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私の従僕   作者: トール
 閑話 2
94/99

隠れます 2



 お嬢様です。お嬢様が来ました。一番来ちゃいけない方が一番相応しくない場所にいます。


 なんで? とか。扉が?! とか。偽者かも! とか。言えることはたくさんありますが。これは、あれです。


 怒られます。


 まず間違いなく怒られることでしょう。こと公爵家の方に見つかってしまったのですから。他の方なら……メイド長と執事長以外の方なら丸め込める自信があるのですが。公爵様と夫人様がいない中で、よりによって最後に残るお嬢様に見つかってしまいました。


 だというのに。


 手が止まりません。口が止まりません。


 この状況がスパイスに、心情がアクセントになって、いつもよりお菓子が美味しいです。甘美なるかな。ついつい次を次をと食べてしまいます。


 本音を言えば、どうせ怒られるのなら全部食べてしまおう、とまあそんな感じなのですが。


 ああ、お嬢様が見ておられます。……ちょっと恥ずかしいですね。口を潤します。


 お嬢様はこの部屋に入ってきてからというもの、ずっとわたしを見つめています。扉が外れようが、瓶が割れようが、調味料に臭いがついてダメになろうが、決して視線を外されません。


 わたしに用事でしょうか?


 いえ呆れている……ようには見えないんですよねー。気のせいか少し物欲しそうなようにも見えます。


 そんなわたしの疑問に答えるようにお嬢様が指を差して言います。


「みーっけ!」


 何をでしょうか?


「新しいメイドだわ!」


 その通りですが?


「じゅーぼくっ!」


「はいお嬢様」


 今度こそ本当に驚きました。どのくらいかというと、今一つクッキーを摘まもうとした手が止まるくらいです。


 空樽の一つから、ぬっと黒い影が立ち上がりました。


 ……ええー。そんなバカな。


 いつからいたんですかねぇ……。いや最初からですよね。そうじゃないと絶対におかしい。既にこの状況はものすんごくおかしいですけどー。


 空樽から立ち上がったのは、黒を基調とした服を着た……おお。かなり美形な男の方です。じゅー……なんて言いました?


 頭の上に絶妙なバランスで空の蓋を載せています。


 わたしが取った空樽の下じゃないですか? そこ。


 どういうことでしょう? ……まさか、度重なる盗み食いがバレて見張られていたとかでしょうか? 公爵家の方が直々に? …………マズいです。それは、あの、本当にマズいです。


「従僕も見つけたわ。従僕が最後ね」


「……」


 なんだろう? 男の方の表情は変わらず笑顔なんですがー? ちょっと怒っているように感じます。


 んー? 従僕? いま、従僕って言いました? あ。もしかしてわたしの罪を代わりに被っちゃったとかですかねぇー? それなら、こんにゃろ! ってなるのもわかります。マズいですねー。


 よし。


 わたしは未だにクッキーの残る皿とコップを掴むと、空樽から降りて外に繋がる出口を蹴り開けた。


 逃げましょー。


 さすがにつまみ食いの罪に直罰は酷いと思います。せいぜいトイレ掃除一週間とか、厨房のお手伝い一ヶ月とかでしょう? このまま街まで逃げて、実家に帰りましょう。名案です。


「あはぁ! 逃げたわ! まてまてー」


 うっわ! 追ってきますよ?! 意外と健脚ですね、お嬢様!


 ぐぬぬ。毎日のように直属の僕に鞭刑を与えているという話を半信半疑で聞いていましたが……本当なのかもしれません。凄い嬉しそうです。捕まったら何をされるんでしょうか。


 こっちなら裏口が近いですね。奴隷長屋があるという話だったのですが……全く躊躇せずに追ってきます。上手く馬車に乗れればと思っていたんですが。うーん。逃走ルートの一つは使えなさそうですねぇ。


 じゃあ足止めしましょう。


 コップに残っていた牛乳を飲み干してから、後ろに向かって投げる。落ちるのは、わたしとお嬢様の中間点。ガラス製なので割れて飛び散る筈。割れたガラスは危ないですからねー、必ず足を止められるでしょ……。


「従僕、何か飛んでくるわ」


「はいお嬢様」


 今までお嬢様の数歩後ろを追いかけてきていた黒い服の従僕が、コップが落ちる直前に落下地点に現れてそれを掴んだ。


「は? はぃいいいいい?!」


 なんですかそれ! どんなズルですか?! 不公平です! 反則です!


 歩調を遅らせお嬢様と並走する従僕は、掴んだコップを差し出している。


「コップですね」


「飲み終わったから捨てるなんて、ダメねえ。マナーがなってないわ」


「その通りかと」


 なんですか! 王家の血が混じるとあんな化け物を従者に据えられるんですか?! 


 これは……追い付かれます!


 そもそもあんな従僕がいたんじゃ敵いません。つまりいつでも追いつけるのに遊んでいるんです。なぶられてます。怖いです。ああ、砂糖の魅力に負けたわたしのバカー!


