啜る。
そして何気ない調子で、聞きたいと思っていたことを訊いてみた。
「ねえ。なんで男のフリをしているの?」
それまで誰が何を喋っているのかわからないぐらい話し声が飛び交っていたのに、ピタリと止まってしまった。
まるで触れてはならない話題に触れたような……。
ああ、そうなのね。こういう時にも都合がいいのね。
ズズーっと緑色の飲み物を飲み干し、ケポッと口から空気が漏れる。わたしは構わない。
だって女性しかいないのだ。
「この細いスプーンでアイスを食べるのかしら?」
「そ、そうよぉ!」
「食べにくいわ」
いっぱい掬えないわ。ちょっとずつしか食べれない。
わたしが頑張ってアイスを掬っていると、他の従業員と視線で合図を交わした店長が話し掛けてきた。
「そ、そうね。こんな体ですもの……男だと思われてもしょうがないわあ~。でも体は男だろうと! 心は乙女! あたし……」
「うん? 両方女性に見えるわ」
……途中で遮ってしまったせいか、店長は口をパクパクさせながら汗をかいている。
「もしかして、ヒミツなの? その格好?」
「あ、あらやだわ! この服が気になるのかしらぁ? でもこれはちゃんとした女性用……」
「あなたたちの周りに、小さな光の粒が集まって違う格好……ううん。違う姿に見えるわ。それってもしかしてナイショなのかしら? でも、変装だとしたらおかしいわ。だって一目でわかる変装なんてしないでしょ? ねえ。なんで男のフリをしているの?」
ねえ、なんで?
なんでなんで?
クルリと近くに控えているメイドに振り返る。ビクリと過剰に反応する黒い肌に大きな体のハゲメイド。
本当は尖った耳に白い肌の細身で綺麗なメイド。
エルフだ。
他にも可愛い犬獣人に人の血が混じっていそうな混血の女ドワーフ。種族はバラバラだが、みんな可愛いかったり綺麗だったり。
共通しているのは、白い髪と赤い瞳。
……とりあえず。
「同じ種類の飲み物って……ある?」
「は、え?」
「おかわり」
「ぃはい! す、すすすす直ぐに?!」
空になっちゃったコップを差し出すと、エルフメイドは慌てて受け取った。……コップを直に持ってるのに、下にお盆を当てる必要があるのかしら?
深い溜め息の音に、視線を正面へと戻す。
「…………いつから、気付かれていたのですか?」
「てんちょー、喋り方、違う」
あの無理に高い音を出している男の人のような声、面白くて好きだったのに。
「正体が知られているのなら、あのような……。あの……本当にいつから気付かれていました?」
「最初から」
一目で。
恥ずかしそうにクネクネしているのを見るのが面白くて、黙っていた。
カラシムギってお菓子を摘まむ。ポリポリ。おいしー。
店長が頬を引き吊らせて汗を吹き出し始めた。周りの従業員も「さい、最初から?」「どこ? え? どこまで?」「何やった?! わたし何やった?!」「待て待て。まだ直ぐに看破されたというだけで……。まさか、いやまさか」と混乱している。
「どうしたの? 落ち着いて」
「いえあのいえあの、あの! 見えるって…………ど、どこまで? この変装がおかしいって気付けるぐらいでしょうか? 光の粒が、粒が……見えるだけ? し、下は?」
どこまでって。
「全部」
ピシリと空気ごと、みんな固まってしまった。
おもしろい。
「その下の? 白い髪とか赤い瞳とか。店長はピンクのワンピースドレスを着ているわ。そこの犬獣人は、肩出しのシャツに短いパンツ。さっきのエルフは幻と同じメイド服。スカートが短いの。下着の……」
騒音が耳を駆けていった。
誰が何を叫んでいるのかわからない。
ただ白い肌を赤く染めて奥の部屋に駆けていく従業員で溢れかえってしまった。
「飲み物はまだかしら?」
「……………………ぜ、ぜんぶ?」
店長も顔を……いや全身を赤くして体を小刻みに震わせているが、まだ席についてわたしの相手をしてくれている。
うん。ぜんぶ。
証拠を見せようと、恥ずかしげな表情で体をクネクネと踊らせる店長の真似をしてみた。幻と違ってあの時の店長は頑なに従僕に視線を合わせようとしなかったわ。上手いでしょー?
腕を枕にテーブルに突っ伏してしまった。
その姿が、ホロホロと光が溶けるように変わっていく。
本当の姿だ。
……顔が赤いのがよくわかる。
見たことのない果実にチーズが乗っている料理。食べてみよう。おいしー。冷たいのにトロリと溶けているチョオーレット? だっけ? 食べてみよう。おいしー。
幾つかの料理を食べ終え、自分でコップに水を注いでいると、店長がようやく顔を上げた。まだややうつむき気味で顔も赤いが。
相変わらず客がいない店内は、今や従業員もいない。
わたしと店長だけだ。
「飲み物はまだかしら?」
「…………言ってくれれば……」
少し頬を膨らまている店長。
そうか。言わなきゃか。
「おかわり」
「そっちじゃありません!」
うん?
「他に頼んでないわ。てんちょーに言えば、出てくるんじゃないの?」
「……もう! エキドナ! いつまでも恥ずかしがってないで、飲み物のお代わりを持ってきなさい!」
「は、はいぃぃぃ!」
店長がテーブル叩いて叫ぶと、奥の扉からスカートの短いエルフのメイドが出てきた。
銀盆の上にガラス製のコップ。満たされている液体は黒く、しかも泡立っている。共通しているのはアイスクリームが乗っていることぐらい。
おいしそう。
顔を赤らめつつ丁寧な仕草で飲み物を置くエルフのメイド。
……本当にさっきのメイドかしら? 光の粒がなくなると、印象が強くなるから今一わからない。
確認が必要ね。
腕を曲げるポーズをとってたので、それを真似てみた。
「あああああああああああ!」
顔をお盆で隠して走り去ってしまった。
間違いない。
「本物ね」
「……あの。あまり従業員をイジメないで頂けますか?」
ふむん?
「……わたしも従業員です! 止めてください!」
スプーンを咥えたまま膝を曲げようとしたら、店長がテーブルをバンバンと叩いて止めてきた。
「てんちょーたちがやってたのに」
「あれは! ……あれは、こちらの姿が見えていないという意識があったからで……そもそもわたしたちが考えたわけでは……油断が……認めますけど……でも! ……やりたくて」
「聞こえない」
「ともかく! それはもういいのです!」
いいのか。そうか。
「真似は止めてください! それをいいって言ったわけじゃないです!」
「ねえ。ここからよく思いだせないわ。もっかいやって」
「止めてください! 止めてください!」
両手で顔を隠して首を振る店長。本当は柔らかい雰囲気のある美人だ。腰まで届く白髪に真っ赤な瞳。少し垂れた目と薄い唇が、年齢を幼く見せている。
わたしより年上なんだろうけど、少し上ぐらいに感じる程度に収まっている。
黒い飲み物をストローで吸う。これもシュワワだ。すごい。
しばらく飲み物を堪能しながら「違うんです、違うんです……」と呟き続ける赤い生き物を見て楽しんでいたが……。
あきた。
それに従僕がいつ帰ってくるかもわからないのだから、早く聞きたいことを聞いておこう。
「ねえ、てんちょー。その姿とか仕草とか、ここにあなたたちを呼んだ……シュナイダー公爵と関係あるのかしら?」