 な、なら!


 わたしは刈り込まれた芝と踏み固められた土面の道を外れ、近くの林に入っていった。


 これでも平民と混じって学園に行っていたのです。これぐらいの林なんて訳ありません。これなら少しは……。


 振り返ると、突き出る枝もぶら下がっている虫も気にせずお嬢様が追いかけてきていた。


 距離は……むしろ少し詰まっている。


「ひいいいいいいいぃ。なんでですかぁぁぁぁぁぁ?!」


「まてまてー」


 怖い! 捕まったら本当に何をされるんですか?!


 そこで浮かんだのは前公爵様の二つ名だ。


 ここここここ殺されますー!


 ナメてました。公爵家ナメてました。奉公ナメてました。盗み食いナメてました。


 本気で逃げないとなりません。これもどれもそれもあの白ブタのせいですー。次はブタ肉に変えてやりますー。


 涙目になりながら徐々に追いついてくるお嬢様を確認して、覚悟を決める。左手の中指に嵌めた指輪に魔力を送る。シルバーにエメラルドとシンプルな『杖』だが込められている増幅回路は並みではない。呪文に反応して緑の宝石が淡く輝き始める。


「――――ダル・カーナ・セクト・アーマナイン!」


 発動した魔術が効果を発揮する。


 風が体に纏わり付き、速度が上がる。体力の消耗も少なくなり切れていた息も戻る。


「すごい。魔術だわ」


「お嬢様は博識でいらっしゃいます」


 これで!


「従僕」


「はいお嬢様」


「つかまえて?」


「畏まりました」


 詰まっていた距離が再び開き始めたことでお嬢様がついに命令を下された。倒木に手をついて横っ飛びで越える。


 読んでましたともー。


 お嬢様に魔術を放ったら、盗み食いなんて目じゃない罰になります。でもー、従僕さんならオーケーです。確か、お嬢様についてる従僕というのは平民だと聞いたことがありますから。


 しかし平民でも、こんなに凄いなら召し抱えますよねー。ちょっと納得です。


 着地すると、勢いのままに地面を滑りながら後ろを向く。


 さあ、上か下か?


 従僕さんもわたしを真似て、倒木に手をつきました。


 上ですね!


 無詠唱で『風の遮り(エアー・ウォール)』を発動します。これでも実は優秀なのですよー。従僕さんが魔術に当たって止まれば、お嬢様も足を止められる筈ですー。


 魔力で圧縮され固められた風が倒木の上に展開する。


 ――――そしてそれをぶち破って従僕さんが飛んできた。


「なんでですかぁぁぁぁぁぁ、うわああああああん!」


 あまりにの理不尽に腰が抜けてしまいました。林の中だというのにはしたなくも腰を降ろし、勢いのままに泣き出してしまいました。


 確実に圧縮空気を破ってきた筈の従僕さんは、ピンピンしています。もう手を伸ばせば届く距離です。


「ああああああああん! うわああああああああん!」


 怖いです。死にたくないです。助けてください。


 でももうダメです。盗み食いして、逃げて、魔術まで使って、服も汚してしまいました。涙が止まりません。ああああ! お父様、ごめんなさーい! 謝りますからー、たすけてぇー!


 すると、倒木の下の隙間からズリズリとお嬢様が這ってきました。


 ドロドロです。服は勿論、ちょっと信じられないくらい綺麗なお顔も手もです。


「あああん………。あ、あ、ああ……え?」


 思わず涙も止まります。


 倒木の下を抜けたお嬢様がわたしを見て、従僕さんに視線を向けます。


「泣かしちゃダメじゃない」


「何もしていません」


「魔術を破られましたー」


 はえ。つい反射的に。


「だって」


「申し訳ございません」


 これを促すお嬢様に、頭を下げる従僕さん。なんというか……場違いな感想だが、頭を下げる姿が妙にしっくりくる。


 ……いえいえー。というかー? 元も何もかもわたしが悪い気がー?


「はい、つかまえたー」


「あ」


 そんな首を傾げる中で、ニコニコと笑われるお嬢様がわたしの服を掴んできた。


「これであなたも罰を受けなくちゃダメよ」


 ……ああー。やっぱりですー。儚い人生でしたー。


 それでも長く苦しめられるとかはご寛恕頂けないでしょうかぁー?


「あ、あのー? わ、わたしの罰というのは?」


 知りたくないと感じつつも聞かずにはいられません。どどどどどの程度の……?


 少し青くなり始めたわたしに、お嬢様はコクコクと頷いて答えます。


「二番に見つかったら、わたしのメイドになるのよ」


 ……既にそうですが?


 お嬢様は、未だにわたしが持つ皿から一つクッキーを取ってお召し上がりになった。


「おいしー」


 従僕さんがお嬢様の後ろで溜め息をついている。



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